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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第1章 花の少女、フローラ
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03.街を彷徨う吸血鬼。そして、現れる違和感。




 僕はフローラと別れてから、借り家に戻ることもなく、街を彷徨っていた。


 ルルとメルの言い残した言葉が頭の中をグルグルと回り、絵を描く気にもなれず、まあ町中を歩き回っていたのだ。

 昼間は宿屋でひたすら眠って、日が沈み夜になれば、街をふらつき、居酒屋や、宿屋、飲み屋街で、この国の王族について話を聞いたりした。

 城下街であっても、王族について詳しく知っている人間はほとんどいないに等しかったが、時には王城に勤めているものも来ていたりして、話を集めることができた。


 話によると、この国の王族は聖国の皇族と血を分けているらしい。属国だった時も、序列一位から動いたことはなく、それどころか聖国教会では皇族に次いだ高貴な血筋として尊ばれているとか。

 そのような血筋でありながら、大戦が始まるまで表舞台に殆ど出てこなかったというのは不思議ではあるが、とにかく民たちの評判は良かった。


 王族の特徴としては、女神から授かった黄金の色をその身に持っていることが挙げられるという。

 マリー女王には会ったことはないが、昔見た肖像画の瞳が黄金であったこと、フローラの瞳が黄金だったことから王族の証をその身に受け継いでいることがわかる。


 また、人々は王族の力は強大で偉大であると信じ切っていることがわかった。マリー女王の英雄譚、聖人としての称号を得たという点から予想は出来たが、その予想を超えて彼らの話す王族の話は突拍子のないものが多かった。


 曰く、彼らの王は空をまるで鳥の如く飛び、その足の速さはどんな馬より速く、その力は人の身体ほどある岩を両手で握り潰せるほどだと。

 知識は豊かで、幼い頃から大人より理知的で老成し、まるで賢者の如く。彼らが王政で過ちを起こしたことはなく、これからも起こすことはあり得ないと。


 酒を片手に大声で語られたよ。それは熱心に。


 ……でも、それじゃ人間じゃないだろう。まあ、神の子の子孫であるとすれば彼らにとっては納得できない話でもないのか。


 僕は酒場でもらった情報を整理し直して、そんなことを考えながら、皆が眠りにつき人気のなくなった世界で、真夜中を照らす月を屋根の上に座って眺めていた。

 邪魔なコートは脱いで、魔力を高めるとする月の光を浴びる。今の季節は冬なんだけど、この国は冬でも街中は暖かいから、魔法大国と比べると過ごしやすくていい。


 ……なんか、喉がやけに乾くなぁ。


 僕は喉に手を当てて思った。昔と比べて、栄養を摂取しなければならない頻度が増えている。フローラに会えないストレスかな? フローラと離れてからは特に…。


 僕は個人的に流通してもらっている、時間を凍結させた血液を飲んだ。血液は時間が経つと凝固してしまうため、凍結魔術がかかっている。

 これを作っているやつはかなり特殊な男で、僕が裏家業で働くのは、この血液を流してもらうのに必要な条件だからだ。他にも色々とやらされている。


 ……働くのは、金の問題では無いんだ。画家の仕事もほとんど趣味で、国を行き来するのに良い肩書きだから利用していた。フローラはいつも心配していたけど、金なら行くとこに行けば溢れるほどある。伊達に長生きしてないしね。


 ふふ、そういえばフローラは倹約家だったなぁ。街に出ても必要ないものはなるべく買わなかった。まあ、そんなこと気にせずに服は買い与えていたけど。着飾るフローラは僕の生き甲斐だった。その点は僕たち大人の意見は一致していた。


「……フローラはどうしているんだろう」


 彼女の最後の顔が頭をよぎる。

 こぼれ落ちた涙。

 聞き心地の良いフローラの声が、僕の名を叫び続けていた。


「また、泣かせちゃったなぁ」


 フローラと離れ、一人になってやっと、メルとルルの言った通り僕は迷っていたことを認めた。


 フローラのいないこの数日間、僕は後悔し通しだったから。決意したつもりで、全然決意できていなかったんだ。


 向き合う決心もできないまま、フローラを突き放して、そして泣かせて。本当にバカだ。メルに朴念仁だと言われるだけあるよ。


 ……でも、フローラと会う機会なんてあるか分からない。僕は、謝ることも、できないんだ。泣かせたこと、ちゃんと正直に言って別れを告げなかったこと。フローラは沢山の知らない人に囲まれて怖かったはずだ。


 僕はあの日、フローラに後悔がないように話せると思っていた。けれど、あの路地裏に来ても僕はしっかりと語る言葉を持たずに、フローラを心配させて。


 11歳の誕生日だったんだ。薔薇を渡して、自分が満足して終わりか。なんて、自己中。


 これから、どうすれば良いんだろう。あの時、どうしたら良かったって言うんだろう。


 ……だって僕が呼び出されて出会った相手は、この国の宰相だった。フローラが国に戻って得られる幸せと僕と一緒に居て得られる幸せを比較されたなら、僕はフローラを帰してやることしか選べなかったんだ。


 人間の幸せを知らない僕に、フローラを幸せにすることができるのかってそこで疑問に思って……。


「………………」


 頭の中は言い訳ばっかり。


 僕は首を振った。


 こんな風に考えていても仕方ない。


 僕は立ち上がり、屋根からフワリと降りると、長い間避けていた借り家に向かった。



 僕は持っていた鍵を手に取り、家の扉を開けた。

 そこで待っていたのは、箱に詰められた荷物。


「……荷物を出さないといけない」


 借り家は荷物が積み上がっていた。鍵は渡してあったので、荷物は運び込んでくれはしたのだろうが、家主は来ないし専門的な道具が多いから、解くにも解けなかったというところかな? 


 フローラの荷物は、全て王城に送ってある。だから、そこまで荷物も多くはない。

 音を立てないように紐をとき、画材を取り出していく。顔料、絵筆、パレット、刷毛、ナイフ。石膏等はこちらで揃えればいいので持ってきていない。

 

 そして、最後に残ったのは山のようになったデッサン用の木版に、保存してある絵。魔法大国ではフローラをずっとモデルにして素描していたので数が多いのだ。


「……一気に持ってくか」


 紐で縛り付けてあるまま、僕の作業部屋に持っていこうとした。すると、結びが甘かったのか一気に木版が落ちていく。


 ガシャン、ゴトゴトゴトゴトゴトン。

 

 響く音ともに床に散らばる木版と絵。すごい音がした。


「……はぁー。真夜中にするべきじゃなかったな」


 一枚ずつ拾っていく。


 裏返されたそれを表にして、僕の手は止まった。


 そこには、フローラがいた。僕が描いたフローラの絵。



 例えば僕に手を伸ばすフローラ、窓を見つめるフローラ、髪を風に靡かせるフローラ。


 椅子にもたれるフローラ、髪を遊ばせ妖精のように羽を生やしたフローラ。


 花の冠を被り、髪を編み込み、創世神話にある女神のように地を見下ろすフローラ。


 サリィやメルにルルも、一緒にモデルになってもらったものもある。

 何故かここには僕も入れろとフローラがうるさかった。これは、色を塗り完成品として家に飾っていたものだ。


 あと、フローラに見せたことはなかったけど、拾った頃のフローラを題材にした絵を描いていたこともあった。誰にも売らなかった僕の宝物達。


 ーー絵のフローラはみんな、みんな笑っている。


 フローラは、ずっと笑顔でいてくれた。僕に手を伸ばし、決して離さないでくれた。


 彼女の愛は、優しさは、ずっと僕を癒し慰め、そして原動力をくれていたのだと思った。初めて会った時に、孤独だった僕をその瞳で動かしたように。


「……何してるんだろう、僕。フローラはずっと僕の幸せの形で、全部だったのに。どうやってここから生きていけば良いんだろう」


 ここまでフローラの存在が大きかったのか、と今更ながらに自覚する。


 ……この絵を(よすが)にフローラを思うだけの人生を過ごそうか。


 じっと絵を見つめ続ける。いや、フローラの代わりにするには不足にすぎる。実物の方が可愛いし、綺麗だ。


 この絵を描いた時、黄金の瞳も合う顔料が無くて、何か物足りなかったのを覚えてる。


 この5人での絵なんて特にそうだ。フローラも、メルもルルも全く色味が合ってない。


 ーーん? なんか違和感があるぞ。……()()


 ……黄金。そういえば、あまり気にしたことがなかった(見事だとは思ってた)けど、メルとルルの髪色はどう見ても黄金だ。


 いや、金色の髪を持っている人はいるんだ。

 だけど、その色はフローラの瞳と完全に同じだということに今まで着目したことがなかった。


 どうして完全に同じと言えるかと言うと、それは僕の目に秘密がある。僕の身体は特殊で、聞き取ろうと思えばどれほどの距離でも聞ける耳に、どんな遠くでも視界に入れば見渡せる目を持っている。

 特にこの目は、人間よりも明確に色を識別できるんだ。まあずっとそんなことしてたら、目が疲れるからしないけど。


 彼女達の黄金は、光の反射率まで等しく、そして微かに透過している。つまり、どう捉えても同じ性質を持つ色ということになる。


 ……待てよ。街の人間の話では、黄金は王族の色であり、神の色だ。簡単に他者に現れるような色だったら、神の色だなんて言うことはあり得ないはず。なら、フローラと同じであるその色は必然的に神の色と同じであることになる……。


 ーー王族特有の色をメル達が? どうして?


「彼女達が僕に気付いているはずだと言ったことはこの事? いや、こんな単純なことじゃないはずだ」


 僕は考える。メルとルルについて。


 彼女達はサリィの代役として新たに呼んだ二人だ。サリィが忙しい日や休みの日に交代で入ってもらうことが多かった。

 現れるのはいつも転移ポートで。転移ポートはノアが用意しているものだと思っていたけど。


 彼女たちは盛花国の王族だった? いや、王族があんなに雑用やメイドの仕事に慣れているはずがない。何ヶ国語も操るその教養の深さは高位貴族であってもおかしくはないと思えもするが……。某系の貴族はどうだった?


 あぁ、訳がわからない。詳しく知ってそうなノアのところに一度聞きにいくしかない。サリィもルルとメルについては知ってることがありそうだったから、呼び出してみなきゃ……。


 ーーメル、ルル、君たちは一体何者なんだ。


 僕は頭痛に悩まされながら、夜が明けるのを待った。





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