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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第1章 花の少女、フローラ
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02.やってきた手紙。本当は知っているはずのこと。




 その手紙がやってきたのは、僕たちが北の魔法大国、マギステッドおよびロンダニールの治める国に居た時であった。



 北の魔法大国とは、過去の大戦で聖国と争った国の一つ。

 大戦は大陸の南に位置する南島連合国、北の魔法大国、東の聖国が争って起こったものだ。

 そもそもの始まりは聖国の内乱により発生した属国間における戦争である。

 聖国による光魔法の独占に対し批判を繰り返していた魔法大国は、聖国教徒の暴動を機に内乱に干渉。大陸からの資源を求めていた南島連合もその応援という形で介入したのだ。

 聖国の属国、今では盛花国と呼ばれる国の女王、マリーがこの大戦を武力で制し聖国の内乱を終息させ、同盟を結んだことで、大戦は終了したという形を取っているが、未だに三国の軋轢は解消されていない。

 いわゆる問題の地というわけだ。


 そのためサリィたちはこの国に来るのをものすごく渋っていたが、祈祷石などの僕の影響を受けてしまうものがない国と言えば、この国しか思い浮かばなかったのだ。


 この国にも、というかこの国がまだ国になっていなかった頃の、ある場所で一時期暮らしていたこともあったので、まあなんとかなるだろうと一旦越してきた。……身分証明書なしの完全なる不法侵入という技で。


 また、この国は魔族も隠れて住んでいることが多い。規制もかなり緩く、武力主義的なところがある。

 僕にとっては住みやすいと言えば住みやすい場所、つまりはフローラと遊びに出かけやすいことも理由の一つだった。


 僕達はこの国を拠点にし、年月にして約6年暮らしていた。中継地点としての役割もできるように作らせたのが役に立ち、仕事も無くなることなく続けることができた。


♦︎

 一ヶ月くらい前のこと。

 雪が降る白銀の世界。仕事も終えて何もすることもなく、窓の外を見つめていると、何故か使われていないはずの郵便受けに魔力の反応があった。


「……なんだ、この手紙」


 僕は郵便受けに入っていた真っ黒の封筒を手に取った。受け取り主にしか開けないように封印がされてる。


 外は寒いので、中に入ってテーブルの上でソファに腰掛けて見ることにした。


「ノア・クレイブ? ……えっと」


 その手紙にはあの守銭奴、仲介人の名前があった。宛名は僕。

 解咒して中を見てみると、そこには恐ろしいことが書かれてあった。


「        」


 僕は言葉もなくその文面を見つめた。何分その手紙を見つめていたことだろう。


「ルーク、どうかしたの? 集中して手紙なんか見て」


 フローラが僕のもたれかかっているソファの後ろにやってきた。


「……⁈⁈」


 ゴテンッ!


 僕は驚きで、座っていたソファから転げ落ちた。そうしながらも、その手紙がフローラに読まれないように守る。

 フローラは上から僕を覗き込んでくる。


「ルーク……。いい加減、その転がり癖はどうにかしたほうがいいと思うの。危ない」


「……ごめん」


 ーーアイツのせいでフローラに怒られた。


♦︎


 僕は、夜更けに仲介人ーノアを呼び出した。


 彼は紹介所から動くことのできない身なので、魔法の映像を介してだ。


「これは一体どういうことかな……」


「書いてある通りだ。フローラ様は盛花国の王女だったということだ。わざわざ国王の署名付きの命令書が送られてきた」


 確かに手紙にはそう書かれていた。

 あの手紙は言うなれば、僕への召喚状だ。


 ーーフローラ・ローゼマリー・プレーシア殿下を保護して下さった方へ


 10年前の会戦時女王が親征していた折、戦争の混乱に乗じフローラ殿下が侍女に攫われた。

 当該の侍女は殺害されるも、フローラ殿下の遺体が見つからなかったため、捜索は続いていた。


 この度、フローラ殿下であると確信できる情報を手にし、殿下を一時的に保護して下さった貴君に確認のため、召喚に応じて頂きたい。


 と言った内容だ。

 聖国の公用語は話すことは出来るが滅多に書くことがないため、正確に訳せているかに自信はない。だが、フローラを殿下と呼び、盛花国の王女だと言っていることは間違いない。


 とにかく、ものすごく気に障る文章の書き方だった。「保護者」「一時的に」。この文章を書いた人間は、ピンポイントで僕の沸点を抉ってくる。まるで僕を怒らせたいみたいに。


 僕は小さくため息を吐いて、ノアに答えた。


「……年齢が違う。第一王女なら十六歳になるはずだ。フローラは正確な年齢こそ分かっていないが、まだ十歳なんだ」


「そこらへんもいくらか事情があるみたいだが、俺みたいな部外者、それも裏家業のもんには何も教えてもらえやしねーよ」


 そこでノアは言葉を切った。


「……とにかく言えるのは、フローラ様は国に帰さなきゃならねーってことだけだ」


「こんな手紙だけで納得できるわけがないだろう」


「それは分かってる。だからこその召喚状なんだろう。……だが、だがな。アンタはこのままずっと、フローラ様と一緒に暮らしていけると思ってるのか? どうしたってボロがでる」


 透過したノアの顔が半分、影に隠れる。一瞬、瞳が光った様にも見えた。


「……人間じゃないとまだ明かしてもいないんだろう」


「それは……、それは」


「時間の問題なんだよ、どうせ別れることになる。分かってるだろう? アンタの時間と人間の時間は全く違う。もうそろそろ離してやってもいいんじゃないか。そのいい機会だったと思うぜ」


「…………………」


 僕はただ混乱していた。どうして、こんな急にこんなことが起きるのか。フローラと別れるなんて考えたこともなかったというのに。


 フローラは十だ。まだ別れるにしても時間はあるものだと思っていた。


 僕は、結局ノアに何も返すこともできなかった。


「……召喚には応じるのか?」


「…応じはするが、その後がどうなってもそちらの責任だと言っておいてくれ」


 気分がぐちゃぐちゃで、力を制御できる気がしないんだ。



♦︎

 


「ルーク?」


 周囲を騎士達に囲まれ、混乱するフローラの顔を見る。


 ーーどうして? なんで? 


 訴える表情が苦しい。フローラにそんな顔をさせたくない。


 でも、仕方がない。フローラにとってはこれが一番良いことなのだ。そう自分に言い聞かせた。


 スッと息を吸う。

 

「フローラ・ローゼマリー・プレーシア第一王女殿下。王城へお帰り下さい。ご家族がお待ちです」


「……ルーク、何言ってるの?」


 フローラの本当の名を呼び、僕は彼女を突き放す。ここまで言えば、フローラは分かるからだ。


 僕が彼女と本気で別れようとしていることを。


「ローレンさん。王女殿下をよろしくお願いします。早く連れて帰ってあげて下さい」


 事前に顔を合わせていた、女性騎士団団長であるローレンさんにフローラのことを任せる。

 この女性も黄金の瞳を持っていたので、盛花国の女性はこの瞳を持つ人間が多いのかもしれないと思った。


「もちろん、わたくし達が全力でお守り致します」


 フローラはその代表者の顔を見ると、ハッと気づいたような顔をして叫んだ。様子がおかしい。


「……っ。ルーク! ルーク! 聞いてよ、サリィ、メル、ルルはどこにいるの? 話を聞かせて。お願いだから!」


「フローラ王女殿下をお連れする。成員、配置につけ」


「ルーク! 嫌だよ! ルーク、ルーク!!」


 フローラが必死に叫ぶ……。


 涙が彼女の頰を伝っている。五歳のあの時から、流さなくなった涙が。


 ーールーク!


 僕が咄嗟に手を伸ばそうとした時、初めと同じく、青の魔法陣が展開されフローラは消えた。


 伸ばした手を握りしめて、僕はその場に座り込んだ。顔を俯け、目を瞑る。


「……これが、フローラのためなんだ。僕にできたのは、これくらいしか……」



 ーーそこで足音がした。

 僕が全く気配に気付かなかった。……一体誰だ。

 僕は顔を俯けたまま様子を見る。すると、よく知る声がした。


「あーあ。どうなることかと、様子を見にきたら。やっぱりフローラさまを泣かせましたね」


「最後にまともに別れの言葉も交わさないなんて、本当に意気地なしー」


 顔をあげてみると、そこにいたのはメルとルルだった。いつものようにメイド服を着ている。

 キャップにまとめてある金髪が、かすかに反射して光っていた。その黄金はフローラの瞳を思い出す。


「……なんで君たちがここにいるんだ」


 サリィ、メルとルルの三人には一週間前に暇を出したはずなのに。フローラと別れることが決まったから。


「……はぁ、どうしてってフローラ様のためですよ。ルークさんってホント抜けてますねー。一応言っときますけど、大事なもの全部守りたいなら、もっとちゃんと考えなきゃいけませんよー。じゃないと、大事なことも見逃しちゃいますからー」


 ルルは僕の眼を覗き込んだ。僕にメガネの奥の瞳の色が見えるくらい。その瞳は薄茶色で、冷たい光しか映していない。

 柔和な表情をしても、ふざけた発言をしていても、彼女達はいつも誰より冷静だ。


「……本当は気付いてるんじゃないですかー?」

 

 メルは訝しげに僕を見る。


「気付いてるって一体何に? ルル、メル、君たちは何を知ってるっていうんだ」


 僕を上から見下ろす二人は、腕を組みこれは重症だなーと口を揃えて言う。


「うーん……。今のところは、まだやり様はあるってことしか言えませんね。私達はフローラ様の味方なので。フローラ様にとって何が一番大事なのか、改めて考え直すべきだと言いにきたんですよ。全部全部考えて、突き詰めて。最後の最後に出した結論なら、良かったんですけど。ルークさん、まだ迷ってるじゃないですか……」


 ーー迷っている? 僕が?


 そんなはずない。僕はフローラが一番幸せになれる道を選ぶことができたんだ。どうして、迷ったりなんか。


 僕は否定の意味を込め、首を横に振る。


「じゃあ、どうしてフローラ様の手を握ろうなんてしたんでしょうねー?」


「突き放すみたいに、フローラ様をお帰しになって。あんなんじゃ、どちらにも後悔が残ってしまいますー」


 …………そう聞かれると、何故そうしたのか。それは、分からない。

 メルとルルの言葉がグサグサと、胸に突き刺さる。


 呆れたような彼女たちの目。


「フローラ様はあなたのどこがいいのやら……」


「ああいうダメな男が好きな女性がいるとは知ってましたけど……」


 二人の言葉は、普段彼女達が嘘をつかないと分かっている分、すごく重い。彼女達の毒が場を占めている。

 ……いつもなら、フローラかサリィが助けてくれるのに。


 そこで鳴る時計の鐘の音。


 ーーゴーン、ゴーン。ゴーン、ゴーン。


「おっと、もうこんな時間ですね。話をしてる時間はあまりありません。結論を言うと、私達は文句を言いにきたわけではなく、最後の最後で困ったら私達の元に来れば一度は助けてあげますよ、ということを言いにきたんです。ちゃんと自分で気付いて、自分の意思で動いて下さいねー」


「あとちゃんと考え直して、状況把握を怠らないようお願いしますー。頭は良いはずなんですから。このまま、朴念仁のままでいないでくださいねー」


「じゃあ、また会いましょう」


 言うだけ言って去っていく。

 黒のサテンドレスに、白いエプロンがフワリと浮き、彼女達が回れ右をした。


「……ま、待ってくれ」


 路地を抜け、先に街角を曲がったはずの二人を追うと、もう姿形もない。魔法の痕跡も何もないのに、どうやって人間があの一瞬で消えられるんだ。


 彼女達は、僕が生まれてから知った中で一番不思議でマイペースな生き物だと思った。


 そして、二人が残したメッセージ。


 僕が本当は気付いてる、気付かなきゃいけないことってなんだ……。




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