13.新たな出会い
「黒髪も似合うなあ」
そう言われたルークは不思議そうに、髪を触った。髪を切り、黒に染めたその姿は、これまでの神秘的とも思える姿とも違い、恐ろし気で近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
ライアンの狙った地味見えるような姿とは違ったが、真っ白に輝いていた人外そのものと言った様子からは変化した。
『金髪に憧れて染める奴らがいてな。その際に、色々やらされたから染めるのは得意だわ。薬草とか、殻を集める準備が大変なんで、次からは自分でやれよ。自分のことなんだからな』とは、ナベを一晩中かきまわして腰を痛めたライアン談。
動物のように頭をぶるぶる振り回しても、髪が邪魔にならないことに気付いたルークはこの髪型を気に入り、ずっと続けることになる。
「とりあえず、周囲に顔を見せないようにしろよ。これからいくとこは変態が多いからな」
「変態?」
「裸にされて、デッサンのための人形にされたくないだろう? お前の身体はデッサンにちょうど良い体型だからな。顔も合わせると、お前ほどモデルとしてふさわしいやつもいないんだが」
「……人形にされるって?」
ルークは自分が石膏像にされてしまうイメージをした。
ライアンは、ひたすら周囲をうろつかれ、モデルとして動いてくれるように粘着されると言いたかったのだが、怯えているようなので、それ以上何も言わなかった。ようは警戒心を持ってくれれば良いのだ。
黒髪を染め、地味に見えるための様々な努力をし――それでも少しも良くならなかったので、顔を隠せと再三注意をして、移動することになった。
なるべく夕方以降の時間を選び、目立たないように都に向かった。さほど遠くはなかった。人と接触しないように動くのが大変だっただけだ。
そうして、ライアンとともに彼の所属する場所である教会にやってきた。
その場所は見たことがないほど、整えられた空間だった。
空まで見上げるほどの大きな塔が視界の端と端に一つずつあった。左右を別々に見てみると、同じ景色が見事に広がっている。白を基調とした建物が並び、白石が足元に敷き詰められている。
見たことがないほど、立派な建物だった。これまでルークがいた場所が、古びた施療院であったり、洞窟の中だったり、手狭な小屋であったにしても、その建物は見る人を圧倒した。正直に言えば、荘厳すぎて居心地が悪い。
「おまえが働くことになる場所だ。
双塔を象徴にしたここは、『ドゥ・トゥール』。この世界を創造した夫婦神を祀る神聖な神殿だよ。女神が降臨した場所とも言われてる。散々勉強させただろ?」
「……うん、分かるよ。でも、あれが勉強だって言われても納得できないかな……」
脳裏によみがえるのは、覚えろと言って積み上げられた資料の山。あとはほぼ放置で、覚えているか確認させられるという方式だった。
フィオという優秀な教師によって懇切丁寧に教え込まれたルークにとっては、そのやり方には戸惑った。何をどう覚えていけば良いのか、途方に暮れた。なにせ、目的も何もない。
「お前は疑問に思うことが多すぎて、いちいち答えてるといくら時間があっても足りんから、自分で調べた方が効率が良いんだよ。そのために、超絶貴重な辞書を与えてやったんだろうが。感謝しろ」
「うん」
「あれは俺が作ったんだぞ、何年も時間をかけて」
「そうだったの?」
「若い頃の疑問をまとめて作ったんだよ。俺の人生が詰まってる、世界に一つだけの辞書だぞ、ありがたく読むように。
……お、来たぞ。あいつらはプロだが、この領地で偏屈にも芸術で生きていくことを選んだ奴らだからな、よく注意しろよ」
ライアンはルークに余計なことは話すなよと注意をして、衣服を軽く整えた。
「ライアン司祭〜、お待ちしてましたよぉ」
やってきたのは、もじゃもじゃの髪のローブを纏った青年だった。細いが身長は高く、そばかすが似合う純朴な様子に見えた。見た目はだが。
「長く留守にされてたので、もう帰ってこないのかと思ってました。それなのに、急に帰ってきて仕事を用意しろなんて言うから、びっくりしましたよ。
で、一体どうしたんですか? それにこの人は誰ですか? やけに背が高いですね」
「こいつが新しく入ることになる助手だ。ルークという。俺の弟子だ」
「へー」
「ルーク、こいつはエドフだ。俺の部下」
じろじろと見つめられて困った。ライアンの後ろに思わず隠れたのは、その視線があまりにもぶしつけすぎたからかもしれない。そして彼はどんどん迫ってきている。
「おんやー、すごい。すごい、すごいすごい」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。目が回りそうなほど、ルークの周りを回る。
「それぐらいにしてやれ」
「興味深いお方ですね」
ライアンは、後退りして今にもここから逃げそうなルークを引き留め、エドフの頭を掴んで止めた。しかし、エドフの口は止まらない。
「身長は190ほどですか。細身ですが、柔らかい筋肉質で、勤労でついた筋肉というより、持って生まれたものなのでしょう。上半身下半身、左半身右半身、どちらに偏ることなく上質な筋肉が作られています。軸もブレていない。線が通ったようにまっすぐですね。実に羨ましい。
その上、足も長く、顔も小さい。それでいて、アンバランスではないところが不思議です。背が高すぎると、体格もよくないと見目が悪くなるものなのですけど。彼はまさしく完全な比率を持って生まれたように思えます! 遠目から見ただけで、あなたがあなただと分かる容貌だ。それも顔も見なくても分かる。影のシルエットだけでも、あなたを判別できそうだ。
あぁ、もっと見せてください。小さくならないで、こっちを向いて。
助手よりもモデルの方が向いているのではないですか? ぜひわたしの作品のモデルになって欲しい」
「ひっ」
「駄目だ」
「彼をモデルにすれば、見たこともないような世界を作ることが出来るように思えるのですが……」
恍惚とした表情で、違う世界へとトリップしている。
ライアンはエドフでこれなら、これから会わせる奴らの反応がどうなることか末恐ろしく感じていた。
「顔は見せていただけないですか?」
「まず案内しろ」
♢
「はー、こんな逸材をどこで拾ってこられたんですか」
「壁に貼り付けて飾っておきたいような見た目ね」
「今度作ろうと思ってた教本のモデルにぴったり」
ライアンは案の定だと頭を抱えた。ルークの才能は活かさなくてはもったいないと、この場に連れてきたのだが、このような有様で、まともに話もできやしない。ルークは壁にべったりと張り付き、今にも逃げそうだ。
「お前たち、仕事はどうした。そいつは飾りじゃないんだ、壁に張り付かせるな。使い倒せ」
ルークはひとでなしを見る目をした。
「なんだその目は。モデルにされたくないなら、とりあえず働け。動き続けろ。寝ている暇もないかもしれないが、お前絵を描くの好きだろう?」
ライアンの言うことを無理矢理ではなく、ルークが素直に聞いたのは絵に関することだけだった。あまりにも動かないので、ケツを叩いて動かすことが日常とかしていたが、絵に関しては自ら興味を示していたのだ。
だからこそ、ライアンはルークをここに招いた。ここはライアンの聖域である。自ら望まないものに強要して、絵を描かせるほどここは安い場所ではない。
「エドフ、マリカ、リーウェン。こいつはモデルじゃない。人材だ。なんでも教え込め。使えるぞ?」
三人とも今までとは違った表情でルークを見た。先ほどまでは、外套の中に隠されていた美貌――この世のものとも思えないような神のような美貌だと彼らは評した――を鑑賞するのに夢中だったが、その美貌の持ち主の中身にやっと興味が向いたようだった。
「彼、名前は?」
「ルークだ」
「出来ることは?」
「基礎は大体教え込んである。あとは、模写が得意だな。現実にあるものは全て写し取るように描ける」
「それはスゴい」
「ただ少々、感受性に欠けるな」
マリカは感心した声を出したが、ライアンは難もあるからそこは教育が必要だと制した。期待しすぎて、潰されては叶わない。
「こんにちは、ルーク。これからよろしくね?」
認めたのか認めてないのか分からない表情で、マリカがルークに手を差し出した。ルークはその手を警戒するように見つめている。そして、そろっと手を乗せた。
「……よろしく」
「お前たちがとんでもない要求をするから、工房の弟子たちが軒並み消えたと聞いたが、ほんとか」
「寝食削るくらいのことができない画家を画家と認めなかっただけなんですけど」
「僕の部下たちは全員残ってますから、一緒にしないで下さいよー」
「……こいつはよく寝るが、その分よく働くから問題ないだろう」
「じゃ、仕事を始めるか」
赤髪のマリカ、もじゃもじゃのエドフ、ひょろひょろのリーウェン。新たに関わることになったライアンの部下たち。
ルークは、ここで人間の怖さを知ることになる。逆らうべきでない人種というものも。
久しぶりの投稿で、勘が鈍ってます。
できあがり次第投稿で、直しが入るかもしれませんがご容赦を。




