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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第3章 生まれ持って人とは違うもの

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10.ライアンという男


 ルークが目覚めたそこは、川沿いの小屋だった。

 数匹の羊や犬、豚やにわとりが放し飼いされていて、戸が大きく開け放たれている。ちいさなかまどと明り置き、洗い場。木をそのまま切り出したかのような机。コップや皿などの生活用品はほんの少し。それ以外は山のように積まれたわらーールークはそこに寝かされていたようだった。奥には、まだ部屋があるようで、戸がある。

 何が起きたのか、自分が何をしたのか、全く覚えていなかったルークは小屋の中をキョロキョロと見回す。


 外からパキンバキンと音がして、窓からひょいとのぞき込むと相手もルークに気付いたようだった。


「お。起き上がったかー。メシ食うか?」


 目覚めたばかりのルークに、白いひげをたくわえた恰幅のよい男性が言う。

 薪割りをやめ、小屋の中にのっそりと入ってきた彼は身長が高かった。色とりどりに袖が汚れたチュニックと毛皮で作られたベスト。ぴったりとしたズボンと長靴。普通の男性というより、筋肉隆々の山男という表現が似合うような、そんな見た目をしていた。


「?」


 ルークが困惑して彼の顔を覗くと、笑顔で背中をバンバン叩いてくる。人にこんなに乱暴にはたかれたのは初めてだったーーシアはなんだかんだ力加減をしていたので。

 そのままルークをかまどの前のテーブルに座らせて、ふんふんと歌を歌いながら、かまどで何かを温めている。


「若者はメシを食わんといかんぞー」


 そんな言葉とともに、テーブルに器がのせられた。これを食べろと言っていることはわかった。


 ーーしかし、ルークは食べられない。孤児院でも食事はしていなかった。少しの血さえあれば十分だったから。


 かまどにあった鍋からよそってわたされたのは、ミルクがゆ。パンを羊の乳で柔らかくしたモノだったが、スプーンを動かし、少し口にして、ルークは戻してしまった。


「ん? 大丈夫か。しばらく寝ていたからな。食べられないなら、ミルクは飲めるか?」

「……あ」


 次にコップを渡されて、またひとくち。

 それは口にすることができたので、ルークはごくごくと飲んだ。たぶん、このときが血以外のモノを感じた初めての機会だった。舌をぺろぺろと動かして、味? というものを理解した。ルークはこの味だけはずっと覚えていて、ミルクを飲むことを習慣付けていたりしたくらいだった。なぜかミルクを飲むと心が温かくなる気がしていたので。


 大きな足を椅子の上で組んで、ライアンは言った。


「俺はライアンだ。おまえが川から流れてきたのを拾った」


 ルークはその言葉を聞いて、そういえば川に飛び込んだっけと思った。どんなに危険な目に遭っても、彼の能天気さだけは変わらないのだ。ぼーっとライアンの顔を見ながら、自分がどうしてそんな状況にあったかを思い出そうとするけれど、ルークのポンコツな脳は自分の思うとおりには動いてくれなかった。


 返答のないルークにライアンは訳ありかと思ったようで、顔を縦にふりながら、「世間の荒波は厳しいモノだからな」と一人納得する。


「世の中に絶望して、身でも投げたか。それだけ美しかったら生きようはたくさんあるだろうに。若い身空で、そんなことをしてはじいさんはかなしいぞ。しかし、おれが拾ったからには身投げなんて真似はもうさせん。それで、若者。おまえの名は?」

「ぼくの、なまえは……ルーク」


 口を挟む隙のないライアンの会話の最後にだけ、なんとか反応したルークは自然とそう口にした。

 手を差し伸べられて、握手をするとライアンは大きく笑った。


 それから、ルークはライアンと日々を過ごすことになる。

 ライアンが言うには、ここは神聖ドゥトゥール国の都市の郊外であり、めったに人がやってこない場所だという。楽隠居をするために立てた小屋にやってきた客人が身投げ人とは、と笑って話していた。

 ライアンは、気ままな人だった。好きなときに眠り、好きなときに起きて、井戸から水を汲み上げて食事を用意して食べる。羊の世話は犬に任せて、けんかをする動物たちにむかって「もっとやれ」とけしかける。野に育てた野菜や果物を集めて、調理もせずに食べては大きな口を開けて、苦労して育てたもんはうまいと笑いーー彼は植えて放っておいただけであるーー、山菜、魚やイノシシなどを狩ってきて、ルークに見せ、下ごしらえを手伝わせた。にわとりに追い立てられるルークを弱々しいなと言って、そのにわとりの足を払って、処理をして、食べた。肉を食べて、野菜を苦いとぐちぐちつぶやき、その実よろこんで、自分に与えられたものはすべて神からの恵みだと感謝していた。

 ルークにとって、この生活は衝撃の連続だった。


「しごとすっか」


 ある日、思い立ったようにライアンはそう言った。いつの間にかルークは、ライアンの小間使いのように働かされていたので、その『しごと』にも巻き込まれることになったのは必然だった。じいさんにばっかり働かせるつもりかー? というのは彼の口癖だった。


 彼らが向かった場所は、目覚めたときに見た扉の奥。

 そこにあったのは、手入れの行き届いた書斎のようだった。布がかけられたものがいくつかあり、思ったよりも広い場所だった。

 ルークはここまで多くの本と羊皮紙を見たことがなかったため、興味津々になり部屋を見渡した。手に取り、本を開いてみるとそこには人体を解剖した図が載っていた。さらには、植物や動物の構造が詳しく描かれたモノもあった。


「おっと、これは秘密のシロモンだからな」


 ライアンは素早く、それをルークから奪った。


 そして奥に向かい、並べられた布の覆いを取り去る。

 そこには模様があった。複雑に、多様に、線で形を作っている。流線は陰影を立体にさせ、直線は枠を切り出す。流れるような丸みに優しさや柔らかさを感じさせる女性と、その腕に抱かれた赤子。背景には、光というべき斜線が円状に連なり、そのあいだに花びらが舞う。色はつけられておらず、太い線の一本一本をつなげて描かれたそれは、『絵』というものだった。


光の子(救世主)と女神だ、わかるか?」


 実はライアンは、神学者という立場であったが、神への奉仕者を増やすためには、口頭による布教では足りぬと自らが描いた絵を用いて教典を編纂し、教会の拡大に一役買った人物であった。俗に言う「画家」としての立場を自ら築いたのが彼であり、その半生は絵と宗教に費やされていた。神学者よりも画家の側面ばかりが有名となっていても、動物たちと日々喧嘩するこんな日常を送っていても、彼は優秀な学者だったのだーー驚くべきことに。


「これは、なに?」

「絵だよ。というか、絵になる前の構想の段階だ」


 線を触れるか触れないかのところで、なぞる。


「おまえ、文字は読めるか?」

「読めるよ」

「ほう、なら大丈夫だな。力仕事も得意だもんな」


 シアやフィオの努力の甲斐があるというべきか、難しくない書物であれば読み解くことができた。シェリルが読んでいた童話のようなものなら、問題は全くなかった。


「おまえは今日から俺の弟子になるといい、『師匠』と呼べ」

「弟子ってなに?」

「弟子とは教えを請うもののことだ。師匠は教える側のものを言うんだ。わかったか? ほら、『師匠』だ」


 ライアンはその有能さゆえに数々の功績を残したが、その形跡が後の時代にほとんど残されていないのは彼が変人だったからである。川で溺れていた青年を拾って、世間知らずの彼を気に入ったからと弟子にするような自由さは教会では歓迎されていなかったのであった。権力者の子息だろうが、教会の上司だろうが、見る価値相手にする価値なしと思えばその時点で無視をするので、表に出さないのが世のため人のためであった。


 弟子となってからのルークは彼の絵のモデルとなったり、顔料を作ったり、石灰を潰したり、炭を焼いたり、石を削ったりと働かされた。時には、ライアンから問答めいた質問をされて、困惑したりもした。……ルークは眠っていたかったのだが、弟子育成計画を立てていたライアンによってそれは阻止された。


「そういえば、おまえはどこから来たんだ?」

「わかんないなぁ」

「親は?」

「親? 僕を産みだした人ってこと? いない」

「孤児ってことか? それにしちゃ、しっかり教育を受けてきたように見えるが」

「うーん、本当にいないんだよ」


 いるか、いないかで言われれば()()()。ルークの心がもやに包まれて、境界がおぼろげになる。それを見つめて、ライアンは深く考え込んだ。

 ルークは椅子に座ったまま、微動だにしない。瞬くことさえしなかった。白く長い髪を後ろにまとめて、赤い瞳がライアンを見つめながら見つめていない。

 

「おまえは単純に見えて、複雑なんだな。じいさんにもわからんことばかり言いおって」

「僕には師匠がよくわからないよ」


 ライアンの手は、話しながらもスムーズに動いていく。


「ルーク、そういえばおまえいつ生まれた」

「え?」


 ライアンはルークが魔物ではないかと思い始めていた。いや、魔物というにも正しくないのではないかと思っていた。食生活をともにし、絵のモデルとして観察を重ねていれば、その違和感には簡単に気づけたが、彼の感情がその事実を否定したがっていた。魔物なのであれば、余計に否定したかった。


「花が種になって、大樹になるくらい」

「なんだそりゃ」

「それが僕だから」

「……謎かけか?」

「たぶん、師匠よりは年上だよ」

「……はっ」


 全く隠し立てることもせずーーそんな意図はルークに存在しないーーそう確信をもって返答されて、ライアンは探ることも馬鹿らしくなった。これはルークに関係した人物たちには共有できる感覚であった。

 しかし、それ以上にショックだったのはルークよりも自分が年下だったという事実である。年齢なんて些細なこととルークは思うが、老年ぶって、自分がその人物よりも年下だった状況は恥ずかしいものだ。これをライアンは引きずった。若者のふりをして、だましたなとすねた。



 そんな平和な日常を送っているライアンとルークがいる一方で、シアとフィオの日々は複雑に揺れ動いていた。


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