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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第3章 生まれ持って人とは違うもの

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9.地の底へ、ようこそ



 盛花国の王城の体制は、簡潔にできている。

 命令形態をより簡素にして、上司と部下の動きに乱れがないようにしているのだ。


 なんと、軍部は兵役者と志願者、騎士やその他の枠組みだけだ。補給部隊などの編成もないのだとか。能力の差で隊司令や騎士団長が決まるらしいが、その指揮権は王のみにあるので、それに逆らうことなく従う人間が配属されている。その一番上がルーファさんらしい。

 伝令役は軍部以外の部署が行うので、兵士たちは乱れなく戦うことに集中していれば良いとルーファさんは言った。

 あとは内務、外務などの国政だが、王族が担当している。ホーリーくんは主に外務を担当しており、お父さんはお母さんの補佐。

 最終決定は全て王の目を通して行われ、書類上の不備はほぼないとのこと。……お母さん、やっぱり人じゃないみたい。

 国の浮き沈みは王の能力次第ということだ。

 

 軍部という、あまり触れたことのない環境で学ぶにあたって、まずルーファさんは、部下にさん付けをしないことを約束させた。


「ル、ルーファ……さ」

「殿下。私に敬称は入りません。規律が乱れるので、部下と上司の区分はしっかりとお守り下さい」


 ルーファさんに教えを乞うということでここに来たのだけど、サリィと現場を見学しながら、出来るところまで登ってきてください(原文まま)とのお達しだった。

 登るって何……? 


「第一王女殿下」


 サリィは自分の仕事もあるのに、ルーファさんに押し付けられるがまま、私に色々と教えてくれた。


「母が登れと言ったのはですね。勝ち上がれということでして……。

 ここでは定期的に、下剋上が起こるんです」

「下剋上?」


 戦力の上位に位置するものに、下位が挑戦する。

 階級は上級騎士、下級騎士、従騎士。また、第一兵士、第二兵士、新人兵士など。それを積んでいくことで、より経験を重ねて研鑽し合うのだ。勝ち数が多くなるほど、昇進の機会が増える。

 私は最下級からのスタートで、一騎討ちをして勝利をしなくてはいけないということ。

 

「……挑戦するってことは」

「そうです、武器が必要になります。殿下は、武器をお持ちになられたことは?」

「武器はね……」

「……ルークさんが殿下に、させるわけないですよね」


 ルークに危ない物にはお願いだから触らないでと、泣きそうに頼まれていた。いつまでも小さな子どものように扱われて反発しても、これだけは変わらなかった。

 王城に来てからも、ホーリーくんと魔法の修行をしたりはしたけれど、武器は触ってない。だから、私が襲われたとしても反撃する術は魔法しかない。でも、魔法は本当に必要な時だけ使用するとお母さんと約束した。

 いつも守ってくれたルークも隣にいない。……まだ見つかっていない。

 私は空手で生きていけるわけではなくなった。自分は、ずっと守ってもらっていたのだと感じた。


 ーー強くならなくては。

 

「剣を持てますか?」

「……うん。持つよ」


 それから、兵舎の一部を借りて訓練が始まった。小さな体に合う細剣(レイピア)を握り込み、姿勢を矯正し、隙を作らないようにする。一振り一振り、意識して動いた。はじめは相手を傷付けることが怖かった。でも、傷付ける以前の話だと気付き、開き直ってからは習得の速度が変わった。


 模擬戦を申し込んでも、私の立場に遠慮している人が多かった。物慣れない私の様子に、怪我をさせてはいけないと思ったのだろうけど、これでは何も身につかない。

 私はひたすら人の動きを見て、自分に足りないものを探した。相手を倒すためではなく、自分を守るための武力を手に入れるために、最適な方法を。


 時にはサリィと撃ち合いをした。

 彼女の戦い方は、攻めに出られる前に相手の動きを制するもの。両手剣を主にして、力の強さを生かして動くのだ。

 彼女の叩き潰すような勢いのある剣先をなんとか避けて、直接剣を合わせぬように。そして剣を体の一部のように動かせるようになるまで、ひたすら訓練した。

 剣を握って気付いたのは、私は他の人よりも先が見えるということ。動きが覚束なくても、どう動くかが分かった。読み合いを制することが出来れば、あとは剣を扱えればいい。


 それが分かるのは、多分サリィやルークといった戦いに長けた人が身近にいたからだと思う。

 特にルークの動きは無意識だろうけど、誰よりも洗練されていた。彼は人の気配を察知してはその能力を使って人から逃げることを繰り返していた(魔法大国にいたときが特に)。私はずっと隣にいたから、ルークの凄さがよくわからなかったけれど、彼は()()()()違うのだ。


 

 そうして2ヶ月経った頃には、模擬戦を受けてくれる人も増えた。そして、勝率は上がった。


「さすが姫様ですね!」


 山のような屍を後ろに築いて、サリィが手を叩いてそう言った。サリィはサリィで、市中に出て仕事をしているようだけど、うまくいっていないのか、兵舎に来ては周りをボロボロにしていた。……サリィはちゃんとした大人だと思っていたのだけど、そうではなかったことが発覚した。


「ありがとう、サリィ。……でも、これだと何か違う気がする」


 与えられた課題を熟すことに尽力して来た。しかし、私にとっての違和感が消せなかった。これで何か変わるのかな。


「何かつかめましたか?」


 そこにルーファがやって来た(自然に呼べるようになった)。彼女は週に一回ほど、様子を見にやってくるのだ。

 周囲が、背筋を自然と正すのが分かった。自分の気持ちも、ピンと線が張ったようになる。


「……」


 サリィと私の様子。周囲を見て、ルーファはため息をつく。

 困ったと言わんばかりに、腰に手を当てる。


「殿下。登るというのは、ただ単に勝てというわけではないのです。

 そして、サリィ。お前は直情的すぎる。無駄な戦闘をするな。修練なら、相手をする側にも自分にも理になることをしろ。ユダ様はそれを許さないはずだ」


 自分なりに進む道を探して来たつもりだったけど、ルーファが求めているのはそれではないのだと言う。

 私は彼女の目を見つめる。


「……陛下が、殿下をどうしてここに来させたか、今更ですが分かりました」


 これではここに来た意味がない。あなた方の学習能力は分かっております。あとひと月もすれば、ほとんどの者はその戦略によって倒されてしまうでしょう。それは()()()()()()()()()()だ。


 感情が無い、凍りついた瞳を向けられた。こんな表情は見たことがなかった。自分の気持ち全部心中で潰してしまったみたいな、何も読み取れない表情だった。


「私が求めているものを感じて下さい。そして、達成しなさい」

「……ルーファが求めているのは、私がみんなに認められるということ? それとも別のこと?」


 私は質問した。

 周囲に認められることは、お母さんの地位を受け継ぐために、必要なことだと思っていた。でも、ここでは勝ち越せば認められるのではないの?


「殿下は、それが必要だと思っていますか?」

「……」


 勝ち上り認められることに違和感を感じていた私は、言葉に詰まった。


 ルーファがふむと考え込むように、首元に手をやる。それだけに見えるのに、その姿はルークと同じくらい隙がない。ルークは隙だらけに見えても、相手に攻めさせる余白というものが存在しなかったのだけど。


「……そうですね、時間もあまりない。では、目標を変えてみましょうか。

 どんな手を使っても良い。一月後、私に勝ってみて下さい」

「⁈ 、母様。それは、いくらなんでも」


 サリィが反論しようとして、ルーファが目にも止まらぬ速さで剣を突き出した。

 サリィも即座に反応して、手元の木剣で受けたが、髪の一筋が切れた。


「……っ」

「だまれ、未熟者」


 ルーファは「それでは、よろしくお願い致します」と背を向けて、そのまま嵐のように去っていた。


 ーー彼女は、何を求めているのだろう。


 兵舎の中は、しんと静まり返っていた。

 


 

 サリィと並んで、聖樹の間に入った。


 落ち込んでしまったサリィと、ルーファの考えが読めずに困り果てている私は、英気を養うためにこの空間に入った。私が誘ったのだ。

 ここは人の気を落ち着けてくれる。他の人の気配もないので、考えるには最適な場所だった。


 大きな大きな樹木が、空を覆うように広がっていた。緑は空色の中を縫って、黄金色の光を纏わせてざわざわ揺れる。葉のざわめきと同時に、空気が澄んで息が詰まる透明な層になる。それは聖国で見た大聖樹とそっくりだった。


「そもそも、母様たちは秘密主義すぎるんです。教えられていないことを、どうやって理解しろと? 

 道は示されていると言われますが、その道は蜃気楼ですよ。踏み出せば先がない。殿下の前であのように剣を振るうところもですが、我が母ながらあの常識の無さだけは見習いたくありません」

「……メルとルルなら、どう考えるんだろう」

「姉様たちなら、母様に真っ向から反抗するかと」


 いっそのこと、それもありかも知れませんとサリィは呟いている。


「……ふぅ」


 考え込むサリィの横で、私は目を瞑って、乱れていた息を整えた。

 さっきから不安定になっていたのだ。

 ルークが居なくなってしまったあの時みたいな。何もかもが不自然で、怖くて、でも感情ばかり先にある。知らないことを突然知らされてしまった衝撃が、心に徐々に響いた。


「……難しいね」


 何にも言わずに、聖樹を眺めた。ほんとにそっくりだ。


 ふと、疑問に思った。

 あの大聖樹の地下には、古代の魔物(ディアボロス)がいた。では、この樹の下にも何かあるのだろうか。


「サリィは、ここでゆっくりしてて」

「姫様?」

 

 私は普段なら絶対にしないことを、興味が示すままに始めた。

 そろそろと降りていって聖樹の根本を辿って触れる。

 お母さんがしていたように樹と感覚をつなげる。


 ーーここはそもそも、盛花国のどこにあるんだろ。


 国中に広がる根っこの先の先まで、覗き込もう。


 その欲望に従って、()()を見る。

 私と土地が一体化したようだった。下に下に潜っていくと、聖樹が水を飲むようにエネルギーを吸い上げている場所を見つけた。


 真っ暗な場所。天も地もない逆さまの世界。その中まで入り込みたかった。自分の中の答えを見つけるために、入り込む必要があると思った。


 境界線をくぐり抜けて、奥の奥まで。


 やっと通り抜けたと思った時。


『あぁ、もうそんな時期か』


 そんな声が響いた。

 そして、私が立っていた聖樹の間の地面が崩れて、体がその穴の中に入り込んでしまった。咄嗟に自分の力を使って、衝撃を吸収する。

 土の中だから、地面から落ちたなら他の層にぶつかるはず。しかし、いつまでも落ち続ける。


 ーー空から落ちたみたいだった。


 こんなことって、あって良いの?


「ひめさまぁ!!!」


 上から、サリィの声が聞こえた。どんどん声が離れていった。


 ーーそのまま沈む沈む。暗闇の中に。


 そして、私がやって来たはずの穴が塞がる。天の穴は小さく微かに、けれど次第に見えなくなった。


「ここ、どこ?」


 落ち続けて、やっと辿り着いたのは暗闇の中なのに、微かに明るい場所。落ちてきた感覚もいつのまにか無くなり、地に足が付いた。地面はないけれど、地上についたと思った。


『ようこそ、姫』

「だれですか?」


 そこにいたのは、真っ黒い髪に赤い瞳の誰か。思ったよりも若いその姿は、ルークにつながってドキッとする。でも、彼ではない。


 真っ暗な空間の真ん中。椅子の上に座っていて、にこやかに笑った男性。


 ……見たことある。でも、それは私の記憶ではなかった。




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