8.封印とは
私が自分の決意を口に出すと、お母さんはにっこり笑ってこう言った。
「ホリーを呼びましょうか」
ーーホーリーくん?
どうして? と考えているのがわかったのか、お母さんは続けて話した。
「わたくしにできる一歩は、まずわたくしの持てるものをあなたたちに教えること。継承権をフローラが得た今、次代守り手となるホリーにもこの場に立つ権利はあるの。姉弟だからこそ、協力できるものも多いでしょう?」
ーーそして、ね。
「ホリーは魔法を学ぶことが好きだから、見せてあげようと思っているわ。
秘された王族というのも、時代を経て必要ではなくなっていくように。隠し続けてきたことも、明かす時期になったから」
ほつれた糸を切り離すように、必要のない習慣は切り捨てなければ。
そう話すお母さんは、どこか遠くを見ていた。多分、遠い昔初代から続く盛花国の歴史を思っているのだと思う。
「良いかしら?」
もちろんと、返事をする。お母さんが良いのであれば、ホーリーくんと一緒に学びたいと思った。
♢
「母上、姉上。どうされました」
やってきたホーリーくんは、凛々しい王子様という敬称が似合う、美しい青年そのものだった。背筋もピシリと伸ばして、私よりも大分目線が上にある。……私も大分伸びてきたけど、それ以上にホーリーくんの成長が早いの。
お母さんが事情を説明すると、「はい!」と元気よく返事をした。
姿勢をさらに良くして、真剣な瞳で見つめるホーリーくん。ほんとに魔法が好きなんだ。
前もルークと話していたとき、興奮してた気がする。真面目だからなんて思ってたのだけど、そういうわけでもなかったんだ。
「では、始めましょう」
お母さんはまず、魔術式と魔法陣、属性の関係を示したものを見せてくれた。
「封印の魔法は、属性混合の等比で生まれているの。
ここで、魔術の話を聞いて頂戴。魔術は、それぞれ複数の魔法を組み合わせて作られている。
青の魔術は水属性の流動を利用して、転移に使われ、赤の魔術は火属性の変質化を利用して、動力に使用されている。他の属性も魔術の色で、何の力が効果を及ぼしているかを理解できる」
茶色の魔術は固定・補修、白の魔術は分離。滅多に見ないけれど、緑の魔術は侵食。
光と闇は魔術では再現できないから、省くとして。
ーー本題は。
「封印は、全てを等しくするために色がないということ。魔術としての系統を持たないだけでなく、光魔法のように黄色く光ることもなく、闇のように黒くもない。
正確にはわたくしたち一族特有の魔法だけれど、属性を掛け合わせて使用するから、『無色透明の魔術』とも言える。全種の魔力を等しく同時に生成しなければ、封印は行えない」
魔法でもあり、魔術でもあるのだとお母さんは説明してくれる。
説明だけでは分かりにくいだろうと、聖樹の力を借りて、お母さんは封印を再現してくれた。
「さあ、見ていて」
手の中に、ほんの少しの魔力が生まれた。
女神の祝福の力は、黄金の色を持っている。それがお母さんの周りでぐるぐると周り、赤、青、緑、茶、白に変化する。
「これが属性変化。そして、次に属性混合」
手を空に突き出すように動かすと、それが中心に集まり、色が一気に透明に変わった。
その透明な力が円を描き、上下左右に回転していく。段々と早く、力強く。
そして、完全な球状を描いたとき動きが止まった。
「これで封印できたわ」
丸い球状に隔たれたように見える空間。その中は色が無く、チリ一つさえ動いていない。時間が止まっているみたいだ。
「封印する利点は、浄化不可能なものでも止めることができること。不完全な状態でも、長い間動きを封じられる」
「……不完全な状態って、どういうこと?」
お母さんは、私の質問によく聞いてくれたと微笑んで、目の前の封印された空間を一度解いた。
「封印を解くには、結びつけた魔力同士を元に戻せばいいわ」
ものすごく簡単そうに言ってるけど、絶対簡単じゃないよね。
私は、視線をお母さんの手に集中する。
「さあ、見て」
お母さんが、さっきと同じ。でも、数倍の速さで封印を再現した。あっという間に、黒と白に変わる。
聖樹から落ちてきた小さな若葉も巻き込まれて止まっていた。
何が変化したのか分からなくて、じっと見つめる。
ーーあ。
「……動いてますね」
ホーリーくんが先に気付いたようだった。
黒い葉っぱがほんの少しずつ、下に下に動いていってる。
「ね、不完全な封印でしょう?」
ニコニコ笑って、お母さんは言った。
「完全に封印するなら、その事物と同等か、それ以上の力で封印する必要があるの。それ以下の力だとこうなってしまう。強い魔物を封印する場合、少し体を動かせるだけでこちらが追い詰められてしまうケースもあるの。
それが出来ないなら、魔物の体力を減らすか、外からその力を補うことで、不完全でも中からの影響を少なくして封印できる。でも、その方法を使うと、中から外に出さない程度の効果しかないとも言える」
古代の魔物に施した封印も不完全だったので、定期的に補修が必要だったが、今はいないのでそれも必要ないとお母さんはこともなさげに言う。
ホーリーくんが、ここで疑問を覚えたみたいで質問する。
「封印には、5属性の同等の力が必要だと分かりました。
しかし。もし、5属性を持つ精霊たちが集まれば、女神の祝福の力を使う必要はないのではないでしょうか」
5つの属性魔法が揃えば、封印は行えるって言ってたから、その可能性は高い。
「良い点に気付いたわ! ホリー。
わたくしたちもそう思って、それぞれの属性のあるじたちを探したの。でもね、彼らは普段隠れてしまっていて、見つかった者たちもごく少数。
その上、彼らは互いに反発心を持っているから、協力は難しかった」
なぜか、魔物とは戦いたがらないのもあったわ。
お母さんがそう伝えた言葉に、私は少し希望を覚えた。
まだ、試されていない可能性があるんだ。封印という手段以外も、もしかしたら見つけ出せるかもしれないって。
ホーリーくんはまだ続けた。
「では、魔物はどうですか?」
ーーまもの?
「魔物の中には、言葉が通じるものがおります。彼らはどうなのですか。敵意だけではなく、こちらに味方する者もいるのでは」
「……魔物は協力はしないわ」
「どうして、そう言えるのでしょうか」
疑問がいっぱい浮かび上がってくる。
ーー少しだけ、昔話をしましょう。
椅子の上で小さく息を吐いて、お母さんが話してくれる。
「聖国で、内戦があった。これは知っているでしょう。
皇族同士の争いによるものだとされているけれど、その実は魔物による侵略を受けたというのが正しいの。
皇族の半数以上が魔物と化し、しかし見目は変わらぬまま、人々に害を与える存在となった。
それを解決したのが、現在の教皇であるルシエルと、メルよ。最終的には、わたくしも介入することになったけれど、大部分は彼らの活躍」
「メル?」
ーー初耳だった。
「詳細は省くけれど、メルは当時、聖国を中心に動いていた。
聖国を正常に戻すために、奔走していた。そして、そのときメルは夫を亡くした。何よりも聖国の秩序を司っていた彼女の夫の死で、聖国はより混乱したわ。そして、皇族たちが魔物ーー吸血鬼と化した。
さらに、諸国の王たちも魔物となっていたことが発覚した」
「……どういうことですか。では、母上は、いえ陛下が、内戦の拡がりを抑えたのは」
「それ以上の被害を抑えるために、わたくしが皆を殺したの。その結果が聖人と祀られることになるとは思っても見なかったけれど」
ホーリーくんも、私も言葉が出なかった。
「魔物はね、話を聞けないの。というよりも、上位層に逆らえない。力が全てで、本能的にもそうなっているから。
一度魔物になってしまったら、本人の意思は関係ない。悲しくて、苦しい生き物なの」
隣で、ホーリーくんが質問を重ねていく。
「その、上位の意思は?」
「魔物は人を喰らう。人を喰らわずに生きてはいけない。人のために行われる封印に同意するはずもないわ。そして、それを認める者は少ない」
内戦の被害を考えれば、不可能と言えるでしょう。
大勢の人間が死んだ。わたくしたちが認めても、協力しようとするだけで、また諍いが生まれる。
お母さんの話は暗く、辛い現実を突きつけてくるようだった。
「でも、ルークは。ルークは人を食べないよ。誰にも害を与えてない」
「彼は、そう。害を与えるつもりはなく、自分で抑えている。でも、一度狂えば瘴気によって人は死に絶える」
「……相容れない存在ということ、ですか」
ホーリーくんの一言で、沈黙がその場を支配した。なにも、言えなかった。
しばらくすると、お母さんが手を叩いた。
「さあ、切り替えましょう。
フローラ。この程度でショックを受けていては、救える者も救えないわ。出来ることは全部やるのでしょう? 封印を覚えて、人の支持を得て、わたくしの権力基盤全部引き継げるほどの力をつけましょう。わたくし全力で協力するわ!」
大きく顔をあげると、若葉色の髪が宙に舞って。
山のような書籍と、山のような武器の数々がお母さんの後ろに見えた気がした。
「ルーク様の捜索も、ある程度当たりがつきはじめているから、これからは猛特訓ね。フローラ、返事は?」
「は、はい」
全く思考が切り替えられていなかった。でも、返事をした。
ホーリーくんはその場で考え込み、顔を上げてお母さんに向き合った。
「私も訓練を付けて頂けないでしょうか」
「あら、もちろんよ。次代は休む暇がなくなると思って?」
そして、ホーリーくん、私、サリィ、ローレンさんは過酷な現場に配属されることになった。
ホーリーくんはメルたちと。サリィはなぜか、市外に出て。ローレンさんはお母さん。
私は、ルーファさんの元に。




