7.盛花国王族の秘話。そして、選択する。
「フローラは、どこまで動けるのかしら?」
盛花国王族、女神の祝福を持つ一族の者たち。その頂点に立つお母さんが、そう尋ねた。
王族が神の血を引くと言われる点は、聖国の皇族と同じ血統を持っているからなのだけど、それ以上に、短命と引き換えに存在するほぼ万能と言って良い能力のため。
強すぎる力を使いこなすには、相当な訓練が必要で、代償も大きい。
封印、空間作成、治癒、修復、浄化。魔術でも不可能と呼ばれることでさえ、王族は行うことができた。ありとあらゆる属性を操り、奇跡をもたらす。
さらに黄金の力は、生命さえも作り上げる。不完全だけれど、それが可能だ。それは秘中の秘であり、ありとあらゆる能力を使いこなした末の完成系でもある。
初代様は自分が生命を作れると知った時、王族の一部、それも女神の福音を持つものにしかそれを明かさぬように言明したのだと言う。それほどに危険で、強すぎる力。
その力を全容を知ったのは、聖国に向かった後だった。成人の儀は、この資格を得るための試験でもあった。
しかし私はまだ、その領域には達していなかった。
「わたくしが一番得意なことは、植物の育成と制御。植物と感覚を繋いで、同化することもできる」
お母さんが、ふうと息を吐いた。
息吹からしゅるしゅると蔓が生えて、椅子から持ち上げるように支え、そのまま上へ上へと昇っていく。魔術ではない、純粋な魔法だ。
聖樹の幹。巨大な葉っぱが密集する空の始まりで、ぴたりとその上昇は止まり、やがて上から枯れていく。
蔓は茶色く、水分が抜けていないためか、ぶよぶよになり、奇妙な形に変化した。芯を失い、どんどんと垂れ下がる。
一気に成長させると、魔力を注ぎ続けなければすぐに枯れる。しおしおと葉は閉じてしまう。負荷と休息を挟まずに成長させたことによって、こうなるのだ。
お母さんはそのまますぐに地面に降り立って、育てた植物に火をつけて処分した。
植物だけじゃなく、動物を無理やり成長させることもできる。しかし、骨格形成に無理やり力をつぎ込めば、骨は密度を失い立つことが出来なくなる。故に、生命作成・成長は時間をかけて、魔法を使わずに行うことを原則とする。
生命は作らないこと。それは神の領域。手を出せば、絶対に報いを受ける。
だから、王族はなるべく当たり前のことをする。
「フローラが一番得意なことを教えて」
一番、得意なこと。
私が誇れる特別なことは? 自信を持って、お母さんに伝えられることはなに。
小さな手を握りしめて、お母さんの顔を見つめる。
それは、光を照らすこと。明かりのない暗闇の中で導となり、道を作る。朝日のように、柔らかな光で花を開かせる。
ルークが褒めてくれた、そんな日々の優しさを思い出しながら、彼を癒せる力を持てますようにと願いを込めて、世を照らすことだ。
今もどこかで迷っているはずの彼の、道標になりたい。
それが私の一番の願い。
ーーあなたに光を。
それが出来なければ、ルークを助けることも夢のまた夢。
その気持ちのまま、両手を組んで祈る。
想像が力となるなら、誰よりも願いを。
フローラの心を優しい光に変えて、幸せの花を咲かす。春の暖かさ、穀物の彩り、恵みをもたらすものを、ルークに分けてあげたい。
天地を隔てた特殊な空間を、柔らかな光が包む。
「フローラらしい、優しい光」
手を出して、目を瞑り、お母さんは私の力を受け止めた。
照らすだけでなく、浄化や癒し、落ち着きをもたらすもの。あなたの幸せを分けてもらっているみたい。
ポカポカ日和に、空の下でお昼寝をしているのね。そうしてあげたいのね。
そう言ってくれた。
「……フローラは自分なりの力の使い方を見出しているから、その時点でわたくしが教えることもほぼないのだけれど。これだけは、教えておかなければいけないわ」
ーー封印のちから。
地下に古代の魔物を閉じ込めていた技術。
一族の中で可能なのは、もうわたくしとフローラ、あなただけよ。
その一言に、衝撃を受ける。
「……誰もいないの? でも、私も身につけられるかわからないのに」
「そう。もう、この力を扱えるものはいないわ」
「そう、なんだ」
「そして、この力には責任が伴う」
王族の娘は、長生きできない。そして、子が産まれることも稀だ。
女から女に受け継がれる女神の福音。何よりも大切で、守らなければいけない存在。
ゆえに先の内戦で、フローラは隠された。盛花国三家3人と、貴重な宝珠。幾重にもカモフラージュし、危険のないよう注意を払った。
出自を一切公開せず、フローラ自身にも知らせなかった。ただ、養い親と純粋に幸せに暮らしてもらうつもりだった。
本来なら、フローラの成人前にルーク共々正式に王城に招き、フローラが王女であること、サリィやメル、ルルが護衛として付いていたことを説明する予定だったのだ。
ロベールが、忙しいマリーの隙を付き、ルークに接触さえしなければ、ここまでごたつくことはなかっただろう。そして、ルークの存在が初代の遺した愛すべき魔物でなかったら。
他人の手が関わる時点で、全てが予定通りに進むとは限らない。軌道修正が可能なように、ある程度余白は開けてあったので、マリーは計画に不備が生じるたびに修正し、聖国へとフローラを向かわせた。
ルークに頑丈な鎖をつけ、それを外すことがないように伝えた。初代の記憶は長い時が経るにつれ途切れ途切れになり、鮮明さを失っていたが、古代の魔物の記憶とルークという存在だけはしっかりと残っていた。
彼女の記憶の通りであれば、かの存在は純粋で素直な者だった。フローラを見ても、ルルやメルの態度を見ても、それは変わっていないと理解できた。
お母さんはそう言って、私の前にしゃがみ込む。新緑の髪がさわさわと葉っぱみたいに揺れて、真剣な黄金の瞳が見える。
ーー前にも伝えたかしら。でも、いま一度伝えます。
「今の優しいあなたは、ルーク様や、サリィ、ルル、メル、たくさんの人の支えで生まれた。盛花国王族は関係ない。あなたはあなた。
そもそもわたくしたちは、自分たちを王族とは思っていないわ。いつも姿を隠している上、好きに動いているだけだもの。笑顔を見たいから人のために動いて、気に入らないから正すの。王族の義務なんて、ない」
人としてありたいという望みを、生きる限り叶えて来た。それがわたくしたち。
育てられた覚えもない、この一族に義理立てする必要は一切ないの。
苦しくても悲しくても泣けない、幸せに生きたくても生きられない。そんなのはいや。
「世界と引き換えに愛する人を犠牲にしろなんて、理不尽だもの。わたくしは、自分の大事な人たちが世界よりも大事だった。たまたまこの世界にその大事な人たちがいたから、この道を選んだだけ」
「お母さんも苦しんだ?」
「うふふ。しばらく寝込んだわ」
にこにこ。おかしそうに伝える。
お母さんは、そうやって選んだのだ。
普段王室の仕事をこなすお母さんを見ていると、いつも正しい道を迷うことなく選択してきたのだろうと思うのだけれど、決してそうではないと分かる。
「フローラ。あなたには母親のいない時間を長く過ごさせてしまった。どう謝ればいいかもわからない。でも、だからこそ、あなたは自分で選択していいの。誰に遠慮するわけでもなく、自分のために」
じぶんのためにーー?
眼を逸らし、地面を見つめて、幼い時の記憶を思い出す。
苦しくて、苦しくてたまらないとき。寂しさで、心がつんとして涙が溢れてたまらなかったとき。
『ルーク、ルーク』
誰もこの世にいない夢を見て、眠っているルークを起こしては抱きしめてもらっていた。親もいない自分の存在が、なぜか罪のような気がして、苦しくなってはルークを探していた。
手を伸ばせば抱きしめてくれる、涙を流せばその涙を拭き取ってくれる。眠れない日は隣にいて話を聞いてくれて、優しくしてくれた。
『フローラ、泣かないで。……どうしたの?』
どうして感じるのか分からない寂しさに震えて、シーツを被って涙を流していた私を、その上から抱きしめて、一緒にいてくれたルーク。
最後には私よりも狼狽えてしまって、私は泣き止んでいた。そんな日常があったのだ。
私はルークのために、出来ることをしてあげたい。今まで助けてくれた、優しくしてくれたルークのために選択をしたいと思った。何より誰よりルークを想ってるから。
ーー私の全てはルークのために。それは変わることのない決意。
いつからか、ルークの喜びが私の喜びになっていて、いつも2人でその幸せを分け合っていた。
サリィたちに教えてもらって出来るようになったことを披露して、かすかに笑うルークの表情。
喜んでくれてると得意になって、一緒にダンスを披露した。パチパチと手を叩いてくれるルークを見て、私が嬉しいからルークも嬉しいんだと思った。
泣いていたら一緒に悲しんでくれて、笑ったら一緒に喜んでくれる。
『フローラが嬉しいなら、僕は幸せだ』
一心同体のような、ルーク。
私の選択。
悲しませたくない、喜ばせたい。失いたくない。
ルークがいなくなった瞬間に、私は心臓を無くして死んでしまう。喜びも悲しみも全部無くして、生きることが出来なくなっちゃう。
それが簡単に想像出来た。そして、多分ルークもそうなんだ。私がいなくなったら、おかしくなっちゃう。
だったら、ずっと一緒に笑っていたい。私がいない未来も、彼がいない未来も絶対に嫌だ。
選び取るなら、彼のために、そして私のためになることを。
胸の中に固まっていた決意を、言葉にする。
お母さんの眼を見つめ返す。
「……可能性を広げたい。最後の最後まで絶対に諦めない。
お母さん、私に出来ること全部教えて」




