6.三家(フローラ視点)
「フローラ、おはよう」
「おはよう」
陽の光がかすかに地上を照らす、早朝。
移動式の椅子を押し、お母さんと春を歩んでいく。
空の蒼さの下。若緑の芽と共に、多種多様な花が、豊かな色が、眼を癒す。
ここは常世の楽園。いや、楽園になるように作られた場所だった。
初代が自ら設計した城に庭、この都市。成り立ちの理由を知らなかった昔と今までは、見えるものが全然違う。
「この国の花たちに四季は関係ないけれど、この時期は花盛り。盛花の名に恥じない、本当の開花の瞬間が見られるわ。人の手によって常時咲いている花も美しいけれど、春を迎えた芽吹きの瞬間がわたくしは好き。人の笑顔と喜びが、春にはたくさんあるのよ」
ーー皆、この時期は大忙し。豊穣を願う祭りも、もうすぐ始まる。
お母さんは嬉しそうにそう言った。
手を引かれた私は不安だった。妹を迎え、安静を言い聞かされたはずのお母さんが、忙しく動き回る毎日。
出来ることは手伝っているけれど、何十年と積み重ねられてきた信頼が、母を休ませてくれない。最終的に、みんなお母さんを頼ってしまうのだ。
お母さんでしか判断できない書類や決裁、他国の干渉の仲裁。お母さんが国のことで知らないものはなく。そんな王としての職務を見て手伝っていると、ルークの隣にいたことがまるで遠い昔のように感じられてしまう。
休んでてほしいのに、出来ない自分が悔しかった。何事もコツコツと進めれば良いと、周りは慰めてくれる。でも、求めるものに達するには時間が全然足りない。
そして、お母さんもそれを分かってる。
春を好きだというお母さんの言葉に、私は嬉しさと共に、時間の速さを感じて苦しくなる。
「……そうなの」
「この春を、ルーク様に見せたかったわね」
「絶対、見せれるよ」
「うふふ、喜んで下さるかしら」
「お花好きだよ、ルーク」
それに、絶対に見せてあげなきゃいけないもの。この春の庭園は。
「ぜーんぶ、見てもらうの。ルークのためのものだって、教えるの」
「そうね、ルーク様ならきっと驚いてくださるわ」
「初代様のすごさを教えてあげるんだ」
お母さんが大事に手入れされた時の螺旋を一つ手に取る。ふわりと花びらが散って、空に溶けた。
ねえ、ルーク知ってた?
盛花国にある花は、ぜんぶルークのためにあるんだって。すごいよね。
ルークと初代さまが約束したから。きっと、この世で1番綺麗な花畑を見に行こうって。
時の螺旋も、日の光が苦手なルークのために開発されたもの。
螺鈿上に連なる階段。そこに蔓が巻き付いて支えとなり、咲いた模様が出来上がっていた。天空にかかる花の庭は一面を見通すことができて、夜の闇の中でも輝くように灯籠が設置されていた。
月の光で咲く、月光花。流せない涙の代わりに、想涙花。寝てばかりいるルークを映し取った眠花。
落ちた花弁は、水に流れて、香りを運ぶ。
足元には、ベージュと赤レンガが互いを囲むように組み合わされている。
今はその花畑に、青薔薇も咲き誇ってる。ルークがくれた奇跡の花を一面に咲かせた。
ーー笑い声と、涙。
『……願いを叶えたい』
遠い昔に果たせなかった思い出が、そこに積もってた。
私は初代様が残してくれたみたいに、大きなことができるのかな、なんて不安にもなる。
自分の選択も迷いながら苦しんで、心の中で少しずつ形にしてきた。
……初代様の選択の形も見えてきた。
「……むかしから人の好意に鈍かったんだね、ルーク」
♢
お母さんと談笑をしながら、歩いて向かった王家の庭に、いつものメンバーが集まっていた。
それというのも、私が正式に継承権を獲得するため、三家の当代との対面が必要だったからである。
今回はその認証を受けるのと、お母さんに修行をつけてもらうことが目的だった。
「みんな、早いのね」
「えへへ、張り切ってきちゃいましたー」「ましたー」
「……私たちはメルたちに引きずられてきた」
朝から元気の良いルルとメル。ニコニコ笑って上機嫌だ。
「ほぼ寝ずに動くアホどものせいで、どれだけ早起きさせられたことか……」
ルーファさんが、うらめしげに言っている。
そういえばメルとルルって、私の家庭教師の仕事と王城での仕事も一緒にやってきたんだったよね。私は日中ずっと教えてもらっててーーサリィとだけの日もあったけどーー、つまりほぼ休む時間なかったのではと思う。それでもいつも元気が良いから、全く気にしてなかったけど、寝てなかったの?
「昨日は3時間も寝ましたよ!」
「『3時間だけ』だ、阿呆!」
「昼寝もしてますから、大丈夫ですよー」
「お前らのペースに、私たちを巻き込むな」
「ルーファの軟弱者ー」
「軟弱者だと? 休憩をしっかり取らんバカは、戦地では死ぬぞ」
「寝てますし、休憩取ってますー」
「ハッ。若者気取りで動いてるから、そのままコトンと逝くだろうな」
いつものように口喧嘩をしている。
「3人とも、やめなさい」
お母さんが呆れたように顔に手を当てながら、止めた。
メルとルルはまだ反論しているが、この論争は結論がつかないので、流して話を進める。
「さて、大聖樹から記憶を継いだフローラにしっかりと紹介しなくてはね」
そう言われて、顔を上げる。
「ルルとメル。そして、今回正式に継ぐことになったローレン。あの子たちは三家コピリエ・ターシャリーの『写し身』」
「はーい、姫さま」「言わずとも知れた、メルですー」
「よろしくお願いします」
長年の付き合いの2人と、私の付き人になったローレンさん。
白の無地のドレスに、紋章があしらわれた鼻と口を隠すフェイスベール。神秘的な印象があって、いつものルルたちじゃないみたいだった。
「次にルーファ。そして、よく知ってるわね、サリィ。ちょっと熱くなりやすい二家アグレッソ・セカンダリーの『討ち手』」
「どうぞよろしく、王女殿下」
「これからもよろしくお願いしますっ」
カッコよく返答してくれるルーファさん、元気いっぱいなサリィ。どちらも儀礼用の衣装で、黒いコートと制服姿。
「そして、最後ね。当代は、今は事情でいないのだけど、名はユダ。そしてホリー、おいで。『守り手』は特殊で、王族の血筋なの。一の家、ガーディア・プライマリー」
ホーリーくんが、前に出て来た。
「えっ⁈ ホーリーくん……」
「姉上、気づいていると思っておりました……」
深い青色の宝石のような髪が動揺したように、揺れる。
分からないよ。別の一族があるんだと思ってたよ……。『写し身』、『討ち手』の家があるなら、『守り手』も独立した家系だと思うもの。
「ちなみに、当代の『守り手』ユダは、私の兄よ。ユダ・ティー・ガーディア」
ーーお母さんの、お兄さん?
「久しぶりに繋がったから、話すのも久しぶりなの。フローラ、おじさまよ」
初めて見る顔が鏡のような場所に、映し出される。
空色の髪。黄色のような、太陽の日差しみたいな瞳の色。
……王族だから、なのかな。お父さんよりも若く見える。でも、なんか変な違和感があった。
「…………」
「せっかく繋いでるのだから、何か話して」
「………………何を話せばいい?」
「自己紹介をしてみてはどうかしら?」
「ユダだ」
「こんな人よ」
フローラも挨拶をする。
「フローラです。よろしくお願いします」
「……あぁ」
不思議そうにこちらを見る、朴訥なおじさま。
キャラが濃い。そういえば、ルークだけではなかった。フローラの周りにいる人たちはみんなキャラが濃かった気がする……。
そのまま全員で、聖樹に向かう。
大きな大きな黄金の樹の下。一面に広がる葉の大きさに魅入られながら、手を合わせて、祈りを捧げる。
この樹は長きにわたって私たちを見守って来た存在であり、聖国の大聖樹と同じく、次代の継承を証明する象徴でもある。代々受け継いできた盛花国王は、この樹に力を注いで自らの力をコントロールして来た。
この樹は成長を止めることはなく、ひたすら上へ上へと伸び続けているというけれど、全体の大きさを見れないので、ただ下から眺めて実感することしか出来ない。
そのまま、継承の授受を行うことになった。継承と言っても、三家の代表者への確認が目的で、大がかりなことをするわけでもなく、小規模。しかし、神聖な儀式なので、正装している。
「初代様から受け継いできた、この国の王位継承権を、直系の血を引くフローラ・ローズマリー・プレーシアに与えることに賛同する者は、その意を表しなさい」
みな、一斉にその場に膝をついた。
その賛同の下、まずお母さんが聖樹に力を注ぎ込む。そして、私が新たな継承権を持つ者として、自らの力を聖樹に与える。
聖樹が私たちの力を受けて、輝く。大きな大きな葉っぱが、風を受けたようにそよぎ、ざわざわと話している。長いような、短いような時間が経って、それが静まる。
その間、お母さんと私はじっと力を流し続けた。
ーーどうかこの力が根を張り、地に潤いを与え、ありとあらゆるものに幸福をもたらす始まりとなりますように。
初代様の願いを繋ぐこと、私の願いを見つめるために、必死に祈った。
「……フローラに、継承者としての権利が与えられました」
何事もなく終わりを迎えた。本当に呆気なく。
「もし、フローラが一人前になる前にわたくしが死ぬことがあれば、三家の今代当主たちが協力して王位を仮継承することになります。そして、その時自動的にローレン、サリィ、ホリーがそれぞれの家の当代の地位を受け継ぎます。
あなたたちには、栄光と共に、重い荷物を背負わせることになるでしょう。しかし、その任を誇りを持って果たしてくれると、信じています」
お母さんは、手のひらをゆっくりとみんなに向けていった。
メル、ルル。ルーファ。そして、不在のユダ。当代の実力者たち。
三家の一番の役割は、王位の繋ぎにあるのだという。王が不在の間、写し身が人の前に立ち、守り手が国の頭脳となり、討ち手が国にあだなすものを滅ぼす。
幼い次代継承者が成長するまで、盛花国を平穏に調整することが彼らの責務でもある。
王族を、そして国を成り立たせる三柱。彼らは、この国を守るために決して欠かせない人たちなのだ。そして、その忠誠心のおかげで、私たちは生かされる。
お母さんは、これまでの王族の中でも長生きだという。そのため、もしかしたら三家が仮継承することなく、王位が移動する可能性も大きかった。
私はずっとそこにいて、先を示してくれることを望むけれど、そうあり続けることは難しいかもしれないとお母さんは言った。
肩には、重圧がかかる。
しかし、私にはローレンさんや、サリィ、ホーリーくんがいるのだ。私が継承権を得た時点で、彼らは私だけの家臣になった。
お母さんにルルたちがいるみたいに、皆が助けてくれる。
「姉上、体調は大丈夫でしょうか」
「フローラ様。無事に儀式が終わり、ホッとしました」
「何事もなく、幸いでございました」
心配そうに駆け寄って来てくれる。それが少し落ち着かないのは、ルークがそこにいないからなのかな。
「クロエ姫様も、きっと喜んでいらっしゃいますよ」
ルルがニコニコと言う。ここにはいないけれど、柔らかな紫色の頭髪と黄金の瞳を持つ、私の妹の名前。今はお父さんが付きっきりで、面倒を見ている。
「フローラ、おいで」
そしてこれからが本番。お母さんによるーー多分スパルタなーー教育が始まる。




