3.意味不明な生き物ルーク
そこは、子どもだらけの孤児院であり、時には施療院となる。ルークであっても、強制的なコミュニケーションを強いられる場所であった。
「ねー、この人お人形なの?」
「……違うよ」
古びた赤いビー玉の目をした、人形を横に並べられる。頭の上と肩に、小さな子どもが乗っている。のしのしと上られるままに任せたら、そうなった。
髪を三つ編みにされ、足元には、ルークをかまい疲れて眠ってしまった幼い子がいて、こんなにたくさんの人間に囲まれたことのない彼は、無表情のまま混乱していた。
「ふは、ルーク。楽しい?」
「フィオは、楽しい?」
「楽しいより、嬉しいかな。ルークが元気に子供たちと遊んでくれて、僕も幸せだ」
「……ふーん」
子供たちは、キラキラと眩しい金色の髪色をしていた。体の弱い子が多いため外には出られず、同じく陽の下に出られないルークに懐いて、こんな風にくっついているのだ。子どもたちは無表情ながら、決して彼らに乱暴しないルークを気に入ったようで、遊ぼう遊ぼうと笑っていた。
ルークは長い脚を伸ばして、壁にもたれている。その横にフィオもいて、にこにこと笑いながら、指差して何回目かの紹介をしてくれる。
「シェリル、シモーン、アウラ、レーウ、アウグスタ、ミリア、ステファン……」
端から名前が呼ばれていく。
ルークは15人ほど途中から聞くのをやめたがーー区別出来なくなったのだ、30人ほど子どもがおり、その子どもたちの世話をする大人たちも、金色の髪をしていた。
「まあ、徐々に覚えていくと思う」
子どもたちとしばらく遊んで、フィオは外に出て行った。施療院の役目を果たしに行ったのだ。
絵本を読んでいる小さな子どもがいた。目が見えづらいのか、とても至近距離に本を置いて、ジーッと見つめて、ゆっくりと次のページを捲ることを繰り返している。1人離れている子が物珍しくて、ちょこちょこ寄って行った。
『女神さまと神さまの子どもは、地上をひかりで照らしました。地上を支配していた悪しきまものたちは、その光で消えてしまいました。
そして、ひの妖精が、つちの妖精が、みずの妖精が、かぜの妖精が、きの妖精が協力して、人々のくらす地上に恵みをもたらしました。
苦しくて泣いていた人々は、魔法の力で幸せになりました』
最後の部分だけ、本を読んでいた子が見せてくれて、読めた。こちらも何度も読み込まれた跡のある古びた白黒の本で、絵が消えかかっているが、ルークは大して気にせず、文字を見つめる。題名は、『御地祝福』。硬すぎる。
「ルークお兄ちゃん。お兄ちゃんは魔法使える?」
「……魔法」
「奇跡がおこるのよ」
「奇跡って、ありえないことが起きるってことかな」
「そうなの! すごいの」
「へー、すごいんだ」
「魔法をね、使えるようになりたい。フィオお兄ちゃん、シアお姉ちゃんの役に立ちたいの。『特別な人』だけが使えるらしいんだけど、私も『特別な人』になるんだ」
ーー元気のない人を元気にしたりするの!
小さな手を精一杯伸ばして、妖精たちが絵本の中で笑って、魔法を使っている様子を見せてくれた。
「奇跡かー。魔法ね」
中に円を描いて、示す。
魔の法。世界が生まれ、流動し続ける理由。0と1の繰り返し。無くなって、生まれて、生まれては無くなる。
根本はそこに存在する。自然を巡る法則に干渉し、可能性を弄る。循環を、規則を、地にもたらすために、魔法はあった。
たとえば、雨が空から降るには、水が雲となり、溶ける必要がある。雨の状態を1として、雨が降っていない状態を0とすると、他の関連する条件が重ならなければ、雨が流れていない間の、雨の降る可能性が変わることはない。
0と1のまま、これがずっと同じ状態で動かないことが問題だ。水が雲になりません、雲が雨になりませんという状態が0。雲が雨になるという現象を引き起こすための条件が重なって、雨は降り1となる。
雨が降る条件は風が吹く、気温が上下するなど様々あるだろう。雨が降る条件が動いて、可能性は左右される。
魔法は降ったこと、降らないことの現象に間接的に干渉して、可能性を動かすことで、流れ動く。
雨が降らないなら、雨が降るように。雨が降り続けるなら、雨が降らないようにする。それが魔法。
ーー0は1に。1は0に還る。小さな約束事。この世の法則。
存在しないことが0、存在することが1と単純に考える。0か1かではなく、0から1、1から0に流れるのが、この世の原則。
全体が0になることはありえないことだが、1と相反して、可能性の上で0は起こり得る。個に0という値があるから。単純に言葉遊びとも言える。容量を全て奪った存在が、1のままどこかで止まって、みんな生まれなければ0なのだ。それを起こさないための奇跡が、魔法だと言えるかもしれない。
「君に魔法は、使えるかなぁ」
「いまは使えないけど、きっとできるようになる。……夢なの」
彼女はそういうけれど、接続は権限が無ければ、出来ない。魔力を持ち、使い方を知らなければ、干渉は無理だ。そもそもその力を持っていなければ、何もできない……が、裏技はどこにもあるものだ。
くるくるくると、指を円に回し続ける。
「ありえないは、ありえない」
このとき、ルークはことば遊びを覚えた。
「あのね、魔法って、すごいんだ。体が弱くても、力がなくても、強くなれるの。シアお姉ちゃんは、特別な人だから使えるんだって言ってた」
「へー」
「それでね、孤児院にやってきた悪い人を倒してくれたり、虹を作ってくれたり、私が苦しくなると助けてくれて……」
「…………」
コミュニケーション能力は少しだけ発達したが、興奮したシェリルに、ずーっと横で話されて話半分で聞いていた。今のルークのレベルで、子どもの会話の相手はできない。こくりこくりと船を漕ぎそうだ。
そんな話をしていると、シアがやってくる。
「シェリル? 何話してるの」
「…………」
「シェーリールー?」
「……ひみつ」
赤い髪を両脇で三つ編みにしていたので、寝ぼけた頭でルークはお揃いと言った。手が透けて見えそうなほど透き通る美しい髪を、自分の手で撥ねさせて、シアに絡んでいる。
「綺麗だね」
よくフィオがルークに伝えている言葉だ。フィオと話し方がほぼ同じなので、話し方を変えろと言っているにも関わらず、さらにはそんなことを言い出した。ルークに当たりの強いシアは、機嫌が悪くなった。
「シアお姉ちゃん。まほうみせて」
「どうしようかなー? 何話してたかお話ししてくれれば、見せてあげちゃう」
「あのね、この絵本のお話ししてたの」
「じゃあ、みんなには秘密で」
シアはあっちにいけと手で示す。が、ルークは動かない。ほぼ眠っているからである。
光に弱いので気を遣ったのだが、動く様子がないのでもう気にせずに、手の中に丸い光の玉を作って、次から次へと空中に浮かべていく。もし、これが夜だったら、光が暗い中に灯って、とても綺麗に見えるだろう。しかし、それは事情があってできない。それでも子どもたちが喜ぶと思って、次から次へと綿毛のような光を見せる。
そこで、いきなり、ボワァ!!! と白い光が立ち上がった。力を弱めて、シアと同じように、空中に浮かばせる。
「あ、できた」
寝ぼけ眼で、手をかざしているのはルーク。
「は? なんで使えるの、気持ち悪い。光魔法は教会の人間しかできないだろ」
ーー光じゃなくて、これは火。
そう、ルークが答えた。
「法則さえ読み解けば、できるよ」
「何言ってんの、きも。……そういえば、能力確かめないといけなかった。ちょっと来て」
ルークは、シアにやれること全部やらされる勢いで働かされた。重い荷を運び、孤児院の修繕を手伝わせる。繊細さはあるが器用さはないので、物を壊しそうになっては怒られた。最終的には、子どもたちの遊び場を増やすために、大きな石を別の場所に移動するという仕事だけに尽力した。
そして、ルークの訳の分からない能力もこのとき発見された。
「フィオ! 聞いて聞いて」
「どうしたの?」
「コイツ、火、水、風、土属性が使える!! なんか、訳わかんないくらい能力があって、怖いよ。魔物は普通闇だけじゃないの。それに光が効かない。太陽だけ例外らしい」
「魔術かな?」
「魔術ぅ? 魔術式で計算して、魔法陣ちまちま書いて、労力がかなりあって、その割に威力が小さくて、莫大な魔力が必要だから、使う人間がほぼいないあの魔法もどき?」
「ルーク。どんなふうにシアに見せたか教えてくれる?」
ルークは、解説をした。回路は自然の法則として互いに干渉し合ってるから、魔力を流して正しく用いれば現象を近い範囲で再現できる。直接力を流し込むより時間と労力はかかるけど、回路さえ読み解いて式化して、即座に流し込んで法則に勘違いさせたら、力の干渉の及ぶ範囲ならある程度のことはできると。
簡単な式を書いて、2人に見せる。魔法陣はない。
「そうだね。それは魔術かな」
「……はぁ。問題生物だ。規格外だ。教会にバレたらもう終わりだ」
ニコニコとフィオが笑って、シアがお手上げだと手を挙げているのはいつものことなので、ルークは気にしなかったが、この時のシアの内心は、汗でいっぱいだった。びしょびしょである。
「ルーク、他にできることは何があるの?」
「分からない」
「色々試してみようか」




