2.シアの秘密
ルークの日々は、カタツムリよりゆっくりと進んでいった。ほぼ洞窟の中で眠っているか、星を眺めているか、森を見ているかという動く気が一切ない生活だったので、日が動いた感覚がないのも当然である。
一方で、シアとフィオの2人は、洞窟に来たり来なかったりを繰り返していた。
ルークはほとんど喋らず、彼らが2人で話をする。時に話しかけられても、返答はほぼしなかった。コミュニケーションがよくわからなかったからである。
「ほんと好きに生きてるな、コイツ」
「ルークは、自分に正直に生きてるんだよ。周りに振り回されるより、意思をしっかり持って主張するのは、とても良いことだ」
「こいつは主張してるわけじゃない。寝てるだけだ」
「……すーすー」
シアはルークに遠慮をすることがなくなり、口調が悪くなった。何を聞いても、告げ口なんて出来そうにもないと分かったからでもある。
「意思を持ちすぎて、周りの迷惑を考えない奴も最悪だけどな。大抵は周りのことを考えない奴が得をして、周りのためを思ってる奴が損をする世の中だ」
「うーん、その考えが間違ってるとは言わないけど。みんな、幸せに生きようと努力してるんだ。その方向性が違うだけだから、得と損では簡単に囲えないと思うよ」
「……フィオの思考は甘すぎて、時々反吐が出る」
むしゃくしゃして、そう告げ、シアはフィオと別れた。わざと言葉にしなかったが、心に思い浮かんだこと。
そんな中でも特にタチが悪いのは、人に良いことをしているって顔で悪さをして、素知らぬ顔をしている奴らだな。偽善者だ。
ーー俺みたいな。
シアは、自らの所属である教会へと足を運んだ。赤い長髪を帽子の中に綺麗に包み入れ、白いローブを羽織り、聖職者としての役割を果たす。
シアは普段は女の格好をしているが、男である。本名をイグナシオ・フィルメント・シオンと言う。生贄の管理を任されている一族の子で、フィオの幼馴染であり、彼女を利用しているものの1人。
彼がフィオと呼んでいる少女の名は、フローラ・ルーク・サクリファイス。
彼女は神聖ドゥトゥール国のための奴隷である。
この国の地下空間に封じ込められている魔物にその身を投じて、満足してもらうための生贄であり、供物だ。
ーーあーあ。それにしても、フィオはなんであんなやつを好きになったんだろ。
あの魔物のせいで、フィオをやっと説得して実行した脱走計画も失敗に終わった。シアにとっては、あの魔物は疫病神なのだが、フィオはアレが好きになってしまったようなのだ。
今までに見たことがない、フィオの反応。やけに奴を庇うではないか。博愛主義の彼女にしては、贔屓目が激しい。
この間なんてわざわざ珍しい花を取りに行って、怪我をして帰ってきたのだ。あの魔物に見せたら珍しくも反応して、「綺麗だね」なんて言って、しばらくフィオはその話題を口にしていた。
容姿ばかり整っていて、まともに使えやしない。俺の方がよっぽどマシ。
「イグナシオ、花嫁の様子はいかがですか」
話しかけられる。司祭の1人で、上層部との連絡役になっている男だ。フィオのことを生贄と呼んでおり、世話係であるシアに探りを入れてくる。
「……姫様はゆっくりされていますよ。体調も程よく、お変わりない様子です」
「……本当ですね?」
「それより、地下から魔物が出てきたという話を聞きましたが。まだ、前の生贄を捧げてから10年も経ってない。おかしくはないでしょうか」
フィオの母親が捧げられてから、10年経っていない。魔物が新たに発生するには、早すぎた。
「ああ、それは教皇が何やら地下で実験をしていたとかで、その時の魔物が外に出ていってしまったのではないですかね」
「……その実験って」
「さあ? あなたに伝える必要はありませんから」
そう蔑むように笑って、男はまた戻っていく。
「……まあ、役職もないヒラには、詳細はまわってこないってことか」
拳を握りしめて、フィオの力になれない自分を呪う。
この教会に戻ると、自分がどんな人間だったかを思い出す羽目になる。利益と蔑みの中で生きてきた、汚れた自分。
『イグナシオ、おまえは花嫁のための礎となりなさい』
『どうして俺がわざわざ女の格好までして、こんな奴のために生きなきゃならない』
愚かしい過去の記憶。フィオを見た目で判断して、こんなくだらないやつのために、どうして俺が努力しなけりゃならないと彼女の目の前で罵った。ただの教会のお荷物で、奴隷じゃないかと蔑んだ。
彼女は、シアは昔とは変わったと言ってくれるが、汚れた中身を隠すのがうまくなっただけで、変わっちゃいないのだ。
「ルーク、花の種をもらって来たんだ。日の当たる場所に植えておくから、一緒に育てよう」
ニコニコ笑う、フィオが眩しい。人の美しさは見た目じゃない。心から滲み出るその優しさが、シアには何より美しく見えた。昔は分からなかったもの。
「お前、いい加減喋れよ」
フィオが話しかけてんのに、無視してんじゃないと彼は足でこづく。彼女は外に花を植えに行った。
「……ねえ、シア」
「うわ、突然喋るな」
突然、ルークが口を開いた。無表情でボーッとこっちを見てくるんじゃない。
「君は、どうして、フィオを、そんな瞳で見つめるのかな?」
「そんな瞳ってどんな瞳だよ」
「……えーと。えと?……気づくと見てる」
ーーそんなの、そんなのは、フィオが大事だからだ。
そう返答しようとして、決してそんな言葉では収まりきれないほど、シアはフィオのことを想っている。優しくて心の美しい彼女が、彼は好きだった。
ずっと、ずっと目で追ってしまう。薄汚れた自分でも彼女だけは守りたい。
「……好きなんだよ」
「好き、って?」
「相手を思ってるって気持ちだよ!!」
「思ってる?」
疑問ばかりの魔物だ。人間を模って作った人形のようでもある。感情というものを理解していない。そもそも、そんなものあるのか? ほんとになんで、こんな奴。
「ルーク!! シア! 教会の人たちが向かって来てる。逃げなくちゃ」
下から多数の人間が迫って来ていることに気づいたフィオが、2人を呼びに来た。
ーー魔物が発生した場所から、地上を辿って来たか。
その可能性をシアは配慮していなかった。
洞窟の場所がバレる危険がある。それはかなりまずい。シアたちも本来の居場所から抜け出していることがバレれば、ただではすまないが、それ以上にこの魔物を逃す必要がある。
魔物と見れば、教会の人間は遠慮なく殺しに来るのだ。この魔物も殺されてしまう。
「逃げるぞ」
「逃げる? どうして」
「おまえが魔物だからだ」
「魔物は逃げなくてはならないの?」
「……死にたくなきゃ逃げろ! 疑問を投げかける前に足を動かせ、このバカ」
「……死ぬ?」
「もう黙れ!」
ーー話したら話したで、手に負えない。
しかし、この魔物。普段ボーッとしているのが、信じられないほど、身体能力に優れていた。シアとフィオ2人を両手に抱えて、洞窟のある山を軽く降りた。こんな能力があるなら、初めに見つけた時、シアがわざわざ背負って連れてくる必要はなかったのではないか。弱っていたが、問題なかっただろう。
「……コイツ、詐欺だ」
「シア、ルークはすごいって言ったよ? でも、魔物に襲われた時はもっとすごかったんだよ」
「……今度、能力を調べさせてくれ」
これまでフィオに苦労させた分、こき使ってやる。
「でも、コイツはどこに連れて行く?」
「あそこかなぁ」
「……嫌な予感がする」
大きな白い建物の前に、3人は来た。
そこは、フィオが拾って育てている混ざり物の家。教会の人間たちが、フィオの足を引っ張るにはちょうど良いと、許可を出した孤児院だ。月に数回ほど、フィオとシアも世話をしにくる。
「ああ、ここまでコイツを連れてくることになるなんて」
「しょうがない、しょうがない。なんとかなるさ」
そして、ルークは子どもたちの中にて、生活することになった。




