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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第3章 生まれ持って人とは違うもの

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1.ルークの過去(出会い)


 暗闇の中。真っ逆さまに、深海に落ちていくみたいに僕が沈んでいく。ぶくぶくぶくぶく。


 底なんて見えない、そんな限りのない世界は恐怖よりも懐かしさを僕に呼び起こした。


 僕が生まれたときも同じような感じだった。はじめ、自由な場所で微睡の中ゆっくり眠っていた感覚があって、どんどん型に落とし込まれるのだ。本能そのものの塊の僕は、なんとなくそれが嫌だったし、あの眠りの中はすごく格別だったということを覚えている。


 だが、上から覗き込んでいた白い人がこう言った。僕が一切動かなかったからだろう。


『失敗作か』


 その言葉を聞いて、僕は完全に起き上がる気を無くした。用がないなら起きても意味がない。眠るのに徹する。


 あの人は次第に僕がわざと動いてないのに気づいたみたいで、とんでもない目に遭わされたりした。概念の渦に溶かされて、僕は世界の規則そのものになりかける。思考を無理やりインプットされて、理解したくもないことを理解した。だけど、それも半分切り離したので、忘れてしまったことも多い。


 栄養を摂らずに乾涸びかけていた僕に、あの人は無理やり血を飲ませて、その力を分け与えた。この世の属性を混ぜ合わせたような僕の体は、その力によく浸潤し溶けた。だが、結局は媒介が必要で栄養も定期的に摂取する必要があったけど。


 それぐらいだ。思い出しても何にもなかった。


 フローラという存在を知って、気持ちを言葉にすることを覚えてやっと、あの世界が孤独で歪だと分かる。気が狂いそうなほどの空白と他者との関わりのなさ。白い独房に永遠に出られることもなく、閉じ込められているような感じだ。

 あの人はそれでも平気そうに黙々と無表情で、何かをしていた。


 あの世界はあの人そのものだ。自分の中に他者を入れない、変わらない。完全にあの人はあの人自身で満たされていて、欠乏が理解できないのだ。


 僕もそういう意味では同じかもしれないけど。


 そこからある日、僕は落ちた。落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて。


 次元を超えて落ちて、重くなっておちた。


 そしていつのまにか、土の中に埋まっていた。土の中は結構冷えてて気持ちよかった。快適な温度の水の中にいるみたいな。またしばらく、そこで寝てた気がする。


 えーと、それからあの子たちに会った。フィオとシア。この記憶はすごく曖昧。でも、覚えている。思い出せる。




「フィオ。なんか埋まってる」

「死体じゃないよね、シア。死体だったら掘り直しだ」


 真っ赤な髪に金の瞳をしたまっすぐな美少女と、茶髪に茶目の普通の少年。彼らが僕を掘り当てた。

 

 木の棒でツンツンされて、感じたことのない感覚に仕方なく動いた。


「……うわ! 生きてる」

「……………すごい」

 

 1人は変なものを見たと顔を驚かせ、もう1人はポカンとした顔で僕を見た。人が土の中に埋まっているのを初めて見たんだろう。


「彼をとにかく上にあげよう」


 僕は少女の方に無理やり抱き起こされ、布を被されて、少年に上にあげられた。だが、そこは太陽の光が直接当たる場所で、僕はすぐに弱った。


「……この人、太陽が無理みたいだ」


 弱っている僕のことをすぐに気づいて、彼らは陰に運んでくれた。少年の方が特に理解が深くて、僕の苦手なものを避けてくれた。


「どうする? 土の中に埋まってたんだ。人間じゃない。関わらない方がいいよ、あいつらにバレたらどうするの。また、異端だって言われる」

「そんなこと言ったら、人を差別するだけのアイツらと僕たちも同じになる。それに厳密に言ったら僕たちも人間じゃない」


 水も飲めない、この環境下じゃまともに回復もできない厄介者の僕を彼らは助けてくれた。


「……喋れますか?」


 意味があまり理解できない僕に、口をパクパクさせて真似をするよう指図する。


 ーー音を出してみて。


 言われるがまま、喉を開いて音を出す。はじめはよく分からなかったけど、なんとか出来た。あ、ああー。


 そうすると、彼は笑った。


「秘密基地に連れて行こう」

「ええー! 絶対良くないって」

 

 ーー彼は絶対悪い人ではないよ。


 そう言って、2人は彼らの秘密基地である洞窟に連れて行ってくれた。


 陽の下でなければ、僕はある程度平気で、すぐに回復したけどやっぱり動く気が起きなくて、ゆっくりしてた。

 

 洞窟の中では主に、様々なことを教えてくれた。まずは言葉。よく分からないことだらけの僕に、根気よく色々なことを教え込んでくれる。


「そう。まずは話してみよう。言語を覚えるのは、聞くのと話すのを一緒にしなくてはね。片方だけでは意味がないから」


 完璧でなくても、相手に意味が伝われば最初はそれで良いんだよ。笑う相手には笑わせておけばいい。


 彼はとても優しい人だった。


 ある程度教えてもらって、僕は話せるようになったが、人間のことを知らなすぎて、コミュニケーション能力が全くなかったので一般的なことも教えてもらう。この世界のこと、人間のこと、どうして人と話さなければいけないのか、など一般常識とはかけ離れたことも、何にも興味を示さない僕に伝えてくれた。


「ほんと何にも知らないんだ」


 シアは主に、懇切丁寧に手本を示してくれるフィオの横で突っ込むのが役割。呆れたように言語をあやつる相手を不思議に思ってたけど、フィオに世話になりっぱなしの僕に何か言いたかったようだ。でも、彼女は洞窟には時々しか現れなかったので、僕らはほとんど2人だった。


 


「ねえ、君はきっと天空の人だろう? 女神様もすごく綺麗な人だったって言われてる。もしかしたら、君の方が女神様より綺麗かも」


 僕の髪を一房取って、月の明かりに溶かす。フィオが一生懸命解いてくれていたので、髪は糸のようにサラサラと指の間を落ちていく。

 

 ーー君と長く一緒に居られるといいなぁ。


 彼は僕の瞳を覗き込む。彼の瞳の中に、真っ赤な僕の瞳があった。


「透けるような透明な髪に、ルビーみたいに赤い瞳。あんまり表情は変わらないけど、頑張ればきっと変わるようになる。……シアも氷みたいだったけど、今じゃあんなに表情豊かになったんだ」


 優しく微笑んで、目元にキスをしてくれた。


「そういえば、君に名前をあげようと思ってたんだ。名前がないと色々不便だからね。僕の2つ目の名前。滅多に使わないんだけど、ぜひ使って欲しい」


 ーールーク。


 Luke。光をもたらすものだなんて、太陽が苦手な君には皮肉かもしれない。でも、僕にも全く似合わないんだ。お揃いだね。

 ……だけどね、大事な名前なんだ。使ってくれると嬉しい。


 そんなところに、洞窟の洞穴の奥から何やら音がした。月の光に反射して、その不気味な瞳が光る。

 

 それは大きな大きな蛇だった。洞穴全体を覆うような長く太い魔物。細長い瞳孔が人の半分ほどあり、鱗も手のひらサイズ。


 ……ゴクリ。フィオが息を呑む音がした。


「逸れた魔物か。地下から溢れて来たんだね」


 ジリジリと後ろに下がるが、魔物は簡単に僕らを逃してはくれなそうだ。食べ物を求めているのだろう。目が飢えていた。


「ルーク、逃げて! 僕が何とかする」


 そう考えていた僕の前にフィオが立ち塞がり、庇ってくれる。でも、その体は震えていて、ルークを逃がすために虚勢を張っていると感じた。バクバクしている心臓の音が聞こえるほどの緊張だった。


 シャァアーー。声を発して、ついに先が二つに別れた分厚い舌が僕らを巻き取ろうとする。


「……ルーク⁈」


 僕は蛇の口を下から蹴り上げて、閉じさせた。そのまま、腕を回して蛇の顔面を掴み、完全に閉じ込めて力一杯骨を砕く。それでも暴れるので、僕の力を使った。口の中に手を突っ込み、僕の血を飲み込ませる。媒介を通じて、僕の力が蛇の内部に回ると蛇は腐り、内側からひび割れて雲散。それは僕の中に吸収された。


 反射的なものだったけど、体は自然に動いた。こんなふうに体は動かせるものなのかと少し学習する。


 後ろのフィオは、初め会った時のように呆気に取られた顔をして僕を見つめていた。ちゃんと動いたのがこの時、初めてだったからかもしれない。


「ルーク、君って強いんだ」


 ーー強い? 


 よくわからなかったが、フィオが嬉しそうなことはわかった。


 そのままするりと、手を掴まれて彼に引かれた。体が倒れ込み、フィオの上に乗る形になる。

 フィオは柔らかい感触がした。そのまま横にずれて、僕が彼を腕枕する体勢になり、何となく動かずにいた。彼の心臓の音がドキドキと聞こえる。


「……はー、怖かったね。このまま、死んじゃうかと思った。カッコつけたこと言ったけど、僕、弱いんだよね。いつもシアが守ってくれてるくらい」

「……?」

「ふふ。そうだよ、だからありがとう。すごく嬉しかった」


 そのまま安心したのか、フィオはそのまま眠りについた。僕も眠くなったので寝ようとしたけど、フィオの心臓の音は少し早くて、眠りづらかったので、リズムを数えたら寝れた。



「……おまえ何してんだよ」

 

 次の日の朝、僕たちを起こしに来てフィオとルークが絡み合っているという現状を目視し、シアは怒っていた。機嫌が底まで下がり、無理やり引き剥がして、転がされる。そのまま、頭上に仁王立ちされた。


「おまえに何言ってもしょうがないんだろうけど、フィオといい加減離れてくれないか。フィオは簡単な立場じゃないんだ」


 ーー魔物の亜種だろ、おまえ。嫌いなんだよ、魔物もあいつらも。


 シアがかがみ込んで小さく耳元で呟いたが、意味がわからなかったのでへーと頷くに任せた。すると、頭をはたかれる。


「シア、ルークに乱暴しない」


 僕はフィオに頭を庇われた。


「……さっきから何でそんなにべたべたしてんの。それにルークゥ⁈ はぁ? それ、フィオのミドルネームだろ。もしかして、名前やったのか。何でこいつなんかに」

「シア、僕が名前をあげたかったんだ」

「……ありえない。フィオ、お願いだから、簡単に気を許さないでくれ。心配で眠れなくなりそうだ」


 真っ赤な長髪がぶんぶん左右に揺れる。顔を両手で包み込んで、表情が見えなくなった。


「大丈夫だよ、シア ルークはかっこいい人なんだよ」

「かっこいいから、なんなの?コイツが裏切り者になる可能性だってあるだろ」

「詳しくは言えないけど、ルークはすごい人なんだって、僕が保証するよ」

「ちゃんとしてよ、裏切られたらどうする。フィオは優しすぎるんだ。それでいつも傷ついてる。あいつらはフィオたちの優しさを利用して、脅して、自分たちの利益に使うってわかってるだろ」


 ーーわかってる?


 真摯な強い強い瞳でフィオを見る。決意と願いが一緒になった瞳はこれまでの僕の人生では全く出会ったことのないもので、この時シアは僕の興味を引いた。


「わかってる。僕よりシアの方が僕の気持ちをわかってくれていることも知ってるよ」

「ぎゃあぁ、そういうことじゃないんだよ」


 両手をあげて、フィオに降参するシア。この2人はいつも仲がいい。怒ったり怒られたりを繰り返しながら、コミュニケーションを取っている。これは前の僕では無理だった。僕は話をそのまま受け入れることしかできず、分かったらただハイと答えるだけが仕事みたいになっていた。


 そのため、コミュニケーションは鬼門。ほぼ周りからの伝達も一方通行で受け取り、それをまた誰かに返そうとする意思がないため、他者との繋がりを得ようとすることも同じくなかった。


「それに、ルークは昨日大蛇の魔物に襲われたけど、僕を守ってくれて、退治したんだよ。聖属性を持っているわけでもないのに、魔物を退治してくれたんです」

「初耳なんだが⁈ そういう大事なことは早く言えよ!!」

 

 そんな感じの彼らとの日々は洞窟の中で長く続くかと思われたが、そうはいかなかった。


 フィオの秘密、シアの秘密に巻き込まれて、僕もその騒動を解決しにいかなくてはならなくなったからだ。




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