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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第2章 繋がれた鎖、抜け出せない枷

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番外編.空を仰ぐ者

シリアスです、ソライア視点。


 ソライア・デュー・クロワイヤンは親を知らない。

 皇族であることは分かっている。金髪金眼がその証拠である。だが、彼は親を知らなかった。母であるという娘が教会に自分を預けたーー実質捨てたーーということだけは聞かされていたが、それ以外何も情報はなかった。


 彼は教会にて育った。名は、その当時の教会の司祭からもらったものである。神に敬虔に仕えることを求められることが彼の人生の始まりだ。

 皇族であるという事実は、彼に重みを与えはしても、それに喜びや誇りを与えるものではなかった。なぜなら皇族は沢山いた。その中で特別というわけでもなかった。


 彼は皇族であるため、幼い時から光属性を持っていた。ゆえに福祉に携わることが多く、病気の人々や貧しい人々とよく触れ合った。


 教会で奉仕作業を続けるたび、彼は自分より恵まれない人間が多くいる事を知った。

 病気がちで仕事につけぬ親のため、代わりに出稼ぎに行きその日暮らしで生きる子ども。目が見えず、足元もおぼつかないため、自分が何を取られても何をされても訴えることのできぬ老人。金に困り、周りに無心をしては、人に愛想を尽かされ、最後には路傍で物乞いをする男。愛を乞いて、相手のために尽くすが、用済みとばかりに売られて場末の花売りとなった娘。


 懺悔室にて罪を告白するものたちには、もっと恐ろしいものたちもいた。奴隷として口減らしに売られた子、口に出来ぬような目に遭い、身代わりに子を捨てた親。悲劇はそこらに転がっている。


 ソライアは彼らに比べれば、なんと自由で楽な生活をさせてもらえているのか。学校にて勉学も学べる、職に不自由もない、優しくしてくれる人がいる。

 司祭もそう言っていた。多くを望むのは、将来取り返しのつかないこととなる。自分の程度を知らなさい。小さくも大きくもなく、自分にできることを知り、その中で努力をしなさい。そして、それ以上を望まぬことが幸せにつながると。


 ーー正しくありなさい。

 ーー優しくありなさい。

 ーー公平でありなさい。

 ーー慈悲深くありなさい。


 隣人の幸せがあなたの幸せであり、喜びなのだ。欠けているものたちに自らを与え、自らも相手から欠けているものを得なさい。


 教義は山の数、空の星の数にも及び、それをソライアは誦じた。


 ソライアは、私は幸せものなのだと言い聞かせた。疑問を抱いてはいけないのだ、そこに少しの違和感を覚えても彼はそこでしか生きれない。そうして毎日を過ごしていた。


 15歳。教会の教えは半分は詭弁で、守っている人間はごく少数だと世の中の汚さを知り始めた頃。成人を迎える前のソライアは、未曾有の争いに巻き込まれることになる。


 司祭への叙階を受けるため、特訓をしていた彼は門限を破ってしまったため夜の教会を走った。なぜ門限なんて守らなくてはいけないんだと思って、不満が溜まっていた。


「……勉強してるんだから少しくらい門限破ってもいいだろ。文句ばっかり言いやがって」


 司祭になるにはより実務的な訓練と経験が必要だった。時間はいくらあっても足りなかったが、教会での毎日は厳格に定められている。破れば自分より年上の助祭たちが、ソライアだけに特権があるのはおかしいと訴えてくるのだ。自分より努力しているわけでもなく、ただ否定する要素を探しているだけの奴らに対して気分は良くなかった。


 ソライアが文句を言ったとき、何か音がした。蝋燭をかざして、通路を見る。反射して光った。


 そこには真っ赤な瞳をした生き物がいた。だが、その身なりは良く見知った聖職者特有のものだった。


 ーー襲われる! 


「……え?」


 目の前でバッサリと人間が切り捨てられた。いや、人間だったのか……?


「……おまえ、見てはいけないものを見たな」


 目の前には大きな杖を持った男がいた。ソライアと同じく金髪金眼で目鼻立ちの整った青年。ーー後の教皇であるルシエルである。


 当時最年少枢機卿として活躍していたルシエルの顔を、為すべき目標として掲げられていたため知っていた。司祭に連れられ、彼がミサを司式していたのを訪れて見たのだ。皇帝の末の弟であり、由緒正しい血筋の皇族。


 彼は面倒そうに、自らが殺した遺体を燃やした。灰になるまで。

 

 恐ろしかった。今のは何なのですか、そう問う前に聞かれた。


「おまえ、名は?」

「……ソライアと申します」

「……ソライアか」


 ソライアはそのとき選択を強いられた。吸血鬼というものの実態を知ったのもこの時だ。

 聖国が魔物ーーそれも吸血鬼に侵略を受けているという事実は人々を恐慌に陥らせる。内密に処理されなければいけない命をかけて守るべき秘密。彼はこの出会いによって他の聖職者たちとは一線を画した。真実を知ったが故に、彼は戦争に正義感を見出し、皇族たちに愚かさを感じた。

 何も知らなければ、まだ楽だったはずなのに。



 それから皇帝の死去が知らされ、内戦という名の戦争が勃発した。

 一部神官と未成年の聖職者は田舎や僻地に送られたが、青年となった彼は戦地に派遣された。そして同時に皇族も同じく軍に配置された。彼の能力は撃退よりも癒しに特化していたため、司祭となった彼は軍の責任者側に近く、安全圏にいた。


 だが、皇族たちのあまりの愚かさに苦しんだ。彼らは優遇されることに慣れきっており、唯一魔物に対抗する術をもつものたちという特権にどれだけ胡座をかいてきたのか、よくわかる有り様だ。


 彼らは民衆から食糧を奪い去り、神の名の下にと徴兵を繰り返した。

 理不尽だった。なぜ、この緊急時に貧しい人々から食糧を奪えるのか。どうしてその力で立ち向かうのではなく、搾取するのか。

 彼らから若い労働力を取り上げておきながら、自らに蓄えがないのは自業自得だと笑える、その頭の中を覗きたかった。


「……彼らも生きているのです。保護する側の我々がどうしてそのようなことを」

「戦場で未だに残っていることが悪いではないか。そもそも彼らに何の能がある」

「仮にも聖国の名を持つ軍が……!」


 あまりにも戦場に、民衆に理解がない。魔物たちの退治にばかり向かっていたからなのか、力ばかり強く、それに対抗する手立てはなかった。

 ソライアは人々に助けてと訴えられたが、その期待には応えられなかった。期待に応えるどころか、彼の求めた救済で逆に人々は締め付けられた。苦しかった。


 ある日、皇族の一人が子供を殺した。食べ物に困った末の行いに、見せしめと首を道に飾る。

 ソライアはあまりの惨さに吐いた。権力ゆえに咎められず、弱った人々は反抗の手段もなく死んで行くことになった。


 その皇族もいつのまにか戦場にて死んだ。愚かな者たちは多くが死に絶えた。

 それは神の下した罰のように見事に、愚か者だけが死んでいった。


 生き残った時自分は神に選ばれた。そう錯覚した。神に叛逆する吸血鬼たちを退治するために私は生まれたのだと、ソライアは思ったが、それは夢物語。彼は物語の主人公ではなかった。


 大敗した軍は、生き残った者たちが属国の女王の指揮の元新たに集められ、そこにはあの男(ルシエル)がいて首席枢機卿としていつのまにか君臨していた。他の枢機卿たちは死亡したのだろう。

 属国の騎士や兵士たちは優秀だった。女王が戦局を予言者のように読むこともさることながら、彼らは行動に迷いがなく隊列を乱すということがほぼなかったのだ。絶対的信頼の上に成り立つ軍。女王が自ら先頭に立って猛々しく敵を打ち滅ぼすさまは、後に歌劇となった。

 北の魔法大国、南島連合国は強かったが、それ以上に盛花国の人間は強かった。どうして属国になったのか分からないほどにだ。

 彼女が台頭して、戦局は大きく変わった。


 一方で、ソライアは散々な目にあった。反骨精神で行った、はじめに派遣された軍での軍令放棄が問題になったのだ。裁判沙汰になったが、民衆を庇う行動だったとして処罰を受けなかった。だが、庇ったはずの人々に否定される目にあった。ソライアを信用したために、沢山の人間が犠牲になったのだと助けたものに睨みつけられたのは、辛かった。


 あんたのせいだ。大声で怒鳴りつけられた。あんたの軽い正義感で俺たちは犠牲になった。自己満足で、踏みつけられた俺たちの目になってみろ。


 また、そこで頑なに処罰を訴えたのはルシエルだ。

 規律に反したソライアは異分子であると言った。なぜ、彼にこれほどまでに目の敵にされるのかよく分からなかった。

 それどころか、彼に少しの憧れを抱いていたソライアの心は傷ついていた。


 だが、司祭と枢機卿が話しているのを聞き、知ってしまった。


「ルシエル卿、自らの息子ではないですか。どうして味方なさるどころか処罰を求められたのですか……あれでは、ソライアが哀れで」

「はっ。騙し討ちの上、生まれた子だ。生まれてきたことは神の采配ゆえだが、私はあれの誕生を望んでなどいなかった」


 ーールシエルは、ソライアの父である。


 驚愕の事実であった。彼が自分の父?

 彼は自らが父親であることを知っていた。そして、その上でソライアに刑罰を望んだ。考えればわかるが、枢機卿である彼は一生独身でいることが求められる。子がいるという事実はどのような理由であれ、周囲に影響を及ぼす。

 

 つまり、ソライアは存在そのものが邪魔なのだ。


 生きることさえ、願われなかった。


「……ははっ。私は生まれてきてはいけなかったのか」


 ありとあらゆる生命は祝福の下、生まれると司祭は言った。だが、どうだろう。それは現実的ではない。


 人々は貧困に苦しみ、支援を望む。支援を与えられても、不満を口にし、多くを犠牲にしたものを次の瞬間には裏切り者と蔑む。

 皇族たち、貴族たちは最終的な利得を考慮し、今生きる命を切り捨てる選択をする。


 愚か者はいくらでもいた。溢れていた。


 周りは狡賢くなれ、甘くなれ、他人を利用しろと言う。

 そうすればきっと楽になれるだろう。


 自分のために皆生きている。


 ーー正しくありなさい。

 ーー優しくありなさい。

 ーー公平でありなさい。

 ーー慈悲深くありなさい。


 それとは真逆の教会の意義を笑いたかった。教会の最も神に近い者たちですらこうなのである。救いなど誰がもたらす? 

 利権など関係なしに、生きる人間などいない。


「醜いものだ」


 自らのあり方が、世界の理不尽が憎かった。


 そのまま無能と陰で罵られつつも、順当に枢機卿としての責務につくことになった。皇族出身の枢機卿は貴重な存在であり、枢機卿の半数が議席を占めていることは重要な責務であった。


 ーーそして、父であった男は教皇となった。


 彼に睨まれていると思うだけで、心が震えた。いつか自分は殺されるかもしれない、そんな恐怖があった。眠れなかった。

 そんな毎日の中、表ではニコニコと笑う。笑う以外の表情をしようとすると、目の下のクマのおかげで気味の悪い顔になる。

 妬みも嘆きも自己嫌悪も、全部彼の中に積もっていった。


 名誉も地位もその手にして、枢機卿という身分も皇族であるがゆえに手にした。だが、何も得られていないように感じるのは何故なのだろう。



 ある日、ソライアは花街にいた。彼らに教えを広げ、あるべき道に諭すという大義名分の下、彼らを処罰するためだ。上級神官は忙しく、他の枢機卿方は精力的に動ける立場ではない。

 

 訪れた街では魅力的な笑顔で女たちが愛を求めている。


 魔が刺した。ソライアは花街に自分の求めるものがあるのではないかと思った。母も似た職業についたと聞いた。微かに母の痕跡を見たかった。


 顔を隠して花街に入り、そこで支配人だという男に会う。長髪に、目元を紫の蝶が止まっている化粧がされている派手な容姿の者。花売りの街らしい妖艶な雰囲気でタバコを咥えていた。


「ルシフェルと言います」


 その彼はどことなく、教皇に似ていた。教皇とは真逆で自由なのに、恐ろしくて恐ろしくて、でもどこか心の隅では憧れてしまう二律背反的存在だった。彼の誘導は巧みだった。

 夢現で花の園の誘惑の中に身を埋めた。吸血鬼だと気づいても、もう手遅れだった。彼らは人の欲望を与えることに長けすぎていた。


 ーーそれにソライアはもう限界だった。


「ソライア卿、いい加減管理をしっかりしてくれ」

「……はい」


 

 戦後の軋轢を仲裁することが彼に割り当てられた仕事。宣教による信徒たちを増やすこと、戦禍のため戦前であれば簡単に手に入った物資たちを獲得するための交渉、同盟軍との橋渡し。

 皇帝側と連携しながら、協力して進めていく必要があったが、弱った聖国の中に入り込もうとする者の多いこと。不正もザラだ。

 全てを見抜くことなどソライアの経験では無理で、自分の部下たちはそれ以上に無頓着だった。時に抜け落ち、上に報告があって発覚する。自分の失敗ではないが、下の責任は上司である自分の責任であり、裁判沙汰になったソライアは舐められていたのだろう。見咎められ、罵られる。それを見られては、部下の態度は悪くなり噂が広がる。


 ーー悪循環。


 誰もソライアを許さない。彼の心を見ない。

 どれだけの人間をその背に背負って歩んでも、彼の影だけが一人歩きする。


 影は言う。


 ーーソライア卿が戦争時、上に逆らったせいで供給が行き届かず、兵士が死んだそうだぞ。回復だけに専念しておけばいいのに、余計なことに顔を突っ込んだおかげで大変な目にあった。いっそ、あの愚か者が……。


 ーー彼のことを知っているか。いつも笑って、心の中では何を考えているか分かったもんじゃない。口を開けば、ここに不正があるだなんだ。貧民たちより貴族が優先だろう。きっと貧民たちに優しくして、利権を貪ろうとしているに違いない。


 ーーあの教皇聖下が公に批判されたらしいぞ。どんな罪があったんだ。よくもまあ、のうのうとした顔ができる。皆苦しんでいるのに、何も思わないんだろうよ。


 自分の発言が歪められて広まっていくのを見るのは最悪な気分だ。違うと否定しても、誰もそれを肯定してくれる人間はいない。それどころかその噂が広がり、言い訳ばかりだと言われて縮こまるしかなかった。

 呪いのような視線と粘りつく悪意。


 司祭に相談しても神に与えられた試練と思って、司祭は頑張れと言った。これ以上なにをやれと?


 反発する愚かな自分にも嫌気がさしていた。疲れた。


 時に花街に赴いたが、潮時だとも思っていた。ルシフェルから教会内への侵入を要求されたからだ。彼から告げられた戦争の真実も、ソライアを痛めつける一因だった。

 吸血鬼が始まりではなく、人間が始まりだということ。


 心が暗闇に染まっていく。


 そんな時、盛花国のーーあの女王の娘が洗礼式を行うため、やってきた。愛されて育ったのだろう彼女を見て、口が歪まないようにするのが大変だった。妬みが自分の中にあると認められなかった。


 報告書を携えて、久しぶりに教皇の元に向かった。


 執務室で笑い声が聞こえた。かすかにドアを開けてみる。

 

 ーー笑顔。


 笑っている。あの堅物と言われた教皇が。嘲笑しかしない彼が、笑顔を浮かべていた。


 なぜなのか、恐れている父親の笑顔に気が向いた。見かけない聖職者に笑いかけている。変な髪型の男だ。初めて見た。


 ーー息を少し吐いた。

 何か、心の奥に溜まっていたものが取れた気がした。


 ルシフェルを聖教の地下に召喚することは、最後まで躊躇った。


 だが、彼は自分の願いを叶えてくれると言った。自分を見て発言してくれた者は初めてだった。周りは神をずっと見ていたから。


 けれど、やってしまってから自分が行ったことの意味に気づいて震えた。これで父は絶対に自分を許さない。


 ーーでも、教皇と向き合ってもうどうでも良くなった。死んで良いと直接言われたのだ。


 心は空っぽで、じわじわと蝕んでいく悲しみが、自分ですら哀れ。すこし期待していたのかもしれない。


 ルシフェルに願い事を言った。


「私を神から解放する術を与えてくれ。君のように自由な存在になりたい」


 教皇の前でそんなことをするのは自殺行為だと分かっていた。ルシフェルも分かっていたようで、愚か者だと言われた。

 でも、父に罵られたような恐怖は感じなかった。


 痛みもなく眠るように一瞬ののちに変化した。でも心は変わらない。

 私という存在が『吸血鬼』になることで、私も変われるのではないかという希望が少しあった。それも、無駄だったようだが。


 そこで地下に突然現れた不思議な男が、倒れた私を心配してくれた。

 私を知らぬ者の方が私を心配してくれるというのも不思議なものだ。


 最後に、慰められた気がした。彼はそんなこと思っていないかもしれないけれど……。


「ありがとう、ルシフェル」


 我が父の手にかかって、この世への想いを断ち切ろう。彼は自らが自由になることを願った。


 神よ、その手を離した私の存在をどうか許さないでください。その広い御心にかかる価値もない私を捨てて下さい。


 最後に見た父がその顔をなぜか歪めていたように見えて、少し不思議だった。


 ーー激しい光の中、彼は真っ白に消えた。





 教皇も嫌ってたわけじゃないんですよ。

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