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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第2章 繋がれた鎖、抜け出せない枷

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17.彼はいない

※情報過多です。最初の長文は飛ばしてどうぞー。



 『春にはまだ早い、冬の中頃。盛花国第一王女殿下、フローラ・ローゼマリー・プレーシアの洗礼式は始まった。

 その洗礼式は前例のない規模で行われ、その期間中聖国首都セイントの全ての住人に祝福を示す、蝋燭、オリーブ油、蜂蜜酒、穀物が振る舞われた。盛花国から新たな信徒誕生の祝いの品として贈られたその高価な数々に、盛花国という国の裕福さ・財政力が知られ、聖マリーの国であるという以外の知名度も一気に上昇することとなった。

 また、その日巡礼に訪れた数千・数万という人々には、広場にて直接、教皇聖下の言祝ぎが届けられた。これも内戦以来のことである。これにより、聖国・盛花国の皇族・王族の絆は未だ強く結びついていることが、近隣諸国に広まった。盛花国との同盟締結後、各国の基盤が完全に回復し、これから聖国とどのように関係していくかが注目視されていたが、今回の一件を鑑み、友好的姿勢を見せる国が多いと思われる。

 

 さて、第一王女殿下の洗礼式の内容について。

 今回は特例として、洗礼と堅振の秘蹟(サクラメント)が同時に行われることとなった。これは聖人として、聖国を脅威から収めたマリー女王陛下の娘だと言う点も考慮されている。本来であれば、洗礼と堅信は別々に行うべきであるという意見もあったが、内戦の影響、第一王女殿下が聖人の娘として清く正しい姿を見せてきたことが熟慮され、許可された。


 聖国の洗礼式は神が女神に施した祝福を参考にして生まれた、聖教への入信の儀式である。「死」を持つ不完全たる女神に神のお力を分け与える。一般信徒の場合は、各教会、修道院の水晶に触れながら、御奇跡の一部をその身に受ける栄光を得る。神官の位に預かる場合(叙階)、一度教会本部にて禊ぎをし、上級神官により力を分け与えられるとされている。

 第一王女殿下に関しては、教皇聖下自ら洗礼式を執り行われる異例の事態となった。沐浴を済ませた殿下は、聖遺物である聖痕の枝を手にして、神器として最も名を冠した宝珠の十字架に神への祝詞(のりと)を唄った。すると、聖痕の枝から女神の御印である薔薇の蔦と花が咲き誇った。聖下は殿下が信徒の一人として認められたと宣言し、洗礼式は終了となった。


 次の儀式である堅信は聖体授与の機会であり、洗礼を受け、弱者の救済、奉仕、教会への献身的活動が認められて行われる。

 第一王女殿下は洗礼式の日から3日ほど日を開けて、堅信を受けた。頭に手を置き祝福する按手、塗油を受け、夜明けの光を浴びて聖火に身を投じる甦聖(※聖火に身を投じることを行うのはごく一部)。聖下が祈りを持って按手を行い、これまでの罪を浄化し生まれ変わった殿下は、御空に高く…………』



「うーん。無駄に長いですねー、なるべく省くように言ったんですけど」

「何が?」


 メルとルルは大聖堂の反対側にある教皇庁内部の窓から、広場を眺めて呟いた。羽ペンをひらひらさせて、用紙に記入しながらも周囲の確認は怠らない。先日の洗礼式から、教会に多数の人々が押し寄せているためである。


「この記事」

「ほう、尚書院(しょうしょいん)の広報に任せたやつね」

「もっと軽くわかりやすく書いてもらわないとー」

「お役人さま方は固くて、俗世がわかってないから」

 

 より強調してもらいたい部分以外は省いて、敬称略、専門用語なしと横に記載。特に第一王女の素晴らしさを前面に出すようにと注意し、紙を伏せる。


「ルークさんが攫われちゃったから、やることなすこと後手後手でさー。北が調子に乗る前に、制裁が必要なんだけど」

「今は冬の季節で動けないから、せこせこ周囲に根回しするしかないねー」

「人員は回してもらってるから、事後の処理と痕跡の抹消も早く終わらせないとね」


 教皇は新たな枢機卿の選抜と、枢機卿に繋がっていた人間に吸血鬼の協力者が存在しないかを調べている。あまりにも圧政を強いることになると、マリー女王が反対していた人の心を覗く禁呪まで用いて。


 信用に足る人間が少ないのが、大国である聖国の欠点だとメルはつくづく思う。盛花国であれば、そもそも公務のほぼ全てはマリー女王が行っているため、彼女の判断ですべてが効率的に動く。それと同等の能力を期待しているわけではないが、教皇庁内の各院・各部門でさえ対立があるのは笑えない。教育に力を入れるようあれほど言っておいたのに。


 メルとルルが本来であれば、行う必要のない仕事を任されたのもこのせいだ。


「まだしばらくは国に戻れないかー」

「しょうがない、陛下に頼まれちゃったしー」


 ーー姫様は、大丈夫かな。


 2人は自国へと戻った、愛し子のことを思う。



 時はしばし前に遡る。


 フローラがルークの元へ向かった後。巨大な魔法陣出現と同時に吸血鬼たちの消滅が起こり、周囲の混乱は一旦収まったが、ルルは教皇と鉢合わせ、3人で地下へ向かった。だが、そこには誰もいなかった。ルークだけでなく、古代の魔物でさえ。


 激しく混乱し慟哭しているフローラをどうにか宥めて、ルルは教皇の指示を仰ごうとした。


 教皇は顔を顰めて、周囲を確かめている。彼は内戦後、人を信用しなくなった。全体的な能力が高く、権力者としての素質は充分であるものの、今はそれが逆効果になっている。


「落ち着いてください。まずは指示を」

「黙れ」


 その一言で、ルルはキレた。元々気は長くない方だ。


「独りよがりも大概にしなさい。我々は救援に応じてやってきた盛花国当代写し身です。写し身は王の不在時、王の代役となります。その特権をここで行使してもよいのですよ」


 愚かな男は嫌いである。愚かな権力者はそれ以上に嫌いだ。


「……お前が私より年上なのを思い出したわ」

「冷静な思考が戻ったのは結構ですが、余計なことは言わなくていいです」


 教皇はまず古代の魔物の痕跡を探り、枢機卿上位陣、とくに吸血鬼に詳しく恨みが深いものたちを集めた。上位神官は出払っており、魔物退治の専門家ではない彼らまでもが現場に駆り出された。

 調査の結果、現在に残っている影響はなく発生していたはずの瘴気も消失しているとの報告を受けた。


 だが、封印自体がこわされている。それが聖国にどのように及ぶかわからないため、教皇は非常時の手段に出る。


 ーーできれば、今の時期は手を借りるべきではないと分かっているが。


「フローラ・ルーク・サクリファイスとの盟約により、私は聖国教皇として盛花国名代を召還する」


 青の魔法陣に白の魔法陣が複合された古代魔術。莫大な聖力と皇族の血に反応する、周囲の空間を威圧する陣はある一族の召喚に使用される。これが作動したのは、11年前の騒動以来だ。


「……初代の盟約により、馳せ参じましたわ。お久しぶり、教皇聖下」


 その召喚陣の上に現れたのは妙齢の美しき女性。

 芽吹いた若葉のごとき髪、黄金に輝く周囲を威圧するようなその瞳は、まさしく盛花国女王マリーであった。


「ふむ、わざわざわたくしを呼んだと言うことは、彼ら(ディアボロス)に何かあったようですわね……」



 問題の地下にて。教皇から古代の魔物(ディアボロス)が消失したという報告を受けたマリー女王は、封印を確かめにきた。


「前代未聞ですわ、彼らは手出しができないがために封印されていたのです。……ここにはルーク様がいらっしゃったと言っておりましたか?」

「問題の闇神であろ。私がここに来る以前に、どこから入ったのか居たわ」

「そうですか、ではルーク様が何かされたと考えた方が良いですね。であれば、そこまで緊急性はない可能性も……」


 紫色の植物が巻き付いた石をマリー女王は拾う。これは基石か。


「珍しい闇属性の生物ですわね。しかも、これは石の属性そのものを変質化させて、基石に干渉しています。取り込んでいるのかしら? 」


 ルルとメルの報告では、無理やり魔力を押し込んで属性の反発を利用して石を破壊しているとのではないかということだったけれど。これは完全に修復が効かない。

 マリー女王は深く考え込む。


「……吸血鬼に関する研究物で読んだことがありますわ。彼らはありとあらゆる生物を自らと同じ吸血鬼という種族に変化させることができる。それは生物の間で感染する疫病に似ています。ですが、属性そのものが変化する疫病はありえません。そもそも、人は属性を持っておりませんもの。そう考えますと、吸収して植え付け、染めることが彼らの性質の一つ。それを利用しているのかも」


「厳密には、一度死んだものを別の身体構造に変化させる点から、死者・意思を持たないものに干渉する能力だと言えるな。だが、それが封印にまで作用するとはな」


 マリー女王は植物を切り取り、断面に触る。黄金の光が道標となり、その茎から檻の天井部まで辿っていく。


「はっきりとは言えませんが、これは大聖樹自体に作用しています。わたくしは媒介を通じて、彼らから供給を行い、聖樹を通じて、檻を強化していました。強化と弱体化を交互に行うことで、檻の効果を持続させるために」


 ーーそして、彼らの苦痛を減らすため。


 胸中でだけマリー女王は語り、ルークが一体彼らに何をしたのかを考えた。こんな小細工はルークはしない。


「この基石はルーク様ではなく、この場に攻めてきた吸血鬼による仕業でしょう。封印が破られ、中にいた彼らをルーク様が……」

「闇神が処理したというのか?」

「……処理ではなくとも、何かしらの対処をされたのでしょう」

古代の魔物(ディアボロス)たちがこうも簡単に。闇とはことごとく訳のわからぬ力だ」


 魔物退治・浄化に関して他に追随を許さない国の教皇と、その国に長い間従属してきた国の女王は闇属性の研究にも深く関わってきた。だが、いくら解剖し実験を繰り返してもその実態を完全には掴めていない。

 吸血鬼になった人間を人に戻すことができないかも試みられているが、進展はない。真実言えるのは、闇と光は互いに作用する性質を持っているということだけ。


「ルーク様の捜索を第一優先に進めましょう。あの方に何かあれば、地上はただでは済みません」


 彼の体内の均衡は既に崩れていた。彼の意思と、フローラが近くにいたことで持っていた状態だったのだ。彼の意識が途絶え、体内の力が排出されてしまうことになれば一巻の終わりだ。

 マリー女王の予想では5年持つ予定だった。

 だが、古代の魔物(ディアボロス)と接触するとは全く計算違いであった。聖樹の間に来た時と言い、彼は予想不可能な方法で不可侵の空間に侵入する。

 本来であれば封珠のネックレスで均衡を戻して、ルーク自身に聖ドゥトゥール国の跡を見せることにより、行動を抑止することができればその期間もまだ伸ばせると踏んでいたのに。


 ーー本当にルーク様は読めない。


 初代も振り回されたはずだわ。マリー女王は嘆息した。


「捕まえたとして、あの闇神の封印は出来るのか? 吸血鬼に破られる封印であれば、する意味はないぞ。無駄な力を消費しておしまいだ」


「そのための聖樹であり、そのために生まれた我が国、我が一族です。出来ないなどと言うわけがないでしょう。出来なければ全てが終わります」


 封印の用意は始まっている。これからの動きを決定するため、一族総出で会議も開いた。表向きは茶会という形であったが、一族の代表者ほとんどが招待される茶会などありえない。秘密裡にフローラの気配を周知させ、ルークの存在を長達に伝える必要があった。そしてルルとメル、ルーファ達の動きを見ていた。


「……何か策があるか」

「……彼らの時を止めますわ。変化を起こさぬよう、空間に固定します」


 女神の福音達は、能力を属性に支配されない。属性にとらわれず、自らの意思と力で魔術にも似た領域で行使できる。


「彼らが手出しできぬ領域で勝負するか」

「空間と時間の支配。わたくし以上にそれに特化した者はおりませんわ。寿命の短い一族において、誰よりも長生きしているのです」

「……ふん。だが、一つの空間を固定するには莫大な力が必要だな」


 ーーマリー女王は微笑んだ。


 闇とは何か。吸血鬼とは何か。

 伝説化した怪物は、その正体すらモヤに包まれている。


 だが。

 普通から逸脱した生き物は、彼らだけではない。

 

「わたくしの命そのものと封印を結びつけますわ。古代の封印を復活させます。聖樹と同化し、我が一族が捧げてきた力を持って、ルーク様の力を封印します。フローラがそれを完遂しますわ」


 はじめから、その予定でしたもの。


 古代の魔物を封印し続けてきた一族の末裔。

 盛花国の歴史の中で、誰よりも強く血塗られた道を歩んできた強者は、その正しさゆえに自分自身すら犠牲にすることを厭わない。


 ーーいや、その存在が盛花国王そのものであるゆえに。



 フローラは混乱していた。


 ルークは確かに、地下に居たはずなのに。今さっきまでそこに居たのに。

 でも、ルークはいない。フローラには分かる。


「ルーク、ルーク」

 

 彼女は禊ぎの間で、大聖樹の紡ぐ夢を見ていた。

 その中には大事な大事なルークが出てきた。全てに無知で、それでいて全能の人。全てを諦めているようで、優しい人。虐げられてきた私達を助けてくれた。

 

『……フィオ』

  

 ーールーク、そばに来て。私の名前を呼んで。


 涙が出る。『フローラ』と呼ばれることは、フローラにとっては当たり前のことだったのに、名を呼ばれることを思うだけで自分の中の感情が溢れた。告げられなかった名前、伝えたい言葉。


 フローラが見たのは断片だったが、自分が体験したと思えるほど鮮明な記憶に振り回される。


「フローラ。引きずられているのね、それはあなたの感情ではない。初代の感情なのよ」


 そこに現れたのは、自らとよく似た姿を持つ母。

 

「お母さん? なんで。感情って……この感情は何なの?」


「フローラ・ルーク・サクリファイス。別の名をフィオ。盛花国建国の祖であり、初代王。そして、神聖ドゥトゥールの奴隷(いけにえ)。あの方の感情」


 ーー私達はその記憶を繋いできた。


「本来であれば、ここまで早く適応しないはずなのだけれど、ルーク様のお近くにいたからかしら。ルーク様を強く思っているあなただからこそ」



 記憶の断片を見たフローラは、自らをここに送った母に問う。


「ルークは消えたがってるの?」


 心の軋む慟哭を言葉なく、無表情の裏に抱えて今にも消えようとするルークの姿。

 フローラはずっとルークを呼んでいた。ルーク、ルーク。悲しまないで、私がいるよ。泣いていいの、一人で抱え込まないで。大好きだよ、だから。


 でも、それは彼には届かなかった。彼は愛を、心のありかを知らないから。

 どれだけ優しくても、彼の中には踏み込めなかった。


 ーー死のうとして、死ねなくて、どこかに消えてしまった彼を見た。


 なら、私はなにができるの。

 初代は思ったのだ。


「……どうでしょう。永遠を生きる苦しみは人間である私には理解できないもの。でも、初代はそれをあの方の願いだと思い、叶えようとしている」

 

「分からないよ」


 感情だけはフローラの中にある。ルークを、初代は愛していたのだ。愛してる人を支えるんじゃなくて、その願いを叶えてルークがいなくなることに手助けするの?

 気持ちがごちゃごちゃになる。


「初代の望みはあの方を救うこと。奴隷(いけにえ)として生きる運命を変えてくれた何より大事な方を、助けたいの」


 ルークを助けたい。


「今のルークはそんなこと望んでないよ」

「あなたがいるから、ね」


 ーーでも、あなたがいなくなったらルーク様はどうなるの。


 きっと、記憶のあの方以上に慟哭して身を削る。それは世界を滅ぼすかもしれない。それを行ってしまった時、彼は心を無くすだろう。


 ーーそもそも、あの方には時間がない。それなら、封印を選ぶしかなかった。愛ゆえでなくとも、いずれ我が一族の中から彼を封印するものが現れていたはずだった。


「あなたは自分の愛を取ることも、世界を取ることもできる。初代は愛を賭けて、未来に世界を託したけれど。フローラ、あなたはどうするの?」


 フローラは黙った。心がぐちゃぐちゃで答えられなかったのもあるが、世界と愛を天秤に掛けることが今の自分にはできなかった。


「……うぅ、分からない」


 マリー女王は沈黙し、ぽろぽろと涙を溢す娘を見た。

 この子の前には沢山の困難が立ち塞がっている。そして、まだ打ち明けられない真実もあった。


 フローラと名付けられた、女神の容貌そっくりに生まれた娘。運命の子。女神の福音は容姿が女神に似ているほど、その力が強い。


 桃色の花弁。花芯の黄金。

 華奢な身体に清廉な心。


 できることなら優しくしてあげたいが、自分自身も時間が無かった。


「強くなりなさい。そして、賢くなりなさい。私達は持って生まれた力ゆえにありとあらゆる制約に縛られている。多くを背負わなければならず、それは誰も代われないこと」


 でも、選択をするのはあなただわ。その権利がある。


 ーーまずは洗礼式を終えて、国に戻って来なさい。あなたは全てを知って、自分の意思で選ぶの。


 フローラは小さく頷いた。選択肢を与えてもらえただけでも十分だと。その先の道は自分で決めたいと思うから。



 フローラは洗礼式を終え、ローレンを従え自国に戻ることとなった。自国では、春に成人式が控えている。マリー女王も出産を間近にし、盛花国には多くのめでたい行事が待っている。


 だが、そこにーー彼はいない。



次章は過去編中心となる予定です。ぐちゃぐちゃ情報がやっと整理できる伏線回収編。

その前に番外編とか、色々投稿します。

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