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番外編:フローラの混沌の1日

 三話の翌日の話。




 その日のフローラの1日は、ルークを起こすところから始まった。


 いつもは別々のベッドで眠っているのだが、今日は何故か一緒に眠っていたのだ。


 寝返りを打ち、何かに当たったと思って目を覚ましたら、彼女の目の前にはルークがいた。


 色白の整った顔が目の前にあって、心臓がばくばくする。

 黒髪は絹糸のように、細く柔く。睫毛は長い。目を閉じているとより一層長く感じる。

 真っ直ぐに通った鼻筋、唇は薄く、顔のバランスを綺麗に保つ。

 少し不健康に見えるけど、それがなんとも不思議な雰囲気を出している。


 起きていたら性格の方が目立ってしまって気にしなくなるけど、ルークは誰よりもカッコいいのだ、そうフローラは自慢げに思った。


 ツンっとほおをつつく。

 肌は冷たくて、ツルツルしている。


「……ん、フローラ」


 寝ぼけた声で自分の名を呼ばれた。


 甘えたような声色で呼ぶので、耳への暴力だと思った。


 そして、同時に体がルークの腕に巻き込まれてしまった……。


 ルークは寝起きはいいのだが、寝相はあまり良くないみたいだ。



「……ルーク、起きて」


「……ん?」


 ルークはフローラが声をかけると、スッと目を覚ました。


 長い睫毛が上がり、赤い瞳がフローラを映す。


 お人形から人間に。

 彼の魂が彼の肉体に宿る。


 そんな、ポエティックな一言が頭の中に浮かぶ。


「……フローラ? うわあ!!」


 ルークはフローラを抱きしめていることに気づくと、バッと手を離しベッドから転がり落ちた。


 やっぱり、寝てる時と起きてる時とじゃ全然違う。


 フローラはふふっと笑った。


「フローラ! 昨日はごめんね、大丈夫? 一応怪我ないのは確認したけど、痛いところとかない? お祭りは途中で参加できなくなったけど、お土産はいっぱい買ってきてあるからね」


「大丈夫だよ、フローラは元気だよ」


 ルークは起きるなり、フローラの身体を抱きしめ、痛いところがないか確かめ始めた。


「あと、サリィから話を聞いたんだけど、フローラはもっと僕と一緒に遊びたかったって本当? ごめんね、フローラ。アトリエに来たいときはいつでも来ていいからね。石膏とか、油とか画材道具は危ないものも多いからそういうのには触らないって約束してくれたら、一緒にいられるよ。」


「……本当? ほんとにほんと?」


 フローラは満面の笑みになった。


 忙しそうにいつもアトリエにこもっていたルーク。迷惑になるかと思って、遊ぼうにも遊ぶことができなかった。

 

 けれど、ルークから許しを得たなら話は別だ。大手を振ってルークに会いに行ける。


「もちろんだよ、フローラ。なんなら、僕の絵の練習台になってくれないかな? フローラなら、造形がシンメトリーで完璧に近いから、凄く参考になると思うんだ」


 遠回しに綺麗だと言っている。

 それを理解してしまったフローラは、照れ隠しにメルが言っていた言葉をルークに伝えた。


「……ルークって、タラシなの?」


「た、たらし? ……タラシ。いや、僕はそんなんじゃないって。誰がそんな言葉をフローラに教えたんだ」


「しーらーなーいー」



 そう言うとフローラはルークをベッドから引っ張り出し、朝食を食べに一階に降りた。 


 ロールパンに、サラダ。ハム。それにアップルジュース。

 朝食は調理しなくても良いものを、いつも食べている。


 ルークは赤い野菜ジュースを飲んで、ご飯はおしまい。少食らしい。


 時々、蜂蜜とか舐めてたり、牛乳を飲んでたりはするけど、ほとんどそればっかり飲んでる。お腹空かないのかな?

 


「昨日は大して遊べなかったから、お昼にでもお祭りに行っておいで。僕は君がくれるお土産を、楽しみに待ってるからね」


 ルークは朝食を食べながら、フローラに昨日充分に楽しむことのできなかったお祭りに行くように勧めた。彼女達が買っていたお土産も昨日の事故のせいで台無しになっていたからだ。


「うん!」


「サリィたちは街にいるみたいだけど、迎え呼ぶ? 昨日あんなことがあったから」


「大丈夫ー、すぐそこだもん」


 嬉しそうにフローラは笑った。


 彼女にとって、ルークと一緒にいられるという約束だけで、昨日の怖さや恐ろしさは気にならなくなるのだ。


 フローラは機嫌良さそうに朝食を食べ終え、外に出る準備をして出掛けていった。


 その姿を見送ったルークは、何か忘れてる気がすると微かに思ったけど、思い出すことはなかった。


 それがフローラを混沌の渦に巻き込むとも知らずに。



 町に出かけると、昨日集まった広場の端、入り口のところにサリィたちが待っていた。


 昨日のことを思い出し、フローラは少し挙動がおかしくなる。

 

 あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。


 そんなフローラに気づいたのか、サリィが声をかけてきた。


「こんにちは、フローラ様」


「……こんにちは、サリィ。……あのね、昨日は……。…………」


 フローラはサリィの顔についた傷や、腕に巻かれた包帯を見て、沈黙してしまった。杖もついている。

 気まずい雰囲気が周囲に漂う。


 サリィは焦ったようにフローラに近寄ると、腰を屈めて言った。


「フローラ様、昨日は良く頑張られました。大人でもあの場面は恐ろしいものです! フローラ様には、より一層の恐怖が感じられたでしょう。私達が不甲斐ないあまりに、フローラ様を危険な目に合わせてしまいました。本当に申し訳ありません。悪いのは私達で、フローラ様は何も悪くないのです」


 そこでサリィは真面目な顔から、笑顔になった。


「…ですから! フローラ様は顔を上げて、笑っていて下さい。私達にとってはそれが一番のご褒美になるのですから」


 後ろに隠れていたルルやメルも現れ、フローラを囲む。


「フローラ様はもっと甘えて良いんですよー。ルークさんだけじゃなくって、私達にもどんどん甘えて下さいー」


「そうですよー。じゃないと、そばづ…じゃない……雇われの身として、フローラ様を大事にするものの一人として、報われませんー」


「良いのかな…」


「良いんですよ。遠慮なく、どうぞ」


 サリィが両手を広げ、フローラを抱きしめた。


「えー、サリィさんずるいー」

「ずるいー。私も頑張ったんですよー」


 そして四人で抱きしめ合う。


 フローラは苦しいけど、暖かくて心がポカポカすると思った。……昨日の出来事など、完全に頭の中から消え去っていた。




 フローラ達が町を散策していると。


「えー、14:00から「トマト投げ大会」が始まるよー。日頃のストレス、溜まった怒りをここで発散していきましょう!」


 急に町に放送が流れた。

 サリィ達は「トマト投げ」というあまり聞き覚えのない言葉に反応する。


「トマト投げ?」


「トマトを投げるってことじゃないですかー?」


「聖マリーの誕生祭なのに、なぜそのような催し物が」


 サリィはその放送を訝しんでいた。

 「トマト投げ大会」…。聞いたこともない言葉だった。


    

 彼女達はとりあえず行ってみようと、大勢の人でごった返す広場の方へと進んでいった。 


 なぜか周囲のものは紙袋などに包まれている。「トマト」がいっぱい詰められた箱が積み上げられているのも見える。

 大きく完熟しているトマトだ。


「あ、だれか上にいますよー」


 ルルが広場に臨時で作られた特設場の壇上に、一人立つ人物を見つけた。


 演説をしているようだ。しかし、よく聞こえない。


 そこでフローラ達は前に出た。


「みな、昼下がりから集まってくれてありがとう! 今年もこの日がやってきた。」


 毛皮を着た勇ましい筋肉質の男が赤と緑の反対色を組み合わせた派手派手しい格好で、身振り手振りしながら壇上で、大声を張り上げている。

 

「今日はマリー女王の誕生した日だ! あの我が盟友たちを次々と屠ったあの憎むべき戦を終結に導いた、かの英雄の誕辰だ。我はそれを祝う為に毎年この催しを開いている。……なかでも! この儀式は重要なものだ」


 王冠を被り、この催しを開いたと言っていることを見ると彼はこの国の王だろう。


 しかし、それにしても独特な動きに独特な格好だ。

 一つ一つの言葉に合わせて、腕を振り上げ、宙に指を差し……。

 それを赤緑の筋肉の塊がしている様はシュールでしかない。赤と緑はもしかしてトマトのつもりなのだろうか……。


「なんかすごい語ってますねー。っていうか、あの人この国の王なんですかー? ザ・マッチョマンですよー」


 メルは芸術大国と呼ばれる国の王が、あんなにガチムチに鍛えていることを不思議に思って口に出した。 


「ブフォッ………ッ……ッ、それは、言っちゃ……っだめ」


 ルルはそれを聞いて、口を押さえながら爆笑している。不敬なのはわかっているのだが、あまりにもあの姿は変なのだ。


 サリィは口には出さなかったが、派手好きが転じてああなったのだろうとは思っていた。


 ーー国王は演説を続けている。


「我は目にした! あの血濡れた姿! えもいわれぬその強さ! 弱きを助け、強きを挫くあの勇姿を私は今も胸に刻んでいる。皆も、あの勇ましき女王にあやかろうではないか! あの苦しみを、悲しみを忘れぬために。そしてそんな我々を救ってくれた英雄を祝福するために! さあ、手元にある決意の実を手に取るのだ!」


 フローラは大声を張り続ける国王に圧倒されながら、手元に配られたトマトを見る。


決意の実(トマト)?」


「大仰な良い方ですねー」


「……つまり、王様が初めて会った時、マリー女王陛下が血塗れのお姿で、それに惚れてしまったから忘れないように、行事にしたみたいな穿った見方もできるような……」


 そこでメルがいつものように、余計な一言を呟いた。



 その場がなぜか一瞬静まり返った。



 そこで、バキキッ、メキョメキョ…と変な音がした。


 サリィが、杖を握りつぶした音だ。……杖を握りつぶす?


「……フ、フローラ様、ここから逃げましょ。サリィさんが怒ります、やばいですー」


 ルルがいち早く危険に気づき、フローラを逃がそうとする。


「マリー女王陛下に何たる無礼……」


 サリィが小さくボソボソと何か呟いている。腕から何かシュッンと出てきた。


「わあ、もう手遅れですねー」


 メルの一言が宙に浮いた。

 その声に被さるように、王の宣言が聞こえる。


「ーーさあ、お前たちの覚悟を示すのだ!」


 そして、悪夢の「トマト投げ大会」が始まった。


 トマト投げといっても、軽く投げ合うようなものだとフローラは思っていたが、全然違った。


 まるで戦いでもしているかの如く、投げ合う人々。


 線を描くトマト。赤い飛沫。

 壁や物にぶつかり、ぐしゃっとつぶれる。


 投げる投げる、投げられる投げる。


 トマト臭があたりに充満する。


 サリィはなんでか無双してる。


 フローラは訳がわからなくなった。



「ウワァッ! フローラ、大丈夫? 血、じゃない? この匂いはトマトだね。……トマト投げ大会⁈ 参加しちゃったのか」


「ふええーん。ルーク!」


 フローラはルークに突っ込んでいった。


 ルークに頼らないとは決めたものの、トマトは衝撃的にすぎたのだ。

 赤色の残像が……まだ、目に残っている。



「……やっぱり、この国からは出ようかなぁ」


 フローラは、トマトが苦手になってしまった。





…ちょっとふざけすぎました。


次回は一気に時間が飛びます。


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