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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第2章 繋がれた鎖、抜け出せない枷

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16.堕ちる

一部描写問題で省略しております。

少々加筆修正しました。

 

「吸血鬼ぃい!」


 やって来た教皇は激怒していた。感情に鈍い僕でも空気で察する、周囲がその怒りで歪んでしまいそうな、猛烈なもの。


 激しく周囲を照らす光。白い白い床がその眩しさを強調する。

 地下の空間は四方が遥か先にあり、複雑に路が絡まりあっていて思った以上に開けていた。夜目は効くはずだが、首飾りの影響なのかそこまで見えていなかった。

 目の前には柵と、それに絡まる植物の蔦。後ろには、階段とその上部には2つの不気味な彫刻。その間にある扉から僕は降りてきたのだろう。



「お主、どかぬか!」


「は、はい」


 あまりの勢いに僕は従って、階段の際に避ける。なんか、狙われてないみたい。

 その横をぶんっと杖が通った。杖がグルグルと振り回され、床に叩き付けられた。


 空から白の魔法陣が降ってきた。黄金色の粒子が空間を覆い隠そうとする。地面に魔法陣が設置され、その術式の効果を発動させようとするも、ルシファーが魔法陣の回路を撃ち破り、術式は完成しなかった。


「最初から攻撃とは、全く風情がないですね」


 ヒラヒラと赤く長い爪を振り、つまらなそうに顔を向ける。ルシファーは、床に転がっていた人間を盾にしてやり過ごしていた。

 ひいぃと叫びながら、ルシファーにしがみついて身体を震わせている様子は、なんだか見ていて可哀想。余程、教皇が怖いのだろう。


「……ソライア? 貴様、枢機卿の一角であろうが! お前がこの吸血鬼を呼んだのか!!! 臆病者の、使えぬお前が、皇族の一員であるからと言って欲に眩んだか!」


「ひい!!」


 そう、ソライアって名前の人だった。ニコニコ笑って胡散臭いと思った記憶がある。でも、怯えている様子からは胡散臭さは感じない。うーん、人の印象って難しいよね。


「聖力でさえ役に立たぬ、浄化もまともに出来ずして、笑って賓客を迎えることしか能のないお前は大人しくしておることさえできなかったのか。形だけの枢機卿、その采配だけは評価できるものも有ったというのに、それさえ台無しにするとは。無能は無能ということか。……いや、私に迷惑をかけるのだから無能というよりは屑だな。地面を歩き回るだけの蟻でも、このように手間をかけさせまい」


 ……うわ、これは酷い。怖すぎる。皇帝も気にせず罵ってたけど、あれでも少しは遠慮してたのか。

 全てを高圧的に見下ろす目で、口で、存在そのものが蟻以下だと言われるのって相当きつい。ルルとメルの叱り方が甘く感じられるほどだ。

 

 現にソライアは酷く酷く怯えていた。目を逸らしたいのに逸らせず、クルクルと視点が定まらない。恐怖が極限に達したのか、変な表情だ。笑顔に見える。笑っているのか、いないのか。でも、こんな時に笑うだなんて。


「……………」


 ……あぁ、そうか。わかった。僕がノアと同類だと思ったのは、彼の感情が笑顔で隠されていたからか。


 彼の笑い顔は一種のくせなのだろう。ノアも揶揄うような言葉の裏に自分の気持ちを隠している。


「ああ、可哀想に。そんな風に言われるから、彼はこちらに堕ちてきたのですよ。ねぇ、ソライアさま? あなたはただ教皇から与えられる恐怖から安らぎたくて、花街に来られたのですから」


「……ルシフェル」


 ルシファーに覗き込まれ、ぼうっとした目付きに変わるソライア。瞳孔が開き、表情が怯えから蕩けたものに変化した。

 甘く澱んだ声が魅了となって、彼の心を落ち着かせた。


「目を覚ませ、バカめ!!」


 教皇の大声が空間を震わせた。

 杖が更に振るわれ、光が反射する。白い壁に上、下、左、右と鏡が幾つも現れ、それが縦横無尽に空間を覆い尽くした。

 流石のルシファーもこの攻撃には手を焼いたようだ。闇魔法で無理やり吸収して、媒介の鏡を叩き割った。僕も巻き込まれそうになって、慌てて柵を駆け上り、光が通らない端に逃げる。


 反射した光が通った跡は、煙がもくもくと上がり、焼かれた匂いがした。確実にルシファーを殺しに行っていた。

 僕たちがよく纏う黒い服は光の吸収率が高い分、熱に弱い。ルシファーが着ている、赤いレースだらけのコートもそうだ。耐熱加工がされていたとしても、あの光を受ければダメージは大きかった。服がボロボロになってしまえば、もうルシファーに教皇に叶うすべはないだろう。


 もう一度あの攻撃をされたら、僕も危ない。服をボロボロにされたくないし。

 だが、地下は密閉された場所だ。熱を発するほどの光で攻撃すれば、高温で教皇自身にも影響がある。そう簡単には乱用できないはず。


「困りましたね。そのように攻撃的で、もしソライア様に当たっていたらどうするのですか? 彼は生身の人間です、それもそちら側のお方ではありませんか」


「ふん、それが死んだとして私には何の影響もありはしない。本来であればその身を投じてでも、闇のものたちを浄化しなければならない立場だというのに、そのように堕落したのだ。……ソライア、もし貴様に教会の枢機卿としての心が少しでも残っているのであれば、すぐにそこの吸血鬼を始末せよ」


 呼びかけられ、ソライアは顔を上げる。

 その顔は、金眼に金髪。笑顔をやめ、目を見開いて見つめる姿は教皇によく似ている。まだ、年若い。


「……教皇ーールシエル様」


「呼ぶな、その名は神に捧げたものだ。貴様に残された道は一つしかない」


 そう告げられたソライアは、今までとは違った微笑みを浮かべた。そして、ルシファーに耳打ちする。

 

 ルシファーが顔を歪めて、愚か者ですね。そう、嘲った。どうせなら、聖国を支配しようとする欲で塗れていた方が余程マシでした、と語る。


「ここまで愚かだと仕様もない。ですが招いて頂いたお礼です、その哀れなまでの愚かさに敬意を表して、その願いを叶えて差し上げましょう」


 瞬きの間だった。


「……ルシファー?」


 ーー血を吸った。

 ソライアの首に噛みつき、赤い血が滴れる。服が血に塗れ、濃厚な錆びた鉄の香りが舞った。

 僕はルシファーが吸血しているのを初めて見たかもしれない。


 水が汚れるように、ソライアの身体が闇に滲む。滲んでいく。その速度が速かった。目を大きく開き、充血が濃くなっていく。がくりと力が抜け、ルシファーの腕の中で一度力尽きる。


「きさまぁあ!!!」


 目の前で血を吸われたことが衝撃的だったのか、教皇はより激しく憤り、ルシファーに向かっていく。ソライアに対して散々な言いようだったのに、どうしてそんなに怒るんだろう。死んでもかまわないと思っているのなら、好きにさせれば良い。


「……うーん」

 

 不思議だ。教皇もあのソライアって言う人も。

 僕はわざわざ吸血鬼に血を吸わせた男に興味が湧いて、近寄ってみた。


 人が吸血鬼になるには、一定以上の生命力が必要だ。体を内部から再構成し、別のものに作り替えるのだから、弱い体では体を変質させる力に耐えられない。もしかしたら、このまま死ぬこともある。僕は床に転がったソライアの体の生命反応を確かめた。


 ……目をぱっかりと開けた。


 その眼は完全に赤く染まり、体内に宿る力は確実に闇属性となっていた。だが、吸血鬼化するのが早すぎる。

 彼は周囲を見回し、不思議そうに眼をぱちぱちとさせた。手を握っては開くのを繰り返す。


「……大丈夫?」

「はい……。吸血鬼になっても、何も変わらないのですね」


 僕は初めからこの体だし、なんて言いようもなくて黙る。僕よりもルシファーに聞いた方がいい。だが、ルシファーと教皇は横で争っていた。闇と光の明滅で、目が痛くなりそうなほど。


「私には生きる価値はないのでしょう。知っていました。誰からも望まれず、役に立たない生き物と哀れまれるのはもう良いのです。ですが、できることなら私は、私でない生き物になって死にたかった」


 難しいことを言うものだ。自分が自分以外のものになることなんてできるのだろうか。


 彼はフラフラと歩み進んでいく。その先には激しく争い合っている2人。吸血鬼になったばかりで弱っているのに、近寄ってはいけない。だけれど、彼はそれこそを望んでいた。それが不思議だった。


 彼を見て、2人は動きを止めた。教皇は姿の変わってしまったソライアを見たくもないとばかりに険しい顔をしている。


「ルシフェル、ありがとう」

「……礼を言われることは何も」


 ルシファーが珍しく引き下がった。自分の長い黒髪を触って、呆れた瞳で教皇に歩んでいくソライアを見ていた。


「教皇」

「半端者め。自ら人をやめたその身、神の御許へは還れぬぞ」

「……」


 何も言わずまた微笑む。教皇が杖を振るい、そこから激しい光が差す。

 眩く荘厳すぎる灯りは、暗闇を消し去ってしまう。微笑みを浮かべた、光を司る国の枢機卿は、その闇を光の中で抱えて薄らいだ。


 吸血鬼は死後、その痕跡を残すことなく灰となる。


 ーーそう。彼は煤けた灰になって、消えたのだ。本当に呆気なく、居なくなってしまった。


 吸血鬼に成り立ての柔な体は、光に耐性が一切ない。直接浴びるだけで、その身は簡単に壊れる。


「……知っておりましたけど、やはり鼻につきます。身内もそのように切り捨てる。魔物より魔物らしい。聖国は滅ぶべき存在です。許しがたい」


「魔物と一緒にされては困るな」


 教皇は急に冷めた瞳で、語る。

 魔物は生き物ではないのだから、その葛藤すらその身では理解できまいと。神に見捨てられた異物。私たちはそれが人を害さぬようにすることが役目だ。お前たちに、この崇高な役割を理解されたいとも思わぬ。


「さっさと去ね」


 その言葉で、巨大な白の魔法陣が作動した。先ほどの反射の攻撃は囮で、本当の狙いはこの術式を作り上げ、邪魔をさせないためだったのか。


 床一面を覆う魔法陣から、浄化をもたらす太陽が灼熱となり身を焼く。夜の闇を切り開く光は、秩序を害するものを一片の容赦なく滅ぼすもの。

 ーー対吸血鬼用の魔法陣だった。ルシファーを一発で仕留め切るだけの力が込められた、超絶強力な。


「あは。目的も達しましたし、主人にも会えました。今はこれで引き下がって差し上げます」


 笑いながら、コウモリとなって周囲に散る。ルシファーは本体じゃなかった。慎重なアイツらしい。


「……………」


 僕は魔法陣による攻撃に大きな影響も受けずに済んだようで、でも少しくらりとしながら地面に座り込む。そして、ばたんと仰向けに転がり、上を向く。少し気が抜けた。


 ーーあぁ。


「……何て言って良いのか、よくわからない」


 変な気分だった。人間の死なんて数えきれないほど見てきたし、自分で相手を殺したわけでもない。僕は彼のことを大して知りもしない。そもそも印象も良くなかった。フローラに思う、大事にしたいとか大切だとかそんな感情はない。ないのだ。


 なのに、何故だろう。

 すごく気分が悪かった。


 魔物は生き物ではないと言われたことに腹が立ったのだろうか。いや、そんなことはこの世界ではありふれた考えで、魔物を生き物だと考える方が異端だ。


 魔物は全能神の悲しみ。そして、苦しみとされる。

 女神の遺した光で、神の悲しみを癒すことが聖国の、聖教の意義。

 秩序を司る聖属性。闇と対をなすそれの根幹。



「なんだ!?」


 僕が悩んでいると、教皇が大きく叫んだ。


 いつの間にかルシファーが手に取っていた石から、根が生えていた。しゅるしゅると巻きつき、石そのものを取り込んでいく。闇属性の寄生生物だ。魔物は特殊なものが多いけれど、これはすごい勢いで成長した。養分を吸収しながら、石の属性を変え、なぜか柵に生えていた植物が枯れていった。


 ーーかしゃん


 入り口もなく、ただ覗き見るためだけの柵。そこを彼らが異形の手で、押した。かしゃん、かしゃん、かしゃん。這いずって弱っている体で、かしゃんかしゃんと外に出ようとしていた。柵が歪み、たわむ。


古代の魔物(ディアボロス)が」


 教皇はそれを確認すると、入ってきたときと同じ勢いで出ていった。誰か呼ぶのだろうか。でも、呼んだからってどうにもならない。


 瘴気が溢れている。

 人が死ぬだろう。そこから、魔物も生まれるはずだ。

 彼らの力の根源は僕と同じ。作り方は違っても、あの人の力でできてる。浄化はできない。

 食べるか、別のものに変換するしかないのだ。


「しょうがないなぁ」


 首飾りをぶちりと千切る。便利ではあるけど、これは結局おもちゃだ。僕の魔力を抑えるには全然足りなかった。

 僕の枷は結局僕自身。がんじがらめになった自己嫌悪と昔教えてもらった人間の倫理にしたがって、僕は諦めと哀れみを一緒にした感情のまま、柵に手を伸ばした。




「…………っ」


 ああ、ダメだこれは。持たない。

 コントロールが効かない。


 自分で思っていた以上に負荷がかかっていたようだ。不調だとは思っていたけれど、どこまでも鈍い自分の体はやはりポンコツで、その状態を正確には伝えてくれはしなかった。


 ポチャンポチャンと落ちていた滴が、落ち続けて水溜まりとなり、やがて池に変化するように、僕の中にはダメージが蓄積していたのだろう。それを知覚していなかっただけで。


 僕は体に力が入らず、崩れ落ちた。

 でもそんな僕の中で、異形たちはやっと自由になれたと喜んでいた。薄らぐ意識のなか、自分と溶け合って、彼らは心から楽しそうだった。


 柵の中、天井を見上げる。そこには、花の絵があった。同胞たちを慰めるように、一面の花が咲いていた。懐かしい。

 

 フローラ、フローラ。花を見るたびに、君を思い出す。

 僕が居なくなって、フローラはどうなる。


『ルシファー、君見てるだろ。僕が命令する。絶対に人間に手を出すな』

 

 命令をするのは苦肉の策。ルシファーは僕を主人と呼び、従者のように命令されたがる。だが、命令には対価が必要だ。人を雇うのに金が必要なように、ルシファーの言うことを一つ聞かねばならない。

 対価なしにあいつが言うことを聞くんだったら、僕は何よりも先に『逆さの吸血鬼』の名を出すなと命令したはずだ。


『対価は……』


 思ったとおり、返事が来た。最後どうなったかまで確認しなければ気が済まないルシファーのことだ。監視の目だけは残していたのだろう。


『寝てる間なら僕を自由にしていい』


『……優しくなられましたね、我が主人。それが良いか、悪いかは別ですが。分かりました、全ては貴方の望むままに』


 ーー目の前が真っ暗になる。眼すら使えなくなったか。


 フローラが視界の先に見えた。幻だろうか、泣きそうな顔をしている。僕はフローラを泣かせてばっかりだなぁ。見るなら、笑顔の君が良いのに。


「ごめん」


 僕は暗闇に溶け、堕ちた。繋がれた鎖からは抜け出せても、結局枷ははまったまま。僕たちはどう自由になればいいのだろうね。


 

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