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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第2章 繋がれた鎖、抜け出せない枷

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14.動乱

今回はルーク視点ありません。


 その異変が発覚したのは、その日の夜であった。

 突然別れたはずの教皇に呼び出され、ルルとメルは久方ぶりのフローラとの再会を台無しにされたと怒っていたが、教皇のそれ以上の怒りを含んでいる姿にその怒りは引っ込んだ。


「教会内部に吸血鬼が入り込んだぞ。結界と防御陣に影響はない。……あのときの屈辱を晴らす機会だ。ひとつ残らず殺す」


 教皇はその権能で教会内部を常時把握している。それは11年前の失態から行われるようになったことだ。広大な敷地を誇る教会内を把握することは、神の血を引き、教皇に選ばれるほどの能力を持つ教皇にとっても、厳しいものであった。だが、それをしなければならない恨みがあった。


 ーーその恨みの深さは、深く深く重い。


 11年前、「宗教大戦」と呼ばれた3ヶ国を巻き込んだ戦争の始まりの真実は、北の魔族ーー吸血鬼たちによる聖国の周辺諸国、従属国の権力者の取り込みにあった。


 吸血鬼たちはその性質から、自分を吸血鬼にしたものに逆らうことができない。そして、人間から吸血鬼に変わったあともその見た目は変わらないのだ。


 吸血鬼が仲間を増やしていっても、その特性上太陽の光を浴びさせることでしか現実的に知る手段はなかった。吸血鬼の弱点とされる十字架やにんにく、銀なども効果があるとされているが、十字架は直接身に触れさせなければ意味はなく、他も同じようなものだった。隣の人間が吸血鬼となっていても知ることができぬというのはどれ程の恐怖だろう。


 また、それまで吸血鬼という存在の危険さを聖国の人間達が実感として感じていなかったことも影響した。神の庇護下にあるとその力に溺れ、能力が低下してもまだその栄光に追い縋っていたのだ。

 当時先代の教皇、エルデシーナ以外に強力な聖属性を持つものは権力の中枢にはいなかった。先代が亡くなってすぐに吸血鬼たちの活動が活発化したことからその影響力のほどがわかる。

 その甘さと国内の腐敗が吸血鬼による支配を招いた。


 そして、気づかぬうちに多くの権力層は取り込まれ、属国の盛花国の女王マリーまでもが表に出ざるを得ない事態となる。

 吸血鬼に敵対する勢力と取り込まれた勢力の戦いで多数の皇族が犠牲となり、神官であった第3皇子が皇帝となる異常事態になったのもそのせいであった(対外的に還俗して皇帝となることは認められていないため、神官であった事実は抹消されている)。

 先代皇帝もその犠牲者の一人。どこまでも深く吸血鬼に潜り込まれていた。

 

 教皇は皇族の多くが吸血鬼に取り込まれた、その愚かな失態を覚えている。

 その能力が弱くとも聖力という彼らを撃退できる力を持ちながら、権力欲に溺れ、騙され、神に相反する吸血鬼になった血族。神に仕える身で犯したその恥。

 完璧主義者の教皇にとってその身内の罪は、自分を汚されたに等しい出来事であった。彼にとって、吸血鬼たちは何よりも憎らしく滅ぼすべき相手。

 今回の侵入は雪辱を果たす良い機会だった。

 

 しかし、問題もあった。結界と防御陣が破壊されていないにも関わらず、吸血鬼が中に入り込んだ現状から、人間のまま吸血鬼に協力した内通者が教会内にいることが分かった。

 教会は過去の過ちを繰り返さぬよう、定期的に太陽に向かい、聖属性を用いた魔物の討伐をすべての人員に強いてきたのだ。吸血鬼に侵入されぬため、それこそありとあらゆることをしてきた。それほど努力をしてきたのに、人間が裏切るとは。人の愚かさとは留まるところを知らない。


 教皇は目を瞑って、吸血鬼たちの狙う居場所を把握する。そこは教皇の予想通りの場所。


「愚か者どもめ。お前たちが入り込んだそここそ、罠だと知れ」


 吸血鬼が入り込んだ、古代の魔物(ディアボロス)たちの檻には罠が張ってあった。そして、この場所に案内することができる人間は限られているのだ。

 自らの手で処断してやると教皇は笑んだ。



 ルルとメルは話を受け、即座に動いた。強力な聖属性を持つローレンを呼び戻し、眠っているフローラを保護、傘下にある盛花国の騎士や従者たちに状況を報告して協力を仰いだ。

 マリー女王にも即座に連絡し、ホリー王子が応援として聖国にやって来ることになった。


「まずいですね。ルークさんが戻らない」


「ルークさんには一応監視もついていたはずなんですが、反応がありません」


「とりあえずは吸血鬼たちの対処を最優先するしかない。フローラ様が目覚めてから考えましょう」


 余裕はまだあるはずだったが、ルークの所在は不明、フローラも禊ぎの間から目を覚まさない。

 一気に事態が動き、ルルとメルも動揺していた。そこにさらに、次から次へと吸血鬼が現れたという報告が届く。情報が錯綜し、混乱を招きはじめていた。


「夜のうちは彼らが有利。決して彼らの誘いに乗らないで」


 本当は彼女たち自身で事態の収集をつけたいところだったが、教皇は吸血鬼たちにたいして執着しすぎている。部下の統制よりも自らの手で処理することを選んだため、ルルとメルも個々で動くことはできなかった。


「ルル、嫌な予感がするの」


「焦らないで、メル。焦れば彼らの思う壺になる」


「でも、間に合わなくなるんじゃ」


 ルミエールと話して、昔を思い出したからかメルは強迫観念にとらわれかけていた。


 もう、はるか昔のように感じられる過去。思い出すのも朧気で、でも大切なもの。


 彼女が最後に皇帝と話したとき、いつものように『私これから陛下の元に戻るので、ローレンも連れて帰りますー』と突然話を振った。事前に予定を話すこともしなかった。

 これが皇帝とメル2人の日常だったし、あの人相手に遠慮なんて昔からしたことはなかった。はじめて会った時も、皇帝だと知った時も。

 彼は困った顔で、けれども彼女が帰ることも否定せず『早く帰るように』と言った。本当は行ってほしくないくせに素直じゃないので、大した返答もせずにそのまま盛花国に戻る。

 彼は彼女を待っていた筈だった。言葉で語らず、ずっと待ってる優柔不断な男。手を優しく握ってくれた男。

 ルルとマリーに、少しは優しくしてあげればと言われたので、帰ったら少しは甘やかしてやろうと思っていた。

 

 ーーでも、帰ったときには全て変わっていた。


 それはメルの後悔。愛しているときには愛していると、大切にしているなら大切にしていると伝えることができなかった。

 吸血鬼の傀儡となった彼を見たくなくて、でも他の誰かが彼に手をかけるのはもっと嫌だったから、彼女は彼をその手で殺した。


 吸血鬼となった彼が残した最後の言葉は『  』


 頭の中に残らない音だけの空白。意味をもって理解できないもの。恨み言だったら良かったけれど、きっと彼らしい言葉なので、理解したら自己嫌悪で死にそうになるはず。逆に分からなくて良かったのかもしれない。


 あの時みたいにもう手遅れになって、手を伸ばすことできなくなるのはいやだった。


「大丈夫。私たちがここにいる。絶対に手遅れにならないように努力してきたじゃない。マリー様も、ルーファも、ユダだって」

 

 ルルが手を握ってくれる。この片割れがいたから、写し身としては異例とされ、困難に幾度陥っても絶望せずに生きていけた。落ち込んで励まして、励まされて、2人は生きてきた。そして、ほかの3人も支えてくれた。


 『当代』女神の福音マリー、討ち手ルーファ、写し身ルル・メル、守り手ユダ。


 私達はこの世界を不幸にしないために、手遅れにしないために生まれたのだ。私達の手で絶対に守り抜く決意をした。

 

「……ごめん、ちょっと動揺した。もう大丈夫、ルル」


 ーーこんなことで私達の道は揺らがない。 




「メル、ルル……?」


 フローラの目が覚めたようだ。

 薄桃色の髪をサイドに三つ編みにして束ねてあり、白レースのドレスを纏ったフローラは、御伽話の姫のように可愛らしい。


「フローラ様、体調は大丈夫でしょうか。お目覚めになられた直後で申し訳ないのですが、お話がありまして」


 フローラに吸血鬼たちが教会内に侵入してきており危険なこと、ルークの所在が不明なことを説明する。

 話をするかどうか迷ったが、ルークさんが来ない限り誤魔化しても納得しないだろう。

 

 話を聞いたフローラは頬を青ざめさせ、


「……ルークの夢を見たの、大聖樹のお話も聞いたの」


 と答えた。体がプルプルと震えている。話が不明瞭で良く分からない。


「ルークさんの夢ですか? 大聖樹……」


「早く行かなきゃ……!!」


 フローラはその姿のまま、部屋を飛び出した。ルークのことになるとフローラは必死になるが、それ以上に冷静さが欠けている。やはり、今のフローラに現状を伝えるのは愚策だったか。


「メル、ごめん! 後をよろしく。ホリー殿下が来られたら応援を。私はフローラ様を追うから」


 吸血鬼の世界とも言うべき闇の中を、光輝く黄金を撒き散らせ、フローラが進んでいく。その後ろをルルが追いかける。


 事態は一気に動いていた。


 


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