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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第2章 繋がれた鎖、抜け出せない枷

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12.再会


「ここはありとあらゆる場所の資料を集めた教会が誇る大博物館……と言いたいところですが、内戦のためにいくらか資料が散逸しております。何よりも大事な聖書や聖遺物、予言書などは死守しましたが、やはり内戦の影響はこちらにも著しく。貴重な歴史書や古物など、売り払われ、失われたものも多数あります。……ルークさんがお知りになりたいと言われていたライアン・ペルテスは、絵画に関してはーーこちらに所蔵していた現物、全て残っているようです」


 翌日。案内係ーー神官のエーミールと名乗った彼は、僕を博物館に連れて行ってくれた。わざわざ爺さんの資料の所在地や現存数なども調べてくれたようだ。


 目を爛々と光らせ、展示物について語る様子はかなり熱心で、なんとなくこの人はこういったものが好きなのだろうと感じた。多分。


「おっはよーございまーすー」


 そんな中、調子の外れた朝の挨拶。そこまで長い間離れていたわけじゃないのに、なぜか懐かしく感じる、妙に語尾を伸ばした声。

 

「メル、ルル」


 ルルとメルはクラシカルなメイド服ではなく、軽装で飾り気の無い黄色の神官服を着ていた。キョロキョロと周りを見回しているが博物館が物珍しいのだろうか。

 それでなぜか僕の横にいたエーミールさんが、そそくさと僕の後ろに隠れた。


「ルークさんがここに居るのって、結構違和感ですねー」


 ……違った。僕がここにいるのがおかしかったのか。でも、いつもながら失礼な言い草だった。


「ルークさんって、見る側じゃなくて飾られる対象みたいじゃないですかー。考古物の生きた化石って感じです。まず、まともに仕事してるのが違和感ですしー」


 これでも絵は真面目にやってきたよ? と言い返そうとして、絵も半分は趣味で利得そこまで考えてませんよね。と口を封じられる。

 ……そもそも仕事という概念が、生きる上で血以外の全てを必要としない僕には、意味不明なものなのだとウニャウニャ卑屈になりそうな自分をごまかした。生きるために一生懸命頑張って仕事をするという定義が、僕には欠けている。そもそも血だって接種できなくても、死ぬほど飢えるだけでそう簡単には死なないのだ、僕は。そう考えると情熱だったり、努力するだったり、偏に何かに傾けられる熱量が到底理解できないのは、僕が形を作られた瞬間から欠けていた中の一つなのかもしれない。


「こほん。確か戻ってくるのに2、3日かかるって聞いてたけど早かったね」


「予定変更しまして、少々早めに」


「へー」


「ルークさん、何かお探しされているところで悪いですけど、教皇に会いに行きましょうか」


 本当に、唐突にルルがそう言った。


「え?」


 ルルは軽い感じで、いやフローラ様とは別に会いたいらしいのでーと言う。ルークは護衛として来たので、表舞台ではどうしても簡単には話せない、ややこしい手間を省いて一度会わせてもらいたいのだと。

 聖国の皇族ってほんと偉そうだし、上から目線だし、他人を奴隷みたいに使うので、フローラ様とまだ会ってないって言われてちょっとホッとしたくらいなんですけどー、頼まれたのでしょうがないですから、会いに行きましょうかー。理不尽なこと言われたら、金色のメッキ野郎とでも思ってればいいですー。


 連ねられる言葉が意味がわからない。


 ルルとメルが聖国の皇族に人目も憚らず文句を言っているのについていけず、呆然としていると、ゴホゴホと背中から咳き込む声がした。


「っぐ! ……金色のメッキ野郎……っ! っは、ごほっ!」


 口を押さえて堪えるが、どうしても抑えきれないのか、苦しみながらゴホゴホしていた。


「……おやぁ、ルミエール? 変なかつら被って、どうしてこんなところにいるんですかー」


 メルがニヤリと笑って、エーミールさんに話しかける。彼はビクッ! と背筋をこわばらせ、メルの方に顔を向けないようにした。


「……私は案内係を仰せつかっている、神官エーミールです」


「大宰相に確認取りますねー」


「私は仕事をしている!」


 彼はメルの発言にばっと顔を上げ、メルと目が合い、また顔を別方向に向ける。なんだろう、これは。


「なんのですかー?」


「……案内人」


「はい! 即断交!」


 メルは笑って切り捨てた。怖い。


「マリーに言うのか⁈」


「言わないでいて欲しいですか? ふふふ、なら、貸し一つですね」


 話が落ち着いたのか、完全についていけない僕に、ルルはじゃあ行きましょうと言った。君らの唐突さは、僕を馬鹿にできたもんじゃないだろうと改めて思った。フローラ、助けて。世の中には理解できないものが多すぎる。



「はっはっは! ……バカが」


 教皇のドギツイ一言が場を冷やした。

 略式の服装は略式にしても煌びやかで、刺繍で縫い取られた小さな宝石一つにつけても、髪を纏める白帽子でさえも、美しく清廉に見せるよう計算されていた。金髪金眼に白の衣装は、荘厳ささえも相手に植え付け、万来全ての物は私の前に等しく存在するみたいな、上から与えられる無差別な公平性と優しさを体現した、僕の苦手な感じ。

 にこやかに笑って、口を開く前は柔和そうだと思ったけど、全然違った。なんだろう、見た目詐欺って多いよね。

 そんな感想を抱きながら、僕は一歩下がって会話に入らないようにしていた。


「お飾りとしても使えないとはな……、神による天命かと思いお前の戴冠も許したが、やはり宗教人としての心根を叩き直してから還俗させるべきだった。そうすればお前の、好奇心が何よりも勝るという、バカな行動癖も収まったかもしれない」


 ほとほと呆れ果てたとばかりに、ワザとらしく両手を広げている。


「まあ、ルミエールはそもそも学者肌で、体を動かすのも得意だから、好奇心で動いて色々解決するのは良いんですけど、後先考えないのが悪いですね」


「早く跡継ぎを育てて、次に譲りましょうねー」


 率直すぎるメルの言葉に、エーミールが反応した。


「勝手に皇帝にしたくせになんと言う言い草」


 ハテナが飛び交っていた会話に、ポンッと正解が投げつけられた。いや、知らないままでいいよこんなの。


「ねえ、ルル」


 僕はコソッと隣にいたルルに聞いた。エーミールさんが皇帝ってほんと?


「ほんとですよー」


「皇族ってこんな感じでいいの?」


 盛花国もそうだけど、なんか権力層に抱いてたイメージが側から壊される。


「元々の皇族はほとんど見る価値関わる価値なしでしたから、こちらの方がよっぽど良いですー。まあ、こんな人達だから権力闘争にも関わらず、残ったんですよ。……ムカつきますけど、神にただ敬虔に仕えると言う意味では教皇以上の人はいませんよ。なんたって、名前すら神に捧げた人ですからねー」


「……名前?」


「彼の名前は無いってことです。呼ぶ時はただ位で呼んで終わりです。色々不便ですが、彼は神ゆえに我ありと……」


「面白い虫の声だ」


 僕たちが話題にしていた教皇が床を踏みつけた。

 睨み付けられた眼光の鋭さに、世に何千といる教徒の代表者だけはあると思った。無駄に長生きしてる僕だって、まだまだ出せない力強さ。どんな人生歩んだらこうなるんだろ、僕なんてどこまで生きてもこうはなれそうにないけど。


「ふふふ、少し盛り上がりすぎましたね」


 あの眼光に睨まれて軽く笑って受け流すルルは、さすが最強精神力。そのままスススと下がって、僕と教皇のお話が始まる。


「初日は出迎えができず、すまなかったな。私はそこのが言ったとおり、名は神に捧げておるゆえ名乗る名がない。教皇とでも呼ぶが良い。お主の名はなんと申す?」


 上から目線ってこういうことか、と話し始めてすぐ分かった。目線が合うことがない、全く価値観をこちらに合わせようとしない。

 あんまりこういうことがないから落ち着かなかった。合わせるならいつも僕ではなく、相手の方だったから。上から目線という名の公平性で、他人と比べるために身体の奥底まで見られてる感じがしてゾワゾワする。僕の中にある『人と違う』という劣等感を覗き込まれて、せせら笑われているような気さえした。


「ルークです」


「ほほう、お主今日はなにをしておった?」


「えっとー、今日は………………」



 やっと部屋から出れた。体がフラフラする。ものすごく辛かった。大した時間じゃなかったようにも思うけど、無限のようにも感じた苦しみ。

 上から興味本位で、今日したことから趣味や興味のあるもの、神についてどう思うかなどなど様々に質問されて、使ったことのない神経を使ってたら、ただでさえ不調気味なのにもっと疲弊した。

 フローラが世話になってなければ、たぶん昔の僕なら教皇を完全に無視するか、消してた。無意識に必要ないと切り捨てて、思考の端からも全て排除していたと思う。

 そう考えると少しは成長してるのかもしれない。フローラのおかげだ。


 僕はいつのまにかフラフラと本堂の廊下に立って、『創造神話』を見ていた。メルとルルはフローラを迎えに行ってしまい、エーミールーーいや皇帝は本来の職務に戻された。僕はその場に完全に1人だった。


「やっぱり、すごい」


 絵画の近くにまで寄って、そのスケールを肌で感じる。

 

 彼は本当に陰影をつけるのがうまかった。光と影、落差をつけて塗られるはずのそれは、色の濃淡によってどこから光でどこから影なのかわからなかった。彼の彩色の技術により、徐々に徐々に光を生む影は人々の変化をも表していた。

 神々に祈り、救いを求め、天界からいよいよ神々が降臨してきた時点。

 第一章第一部では、第一章全体の大まかな流れのみが描かれているため詳細は省かれているが、花の女神が地を見下ろした時、地にて人々の争いが起こっていたという。人が増えるにつれ、泰平であった地は欠けることを知り、循環していた流れは滞ってしまった。

 花の女神は慈しみの女神である。欠けることを知る神である。

 神を説き伏せ、地の人々を救うために、残る命を手に、光という導きを、新たな恵みを天界からもたらしたとされている。


 その時の希望が絵画から伝わってくる。僕も祈れるものならば、神という救い手が欲しかった。いるはずもない偶像をその手にしたかった。

 そして一方で、女神を失う天界に潜む影もこの絵画には描かれていた。ーーあぁ、やはり彼は天才だ。この暗がりを描けるのは彼しかいない。


 入らぬように仕切られた空間にギリギリまで近づく。できる限り覗き込みたかった。


 ーーわかるようでわからないこの創造神話を、僕はどう描ける?


 その時、ふらついて絵画に手をついてしまった。枠を乗り越え、体が大きく前に傾いた。左手でなんとか壁を掴み、体を支えるが、右手に壁の感覚がない。


 ーーえ?


 絵画に手が突き抜けた。奥が続いている。覗くと暗い暗い闇があった。ぼくのせかい。


 ーーよばれてる?


 よんでいる、かれらが。


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