09.嵐の前の
短いです。
ーーなぜ、ここにドリュアスが?
ルーファさんの夫で、サリィの父親らしいけど、彼はどう視ても人間ではなかった。人間は騙せたとしても、僕の眼は騙せない。
ドリュアスとは木の精霊である。樹そのものを本体とし、それから離れて活動することなどありえない生き物だ。時には人間を惑わし、虜にすることもある。
しかし、ルーファさんはそんな誘惑に負けるタイプではない。
「……どこの出身なのかな」
「……? たしか、南の辺境の国からと聞いたことがありますけどー」
……南の辺境の国?
僕がじっと彼を見つめていると、ルーファさんから視線を感じた。
「……ルーファさん」
彼女は僕をチラッと見つめると、聞こえなかったのかそのまま彼を連れてここから出て行った。
彼女は知っているのだろうか。自分の夫が人ではないということを。そして、ドリュアスがどのような存在なのかを。
♢
彼の事はひとまず置いておいて(公の場で聞くと面倒なことになりそうだから)、お茶会に出された飲み物をゆっくりと味わう。
周りは談笑に花を咲かせはじめてるけど、社交などは一切こなせる気がしないので、こういう場では黙っているのが一番なのだ。
フローラもロベールさん? にずっと話しかけられているみたいだし。
「ルーク様、ご機嫌はいかがでしょうか」
スッと現れたメイドは、飲み干して空になったカップにミルクを注いでくれた。親しげに話してくれたけど、誰なのか分からなくて注意深く相手の顔を見つめる。えっと……。
「……ローレンさん?」
「はい」
金髪と金眼ではなく、茶髪と碧の瞳であったが、確かにローレンさんだった。まるで、メイドそのものの仕草に、騎士の面影は少しも見当たらない。
「……ローレンさんもその格好するんだね」
「……そうですね、はい。母の気まぐれに付き合わされて変装は一通りこなします。決して趣味などではございませんので、誤解なされませんように」
誤解されるのは余程嫌だったようで、ローレンさんはそこを念押しした。
それにしても、どうして変装なんかしてるんだろう。せっかく美味しい食べ物があるのだから、席に着くといいのに。そのための身内のお茶会じゃないのかな?
「どうして席につかないの?」
「私がこの席に着く資格は、今のところ御座いませんので。ご挨拶を兼ねて寄らせて頂いたまでです」
そう言って各所にサラッと挨拶をして、ローレンさんは出て行った。
どうして、メルやルル、サリィが席についているのに彼女が席に着くのがダメなのかよく分からなかったが、そういうことらしい。せっかくだから、色々話を聞きたかったんだけど。
そんなこんなで、その日の楽しいお茶会は終わった。僕はなんか居なくてもよかったんじゃないかなって思ったけど、花が綺麗だったし、フローラの楽しそうな姿が見えたからよかった。
マリー女王も体調が回復していたから、黄金の林檎はそのために用意されたものなんだと納得した。
あと結局、それからルーファさんに彼女の夫の話を尋ねる日は来なかった。そもそもルーファさんはそうさせる気がなかった。
ルル達を通して少しの忠告を彼らに伝えたけれど、それは事態を悪化させる影響になったのかもしれない。その話はまた別の時に。
♢
お茶会から少し経って、ルル・メル、ローレンさんたちは転移で聖国に飛び立った。本来は転移は許されていないのだけど、私たちは特別だからいいのだとメルがウインクをして言っていた。彼女たちが奇想天外な存在であることは知ってたけど、聖国でもそれが許されているんだなぁとある意味感心した。
残された僕たちは洗礼式までの時間を洗礼式のための準備や、創造神話の壁画作成に費やした。僕は無駄に神話に詳しくなり、聖国に行く前の準備としてはまずまずな出来になった。
そしていよいよ、聖国に向かうこととなった。
僕たちはルルたちとは違い、普通に馬車で聖国へと向かう。本当は飛んだ方が早いんだけど、盛花国王女が聖国に来ましたよというアピールも政治としては必要なことらしい。豪奢な馬車に乗り込み、なれぬ旅路を進むことになる。
随行員としてはフローラの侍女たち(今回はサリィではない)、護衛。それに洗礼を受けるに至って名を授かることに対する礼品など、馬車の数も半端でない。
さらに言うと、僕の存在は秘密にしておかなければならないので、護衛の1人としての扱いを受けることになるのだという。もちろん、フローラとは別々の馬車。会話も禁止。護衛としての体を遵守することがこの洗礼式に同伴する条件だった。
なんか面倒だなぁ、人間って大変だ。僕とフローラだけならこんなことしなくていいのに、と少し悪いことを考えるほどに、困難な道のりになりそうだった。
馬車に乗り込む途中でフローラがロベールさんに泣きつかれ、ホーリーくんに失敗のないように注意されているのを眺めていると。
「ルークさま」
マリー女王に呼びかけられて、ちょいちょいと首を下げるように言われた。それに従うと首に何かネックレスをかけられた。
瑪瑙のような宝石に猫の瞳のようにアーモンド状の線が入っている。変哲もないただの装飾品に見えたのに、
ーーそれはとんでもない代物だった。




