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03.聖属性と闇属性





 ーーどこだ、フローラ!


 僕は街の屋根と屋根の間をフローラを探して、飛び回っていた。

 騒々しい街中ではフローラの声を聞くにも集中できないし、下から探してたって埒があかないからだ。


 メルから聞いた話だと、フローラが彼女達の隙をついて逃げ出してしまったという。

 正確にはフローラ様が行方不明で、それを二人が追ってますーって感じで言っていた。


 そんなに、ショックだったのか。僕が一体何をしてしまったというんだ。


 山のように抱えていたお土産はメルに任せ、僕は街中を探し回る。


 時間が過ぎるにつれ、闇は濃くなり、周囲は見辛くなってくる。

 酔っ払いの声や店売りの声、音が混ざってノイズになる。

 

 ーー子どもを探すのって、こんなに大変なのか⁈


 僕はフローラの姿が見当たらないことに焦り、どうにかなりそうだった。


 サリィ達がそう簡単にフローラを逃亡させることはないとは思うし、5歳児の足でそんなに遠くまで行けるはずがないから大丈夫だと理性は言うのだが、どうしようも無く不安で仕方ない。


 祭りの夜はハメを外すものが多いのだ。人間も、人間でないものも……。


 悪い予感がする。


 

 フローラとサリィ、ルル達は街を歩いていた。


 メルはルークに、フローラが迷子になってしまったと言ったが、事実は全くそうではなかった。


 ことの真相は20分前に遡る。

        

♦︎


「メルがそういうんだったらー、思いっきり困らせてみてはいかがでしょー」


 メルがフローラに「ルークは絶対に怒らないと賭けてもいい」と言ったことに、ルルがそう返した。


「ルル?」


「街に繰り出すのです! フローラ様。メルにお留守番は任せて、フローラ様が迷子になったということでー」


「えー、置いてけぼりですかー?」


「メルが言い出しっぺなので、そうします。そもそも、フローラ様を泣かせた要因にはメルの要らない発言がありましたから。自業自得ですー」


 ルルが頭頂部のリボンをぴょこぴょこさせながら、話す。

 それにぶすくれながら、メルは了承した。フローラの悲しみを煽る真似をしてしまったのは自覚していたからだ。


「分かりましたよー。じゃあ、フローラ様が迷子になったといえば良いんですねー。その反応を見て怒るかどうか試すと」


 すると、ルルがニヤッと笑って、メルの近くに寄って小声で話をする。


「それで、フローラ様の本心が聞けたら儲けもの」


「!……そういうこと」


「うまく誘導してねー」


「はーい」

 

 何か悪巧みでもしていそうな2人を尻目に、サリィは腰を屈め、フローラを優しく見つめる。


「メル達が何を考えているのか分かりませんが、そんなに不安なのでしたら一度困らせてみてもよろしいと思いますよ。フローラ様」

 

「私達も共犯になりますから」


 そして彼女達は街に出た。伝言役にメルを残して。


♦︎


 フローラ達は祭りをまわってリンゴ飴や砂糖菓子、文様の不思議な仮面、黒い帽子に黒のマントを買っていた。


 仮面については人混みの中でルークが苦しそうだから、買ってあげるのだとフローラは言った。

 サリィ達にはルークが人混みを嫌っているようには見えなかったが、フローラには分かったのだろう。


 そんな中サリィは、フローラがルークへのお土産ばかりを買って、自分のために買おうとしないのがとても気になった。

 この祭りはそもそもあまり元気の無かったフローラのために来たのだから、もっとフローラに楽しんでもらわなければいけない。

 

 所々の露店で、フローラの気に入りそうなものを見せる。


「フローラ様、こちらのマーガレットの意匠のペンダントなど可愛らしくありませんか?」


「……! ……かわいいけど、お花はルークがくれるやつだけでいい」


「では、こちらのハート形のネックレスは?」


「……これがあるからいいの」


 首に吊り下がったフローラの両親につながる唯一の品を、握っている。


「靴も服もありますよー」


「ルークと一緒に見るからいい」


「……………」


 サリィは失敗を悟った。



 一方、ルルは調子良く、串肉を食べている。 


「立ち食いって、祭りだけの特権ですよねー」


 郷に入っては郷に従えとばかりに、むしゃむしゃしている。祭りを満喫中だ。


「ほら、フローラ様も」


 ルルは、照り焼きのタレがテラテラと光る、美味しそうな豚串をフローラの小さな口に押し付けた。

 串は葉で巻いてあり、汚れにくくしてある。


 それを恐る恐る、フローラは口に放り込んだ。フローラはこんな食べ方をしたのは生まれて初めてだった。


 ゆっくりと咀嚼する。


「……美味しい!」


 ……サリィはそれを見て、何か釈然としなかったそう。



 街をしばらく回っていると、通りから抜けて、あたりが急にしんと静まりかえった。


「この通りはもう祭りの会場じゃないと言うことでしょうかー。誰もいませんねー」


 ルルが通りの先に進み、キョロキョロと辺りを見回す。


 見渡す限り、人っ子一人いない。


 何も音のしない先の暗闇に、フローラは恐怖を覚えた。


 だって、おかしいだろう。すぐそこで祭りは行われているのに、なんの音も聞こえないなんて。


 ーー暗闇は深くなるばかり。

 街灯の仄かな灯りは、恐怖を増幅するだけだった。


「…ルル。お祭りに戻ろう」


 サリィの腕を引っ張り、祭りに戻ろうとすると、サリィが道の先を見つめていることがわかった。


 声もなく、暗闇で見えない道の先。


 ウオオオォォ…………。


 急に風の響くような音。


 地面の影が間延びし始めていた。そして、霧が立ち込める。

 

「サリィ! フローラ様を逃してください。魔物です!」


 ルルの大きな声とともに、彼女の身体が霧にかき消えた。


 ーードゴオォォン!!


 次いで、壁に何かが衝突したような鈍い音が響く。


「キャアアアァッ! ルル!」


「そんな! 同盟によって、与えられた祈祷石があるはずなのに。どうして効いてないの」


 いつも冷静なサリィが焦った顔で、周囲を見回す。


 街を照らす街灯全てが、祈祷石からできている。確かに灯りはついているのに。 


 サリィは一旦フローラを連れ、街の会場へ逃げようとした。


「……にげられない! 結界か!」


 透明な壁のようなものがその道には立ち塞がっていたのだ。


 魔物は時に獲物を逃さぬように、結界を張ることがある。

 しかし、そのような魔物は街中には出現しないはずだ。


 一体どうして? 疑問に思いながら、サリィはどうすればいいか考える。


「サリィ。フローラ様の首飾り!」

 

 そこでルルが霧の中から、大声をあげた。中は依然として見えぬまま。


 金属と金属がぶつかっているような高い音も響いている。


「…っ。そうか、フローラ様! オパールの石に願って下さい。霧が晴れ、闇を照らす光を! それは光属性の魔法媒体です!」


「……え」


 フローラは首元にある石を見る。


「それをお使いください! それしか今は解決策が無いのです……」


 サリィがいつになく焦った顔でこちらをみていた。


 ……この間、フローラは世界には幾つかの種族、いくつかの属性があることを学んだ。


 まず、基礎となる5属性。木、水、火、土、風。そして、闇と光。

 初めの5属性は、それぞれを司る種族があり、一般の人間にも稀に出現する。


 しかし、後の闇と光の属性は限られたものにしか出現しない。

 闇は魔物の属性。混沌の象徴である。

 そして、光、聖属性とも呼ばれるそれは聖国の教会の人間にのみしか出現することのない属性とされる。

 光は秩序を司り、神に認められた存在だけが、その属性を得られるのだ。


 闇に効くのは光だけだ。


 そして、サリィはこれを「光属性の魔法媒体」だと言った。


 この石を使うなら、フローラは聖属性を持っていなければならない。


 しかし、教会に属してもいない普通の子供であるフローラに何ができるというのだろう。


 フローラは躊躇った。

 自分が出来るわけがない。

 

 それに身体は恐怖に固まり、動くこともできそうにないというのに。

 

 しかし、サリィはフローラを信じるようにじっと見つめている。


「あなた様なら、出来るのです。サリィを信じて、どうかお願いします」


 そして、サリィの前にも新たな魔物が現れた。


 陰のように揺らぐ、形のない魔物だ。

 狂ったようにサリィたちの周囲を回る。


「サリィは行きます。ご自分の信じるままに。どうか、フローラ様」


 サリィは手の中からシュンッと細長い棒のようなものを出現させ、槍のように構えると一気に魔物に向かっていく。



 フローラは一人守られながら、隅に隠れていた。

 周りには誰もおらず、サリィ達の争う音しか聞こえない。


 不安だけが募る。

 怖くて怖くてまた泣きそうになり、自分はどうすればいいのか悩む。


 サリィはああ言ったけれど、本当に自分にできるのだろうか。

 この石に願って、もし使えなかったらどうなるんだろう。

 ーーサリィもルルも助けられないまま?


 フローラの心は恐怖と不安で、ぐちゃぐちゃになりそうだった。


 ……ふと、フローラはルークはこんな自分のことをどう思うだろう、そう思った。


 石を握って願うだけなのに、そんなこともできないフローラを意気地なしだと思うだろうか。

 守られてばかりの子供だと思うだろうか。


 いや、絶対にそんなことはないとフローラはわかっていた。

 ルークは優しいから。ずっと、その優しさに触れてきたフローラはそのことを一番よく知っていた。


 そして、きっと、自分が嫌だと言えば。

 ルークは仕事をすることも止めて、自分と一緒にいてくれるのだとフローラは、本当は、知っていた。


 ……けれど、そんな自分がルークの側にいるのはフローラは嫌だった。わがまましか言えない自分は嫌だった。

 泣き虫の自分も本当は嫌だった。


 だから、あの時ルークに本当に言いたいことを言わなかった。

 言えなかったのだ。


 変われない自分が、拾い子でしかない自分が、ルークに迷惑をかけるのが嫌だったから。


 それで、逆にルークにも心配させて、サリィ達にも迷惑をかけて。

 自分が嫌いになりそうだった。



 待っていれば、きっといつもみたいにルークは来る。

 でも、それじゃ変われない。

 サリィもルルも、フローラのために頑張ってくれている。


 ーーそれなら、フローラはサリィの言葉を信じる道しか選べない。


 こんな自分で、できるのか分からないけど、ただサリィ達を信じて。


 フローラは深く息を吸った。


「……信じる」


 そしてフローラは力強く、石を握り光を願った。

 サリィ達を助けたいと思いながら。


 すると、一瞬石から艶が失われ、ついで闇夜の空を切り裂くような光が石から放たれ、拡散していった。


 同時に、身体から力が抜けていく。


 霞む視界の隅でその光を見ながら、それはルークがいつもくれる優しさと温かみの光りだと、彼女は思った。



 花火が宙に上がった。


 それに反応してか、一瞬周囲がしんと静まり返った。


 僕はそれに乗じて、音を聞くことに耳を集中させる。


 花火の音、樹々の音、人の歩く音。

 微かなざわめきが、すぐそばにあるかのように聞き取れる。


 ーー町のある一点から、破壊音がした。


 花火の音に紛れてはいるが、確かに建物の破壊されるような音と悲鳴。


 それと、フローラの声。


 ーーあそこか!


 僕は一足跳びで地上に降り立ち、フローラの元へ走った。


 周囲への影響なんて、少しも配慮しなかった。


 ただ、走る。

 フローラの元に向かって。 



 ーー姿が見えた! フローラ!

 

 彼女の周囲は霧に包まれていて、僕の心配が具現化したかの如く魔物達が溢れていた。


 フローラは道端に座り込み、震えている。


 ーー雑魚の分際で、フローラに何をする!


 目の前が怒りで真っ赤に染まりそうだった。


 僕がフローラの元に駆け寄ろうとした瞬間、突然フローラの手元から光が溢れた!


 パアアアアッ!!


 光の柱が立ち上がり、広がっていく。


 その光に、周囲の魔物は一瞬で雲散した。


 これは……浄化の光。


 その光は眩しいものではなかった。

 けれども、遠い昔の郷愁を思い出させるような、そんな、温かい。

 決して吸血鬼の僕には与えられるはずのない幻想の光だった。


 フローラに近づくと、彼女は半分気絶したように脱力している。


 手元に握られているのは、あのネックレス。……オパール。魔除けの石。


「……フローラ。これは君の光なんだね」


 魔物が去った後も過剰なほど光を灯し続ける石をフローラの手の中から外し、ゆっくりと中和させた。


 空に上がる花火の光の渦に紛れて、彼女が放つ聖なる光が泡のように散っていく。


 君は聖属性の子供だったのか。

 闇属性の僕とは真逆だね。

 

 そう思いながら、僕は気絶したフローラをしっかりと抱きしめた。


 ……あんなに綺麗な光を見たのは、いつぶりだったろう。 


 昔、君くらい強い聖の力を持ってて、でも君とは正反対なくらい生意気な子がいたんだ。

 君を拾った理由は、赤ちゃんの君があの子みたいに真っ直ぐ、僕を見てきたからだったんだよね。

 あの子くらい気は強くなくてもいいけど、こんなに凛とした目をしている子が一緒にいたら、少しは人生楽しくなるかもって思ったんだ。


 でも君が居なくなったことで、こんなに胸が破れそうになるなんて、あの頃の僕じゃ絶対信じられないよ。


 ーーフローラ、大きくなっても、ずっと、ずっと僕のそばにいて。


 そんな気持ちを込めて、僕は彼女を抱きしめ続けた。


 


※ややこしくなるので妖魔表示を魔物に変更しました。意味は変わりません。

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