07.気付いてしまったこと。
やってきた人物はルーファさんだった。
「ホリー王子殿下、フローラ王女殿下。お待たせしました」
「ルーファ! やっと来たな」
ホーリーくんは嬉しそうにルーファさんに駆け寄っていった。いつも冷静なホーリーくんにしては信じられないほど、表情が緩んでいる。
「フローラ。ホーリーくんとルーファさんってどういう関係なんだ?」
「よく分からない」
ルーファさんは嬉しそうなホーリーくんを横に連れ、僕たちの近くまでやってきた。
以前にもまして、凛々しい濃紺の不思議な衣装をまとったルーファさんは姿勢正しく、フローラに挨拶をする。
「フローラ殿下、ご健勝そうで何よりです」
「ルーファさんもご苦労様です。……ところでなんですが、ホーリーくんとルーファさんってどんな関係なんですか?」
フローラがそう率直に聞くと、ホーリーくんは嬉しそうな表情のままルーファさんを紹介した。
「あぁ、ルーファは私の師匠です。幼いころから陛下たちがいない時期に、ルーファには世話になっていまして」
「師匠と言われるほどの身ではありませんよ。殿下は昔から、教えたことをすぐに身に着けてしまわれまして。教えることなどすぐになくなりました」
ルーファさんは優しげに目を細め、ホーリーくんを褒めた。
そんな風にルーファさんに褒められたホーリーくんは、顔に手を当てて咳ばらいをする。喉でも痛いのだろうか。
「この度はフローラ殿下に魔力の使用法についてお教えするように言われておりましたが、そのご様子ですと解決されたようですね。宝珠を使用されるので、怪我でもされていないかと心配でしたが」
「宝珠は使用してはいけなかったのか?」
ホーリーくんは真剣にルーファさんの話を聞いている。その様は本当に師匠に教えを乞う弟子のようだった。昔の僕と師匠はこんな関係ではなかったけど。
「姫様はフィオーレ女神と同じ身体的特徴を持っておられます。その能力は我々でも想像がつきません。普通の王族用に作られた宝珠では耐え切れないのではないかと」
「そういうことか」
普段だったら、聞き逃しているだろう言葉。でも、それはちょうど僕が悩んでいる創造神話の登場人物の話だったので、耳に入ってきた。
――フィオーレ女神と同じ特徴?
どうしてフローラがそんな特徴をもっているんだろう。創世神の妻であるフィオーレ女神の。
「……………?」
創世神の妻? 自分で考えて、その言葉に違和感を持った。
盛花国王族の黄金色の力。僕でも性質の測れないそんな魔力。それはどこかで感じたことのある力だった。懐かしいと感じることもあるような力で。
遠い昔過ぎて忘れていたけど、これはあの人の力ではなかっただろうか。だから僕に、原初の闇である僕に、効いた。僕に光属性の力は効かないはずなのに、だ。それがあの人を起源にする力だったとしたら疑問は解決する。
そして、街の人間から聞いた王族は人間ではないという話。
「……」
……いや、そんなことがあるのだろうか。あの人の子どもがいるなんてことが。あの人が人を愛することなんてあり得るのか? 絶対にありえない。それに聞き間違いかもしれないし。
僕はどうしようもなく考え込んだ。
「ルークさん」
そこで、ルーファさんが声をかけてきた。僕は首を振って思考を切り替える。
「ルークさん、先日は失礼いたしました。職業柄強いと言われますと、ついつい能力を図りたくなるものでして」
闘技場で僕と決闘をしたことをサリィや夫から改めて叱られました。武人としていらっしゃるわけではないルークさんにはご迷惑をお掛けしました。謝罪します。
先日の言葉遣いは嘘のように、丁寧に話すルーファさん。
彼女は、僕と決闘をしたことについて能力がどれほどのものか見せてもらいたかったからだと話した。
武器を持ちかえて僕の動きを探っているようだったから、そうではないだろうかと考えてはいたけれど、やっぱりそうだったのかと僕がすっと気を抜いた時、ルーファさんはボソッと僕だけに聞こえる声でつぶやいた。
「……またやろう。今度は誰も邪魔しないときに」
「え?」
スッとそう言って離れたルーファさん。戦闘狂ではないんだよね? という疑いがすこしまた芽生えた。
機嫌良さげにクククと笑っている。冗談なのかな?
ひとしきり彼女は笑うと、気を取り直してフローラに魔法を軽く使ってみてほしいとお願いした。
フローラがさっき身につけた光の魔法を披露すると、ルーファさんはコントロールについては問題はないようですね、と言い、なるべく一人ではそれを使用しないこと、魔力は決して使い過ぎないことをフローラに約束させた。
使いすぎるのは危険だからと言って。
そして、話はお茶会に移った。どうやらあの後ルーファさんは、旦那さんを説得するのに成功したらしく、彼女も参加するとのこと。この席でしか味わえないスイーツがあるため、フローラとホーリーくん、ついでに僕もお茶会に是非出席してほしいと言い置いて、彼女は慌ただしげにまた去っていった。
「またお茶会にてお会いしましょう」
彼女は嵐のような人だな、と単純に思った。
そして彼女が去っても、彼女が残した小さな一言で生まれた胸のしこりは消えないまま。
♢
そのまま僕たちはホーリーくんとは別れ、時の螺旋が咲いている庭園に戻った。
僕は創世神話のラフ画ではなく、フローラの素描をはじめた。フローラに久しぶりにモデルになってもらって、黙々と作業をする。
「……………」
「ルーク、どうかした?」
僕の感情に敏いフローラは、黙り込んでいた僕に話しかけてきた。黄金の瞳が僕を見つめている気配がする。
「ねぇ、フローラ。聞きたいことがあるんだ」
「……何が聞きたいの?」
知りたいような知りたくないような感情を抱えて、僕は腕を動かす。シャッシャッと木炭が木版の上をすべる。フローラならこれまでずっと描き続けていたから、本当は見なくても描ける。
それでも今は目を合わせる気にはなれなくて、ただただ目線を絵にだけ向けていた。
「ルーク?」
不思議そうなフローラの声。僕は躊躇しながらも結局、口を開いた。
「……フローラ。君たちの、いやこの国の一族は神の子孫だって聞いたことがあったんだ。……もし、もし本当にそうだとして。盛花国王族が先祖と仰ぐ神様はいるのかな。いるとしたら、誰なんだろう」
フローラはパチパチと目を動かして、ごにょごにょとしながら答えた。何か答えたくなさそうだ。
「ルークは知らなかったんだっけ。えっとね、私も信じてないんだけど……王族はフィオーレ女神と全能神様を祖先にもつんだって、ホーリーくんは言ってた」
僕はその言葉を聞いた時、息が止まりそうになった。予想はしていても、受け入れられるものではなかった。
――全能神? 創り世の神。
思い出すのは空白の世界だ。遥か昔の話。
あの世界はあまりに残酷で、例えるなら無としか言いようがない。原初と言えば聞こえはいいが、ただのガラクタの日々。空っぽの僕が、もっと空っぽだった時の。
そして、僕以上に空っぽなあの人。
「ふふふ、あははは。あははは……」
僕はつい、笑ってしまった。
おかしくてたまらない。あの人が、あの人の子どもがいるなんて。なら、この創造神話の物語はもしかしたら彼らの物語でもあるのだろうか。
あの父の、恋物語? 想像ができない。そもそも、あの人に感情なんてあるのだろうか。
でももし、あの人に本当に子供がいて、愛していた人がいたとして。
――あぁ、それなら僕はどうして生まれたのだろう。この不完全な僕は、どうして。
「……ル、ルーク⁈」
フローラが小さな手を慰めるように伸ばしてきた。
僕は伸ばされた腕にすがるように、フローラを抱きしめる。
「…………」
あの人に対して、僕は自分でも整理しきれない感情を抱えている。それは時に暴走を招くほどに、根深く重いものだと言われたことがある。
あの人に子どもがいたなんてことを信じたくはない。グルグルと抑えきれない感情が巡る。
でも、それが嘘でも本当でも、フローラがいい子で、誰より大切な子だっていう事実に関係はなかった。フローラにあの人への感情をぶつけるのはおかしい。
胸の中にあるいつまでも埋められない空白と超えられない絶望。どうしようもない昔の記憶を抑え込むために、僕はフローラを抱きしめ続けた。
ホーリーくんに注意されたばかりだけど、今だけはフローラを抱きしめさせてほしかった。
「フローラ。光を見せてほしいな」
フローラは何も聞かずに、指先から光を灯してくれた。
あたたかなフローラの光が周囲に舞う。優しくて、人々に喜びや明るさをもたらすような光。その力は決してあの人のように冷たいものではなかった。
「フローラ、僕は君に出会えてよかった」
改めて、そう思った。
例え、これから先何があっても、この気持ちが変わることはないと僕はそう、思った。
「……ルーク」
フローラはそのまま僕を抱きしめてくれていた。
♢
それからしばらくたったある日、サリィからお茶会の招待状が届いた。
そして、ルルとメルやローレンさんも聖国に出立する日が決まったという知らせも同時にやってきた。




