06.魔法の訓練
僕はフローラと一緒に、ホーリーくんの元に向かった。革靴が気になったので、途中までは僕がフローラを抱えて飛んで。
「姉上、やっと帰ってこられましたね。……どうしてその人を連れているんですか」
出迎えてくれたホーリーくんはフローラを見たとたん、ほっとした表情になって、でも、僕に気づいた瞬間眉間にしわを寄せた。
……僕やっぱり、嫌われてるのかな? あんなにあからさま険しい顔されると、鈍い僕でも何かやってしまったのではないかなって思ってしまう。
「魔力のコントロールができないから、ルークに教えてもらおうと思って」
僕がじりじりとホーリーくんとの距離を測っている中で、フローラは笑って、ホーリーくんに近づいていった。
「魔力のコントロールについては、私が教えるという形だったでしょう?」
「ルークは物知りだから、……知らないことについては全然知らないけど……、聞けばコントロールがうまくできるんじゃないかなって思って」
ホーリーくんは怪しげにフローラを見る。
「……本当にそれだけの理由なんですか?」
「……そう、だよ?」
「……ほー」
姉弟が仲良く会話している最中、僕はどうホーリーくんに接近すればいいのか考えていた。こういった対人関係は僕の不得手とするところだ。なんと話しかければいいのやら。
フローラは僕が隣に居ないことに気づいたのか、僕の横に戻ってきて、僕の手を握り、ホーリーくんのところに連れていく。ホーリーくんの眉間のしわは全く戻らない。それどころか深くなってる……⁉︎
僕がホーリーくんを気にしている中で、フローラは気にせずに魔法の使い方を僕に教えてほしいと言ってきた。
僕はホーリーくんに睨まれ続けてるんだけど。……こう言うところはルルとメルに似たのかな。
「…えっと、フローラは魔法の調節ができないんだっけ」
「そうだよ。自分で使おうと思ってもうまく調節できないの」
僕はとりあえず、フローラのコントロールの加減を見るために、魔力を集中させるように言った。
「ルーク、見ててね」
フローラが体に力を入れて手を握りしめ、魔力を集める。手の中に淡い暖かな光が集まり、だんだんと色が濃くなっていく。
力は大きいが、安定した出力はできていないのが、小さく大きく広がりを繰り返す光の玉の様子から見て取れた。
「うーん、なんでだろ。……え、きゃっ」
「フローラ!」
「姉上!」
フローラは、安定しないことに焦ったのだろう、力の入っている身体により一層力を入れた。もちろん、焦って集中させようとしたそれが安定することはなく、それどころか暴走気味に変化した。光が点滅を繰り返す。……これは危ない。
僕は手を翳して、一気に増幅しそうになったフローラの魔力を中和する。
うーん。フローラはコントロールというか、無理に力を使おうとしすぎな気がする。
僕は腕を組んで思案し、練習を始める前に聞いておくべきことを考えた。
「……フローラは、そもそも魔法がどうやって出来てるか知ってる?」
「……出来ているって、どういうこと? 種族のそれぞれが司る属性の魔力を持っていて、それを行使できるってことじゃなくて? ……えと、魔力は個人の持つものだとして、それを出力することを魔法って呼ぶから。どうやって、うぅ、どうするの……」
フローラが僕の質問に答えようとあわあわしている。とても珍しい。さすがのフローラもまだ教えてもらってないのかな。
「……魔法はね、世界に繋がって起こすものなんだ。それぞれに区分が分けられていて、属性ごとに接続できる範囲が決められているんだよ。接続する権利がないと、それに干渉することができない。魔力はいわば、それを証明する鍵のようなものなんだ。世界の内部にどれだけつながることができるかが、魔法を使う上では問題になる」
世界の仕組みそのものに干渉することが、魔法であり、魔術だからね。
「だから、魔力の強さ、コントロール力の違いが如実に現象の違いに現れる。必要以上の魔力は暴走を引き起こしてしまうんだ。小さな力でいいのなら、魔力はほんの少しだけでいい。配分を計算するんだ。フローラなら、できるだろう? 魔力の集中するときも、安定し続けることのできる魔力量を計算してみること」
「……わかった」
フローラは不思議そうに、でもしっかりと僕の話を聞いている。うん、いい子だね。
僕は例を見せるために、指の先にゆっくり火を生成していく。僕は火属性ではないので、これに関しては魔術を応用している形だけど。闇属性は特殊な能力が多すぎて例に見せるのには向いてない。
ほんの少しの魔力を指の先に集中して、ここで理に接続する。普通は魔法を使うといえばいいかな。
すると、火が現れる。火属性ならこれは意識せずにできることだ。
「見えたかな? 指先に少し集めるくらいの量でも、これくらいの火が作れる。フローラはまだ習って間もないんだから、魔力を出そうと意識し過ぎないほうがいい。無理に魔法を使おう使おうとすると、今さっきみたいに焦って」
――けがをしてしまうかもしれない。
僕がそう言うと、フローラが少しうろたえた。覗き込んでみると、黄金の瞳が揺れている。目線が泳がないように堪えてるけど、これは何か隠しているね。
「……けがしたの?」
「……え、してないよ」
「本当に?」
「…………ホーリーくんが助けてくれたから、大丈夫」
僕は視線をホーリーくんに移した。彼は僕の視線の意味を理解したようで、しっかりと頷く。怪我はしなかった様だから、ホーリーくんがいてくれてよかった。
……そういえば意識はしていなかったけど、彼もかなり腕が立ちそうだな。立ち姿が何というか、隙がない。ルーファさんに似ている。
彼に任せていれば大丈夫だとは思うものの、それでも心配なので、後からフローラに魔法の訓練時は僕も呼ぶように言おうと決めて、魔法の訓練を再開する。
フローラにさっきまで僕がしていたように、指先を立てさせ、蝋燭をイメージするよう伝える。フローラの場合は、光属性? なので、火ではなく灯としての蝋燭を想像させて。
僕ももう一度ゆっくりと指先に火を灯し、フローラにその過程を見せる。
フローラも僕の真似をして、指先にゆっくり魔力を溜めていく。無理やりではなく、軽く、軽く。
――すると、フローラはすぐに指先に光を灯した。闇の中ではないから分かりにくいが、優しい輝きが彼女の指先に集まっているのがわかる。安定した光だ、ちゃんと調節できている。
「……できたよ、ルーク!」
出来た、とこちらに振り向いて、はしゃいでいるフローラが可愛い。
僕はそのまま向かってくるフローラの、桃色の頭をなでてあげた。ふわふわした頭が幼い頃の感触と同じで、でも身長は確実に大きくなっていて。改めて成長したなぁ、と感動した。
「…………」
フローラの頭を撫でていると、ホーリーくんから強い視線を感じた。そろり、と顔を上げると濃琥珀の瞳が僕を注視している。
僕はなんとなくフローラを撫でていた手を下ろして、一歩下がった。フローラも一歩下がる。
……ホーリーくんはまだ僕を見つめている。
♢
フローラはその後、何度も何度も光の環や玉を出しつづけ、最後には長時間光を放ち続けるものを作り出した。調節についてはもうほとんど問題はないと言ってもいいと思う。
ホーリーくんも途中からフローラと同じように、人差し指で光の玉を作り始め、最後には二人でその速さを競争していた。
今フローラは自分が魔法で作った光の球体をつついて、遊んでいる。
「すごい、魔法ってこんなに楽しいんだね」
「使えるようになってよかったね、フローラ」
顔をニコニコさせながら、フローラは笑う。
指先でふわりと光を作っては宙に浮かせて。色や形を魔力の強さで調節し、空は美しい光でいっぱいになった。
僕たち3人はそれが解けていくのを見つめる。不思議な不思議な輝きだ。眺めているだけで、身体が楽になる気がする。
僕がそんなことを考えていると、フローラがふとこう言った。
「……それにしても不思議。普通に考えれば、これっておかしいことだもの」
まあ、これは当然の疑問といえば、当然の疑問だ。何もないところから光が出てくるのだから。
魔法を使用したことのない普通の人間なら、当たり前に出る疑問。
「……そうだね、何もないところに光が生まれる。これは普通に考えておかしいことかもね。でも、属性を持っているものはその区分に属することに対して、起きるという可能性に手を加えることができるんだよ。フローラが自然に光を照らせるみたいにね」
……まあ、光と闇に関しては区分は存在しておらず、それ以前の問題になるが、そこはややこしくなるので今は説明しない。
「そういう風に出来ているからね」
僕はポツリとつぶやきをもらした。
「……出来ている?」
突然ホーリーくんが手を伸ばして、話を遮った。……僕、何か気に障ることしたかな。
「質問してもよいでしょうか。ルーク殿」
ホーリーくんが僕に話しかけてくるなんて珍しい。空気のように無視されているものだとばかり。
……自分で考えて悲しくなってきた。
「……それぞれの属性の使い手は、ウンディーネ(水)、グノーム(土)、サラマンダー(火)、シルフ(風)、ドリュアス(木)などの精霊がいます。そして、聖国教会(聖)、魔物(闇)が代表的ですよね。その者たちが、ルーク殿の言う「権利」を持って生まれているということでしょうか? ……では、人間はどうなりますか。人々の中に魔法使いが生まれるのは、これらの精霊に好かれているか、精霊になるはずであったが、誤って人として生まれた場合が考えられると研究者たちは考えていたはずです」
「ドリュアス?」
「ドライアドだね、森の精霊。ニュンペーとも言う」
僕はホーリーくんの質問に答える。
「……まあ、精霊についてはそうなるね。でも、精霊が人間になるっていうのは不自然だと思うな。それなら、人間も精霊になれるかもしれないってことだろう?」
「……人間が精霊ですか」
人間の中に魔法を使える者がいるのは、その血筋に権限を持つ何かがいたからじゃないかな~とも思った。……例えば、神とか。精霊でもいいけど。でも推測の域を出ないから答えない。
「……魔術に関しては、どう考えていますか」
人間の魔術に関しては、理に書かれている仕組みをへんてこな魔術式でやり直して、無理やり根源に接続しているという方が正しい気がする。だから魔力変換の効率が異常に悪い。
でも、これは人間が知っていい領分じゃない。だから思ったままをホーリーくんに言い返す。
「…………魔術はね、多分属性以前の話だよね。単純に式がおかしいと思うし」
「……そう、ですか。「式がおかしい」ですか」
「そうです」
――気まずい沈黙。
「……ルーク、今の一言はひどいよ」
「……うん、ごめん」
これまでの魔術の歴史を一言で断ち切られたことをなかったことにして、ホーリーくんはこほんと咳払いし話を変えた。
「ところで、ですが。学説では魔法を生成するプロセスは、大気の中にある属性元素を、魔力によって変化させることで魔法が生じるということになっています。ルーク殿の考え方とは全く違います」
「え」
違うの? 元素を変化させるって何? そんな単純な話じゃないけど。
いつからそんなことになってるんだ。そんな理解の仕方してたら、いつか魔力を扱えなくなりそうだけど。
……フィオたちはその重要性を知っていたのに。300年経つと、こんなに考えが変わるものなのか?
ホーリーくんはじろっと僕の方を見て、この理論についてはどう考えても違和感しか覚えないので、浅く理解するようにしてたんですが、と前置いて言った。
「……今、あなたの話を聞いて、あなたが説いている理論の方が正しいのだろうと思いました。あなたはそれを事実として知っているのでしょう。……それはどうしてなのでしょうか」
僕を注視しているホーリーくん。純粋な疑問を覚えてしまったって顔してる。その表情がなんとなくフローラに似ていて、すごく困った。正直に答えるわけにもいかないから。
「……年の功ってやつだよ。生きている年数だけは誰にも負けないからね」
伊達に不老不死はやってない。……フローラに会うまで人生真っ暗だったけど。
ホーリーくんは横にいるフローラをちらりと見て、少し声を小さくして言った。
「……あなたは伝説の「逆さの吸血鬼」であると聞いていましたが、始祖級になると魔法の成り立ちすらも知っているのですね」
…………いま、その言葉出てくるの。
「……そうだね、うん。…………うん。「逆さの吸血鬼」って嫌なあだ名だよね。僕名乗ったことないのに」
……僕の滅ぼすべき黒歴史。いったいそのあだ名、誰が広めてるんだ。予想はつくけど。『逆さの吸血鬼、ルークです』なんて一度も僕は言ったことない。
僕は顔に手を当てて、落ち着こうとブンブン頭を振る。フローラに、ルークって『逆さの吸血鬼』って呼ばれてたんだねーとか言われたら僕は羞恥心で死ぬ。
フローラは蹲ってしまった僕を心配して、隣に駆け寄ってきた。
「ホーリーくん、ルークに何か言ったの? 傷ついてないように見えて、ルークって傷つきやすいんだから。すごく繊細なんだよ」
心配してくれてありがとうフローラ。
でも、今僕に近寄らないで。「逆さの吸血鬼」って何? なんて聞かれたら僕はもうダメだ。必死で、何も話さないようにホーリーくんに目線を送る。
「……大したことを言ったつもりは無いのですが。別に、そこまで落ち込まなくても良いのではないでしょうか」
ホーリーくんは、何故僕が蹲っているかがわかっていないようだ。そのまま、あの言葉も忘れてしまってくれないかな。
「ルーク、大丈夫? 光がダメなの?」
「……大丈夫」
フローラがやさしく頭を撫でてくれる。うう、僕の方が子供みたいだな…。
「……、……⁉︎」
すると、それを見ていたホーリーくんは我に返ったかのように僕たちの間に入ってきた。足をグイッと力強く、僕らの間に差し込む。
「ホーリーくん、どうしたの?」
「?」
「いつも思っていたのですが、どうして姉上とあなた――ルーク殿は、いつもそんなに至近距離にいるのですか? 姉上とルーク殿は婦女子と成人男性なのですから、もう少し互いの距離を取った方が良いのではないかと思います。姉上ももう成人されることですし」
ホーリーくんが睨んでいたのは、僕たちの距離が近いのが問題だったのか。昔と比べれば距離感も落ち着いたように感じていたけど、これでも近すぎるのか。普通の距離感がよくわからない。
でも、言われていることはもっともなので従おうと思う。
「……気を付けます」
フローラはホーリーくんに不満そうに言い返した。
「ずっとこうだったのに、今更気にする人がこの王城内にいるの?」
「私は気にします」
「私は気にしないもの」
「姉上がそうでも、私は気になります」
「……サリィもルルもメルも、何も言ってきたことないのに」
二人の会話の雲行きが悪くなってきたけど、僕では止められそうにない。
ーーどうしようかと僕が悩んでいた、その時。
「なんだ? 楽しそうにしてるな」
低く落ち着きのある誰かの声がした。この奇妙な気配は……。
「……ルーファ、来たのか!」
ホーリーくんの声が一気に嬉しそうに変化した。




