04.創造神話
――木炭を落とした。
目の前には軽く線だけ引かれた木版。イーゼルに立てかけられたそれに、書くべきものが見つからない。
「……どう表現すればいいんだ」
僕は生みの苦しみというものに苛まれていた。頭を抱えて、黒く染めた髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。絵から暫く離れていたせいか、全然進まない。ラフ画すら書けず、構成が思い浮かばない。
それにサリィから聞いてしまったことも頭から離れておらず、集中力にかけている。
「うあぁ、どうしようかなぁ」
僕はお手上げだぁ、と座っていた椅子から転がり落ちて、上を見た。太陽を直視したのは久しぶり。花が綺麗だな。
そこは広大な敷地を誇るプロミシオン城の中にある王城庭園の一つ。
透明な蔓バラが建物のように空間を覆って、光に反射して色を変えている。真ん中にはクリーム色のレンガが敷き詰められた道が作られている。温室自体が透明な花によって出来ていると言えばいいだろうか。まぶしいわけではなく、目にすっと入ってくるような自然な光を花たちが運んでくる。
僕はその中心に陣取って、絵を描いていた。……進んでないけど。
「……これ、アーチを作るのに基礎敷いてないんだよね。この時の螺旋だからできる庭園なのかな」
この場所を作っている蔓バラ。その名も「時の螺旋」という品種らしい。これはこの土地でしか育たないバラで、中にあるものを隠す効果を持っているとか。日光を遮断する能力もあるらしく、この中にいるととても楽だ。
僕は目線を頭上から周囲に移していく。
時の螺旋に沿って、真ん中の通り道に近い側には背丈の小さい花、遠い側には丈の長い花が植えられている。ボーダーガーデンってやつ。
ここは一般の人間に時に解放されることもあったというが、僕が盛花国にいた時にはそんな話を聞いたことはなかった。知っていたなら絶対に逃すことはなかったはずなのに。
あの頃なら、僕はこの場所をどう描こうと思ったのだろう。
昔ーー寝ても覚めても絵を描いていた頃を思い出して、今抱えている課題を解決しようとするが、そもそも昔であってもこの題目は手を付けられなかった気もする。
――そこで、突然頭上に影が差した。知った気配。
「ルーク、何してるの?」
黄金の瞳と目が合う。キラキラと光る不思議な瞳が僕を見つめている。
フローラだ。髪色に合わせた淡いベージュ色のドレス、その下に足首の絞られたズボンを着ている。動きやすい恰好で、フローラの長い髪が頭上に編み込まれている。……革製の靴がフローラの足に合っていないようだ。
僕は地面に寝転がっていたことをごまかすように、ゆっくりと起き上がった。落としてしまった木炭を拾って、椅子に座り直す。
「絵を描いてるんだ」
「それはわかるけど、どうして転がってたの」
……ごまかされてはくれなかったか。
僕は話自体を逸らそうとした。
「……よくここにいるってわかったね」
「……すぐ話を誤魔化す」
僕はふぅと息を吐いて、フローラを見る。指を一本立てクルクルと回しながら、話す。
「えっとね、マリー女王から宮廷画家としての初仕事に、『創造神話』の依頼をもらったんだけど。それも壁画。フレスコ画は専門じゃないし、神話だろう。どう作ろうか迷っててね」
「壁画はまだしも。神話だめなの? ルーク」
フローラは目をぱちぱちさせて、初耳だと言わんばかりに聞いてくる。宗教関係の教育はほぼサリィたちに任せてたし、そもそも話題に出したことがなかったなと今気づいた。どれだけ苦手意識もってるんだろう、僕。
「……よく分からないんだよ。神については描こうと思っても筆が進まなくてね」
……神話って人が考えて書いたものだと理解してはいても、どうも受け入れきれない。始まりの話が似ていれば似ているほど、あの人が浮いていく。
フローラは、なんかホーリーくんも神様の話を時々持ち出してくるよ。神様って言われてもよく分からないよね。と言ってうんうんうなずき、頭を整理するように神の話を始めた。
「聖国教会は二神教で、全能神(創世神)とその妻である花の女神フィオーレを信仰していて。その下位に木、水、火、土、風の属性の神様がいる。神様って言っても、眷族神の扱いを受けて。
教会でもいくつか教典があるけど、その中でも有名で解釈にあんまり違いがないのが『創造神話』。……でも、あれってそんなに難しかったかな。子供の寝物語になるくらいシンプルでわかりやすい話だよね」
――結局、全部全能神様が生み出したって話だから。
「…………」
そう。全てのものは彼を通して生み出された。
その言葉を聞いて、僕が思い出したくはない記憶を思い出そうとしたとき。
フローラが続けて、こう言った。
「今度の洗礼式も、この創造神話の全能神と女神の逸話を起源にして儀式が生まれたって話だったよ。全能神が花の女神を生み出して、力を授けた時の。不完全たる女神の死を伸ばすために与えられた祝福」
――洗礼式。その言葉が、僕の耳にクリティカルヒットを食らわせる。
「……洗礼式」
洗礼式、洗礼式。あぁ、聞きたくない。
僕は項垂れ、顔を下に伏せる。
「……そんなに予定が早くなっちゃったのが、ショックだったの? あの時も訓練場壊しそうになってたね」
そう。先日、サリィから訓練場で聞いた話はこれだ。フローラの洗礼式の開催が早まってしまったということ。
サリィとローレンさんが戦っていたのは、フローラが洗礼式(聖教への入信の儀式)に向かう予定が早まり、それの第一陣として派遣される人間を選別していたからである(第一陣の代表者はルルとメルで、僕はお茶会はそれを送る会も兼ねることになりそうだと思っている)。
フローラ(次代)の討ち手であるサリィと、写し身であるローレンさん。両者の能力を比較して、場内に残しておく人間と、第一陣の一人、これから連絡役としてこれから聖国とつなぎを取っていく人間を決めていたのだ。
ちなみに、なぜ勝ったほうが王城に残っているのかというと、フローラ(主)と離れることを担い手たちが嫌うためだという(後からマリー女王に聞いた話では、連絡役はほぼ写し身が担当してきており、聖国側には連絡役はコピリエ家だと思われていて。しかし、それをコピリエ家側が認めていないので、この件に関してアグレッソ家と対立中とのこと。だから、あんな言い合いしてたんだね)。
この件でなぜ僕が動揺しているかというと、ノア(仲介人)から大戦の反乱者の残党が残っているという話を聞いていたからである。
ノアは、僕がこのプロミシオン城で起こしてしまった仕業の一因だったけれど、情報については間違ったことは言っていなかった(事件の責任については、あの後彼から、想定している桁が二つほど違う謝礼金を貰っている)。
そんなところにフローラを行かせるのは本当に嫌だ。盛花国王宮でしばらく過ごすうちに、フローラを任しても大丈夫なことは確信していたけど、どうしても嫌だった。
僕の目の届かない場所で危険な目に合うフローラを考えると、身体が恐れで震えてしまいそうだ。
「だって、僕はついていけないだろう?」
僕がそうフローラに言うと、フローラは不思議そうにこっちを見て、首をかしげる。
……僕、何かまた勘違いしてた?
「何言ってるの、ルーク。お母さん、ルークも聖国に行く予定にしてるよ」
――え?
「え、行っていいの?」
宮廷画家の地位を授けてもらったとは言え、他国間の外交にも関係するだろう王女の洗礼式についていっていいの?
「フローラと少し離れただけで、あんな騒ぎを起こしてしまったのだから、ルークも一緒に連れていかせるって。ついていかせないで、強行突破されるよりはそちらの方がいいでしょうねって。……よかったね」
フローラに良かったね、といわれてうれしいような恥ずかしいような感情を覚えた。僕が駄々っ子みたいじゃないか。色々とやらかしてしまったのは事実だけど。強行突破も、しそうだけど。
……いや、でも嬉しい。フローラの身を守れるのもそうだけど、洗礼式の様子も見れるようになる。良かった。
「まあ、でも」
……ルークの属性だと聖国内に影響を与える可能性が高いから、策を講じるとも言ってたよ。害のない対策の仕方を考えておくからって。ちゃんとそこは考慮しておきなさいねって。
フローラがボソッとつぶやいた。
しかし僕はこの時、聖国についていけるという事実にうれしさばかり感じていて、フローラの言葉を聞き逃していた。ちゃんと聞いておけばよかったと、後から後悔することになろうとも知らずに。
「そういえば、フローラはどうしてここに来たのかな? 確か今はホーリーくんに能力の使い方を習う予定じゃなかった? だから、動きやすい服装にしてるんでしょ」
ホーリーくん、フローラが城の上階から落ちた時(城の上階から落ちてきたのは僕もあとから少し怒った)のことすごい気にしてたから、短時間に完全に力を習得させるって意気込んでいて。すごいスパルタ教育になっているという話だったけど。それはサリィたちのスパルタ教育もくぐり抜けてきたフローラでもそう思うような。
抜け出してきて大丈夫なのかな。また、怒られるんじゃないかな。
フローラは僕がその話を振ると、プイっと視線をそらした。言い訳するように続ける。
「……ホーリーくんの教え方だと力の調節が効かないの。お母さんも忙しそうだし、ルークならいいかなって思って。ルーファさんもあとから来てくれる予定なんだけど」
……僕、フローラの属性についてもちゃんと理解してないけど、そんな僕に聞きに来て大丈夫なの?




