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02.聖マリーの誕生祭




 僕たちは、聖マリーの誕生祭にやってきていた。


 街は祭りが始まることを示すように飾り付けられ、とても華やか。

 屋台や露店が街に列をなし、夕闇を照らすランタンや街灯が不思議な雰囲気を醸し出している。空に浮かぶように、様々な色味を灯している様は幻想的だ。


 この祭りは最近始まったばかりということもあり、形式なども対して決まってはおらず、ひたすら人々が楽しむために主催されているという。

 この国の王は享楽的で、派手好きらしいからこんなことが許されるんだろう。


 周囲の人も皆思い思いにオシャレや仮装をして楽しんでいるようだ。

 遊び好きの王、万歳といったところかな。


 しかし、それにしても人が多い。うじゃうじゃしている。

 日は沈んだので、体調的には悪くないのだが、こんなに人がいると気持ちが悪くなりそうだ。そもそも、僕は騒々しいところは得意じゃないんだよなぁ。




 視線を街から、手を握っているフローラに移した。

 楽しそうに街をキョロキョロと見つめている。


 ーーあぁ、いつも可愛いけど、いつも以上に可愛いなぁ。


 今日の彼女は、髪をハーフアップにして少し大人びた格好をしている。

 服装は夜の闇でも目立つように、髪の色と合わせた淡いピンクのワンピースドレス。袖の端や服の裾には花柄のレースが付いており、生成りのブラウスの上から着ているようだ。

 その主役を飾る、大きなオパールの首飾り。服の主張を派手すぎない色立ちで、かちりと締めていた。


「フローラ。そのネックレス着けてきたんだね」

 

 首飾りは、メモと一緒に彼女の元に遺してあったものだ。彼女の親が何者かは分からないが、これだけは、と彼女の手元に遺したあったので大事なものなのだろう。


「うん! サリィ達がお母様のお品物でしょうから大事な時につけましょうねって。おめかしだってー」


 えへへと笑うフローラが愛しくて、僕はいつものように彼女の頭を撫でる。




 サリィ達は支度を終えて後から集合すると言っていたので、僕らは広場の大きな立て看板にある祭りのプログラムを見に行った。


 ふむふむ、誕生祭は今日の夕方から明日の夕方まであるんだな。


 誕生祭のプログラムを見ると、初めに開会の宣言。

 何、聖マリー誕生の歴史って。

 え、1時間も王様が話すの? 話聞いた時から変な人だと思ってたけど、なんか怖いなあ。

 あと花火? あぁ、あの東洋の。


 ふーん。演劇団によるマリー女王にちなんだ劇、国を代表する歌手の聖歌? でも、フローラが興味持てそうなものはないかな。

 あとはあんまり奇抜なイベントはない……って。


 明日の昼の中頃にある「トマト投げ」って何?

 

 多分、トマトを投げるってことだよね。え、大惨事にならない? 絶対なるよね。嫌な予感しかしないんだけど。

 絶対血塗れだよ、ちがう、トマトまみれだよ。


 トマト好きだけど、投げるものではないと思う。鑑賞会くらいにしとこうよ。

 僕は昼間だから勿論参加しないし、フローラにも間違っても参加しないように言っとこう。

 


 僕がプログラムを見て唸っていると、後ろから声がした。


 「お待たせしました。ルークさん」


 サリィだ。……やっと来たのかと思って振り返ると、そこにはすごい美人。


 ……え、誰?


 鮮やかな水色を基調とした体のスタイルを見せるようなドレスは、緻密な刺繍が施され、彼女のメリハリのある身体を際立たせている。

 しかし、ドレープが緩やかなので、下品な印象は少しもなく、清楚で柔らかなイメージ。


 一方で、下半身のデザインは柔らかさよりも硬さを主張する。

 裾の端やスカートの下に行くに連れ、濃淡がはっきりと区別され、薔薇に象られた刺繍は彼女の気位の高さを示しているかの如く。布幅はゆったりと取られているので、動きにくいわけでもなく、決して華美でもない。


 そして、花を編み込んで結いあげられた髪。複雑怪奇でどんな仕組みでそうなってるのかは分からないけど、とにかく似合ってる。

 化粧もそれに合わせ、薄く柔らかく、けれども緩すぎないように仕上げられていて。


 まさに計算し尽くされた姿。

 

 ーーえ、サリィなんだよね? 


 いつもと様相が違いすぎて、誰か一瞬わからなかったんだけど。


 そこにまた、二人、別の声がした。


「アレー? ルークさん、サリィさんに見惚れてたんですかー?」


「いけないですねー」


 フローラのシッター、残りの二人。

 ルルにメル。彼女達は双子の姉妹で、性格がサリィとは違う意味できつい。



 目線を2人に向けると、こちらも凄かった。


 彼女たちの特徴は、そのふわふわにカールする明るい金髪。普段は大きなキャップに纏めてあって見えないが、とても鮮やかな髪をしている。

 その豊かな髪は、今はゆったりとした団子状に後部でまとめられ、横髪を垂らしていた。頭上は白のリボンでカチューシャのように結ばれている。

 服装はライムイエロー(柔らかい黄色)と白、ライムグリーン(柔らかい緑)と白の色違いのエプロンドレス。前身頃から袖口までフリル満載で、成人してる女性たちとは思えないほど可愛らしい仕上がりだ。


 あのね、この子達、普段はかなり地味なんだよ。眼鏡かけてるし。メイド服だし。

 ……ホント見た目、全然違うんですが。


 ーー女の人って凄いね。



 僕が彼女たちの詐欺レベルに圧倒されてると、そんな僕を見てフローラが僕から離れていった。


 何故か悲しそうに自分の服を見ている。


「ルーク…。……もう」


 ぷいと顔を背け、顔を俯かせたフローラ。


 ぽてぽてぽてと僕から距離を取り、そこで小さくなる。


 ……なんでか、フローラが泣いてる気がする。


「フ、フローラ。どうかした? ぼ、僕何かしたかな」


 声を押し殺すように泣くフローラに、胸が痛くなってきた。

 

「……これはルークさんに非がありますねー。女の子の前で、他の女を褒めるとは」


「……いや、別に褒めてなかったでしょ!」


「反応が全てを示しているんですよー」


「なにが…⁈」


 双子姉妹の妹、メル(質の悪い方)が余計なことを言い出した。


 うわ、フローラの泣き声が強くなってる。


「メル。お黙りなさい。」


 サリィがここで助け舟を出した。


「ルークさんは女心が分からないみたいですから、私達がフローラ様を落ち着けるまで街を回ってきて、何か貢物でも買ってくると宜しいでしょう。……何してるんですか? 唸ってる暇があったら、早く動きなさい!」


 僕は教官に罵られる生徒のように、は、はいと返事をして祭りの中に走り出した。



 残ったサリィ達は、絹のハンカチを出してフローラの頬にそっと当てた。

 

 フローラは顔を俯かせたまま。


「フローラ様は、本当にルークさんがお好きなんですねー……」


 ルルが俯いたままのフローラを心配そうに見つめる。


 フローラは俯きながら、グルグルと色々なことを考えていた。


 フローラはルークが自分ではなく、サリィ達を見て驚嘆していたことに、ショックを受けていた。

 いつもルークはフローラだけに、可愛い、愛らしいと言ってくれていたのに。


 泣くつもりはなかったのに、勝手に涙が出てきたのだ。


「お花が欲しい、お外に行きたいって仰ったことも、ただルークさんと遊びたかっただけ、ですものね。ルーク様の普段描かれている作品が植物、お花が多いのを見て、そうおっしゃったんでしょ? もしかすると、もっと一緒にいられるかもしれないと。この頃、ルークさんは作品ばかりに集中して、フローラ様と過ごす時間減っておりましたから。遊ぶとはいっても、ルークさんが仕事に追われている最中の、ほんの少しの時間だけでしたもの」


 サリィはフローラの頬から溢れ続ける涙をそっと拭う。


「フローラ様。あの朴念仁にはそんな遠回しにつたえても効果は無いですよー。直接言わなきゃー」


 フローラはサリィ達の言葉に俯いたまま首を振り、こぶしをぎゅっと握りしめた。


「だって……。ルークが……、ルークが、フローラのこと嫌いになったら」


「なりませんってー。フローラ様はいつも見てるから、分からないと思いますけど、あの人フローラ様の前にいるとデレッデレなんですよー。溶けてます。いつも無表情なのに、フローラ様に対してはすごい表情豊かというか。……あの人ならフローラ様が、どんなことしても許しますね。賭けてもいいですよー?」




 フローラの喜ぶもの、喜ぶもの……。


 芸術大国と言われるだけあって、絵画や本、陶器にアクセサリー、さらには靴や花、様々なものが露店で売られている。露店で売れるような品じゃないだろうというような、高値の商品もあった。


 でも、僕がやってきた通りには、フローラが喜びそうな甘い物はあまりなさそうだ。


 僕が回れ右をして別の通りに行こうとしたとき、絵売りが目に入った。


 曲がり角の人の目につきやすい場所に、その露店はあった。


 薄い一枚用紙に水彩画が描かれて売られてる。かなり安い値段で、価格表示されてるなぁー。

 きっとあらかじめ、売れ筋の商品を複製して売っているのだろう。単価を安くできるのも、そのためだと思う。


 色々な絵があって目移りするが、中でも一番売れている品。

 僕はこの絵が気になった。


 鎧を纏った女性が勇ましく、剣を掲げている絵だ。

 美しい女性が髪を靡かせ、力強い表情で先を見ている。


「……その肖像画って、誰のかな?」


「へ? あぁ、これは聖マリー様の肖像ですね。お綺麗でしょう?」


「……うん、そうだね」


 僕はその肖像画を買うと、じっくりと眺めた。


 まるでそれは、フローラが大人になった姿だった。

 マリー女王の髪色はスプリンググリーン、若緑色で異なるけれど、目鼻立ちがよく似てる。

 一眼見たら忘れない、その意思の強そうな黄金の瞳も。


 本当に良く似ている。フローラがまるで、この人の子供みたいに。


 …………いや、まさかね。他人の空似だろう。

 マリー女王の第一王女は十歳になる筈だし。

 そもそも、王女誘拐なんてねぇありえないよね? ね?


 ……でも、もしかしたらがあるかもしれないから、しばらくはあの国には戻りたくないなぁ。


 そんなことを考えながら、僕はその絵を丁寧に2回折ってポケットにつっこみ、フローラの好きなものを探しに戻った。



 僕がフローラへのお土産を買えるだけ買って、元いた場所に帰ったら何故かそこにはメルしかいなかった。


「フローラがいなくなった?」


 なんで? 僕が居ない間に何があったのさ。





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