13.僕の居場所
マリー女王はニコニコと笑って、僕に宮廷画家になるように勧めて来た。
「……女王陛下、宮廷画家って」
そんな簡単に決めていいものなのか?
「ええ。受けて下さいますわね?」
ニコニコと笑い続ける女王。
この人、僕が人間じゃないこと知ってるんだよな。どうして、僕を雇うなんて思えるんだ……。
人間は、自分達に対する脅威を恐れる。例えそれが人間同士であっても、異物を見つければ排除しようとするのだと僕は知っている。それなのに、この人は……無理やりすぎるだろう。
この国が絶対君主制(君主の権力が何よりも優先される)のは、分かっていたけれど、こんな無理が通っていいのか?
だって吸血鬼だよ? 自分で言うのもなんだけど、かなり危険な生物だからね。
……マリー女王はおかしい。いや、マリー女王だけじゃ無い。
そういえばルルたちも僕の正体を知っていながら、何も言わずに恐れることもなく一緒にいてくれた。フローラもそう。
……ここの国の人達がすごく、変なんだ。
僕がどうしようと返事に困ってルルとメルの方を見ると、もうこうなったら止められませんねー……と諦めた顔をしてこちらに首を振っている。
フローラは、少し心配そうにこちらを見た。
「……ルーク、どうするの?」
フローラは僕が心底困っているのに、気付いているようだ。小声で話して来た。
「フローラ……」
「ルークはどうしたいの? ルークの気持ちが一番大事だから」
「……僕は」
僕の気持ち……。僕はどうしたいのか。
僕はただ、フローラと一緒にいたい。それだけは決まっている。
でも……。
「……素直な気持ちでいいんだよ。お母さんがルークを責めたって、私が止めるから」
フローラがそっと僕の手を握った。僕を落ち着かせるために。
「……ほんとうに、仲が良いのね」
マリー女王の声。悲しそうな響きがした。
僕がその声が気になってそちらを見たと同時に、マリー女王が城の方角を見上げる。
「……あぁ、忘れておりましたわ。周りがうるさいので、一旦解きますわね」
そちら側に近づいて、透明な何も無い場所に手をかざし、
ーーキンっ!
黄金の魔力がマリー女王を中心に展開された。
続けてガチャンっと何かが降りた音がした。少しずつ、周囲が解けていく。
ーーこの力は。聖樹の間と同じ……。
完全に解けた、と思うと同時に。
「「「女王陛下!!」」」
ーー突然の大声。
大勢の人間がその場を囲んでいた。衛兵や武装した騎士たちだ。すぐに動けるように整列し、こちらを注視して動きを観察していることがわかる。
どのようにして、空間を隔離していたのかは分からないが、僕のいた場所だけが元いた場所からくり抜かれていたのだろう。だから、こんなことができるんだ。
そして僕は人間達の密度からこの場所が城の中だったと、思い出した。こんな場所に雷を落としたんだよな、僕。本当になんてことしたんだ。いくら頭に血が上っていたとはいえ……。
「……大丈夫よ、何も問題はなかったわ。皆解散して頂戴」
安心させる様なマリー女王の声が響いたと同時に、緊迫した空気がスッと引いていくのがわかった。
「姉上!!」
「マリー!!」
しかし、その中から飛び出してきた二人の男性がいた。
一人はコーンフラワーブルーのような深い青色の髪に、濃琥珀に近い黄金の瞳を持つ整った顔の少年。首から腰までを覆う白基調のダブレット、金糸銀糸で縫われた見事なサーコートを羽織っている。
もう一人の男性は、その少年と比べると歳を取っているように思われた。容姿は少し青みがかった銀髪、アーモンド型の深緑の目。鼻筋が綺麗に通っており、バランスの良い顔の配置をしていた。
彼は銀糸で縫われた長いコートで体を覆い、足元が見えぬような紺のチュニックを着ている。
……ん? この人は。
僕が何か引っかかるなと思った時、マリー女王は後者の方に対して、声を上げた。
「あら、あなた。人前で名前を呼び捨てるのはやめてくださる?」
彼はそのまま、マリー女王の横に立った。彼女の腕を取り、心配したと抱きしめて。
「マリー、こういうときくらいは許してくれたっていいじゃないか。…………って、何故この男がいるんだ。もしかして奪いに来たのか、フローラは私の娘だ。渡さないぞ」
彼が顰めた顔で僕を見つめたとき、しっかりと気付いた。
彼は、呼び出された時に会った……宰相じゃないか?
僕は彼の話を聞いて、フローラを王宮に返そうと決心したんだ。髪色や話し方が変わってはいるが、確かに彼が宰相だ。
マリー女王は彼を連れて、僕の近くまでやって来た。けれど彼自身はこちらを見ない。
「……はぁ。この人はわたくしの夫で、宰相のロベールと言いますわ。以前にも会われていると思いますけれど」
呆れたようにため息を吐きながら、僕に紹介してくれる。
「……会いましたね」
「その時に夫が失礼を致しませんでした? あなたにフローラを取られるのではないかと、とても対抗心を燃やしておりますの」
「……そういえば」
召喚状をもらって、フローラのーー壊れてしまって、今では着けることも少なくなったーーオパールの宝珠を持っていき、フローラがこの国の姫だと発覚した時に……。
簡単に、説明されたけど。なんていうか、うん。
ーーフローラ様は攫われたのです。我々はあの方をこの10年以上探してきました。あの方はこの国で最も尊い存在のお一人なのです。誰よりも優遇され、大切に育てられるべきお方でした。
こんな言葉を並べ立てられて、僕の元で過ごすより城で過ごすことがどれほど良いことかって熱弁されて。
……え、あれ、一切嘘ってことだよね。そもそも、フローラは攫われてなんていなかったんだから。
いや、機密保持のために秘密にしなきゃいけなかったから、ああ言ったのかな。
え、でも。
マリー女王、ルルとメルも別に正体が知られても気にしてなかったように見えた。あの時点で正体が機密事項じゃ無いなら、どうしてそんなややこしいことに。
そこでボソッと宰相がつぶやいた。
「……フローラは渡さないからな、一時的な保護者の分際で」
恨めしげな宰相の言葉を聞いて、脳裏に蘇る記憶。
ーー「保護者」「一時的に」。
無性に気に障ったあの手紙って。
「もしかして、あの召喚状を書いたのは」
「……召喚状? あぁ、それも夫ですわね。この件に関しては全て任して欲しいと言って。わたくしもそれどころではなかったので」
お腹を軽く押さえて言う、マリー女王。
そういえば、この人妊娠してるんだよね。全くそんな感じしないけど。……大丈夫なのかな。
「……ロベール、あなた。もしかしてそんな様子で、ルーク様にお会いしていたのではありませんわよね。わたくしがお願いしておいたこと、しっかりと守ってくれたのかしら?」
宰相は沈黙した。返す言葉が見つからない様だ。額から汗が出ている。
「わたくしはこれまでして来たことを、しっかりと謝罪するように言いましたわ。情報は機密保持の点があるから、明かせない点が多いけれど、そこは説明して。……もしかして、手練手管で無理やり誤魔化してフローラを呼び戻したり、してないわよね?」
「……いや」
「あらー、宰相閣下の悪いところが出ましたねー」
サリィをいつの間にか運んでいた、ルルとメルたちも帰ってきて話に参加して来た。調子の良いことを言う二人に、マリー女王がキツい眼差しを向ける。
「……あなた達も言えないでしょう。わたくしに黙って、色々しているのではなくって?」
「……アハハ。まあ、落ち着いて下さい陛下ー。いや、話変わるんですけど、お話聞いているうちに思ったことありましてー。もしかして陛下、私達の情報は解禁してました? 何故か規制されてたので、話さない様にしてたんですけどー」
「……メル! それは……」
話を止めようとする宰相。
そこでマリー女王の目がキランっと光り、彼を刺した。
「そこまでは謝罪に必要なのだから、絶対に、する様に言っておいたのだけど。全て順調に進んだと言ったのはなんだったのかしら」
マリー女王のおっとりとした声が、急に険のある発音となる。氷の様に冷たい声に、僕の体まで凍りそう。
勇気があるのかなんなのか、宰相が小さく答えた。
「サリィ達の繋がりがなければ、フローラと会えることもないだろう。フローラは彼に好意を寄せているというじゃないか……」
その男と会えば、フローラは!!
最後だけ、大きく叫んで彼は下にしゃがみ込んだ。
……どういうこと? フローラが僕に好意を寄せてたらダメなの? 僕は彼の言葉が理解できなかった。
でもこの人の仕業で、僕がメル達の正体を知らされていなかったのだとは分かった。
分かりやすく彼女たちが言っていることを整理すると。
まずフローラを迎えると決めた時点で、マリー女王はメル達の情報を解禁したが、その説明は宰相に一任されていた。でも王城にフローラを迎えたあと、メル達を通じて僕とフローラに会わせたくないがために、彼がその情報開示を止めて、逆に規制したって感じだろう。
マリー女王は呆れ果てたとばかりに、口を開いた。
「……ほぼあなたのせいね。この情報の錯綜は」
そのせいで、どこまで、ルーク様に知られてしまったのやら。
「……恥を知りなさい」
漏れた一言に重みがあった。
彼はそのまま黙り込んでしまった。可哀想……なんだろうか。自業自得の様な気もするが。
「……そして、そこで隠れているルーファ? 「討ち手」の貴女は何を考えていたのかしら」
マリー女王の呼びかけに、解散しようとしていた周囲の人々の中から、一人がビクッとはねた。
茶髪のポニーテールをしている、ここにいる人間の中では一番年嵩に見える女性だ。慌てて、逃げようとしている。
それを見ながらマリー女王は僕の方に急に振り返って、僕に言った。
「ルーク様。お願いですから、このプロミシオン城に居てくださる? しっかりとわたくしからも謝罪をさせていただきたいの」
そのまま返答する隙もなく、マリー女王はそこから離れていった。嫌がるルルとメルに、意気消沈した宰相を連れて。
多分、あの女性を叱りに行くんだと思う。ルルとメル達を連れて行ったってことは、彼女達も一緒に叱るつもりだ。
ルルとメルに関しては彼女たちも色々と女王に秘密で画策していたようだから、叱られるのもしょうがない。
というか、マリー女王は人が良すぎる。普通叱るだけじゃすまないよ。すぐ首切られるレベル。
そもそも彼女は臣下との関係が近すぎて、この人がほんとに君主なのかも疑問に思えるぐらいだ。もっと王様って居丈高で、根性が悪いイメージを持ってた。
でも、みんなマリー女王を慕っている。
……こんな人が王様なら、仕えてもいいのかもしれない。
どうせ僕は根無草で、絵が描けてフローラがいるなら場所に対するこだわりもない。
マリー女王から話を聞いて、その後にちゃんと返事をしよう。
……宮廷画家か。王室に雇われるのは初めてだなぁ。
僕の心はいつの間にか定まっていた。
そうなると、フローラに伝えなきゃ。
あれ、隣を見ても……いない。
ーーフローラはどこに行ったんだ?
ぐるりと視線を周囲に回すと。フローラは見つかったが、誰かと言い合いしている様だった。
「姉上は何をされているんですか⁈ 私たちが混乱している最中を狙って、城から思い切って落ちるなんて……。力の使い方はある程度教えはしましたが、脅威に抵抗できるほどではないと言ったはずですが」
「だって、ホーリーくんが見てない隙が出来たのがそこで。今なら、逃げれると思ったの。ルル達が降りて行ったのが見えたから、大丈夫だって計算して」
「ルル達をお手本にしないでください!! アレは悪い見本です。そもそもですね、城のほぼ最上階から無理やり落ちるなんて選択肢を持たないでください。姉上はアレですか。理性より本能で生きるタイプなんですか」
それに緊急時用の遮断フィルターは外に強くても、中には弱いんですよ。姉上のように力技で無理やり入っていくのは何よりもやってはいけません!! 壊れたらどうするんですか!
大声を張り上げて、必死になってる。フローラが怒られてる姿なんて初めて見た。
フローラは一体何をしたんだ。城から落ちたとか言ってるのは、嘘だよね……? たしかに上から降りては来たけど。
あと気になるのは、フローラを叱ってる少年。
はじめにこっちに走ってきた子だ。
誰だろう? あの服装を見るに、結構上の立場の人間だとはわかるけど。
僕は彼らのところに向かっていった。
「フローラ、このお兄さんは誰かな」
「……あ、ルーク。えっとね、ホーリーくんだよ」
……『ホーリーくん』?
フローラ、それは説明になってないよ。
横の少年は僕の方を見て、自分で自己紹介をした。
「……あなたは。……私は盛花国第一王子、ホリー・ウッズ・ガーディアです。姉上の弟です。ホーリーではなく、ホリーですので、よろしくお願いします」
「困ったさんなホーリーくんは、ホーリーくんで良いと思うの」
「姉上に言われたくありませんね。あれほど逃げないと言いながら、結局は逃亡を図るとは」
弟くんか、そうか。渾名で呼べるくらい仲が良くなったんだね。
フローラが楽しそうで良かった。
すごく良かった。
言い争いを続ける二人を見ながら、そう思った。そして同時に、この城を襲撃してしまったことをすごく後悔した。
今回は本当にとんでもないことをしてしまって、その責任が取れるか分からない。
マリー女王の人の良さに救われて、許されたみたいになってるけど。全く、一件落着はしてない。
本当にどうすればいいのか……。
でも先ずは、サリィに謝り倒すことから始めよう。
フローラのお父さんにも何故か嫌われてるみたいだし、まだまだこれからも大変なことが多そうだ。
ーーでもまあ、なんとかなるか。
フローラが隣にいるなら、僕は頑張れるから。




