12.少女は幸せを運ぶ。
フローラは青空に照らされ、空から降りてきた。
ふわりと揺れる桃色の髪に、薄水色の繻子のように光沢のあるドレスのリボンを宙に舞わせながら、彼女は地上に落ちてくる。
それに一瞬、花弁が空に舞ったような錯覚を覚えた。
「フローラ!!」
僕の声に気付いたのか、下を見て驚いたように叫ぶ彼女。
「ルーク!! 来てくれたの!!」
そして降りてくるフローラをそのまま、キャッチして抱きしめた。
そこまで長い間別れていたわけではないんだけど、凄く久しぶりに感じる。
「ルーク、会えてよかった」
そう言ったフローラから、ぎゅっと抱きしめられた。彼女の身体から、安心するような香りと暖かさを感じた。
あぁ。すごく安心して、身体の内から癒される。やっぱり、フローラの側が幸せだ。
「……………」
フローラが一緒に居てくれるから、僕は幸せになれるんだ。それをジンっと心の底から感じながら、ただ彼女を抱きしめる。
「……どうしたの? ルーク。……泣いてるの?」
フローラが何も言わず抱きしめ続けている僕に、不思議そうに聞いてきた。
僕はフローラと目を合わせて、逆に聞き返す。ルルが言っていたことを確認しようと思ったからだ。
「泣いてはいないよ。ねぇ、フローラ……。君は僕が人間でないことを知っていた?」
ーー僕が、君とは全く違うものだと知っていた?
「え」
フローラは困ったように口を開き、そのまま少し黙ってしまった。
その反応はやっぱり知ってたのか。でも、いつの間に。
フローラは少し逡巡したように、僕の隣にいるルルを見た。
「ルル、ルークは……?」
ルルは何か話そうとしたが、結局話すのはやめてフローラに頷き、先を促す。少し後ろに下がって、二人だけで話せるようにしてくれた。
フローラは僕の方に向き直って言う。彼女の目には強い意志が宿っていた。
「……うん、知ってた。ルークが人間じゃないこと、知ってたよ」
そして、僕を掴む腕にギュッと力を込めた。
「…………ルーク。ルークって吸血鬼さんなんでしょう。ルーク、太陽が嫌いだし、時々血を飲んでるよね。それに真夜中によく外出してた。空も飛べるし、すごく強いから、吸血鬼さんなのかなって」
フローラの答えを聞いて、すごいなぁと思った。
僕をちゃんと見てくれているのだと感じた。
彼女の言っていることは正しい。僕は太陽が得意じゃないし、なるべくなら陽の下には出たくない。だから、出る時はフードのあるコートや陽を遮蔽できる服装を心がけている。
血も飲む。空腹感を覚えるからでもあるし、栄養を取るには血液が一番効率が良いからだ。僕は固形摂取ができない。
そして自慢ではないが力も強いし、地上で負けることはまずあり得ないだろう。
……あれ。そこで少し疑問を覚えた。
「真夜中によく外出」? フローラが居る時に、フローラを置いて? フローラを家に一人残して、外に?
そんなことをした覚えがない。フローラを置いて出て行くなんて、そんなこと。するはずがない。どうして。
頭が巡らなくなってきた。頭が霞がかかる。
そこで少し見えた。
暗闇の中、ウネウネと動く僕の似たもの。
……いや、したのか。しなければならなかったのか。
「違うの? ……、ルーク?」
「………ルークさん? どうしました」
少し頭に霞がかったような僕に、心配そうなフローラと訝しそうなルルが声をかけてきた。そこまで様子がおかしかっただろうか……。
頭を振って、意識をこちらに戻す。……今は余計なことは考えなくていい。
「……いや、うん、そうだよ。僕は吸血鬼だ。吸血鬼のようなものだ」
そう。僕は他者が抽出した栄養素を得ることでしか、まともに生きられない欠陥品。生物としての体を成していない。
そして、不老不死だ。朽ちることのない、化け物。栄養が無くなれば動かなくなるだけで、決して死ぬことはない。それを僕は身をもって知っている。
だから、怖くてフローラに人間でないことを伝えることができなかった。
でも、それがバレることを恐れていたからこそ、そこまで目立つような行動はしてなかったつもりだったのに。飛ぶくらいなら人間も魔術でできるし、飲み物も服装もある程度カモフラージュしていたのに。
「……フローラ。よく、気づいたね」
フローラは当たり前のように頷いて、笑う。
「……ずっと一緒にいたんだもん、分かるよ。それに、魔法の国で会った吸血鬼さん達がすごく騒いでたもの」
ーーは? 吸血鬼⁈
腕の中のフローラに顔を寄せる。
「……⁈ いつ、会ったの?」
「……ルークがいない時に時々来てたよ。はじめはいつも家に一人、漆黒の長髪の綺麗な人が入ってきて……。それから、ワラワラと」
……家に勝手に? 長髪って。あの男か⁈
あのマッドな。気前が良いようで良くない、僕に悪のカリスマを演じさせようとする……。
フローラに変なことしてないだろうな……。
「何かされなかった? 髪を抜かれたり、爪が欲しいとか言われなかった?」
「言われてないよ。おかしなルーク」
フローラは笑った。いつものように。
周りを幸せにする、そんな笑顔で。
♢
フローラは下に降ろして欲しいと僕に伝えてきた。
僕はその言葉に従い、ゆっくりとフローラを地面に降ろして彼女の姿を見つめた。
落ち着いた色味の綺麗なドレス。これまではフローラは明るめのシンプルな服を好んでいたけれど、大人びた色味の服装も似合うようになったのだなと思った。本当に大きくなった。
その上薄く化粧をして、その整った顔立ちがいつも以上に可愛らしい。
その姿はこの国の姫だと言われても全く不自然ではなくて。
僕の娘として育っていた頃じゃ考えられないほど、贅沢で不自由のない生活を送らせてもらっていたんだろうな、とも感じた。僕は人間じゃないから、時々大やらかしをしてはサリィたちに怒られてたし。
僕はどうするべきなのだろうか。このまま、フローラを連れ帰るべきなのか。それとも、フローラには家族の元で暮らしてもらって時々会いに来ようか。
そんな風に、未だに悩んでいた。
一方、僕から降りたフローラはドレスの裾を綺麗に撫で付け、髪をさっと撫で付けて、最後にピンッと背筋を正した。
「ルーク、あのね。聞いて欲しいことがあるの」
顔を必死に上にあげて、フローラは僕に言った。
そう言われたので、僕もちゃんとフローラの話を聞けるように、耳を傾ける。
「私ね、」
ルークとね、別れて。
お城の中にいて。
このまま、ずっと会えないんじゃないかって思って。
これだけは伝えておけばよかったって後悔した。
だからね。
そう言って、フローラはすーっと深呼吸した。
そして。
「……ルークがどんな人だって、吸血鬼だったとしても、私はルークが大好きで、ずっと一緒に居たいです」
それはフローラの心からの言葉。
嘘偽りのない、彼女の本心。
心臓がドキドキと打っているのが分かるほど、顔を真っ赤にして、緊張しながら伝えてくれた。
「……うん。…………うん、ありがとう、フローラ」
僕は何度も頷く。目を瞑って。その言葉に浸りながら。
言葉もなく、ただその言葉を胸に染み渡らせるように何度も。
彼女の言葉はいつも、僕を救ってくれるなと思いながら。
そして、同時に僕の心は完全に定まった。
人間ではないという、僕の欠点をフローラが受け入れてくれるんだったら。そして、フローラが僕とずっと一緒に居て欲しいというんだったら。
僕が返す言葉は決まっている。
それを伝えるために口を開こうとして。
「!」
突然、フローラが後ろを振り向いた。
「フローラ、なぁに、お話ししてるんですの? 仲間外れは嫌ですわ」
そこには、マリー女王がいた。
いつのまにか現れて、不思議そうにこちらを見ている。
「……メル⁈」
「ルルー、抑え込むのこれ以上無理だったー」
そしてメルが疲れたように、体をフラフラさせて現れた。格闘したあとなのか、キャップが取れ、黄金色の綺麗な髪が色んな方向に飛んでいる。
一方で、マリー女王はピンピンしていて元気いっぱいだ。楽しそうにこちらを見ている。
フローラが空から急に降りてきたので、気持ちが抑えられなくなったとでも言うかのように。
僕は、僕の気持ちをフローラに言うべきだとも思ったけど、ここはまずフローラの家長であるマリー女王に伝える場面でもあると思った。
居住まいを正して、フードをしっかりと取り、話す。
そして、一歩前に出てマリー女王に向き合う。
「女王陛下、失礼を承知で申し上げたいことがあります」
「どうしたのかしら?」
じっと黄金の瞳が僕を貫く。
何を考えているか僕には読めなかった。疑問を抱いているようでもあり、僕の心を探っているようでもあった。
「女王陛下、僕はここにフローラを迎えに来ました。この城を破壊しようとしたのも、それが理由です。どうか、僕にフローラを連れ帰らせて下さい」
それを聞いたフローラは驚いたように一瞬こちらを見たが、さっとそのままマリー女王の方に向き直り、
「……お母さん、私もルークが居ないとダメなの。だから……」
僕の言葉を後押しするように、話を続けた。フローラは空気を読むことに長けているから、僕が一体何をしたのかについては聞いてこなかった。
一方、メルとルルは何も言わずにマリー女王を注視している。
マリー女王はそうでしたの、と言い、そのままおっとりと質問を返してきた。
「一応聞いておきたいのだけど。どうして、迎えに来たのかしら」
僕は女王が城を破壊しようとしたことにあまり興味を示さないのに、驚きを覚えながら答えた。
「……僕は、僕はフローラが居なければ、僕は自分がこれからどう生きて良いのか分からないんです。だから、色々迷って結局ここまで来ました。道中、色々と勘違いやすれ違いはあったんですが、それがなくても最後はきっとフローラを迎えに来たと思っています」
僕は真剣にマリー女王を見る。言葉足らずで、自分の気持ちもしっかりと理解できてはいない僕だけど。この気持ちだけは、どうか伝わって欲しい。
「マリー女王陛下、ルークさんの状況を分かってあげてください。追い詰められてるんです。この状況ですべきことを見誤らないで下さい」
そこでルルが僕の状況を必死に、マリー女王に言い募る。フローラのことを考えて言ってくれているんだろう。
マリー女王はその言葉を聞き、ルルの方に目線をチラッと動かし、また僕の方をじーっと見つめた。その瞳は一体何を考え、何を見つめているんだろう。
そのまま少し経った後、急に、はーっと女王は息を吐いた。
「……そうなの。そういうことなのね。分かりましたわ」
マリー女王はふと目を瞑り、数秒黙ると、僕に顔を向け、
「ルーク様。あなた、ウチに雇われるつもりはないかしら?」
と言った。全く予想のつかない一言だった。
「え? どういうこと」
僕は女王の言葉に混乱した。僕を雇う? え?
「……宮廷画家といえば良いの?」
王室専属の画家として雇われて欲しいのですわ。
確か、貴方のご職業は、画家だったでしょう? ルルとメルから聞いていた話では、組合にも所属せず自由に活動しているようだと聞いておりましたわ。
そう女王は言った。
ーー宮廷画家? 王室専属?
「フローラと離れたくないのでしょう? それに、フローラも離れたくないみたいですもの。ならば、城に住めば良いじゃない。役職を待てば、部屋も与えられますから。ちゃんとアトリエも城内に作らせて頂きますわ。隣国の芸術大国の影響か、本国でも絵画は注目されはじめてますの。ちょうど良いわ」
「…………」
「そもそもわたくしたちもフローラとはやっと会えたのですから、離れたくありませんわ。それとも……。解決できる術があるのに、ルーク様はわたくしたち家族からフローラを奪うのですか? 」
宮廷画家になって下さったら、わたくしたちもルーク様も問題なくフローラにも会えますのよ。
ーー万事解決ではありませんかしら?
言葉は丁寧でも、気が高く、こちらに逆らう気を起こさせない。そもそも、それを想定なんてしていないような言葉をフローラ女王は紡いでいく。
「……そして、今は貴方にもここに居てもらわなければいけない理由ができましたから」
とどめの一押しとばかりにニコッと笑う姿の背後で、サリィやルル、メルの幻影を見た。
ーーあぁ、そう、だよね。
あのマリー女王が優しそうで朗らかそうなだけ、な訳ないよね。あの大戦を終戦にもっていった一番の立役者は、彼女なのだから。




