11.衝撃のマリー女王。そして、フローラは現れる。
僕は雷を落とした後の、煙が上がり続ける王城を見つめていた。
何故なら煙は上がり続けるものの、周囲から何の動きもないからだ。
襲撃を受けたならば、普通動くのが当たり前だろう。
しかし、騎士も兵隊も誰も来ない。
折角の火炎アピールも無駄と。
煙がもくもくと上がっている様子を、目でじっと見つめる……。
すると、建物の様子がおかしいことに気づいた。
「……煙が上がってるだけで、そこまで建物にダメージが入ってない。誰かが防いだ? ……それに周囲の気配がいつのまにか無くなってる」
雷は人に直撃しない限り、そうそう人死を出すものではないとは言え、その衝撃は凄まじい。しかし、焦げ跡さえ残っていないとは。
また、それまであったはずの人々の気配も無くなっていた。突然、人が消える……? そんなことがあり得るのか。
「あの聖樹の間とやらも、おかしな空間だと思ったけど……、ここの王族達は聖属性持ちってわけじゃないのか? どうやって防いだんだ」
フローラがそうだったから、単にそうだと考えてたが。聖属性なら、こんな芸当が出来るわけがない。何故なら、あれは魔物にだけ効く力だ。僕が打ったのは本当の雷で……。
魔術によるものだとしても、僕の力に耐え切るなんて。
建物を注視していると、煙の流れもおかしいと思った。……煙もダミー? そんなことがあるのか?
僕が考え込み次の手を打とうとすると、周囲が突然ぐるりと回った。
空間が歪み、僕をその中に引きずり込もうとする。強引に無理やり、ここから排除しようとしているのだ。
「……何だよ」
僕はそれを握り潰した。……邪魔をするものなんて、いらない。
『あら、それはいけませんわね。何事もなく帰っては下さらないと』
そして、響いた声。
少し間延びした、けれど品の良い。
僕はばっと、視線を上にあげた。不思議な気配がしたからだ。
「だれだ!」
声を上げると、プロミシオン城そのものが見えている側の空間が突然歪んで、誰かが上空から落ちてきた。そこから光が少し漏れ込む。……別空間?
若緑色の髪がフワリと広がり、地上に降り立つ。まるで鳥のように重力をものともしない様は、人というより天使だ。
一瞬怒りを忘れるような、その見目は。
「……フローラ」
正確に言えば、フローラではなく。
その女性は、フローラを大人に成長させ、もっとおっとりとさせたような容姿をしていた。
「どうやら、これまでに無いほどの困ったさんみたいですわね。此処から先はわたくしがお相手致しますわ。……あら、すごい美人」
現れたフローラそっくりの女性は、ふんわりとした白のマタニティドレスを纏いながら、こちらに臨戦態勢をとってきた。
するとまた新たに二人、空から降りてきた。
よく見慣れたメイド服の、その二人は。
「陛下ー、勝手に行かないでくださいよー。好戦的なんだから、もう」
「お腹に赤ちゃん居るのに駄目ですよー、「討ち手」が来るの待ちましょう……? え……ルークさんですかー。この登場の仕方は予想外」
ーールルと、メルだった。
「……るーくさんとは……………………………。」
フローラそっくりの女性は僕の名を聞き、少し目を見張り黙って真顔になると、急にニッコリ笑ってその口を開いた。
その顔で笑われると、どきりとする。
「……フローラを育てて下さった方ですわね! 丁度、お会いしておきたいと思っておりましたの。召喚状でお呼びした時は、丁度、悪阻で苦しくてお会いすることができなくて…。噂以上にお美しい方ですのね。……でも、あら? どうして、その方が王城を攻撃なさるのかしら。フローラを私達の元に戻すことに賛成して下さったと、夫からは聞いていたのですけど。……もしかして、新手の訪問かしら? 城の強度を試すためとか。いえいえフローラを守り切れるのか、の試験かもしれませんわね。フローラを凄く大切に扱ってくれていたとのお話ですもの。でも、大丈夫ですわ。心配ご無用ですの。うちの城は空間ごと切り離せますから。大戦で学んだところを多く活かしておりまして……」
全く話を挟み込む隙のない、弾丸のような話っぷりだ。
その勢いに僕の怒りがどこかに消えていく。
この人は……。
「……あなたは」
「……! ご紹介が遅れましたわね。わたくし、この盛花国女王マリー・フルーフ・プレーシアですわ。以後、お見知り置きを。ルーク様」
そのまま、彼女は右脚を斜め後ろの内側に引き、左脚の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままあいさつをする。
これは貴族の挨拶である、カーテシーだ。目下のものが目上のものに使う。なので、王はカーテシーをしたりはしないのだが……。
何故か僕に対し、美しいカーテシーを披露した盛花国の女王は、僕の悪い想像とは全く違う、優しそうで朗らかそうな、そして思った以上に力強い人だった。
この女王がフローラを利用したり、サリィを自決させるような教育をしたのだろうか。だが、とてもそのようには見えない。
「そうね。ところでうちの夫が「陛下、少しお口チャックして下さいねー。興奮してはお身体に触りますから」
メルが、また話し始めようとした女王の口を塞ぎ、ズルズルと僕から離していった。
あーれー、とでも言っていそうな顔で女王は離れていく。どこまで行くんだ……。
「……ルークさん、陛下が失礼しました。……そこで、なんですがー」
ルルはそんな二人を見送り、ブンっ!と僕の方に振り返った。
その顔つきは信じられないほど、怒っている。僕は自分の怒りも忘れて、ビクッと身体を動かした。
「どうして、こんなことしでかしたんですかー! サリィも腕に抱えて。まさか思い詰めすぎて、フローラ様のところに特攻に……⁈」
ちなみにサリィは僅かに身じろぎしたので、近くの木に横たえて、僕は正直に答えた。
「……いや、王族がフローラにひどいことをするんじゃないか…って思って」
「……………?」
ルルは不思議そうに頭を傾げると、手を僕の頭に当て、熱はないですね。冷たいくらいですー、と言った。
「……頭がおかしくなっちゃったんですかね。どうしてそんな結論に達したんですか」
「ノアに、聞いて……」
「……ノアさんに」
ルルが僕の話を聞いて黙り込み、そしてじとっ……と睨み付けられる。
「……私達が出した課題、ちゃんと気づいたんですか?」
そして、聞かれた。フローラと別れた日に言われたことを。
あの時はちゃんと状況把握をし直して、僕が気付いているはずのことを見つめ直せって、ルル達に言われたんだった。それからいつのまにか、ここに居てこんなことをしてる。
「…………うん」
ルルとメル達が僕に残したあの謎は、サリィとノアの話を聞いて、何となくこうなんじゃないかと思っていたが、今のルルの様子をみるに、何か信じられない勘違いをしていたような気がする。
そう思いながらも、僕は素直にノアやサリィから聞いた情報を整理しながら話した。
まず、ノアは盛花国の王族にとってフローラに価値はない。だから危険な聖国に価値のない、けれど王族のフローラを送って、両国の絆を示そうとしてるのではないかと言っていた。その為に連れ戻したのではないかって。
そして、サリィはルル達がフローラの乳母だった、ということを教えてくれた。ルル達は「写し身」という影武者の役割を持った一族で。だから、同じ黄金色を持つのだって。
僕はモゴモゴと最後に、それらから自分が考えたことを伝えた。
「つまりこの情報から考えるに、ルル達が僕に気付いて欲しかったのは自分たちの正体で。その上で王族達がフローラを利用しようとしているから、それに気付いてフローラを取り返してくれ……ってことだったんじゃないのか?」
僕がそう言うと、ルルは見たこともないような渋面になった。なんだコイツって顔をしている。
「……は。どういった思考回路で、そんな馬鹿な結論に辿り着くんですか? いっそ奇跡ですねー。そもそも陛下達がフローラ様を大切にしてないなら、私達を護衛につけるわけないでしょうー」
「でも、ノアはフローラの妹が生まれるって……。だから、もうフローラは」
王族にとって、必要ないんだと。代わりが生まれれば必要ないってことは、僕にとってすごく理解できることだった。だから、だから僕は……。
「……まあ洗礼式の話も事実ですし、妹君が生まれることも事実です」
「……なら」
僕が言い返そうとすると、ルルは手をあげてその声を制した。
そして、言った。
ーー今ある情報を悪意で組み立てるから、そうなるんです。ノアさんの性格が捻くれて、曲がりに曲がってるから、そんな話になったんですよー。
感心するように、ルルは続ける。
「……逆にすごいですよ、その論理の組み立て方。情報収集力が凄すぎてそうなったんですかね。…でも、ですねー。その情報、一つ破綻が有ります。フローラ様を王城にお戻しすると決めた時、つまり一ヶ月以上前に妹君の性別はまだ不明でした」
赤ちゃんの性別ってある程度成長しなくちゃ、確認出来ないんですよー。
「確認出来たのは、ついこの間のこと。だから、それは間違ってます」
ハーっと溜息を吐く、ルル。
そもそも、私達がそんなこと聞くと思いますか。私達ってフローラ様第一主義ですよー? と呆れたように続けた。
「私達の正体なんてフローラ様に関係ありませーん。そんなことに気づけ、なんて私達が言うとでも思ってるんですか? ほんと、信じられませんねー」
ならルル達は何を僕に気付け、って言っていたんだ。彼女たちが言いたかったことが全然理解できない。
他に隠し事でもあったのか…? 僕が本当は気づいているはずのことって?
ルルは被っていたキャップを外し、頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。どうして、こんなことに。色々と計算違いにも程がある。そう呟いたように見えた。
そして僕を据わった目で見つめると、すーはーすーはーと深呼吸をして、ちゃんと聞いて下さいね! と言った。
「私達が言いたかったのは、フローラ様はもう疾うに、あなたの正体に気づいているということです」
「へ?」
ーーなんて、言ったんだ? フローラが、僕の?
「貴方が、自分が人間でないことで悩んでるようだったので。それでごちゃごちゃ考えて、フローラ様を手放そうとされていたのでしょう?」
ルルは呆然としている僕を尻目に、話を続ける。
「フローラ様はあなたの正体に気付かれていました。その上で、ずっとあなたと一緒にいたってことを知ってほしかったんですよー。それに気付いて、考えて考えて、ずっとフローラ様といる覚悟を決めて、フローラ様を取り返す気になったなら、私達が助けてあげようって」
……なんで。いつ、そんな。フローラが、僕のことを……。
身体が震えだす。何も言葉にできなかった。
フローラが僕のことを知っていたなんて。僕が人ではないのだと、知っていた……なんて。
「遅かったので諦め始めて、フローラ様から迎えに行かせようかと思ってましたけど。なのにどうして、そう勘違いしたんですかね。……あの性悪ノアさんのせいで」
「……フローラは、どうして、僕のことを」
僕はずっと隠し続けていたはずなのに。
「気付かないわけないでしょ。フローラ様はルークさんのことを、誰よりも想ってるんです。……その絆は、もう、私達には壊せないって思うくらい」
ルルははじめ激昂したように僕を見て、そして空を見て、悲しそうに呟いた。まるで、意図していなかったことが起きて、でもそれが悲劇を引き起こすことを知っているみたいに。
僕は何も返事をすることができなかった。どうして、そんなに悲しそうな顔をするんだろうと思うことしかできず。
ルルはただ空を見上げている。
僕の力が周囲に篭って朧げにしか見えない、光も射さない空。太陽の暖かさも、互いを見つめる明かりですら、奪うようなそんな中で。
別のものが見えているんじゃないかってほど、ルルは空を見ていた。
そして、ぽつりと口を開いた。
「私達の大事な姫様は、あなたのことを一番って決めてしまって。城でずっと、あなたを待っていましたよ。悲しそうな目をして」
部屋にお一人になっては、
ーールーク、ルーク。寂しいよって。おっしゃってました。
ルルはこっちを見て、また呟いた。その眦には涙のようなものが見える。
「私達はなにも言ってあげることができなくって。ずっと、同じように接することしかできなくって。それを慰めることができるのは、ルークさん。あなただけで」
「僕は……」
「……どうして、フローラ様はあなたをここまで好きになってしまったんでしょうね。あなたを好きになっても、きっと……。あぁ、私達は……それでも……」
ルルは眼鏡を外し裾でゴシゴシと拭くと、急に発言の趣旨を変えた。まるで、失言をごまかすように。
「ンンッ! そういえば、どうするんですか、この騒ぎ。いっそこのまま陛下の言うように、城の耐久性の実験だったとでもごまかしますか? 実際の被害はそこまで出てないみたいですし」
「それは、それは……。………上からまた何か」
言葉が出てこない僕。
なんとか気持ちを形にしようとした時、また空から気配がした。次から次へと何なんだ……。
「あれは……」
ルルが光が差し込み始めた空を見て、つぶやいた。
見つめる先では、身体がぐいっぐいっと空間を捻じ曲げて、少しずつここに入って来る。
「…………⁈」
身体を丸めて最後にスルッと降りてきたのは、桃色の髪の……。
そのまま、その少女はフワリと落下していく。
ーー周囲を照らす輝きを帯びながら。
彼女の仄かな暖かみのある輝きが、真っ暗闇の世界を照らす。
瞬く間に僕の闇の魔力が浄化されていき、青空が見えた。
そして、彼女の黄金に輝く瞳が。誰より愛らしく優しいその顔が、はっきりと見えた。
それに花弁が空に舞うような幻視を覚えて。
あぁ彼女は、僕の誰よりも大切な……!
「フローラ!!」
ーー現れたのはフローラだった。




