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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第1章 花の少女、フローラ

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10.怒らせてはいけないもの(サリィ視点)


 初めーーあの男と出会う前、エンドマーク斡旋所及びフィロソフィア商会の長から話を聞いた時は眉唾ものだと思っていた。

 「逆さの吸血鬼」

 ーー始祖級の吸血鬼が盛花国内に潜んでいたなんて。


 あれから11年経ち、彼の強さを感じる場面はあったが、本当の意味でその恐ろしさを知ったことはなかった。

 

 今日この時までは。



 サリィは王城庭園にてフローラに会ってから、どうも落ち込み続けていた。

 しかし、働かずにはいられない性格のため、王城内の警備を担当する仕事についていた。

 

 王城の壁門にて、空を眺めながら思う。


 ーーフローラ様に合わせる顔がない……。

 

 『フローラ様を王城にお迎えする』という王宮からの決定はあまりに急で。

 頭が追いつくこともできず、ルークさんに暇を出されてから王宮内に戻ってみれば、フローラ様のお部屋の用意。陛下達にフローラ様のお話を迫られるなど、てんやわんや。

 あっという間に一週間が経ち、心の準備もできぬまま、フローラ様を王城に迎えることになってしまったのだ。そして、再会して初めにもらったのがあの一言だった。


『……サリィ達は私たちの味方じゃなかったんだ』


 聡明なフローラ様のことだ。

 ほとんどを理解していらっしゃるに違いない。


 これまでただの家庭教師、シッターだと偽ってきた罪もある。

 それに、フローラ様をあの路地に置き去りにした人間は私なのだ。もう何年も昔の話とはいえ、ルル姉様とメル姉様が教えていたらどうしよう……。


「あぁ! 私はどうすれば良かったの!」


 頭を抱え、しゃがみ込むサリィ。


「サリィ、少し休憩したらどうだ。さっきから百面相ばかりで全然集中できてないぞ。帰ってきてからずっと働き通しだろう」


 異様な様子に危機感を覚えた見張りの相方から休憩を取るよう強く勧められたので、サリィは一旦休むことにした。



「あぁ、休むと言っても何をすれば」

 

 休みを取るより動いていた方が気が紛れるタイプのサリィは、何をすれば良いのか迷っていた。……普通の人ってどうやって休んでいるのだろう。


「……庭園で休む? それともお茶でも貰いに行く?」


 広い王城内を目的もなくうろうろしていると、遠目に迷路のような庭園を見かけ、ふとある場所を思い出した。

 

 そこは、この世界で一番美しいだろう聖域。


 『聖樹の間』。

 天への架け橋と呼ばれてもいるそこは、主に王族達が儀式をする際に集まる場所。サリィ達、王族に仕えるものにとっては、その権威の象徴でもある。

 中心にある聖樹は王族が管理しており、未だに成長を続けているという。


 その神聖な領域で祈りを捧げるのが、11年前までの日課だった。


「今は開いてるかしら。久しぶりに祈りを捧げたい」


 そうと決めたらすぐに行動だ。道をサクサクと進んでいく。11年ぶりでも、全く同じ庭の配置なので多分問題なく到着できるだろう。


 聖樹の間があるのは王城の中心だ。

 迷路のように複雑な空中庭園を抜けると、噴水があり、それが入り口の作用をしている。王族に仕えるものでなければ、侵入すらできない。道筋すらも理解できないだろう。


 サリィは噴水の前に辿り着き、噴水をそっと覗き込んで道が開かれていることを確認する。

 噴水を覗き込むのは道が開かれていれば、聖樹の力が噴水に流れ込んで光を持つからだ。もし、確認せずに噴水に足を踏み込んで、開いていなかったらずぶ濡れになるだけなので、これは気をつけなければならない。


 そのまま聖樹の間に入ろうとして、違和感を持った。


「……? なにかいる?」


 そこから微かに魔物の気配がした。

 外にまで漏れるような、濃い闇の魔力。

 

 ーー魔物がこの聖域内に……⁈


 サリィは驚きに身を任せ勢いのまま、聖域に入った。


 ーー入った瞬間、身体がズンッと重くなった。生気が吸われているかのように身体に力が入らない。それに信じられないほど暗い。


「……聖樹の側にいるのは誰⁈ 姿を現しなさい」


 大声で叫び目線を動かすと、何かが聖樹の近くに横向きに寝転がっている。


 聖樹の光に照らされ、その姿が見えた。


 それは黒いローブを纏って、気怠そうにこちらを見ていた。


 サラサラとした一本一本の髪が見えるような真っ白な髪、覗き込んでしまえば囚われそうなほど赤い瞳。

 けぶるまつげに、高い鼻筋。まるで女性のように形の良い薄い紅唇。

 完璧なパーツを完璧に配置した、その顔はまるで人形のようで。


 ーー魔性の男。吸血鬼。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。しかし、よく見て気付いた。


「え?」


 髪は白くなっているけど、ルークさんだ……。普段は顔を隠していて印象が薄いが、確かに彼はこんな顔をしていた。


 フローラ様と同じく私が騙した人。なんでこんなところに。

 まさか、今更フローラ様を取り返しに? でも話はついたって。


 いや、そんなこと考えてる暇ない。

 『聖樹の間』にいるからには不審者だわ。

 話を聞かなくちゃ。


「止まりなさい!」


 混乱しながらとにかく構えて、相手の動きを見る。

 

 しかし、それは悪手だった。


 瞬きした瞬間、いつのまにか近くに彼はいた。両手を取られ、足の間に体を押し込まれて動けなくなる。

 関節を締められ、ゆっくりと手を撫でられた。やわやわと触れているような触れられていないような。


 ………ぞくっ。


 感触に耐えられず、武器が落ちる。……しまった!


 それを目で追おうとして、彼と目が、合った。

 


 ーー合ってしまった。


 その目は遍く全ての、魅力を映し出す。 


 蕩けるような、堕ちるような。堕とされるような。 


 欲しくて欲しくてたまらなくなるような悪魔の宝石。


 その甘い瞳がにこりと微笑み、こう言う。


「……サリィ。良いところに来てくれた。僕ね、君に教えてもらいたいことがあったんだ」


 ーー教えてくれるよね?


 脳に染み込むようなその声が近距離で聞こえた。


 陶器のような素肌が微かに耳に当たる。

 サラサラと触り心地の良さそうな髪が、密着した身体が、私を混乱に陥れる。


 感覚が鋭敏になって、囁かれた耳が熱い。


 あぁ、この人に囚われて、なんでもしたくなってしまう。


 サリィは欲望に身を任せ、コクリと頷いた。


「いい子だ」


 そう褒められるように言われてしまったなら、もう……ダメだった。少しも逆らう気など起きなくなった。




 それから私は流されるように、色々なことを話していった。


 教えてはならないはずのフローラ様の居場所。聖樹の間について。


 そして王族の特殊な力で地上と隔たれている「聖樹の間」から抜け、フローラ様のお部屋に案内しながらも、彼の質問に答えて行った。


「サリィ、君はどうしてフローラのベビーシッターとして僕のところに来たの?」


「私がフローラ様の側付きで侍女だからです。フローラ様は私の主人(あるじ)。どんな時もお側にいなければ」


「ふーん。どうして側付きになったの?」


「それが我が一族の宿命だからです。我らが王族を崇め、傅くのは当然のことであり、その一族の娘として生まれた私も、フローラ様に側にあれることを誇りとしています」


「……。メルとルルもそうなの?」


「メル姉様とルル姉様は少し事情が違います」


「……姉様か」


 本当に色んなことを話して。フローラ様に嫌われそうで怖いと思ってることも打ち明けた。そうすると彼は少し嬉しそうに、でも悲しそうに笑った。


 こんなふうに内面を曝け出して、覗き込まれるなんて初めてで、怖くて。でも、何故かそれが至高の喜びにも感じて。


 最後にはふわふわと浮かぶような心地で、彼と話をした。


 しかし、城の上部に、フローラ様の元に近づくに連れ、心の別の部分が叫びはじめた。


 このままではいけない。王族に仕えるものとして、屈してしまってはいけない……。我ら一族は自己の命よりも、彼女達の命を優先し、守り、愛しまねばならないのだ。彼女達がその身で私達を守ってくださるように。

 

 ふわふわした心で朧気ながら、王家の紋章が階段上部に見えた。

 つまり、陛下がいらっしゃるであろう階がすぐそこだ。如何に女王陛下がお強いとはいえ、身重であらせられる女王陛下に彼を会わせてはならない。


 そして自然と決意した。


 「討ち手」ーーサリィ・アグレッソ・セカンダリー


 次代の担い手として、王族に関連する情報を漏らすくらいなら、自決する。

 道順が分からなければこの広大な王城では、王族に会うことすら不可能。探しているうちに、見つかって排除されてしまうだろう。

 それにこれは何より自然な行動。彼に()()()()()ための行動でもある。矛盾なんてない。


 ただ、そう考えた。魅了され混乱した脳で、正確な意思決定もできない状態で。そして、ルークさんがそれで何を思うかも考えず。


 意志の力を振り絞り、勢いよく舌を噛もうとして、


 ーーぐっ!!


 口に指を突っ込まれた。


 ガリィッッという肉を噛んだ音。血の味はしなかった。


「…………………」


 全ての時間(とき)が一瞬止まったように、長い沈黙が続く。


 彼の目が据わっていた。11年過ごして、こんな表情初めて見た。


 そして、彼は小さくつぶやいた。


 

「あぁ、もう、面倒くさいなぁ」



 ーーぞわわわわっっつ!!!!


 小さくとも響いた声に、私は今まで降りかかったどんな危険よりも恐怖を感じた。


 濃密な魔力が、いつのまにか周囲に広がっている。


「……サリィ、ごめんね。これ以上は嫌なんだね。じゃあ、仕方ない」


 答えられない私に、独り言のように伝えてくる。


 魅了を解かれたと思うと、一瞬で気を落とされた。


 ……が、ガクンッと乱暴に庭園に降りた衝撃でまた目を覚ました。しかし、動けないのは変わらない。


 彼の腕に抱えられながら、周囲が暗黒に包まれているのを見た。

 聖樹の間で見たものと同じ。でも、規模が段違いだった。


 突然彼は人差し指をさして、横に一振りする。


「じゃあ先ずは初めに、突然の雷とかどう?」


 場違いなほど楽しそうな彼の一言の後、


 ーードン、ガッシャーン!!!


 王城に雷が落ちた。眩し過ぎるほどの光とともに。


 ーーゴロゴロゴロゴロ、ピシャーン!!


 彼が指差すだけで、ただ落ちる。ひたすらに落ちる雷。


 煙が上がり、プロミシオン城が破壊されていく。


 美しき、この国が誇る王城が。簡単に。



 そうだ。彼は。始祖の。


 ここで私は今更ながら、「逆さの吸血鬼」について昔聞いた話を思い出した。


 **


「あー、一応フローラ姫を預けた先について説明しとくかー。「逆さの吸血鬼」って知ってるか?」


「……始祖の吸血鬼の一人ではなかったですか? でも、どうして、そんな話に」


「あいつがその本人だからだ」


「……本人?」


「まあ言っとくが、あいつは規格外中の規格外だ。そもそも奴はこの世の法則から解放されていて、常識が通じない。吸血鬼であっても、太陽の元を歩け、聖属性のものも効かない。そもそも弱点なんかない。」


「本人…? あの人が?」


「逸話では太陽を闇で閉ざして夜と化させ、地を逆さまにしたとまで言われてる。真実は知らんが、だから「逆さの吸血鬼」なのかもな。俺は、あいつがよく罠に引っかかって逆さまになってたからってのを推すが…。

 ……まあ、普段は温厚だし、滅多に怒らない。長年付き合ってる俺が保証するよ」


 どこに沸点があるか分かんねーようなやつだが怒らせなければ、無害だ。……怒らせなければ、な。


 くれぐれもそこは気を付けとけ。じゃあ、宜しくやれよー。

 


 **

 

 その言葉の意味を。真価を。今日初めて理解した。


 そして長の軽い言葉に隠された、その恐ろしさを思った。

 世界を闇に閉ざしているのは今の状況だけれど、地をひっくり返すなんて、想像も出来ない。一体これから何が起きるのか。


 ルークの腕の中に包まれながら、彼がこれ以上のことを起こさないように、サリィは祈ることしか出来なかった。




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