09.空に見えるは、大きな葉っぱ。そして、僕は再会する。
水のなかに揺蕩うように、僕はどこかに流されていた。
心地良いような。無条件に、流され続けることが不自由なような。
けれどそこには不思議なほど、逆らう気持ちにさせない何かがあった。
……トプトプ、トプンッ。ポチャポチャ、ポチャン。
ーー真っ黒な雫が流れ落ちる。
何処かに穴が空いているんだ。だから、落ちていく。そう思った。
僕は、僕の身体のどこかからその雫が落ちているとも思った。
そのまま流れてなくなって、僕もきっと消えるんだ……。
……けど、それも良いかもしれない。
このままゆっくり眠ってしまおうかなと思ったら、あの人が出てきた。
ーーお前はいつも愚かだね。
音のない声で、真っ白な人はそう僕に言った。
愚かだと言いながら、侮蔑も憐れみもそこには含まれていない。いつものように、ただそこにあるだけの。
あの人がゆっくりと手を伸ばしてくる。
触れそうになった手前で、
ーー貴方ほどじゃないですよ。
初めてあの人に言葉を返そうとして、目が覚めた。
「ん…、痛いな…」
猛烈な頭痛。目の前がパシパシと光で歪む。
「ここはどこだ?」
……記憶がない。
頭を抑え、記憶を探るが何も思い出せない。
ウウンと唸って、左右に身体を動かしているとちらっと前方の景色が見えた。
ーー空が暗い。
……夜? いや、夜じゃない。黒い靄が見える。それが空を覆い、光を吸収して暗闇を作り出している。
「あぁ、またやっちゃったかー」
これは僕のせいだと気づいた。
このモヤはただ僕の魔力が漏れているだけ。けど、結構危ない。生物の生気を吸い取ってしまうことがあるから。
手を伸ばして、僕の中に戻そうとする。しかし、僕の手に集まりはしても吸収できない。
「……ダメかぁ」
僕の力は強すぎて、漏れ出すと周囲に影響を与えてしまうので、いつもは極力抑えている。
しかし、今は力の制御が効かない。だから、しばらくはこのまま。
あーあ、やばいなあ。
他人事のように考えながら、ボーッと暗い空を見る。
何故か、周囲と比べてここだけ明るい気がした。
うーん、気のせいか?
僕は座っていた体勢から、ごろんと寝転がって仰向けになり、上を見る。
……ぞわっっ。
見つめると同時に鳥肌が立った。……鳥肌なんて何年ぶりだ。
「……大樹?」
そこには、金色に輝く巨大な樹があった。
僕が両手を精一杯伸ばしても、正面に見える範囲まで届くか分からないほどの太さの幹。いや、絶対届かないだろう。
天高く天高く伸びる枝々。僕の目で見てもどこまで伸びてるのか確認できない。
そして僕の身体の半分はあるんじゃないかってほどの葉っぱ。葉脈が透けて見えていて、どくんどくん水分が巡る。
そのどれもが金色に光り、しかし眩しいというわけではなく。
樹を照らす周囲の煌めきは、全てがその樹そのものの魔力。これまで感じたことがないほど濃密で、それでいて澄んでいる。
「……これは、何の樹だろ?」
内部に含まれた力は、あの人の力に似てる…。
だけど、あの人は地には降りないから、あの人のものではない。
もしかしたら、ここは違う次元なのかもしれない。それなら納得できる。
僕が転がったまま、その大樹を眺めていると、スーッと頭痛が弱まっていく。
なんかボーッとする。
ここが何処か違う次元の話だって言うなら、誰の迷惑にもならないから、このままずっとここに居てもいいかもしれない。気持ちが良いし、それに。
ーーここはとても、懐かしい。
♢
しばらく地べたに寝転がっていた。
誰かに怒られそうな気もしたが、誰も僕を怒ってくれるような人はいないだろうと思い直した。
ーーそこで、何かが近づいてくる気配。
別次元でも生き物はいるのか……。
がっかりした気持ちで、そちら側を見る。
壁にしか見えなかった場所から、それは通り抜けたように見えた。
「……聖樹の側にいるのは誰⁈ 姿を現しなさい」
大声をあげて現れたのは。
「……サリィ」
いつもの如くピシリと背丈を伸ばし、けれど、いつものメイド服とは違って騎士のような格好をしている。
サリィ。
僕のフローラのシッターで。
盛花国のだれか。
僕はーー。
ゆっくりと、身体を起こした。
忘れていた。
何故こんな大事なことを忘れていられたんだ。
ーーフローラだ。フローラを取り戻さなければならない。
フローラを幸せにできない場所に、これ以上フローラを置いておく必要はない!!
どんな偶然か知らないけど、サリィが来てくれたんだ。
協力してもらおう。
僕はゆっくりと近づいていく。
サリィは僕を見た瞬間、身体を戦闘態勢にした。
「止まりなさい!!」
腰は低く、右足は後ろに下げ、両手にいつの間に持ったのか剣を構える。
ーーかわいいなぁ。ほんと、かわいい。その甘さが。
「ねぇ、サリィ。ダメだよ、そんな悠長にしてたら」
僕に一撃でも当てたいのなら先制攻撃、それも一撃で決める覚悟で来なきゃ。構えなんてしてたら、それこそすぐつかまっちゃうよ?
ーーこんなふうにね?
僕は一瞬でサリィのところに踏み込み込んだ。足の間に体を差し込み、武器を持つ両手を片手で抑え、関節を締めてしまえば、もう動かせなくなる。
武器を持つ手をするりと撫でる。
すると、腕の中にいるサリィがぶるっと震えた。
ーーカランッと武器が落ちる。
目と目が合う。茶色の切長の目が僕を見た。僕はにこりと笑う。
「……サリィ。良いところに来てくれた。僕ね、君に教えてもらいたいことがあったんだ。教えてくれるよね?」
耳元でゆっくりと囁いた。魔力が解放されているから、これだけで人は充分「魅了」にかかる。
その瞳から光が失われると同時に、サリィはコクリと頷いた。
甘やかすように、褒めてあげる。
「いい子だ」
瞳を合わせながら、問いを発していく。
聞きたいことは色々あるけど、先ずはフローラを取り返すことが優先だからフローラの話から。
「フローラは何処にいる?」
「フローラ…さ、まは、王城のご自分の部屋にいらっしゃいます」
部屋かぁ。まあ、場所は案内させればいいか。
でも、分からないのはこの場所。
「じゃあ、ここは?」
「……………」
躊躇うように沈黙を返すサリィ。
彼女は「魅了」への耐性が強いのかな? それか、ここが彼女にとって簡単に話せないほどの場所なのか。
「サリィ……? 答えて?」
念押しするように、唇に当たるか当たらないかの距離で囁く。
「………っ! せ、聖樹の間で、す……」
聖樹……聖なる樹。聞いたことがない。
ここは何処だ……そう思いながら、もう一度問い直す。
「ここはどこにあたる? 次は地名も言って」
「…盛花国王都リース、王城プ、プロミシオン聖域、……せ、聖、聖樹の間…です」
ーー王城の中か!!
♢
聖域とサリィが呼んでいた不思議な空間(閉じられた別領域のような場所だった)を抜け、僕はとりあえずサリィにフローラの元へ案内するように命じた。
サリィは勝手知ったる場所というように道を選び、僕らは人に出会わず順調にスルスルと進んでいく。僕だったら、広すぎて迷ってたな。
それと同時にサリィから、色んな情報を得ることができた。
彼女がフローラの側付きの役名を持っていること。
王族を護衛する一族の娘であること。
メル、ルルも王族の配下の一族の人間であること。その役割についても。
そして、サリィがフローラを傷つけてしまったかもしれないと怯えて、フローラと数日あっていないこと。
それを聞きながら、サリィらしいなって思った。
実直で真面目で。フローラを第一に考えているところが、本当に。
ーー王城から連絡さえなければ、ずっとフローラと暮らせてたのかな? メル、ルル、サリィも家に通ってきてくれて。……そんなわけないか。
そんなことを聞きながら順調に王城の上部に進んできたが、サリィの様子がおかしくなってきた。
上階に上がるにつれ、案内を躊躇するようになる。遂には身体が震えだし、足を動かそうとしなくなった。
身体を支えてやると、……何か話している?
「……これ…いじょ………は、……け…。…」
……⁈ 顎に力が入った…⁈
嫌な予感がして、僕は彼女の口に無理やり指を突っ込んだ!
ーーガリィッッ!!!
信じられないくらい強く指を噛まれた。自分の舌を自分の意思で噛み切ろうとしたのか⁉︎
「魅了」をかけてる状態で、ここまで出来る訳がないのに。
しかし、現にそうしようとした。自然に。
それは彼女にとって、「魅了」に従うよりも当たり前の行動ということになる。
彼女はそのように教育されてきたんだろう。
「……………は」
なんかノアから話を聞いた時に、盛花国の王宮に対して、選民思想とかさ、フローラに対するやりようとか、色々嫌悪感を覚えたんだけど。
………これは、……酷、すぎるなぁ。自決させるような教育って何だよ。そんなの……。
「……… あぁ、もう面倒臭い」
なんか、今まで切れたことのないところの理性が切れそう。
ーー吹っ切れた。こんなところ、手加減は必要ない。
「サリィ、ごめんね。これ以上は嫌なんだね。じゃあ、仕方ない」
サリィの首を押さえスッと気絶させ、片手に抱える。
そして一番近い窓を探して、いい具合に開けた庭に飛び降りる。
地上から王城を見上げると、すごく綺麗な城だった。そして、それ以上にすごくムカついた。
「……燃やしたい」
そう思ったが、フローラが中にいるので我慢した。
まず吸収は出来なかったが、集めておくことのできた僕の魔力を解放。
あっという間に空が、暗黒に包まれた。僕の力に満ちて、大分動きやすくなる。
興が乗ったので、普段禁止させられてる魔術も盛大に使うことにした。
ーー根源魔術。あの人の力。世界の仕組み。
瞳を瞑り、僕の権限でそれを開く。
ーー0は1に。1は0に還る。
小さな約束事を唱えて。
「じゃあ先ずは初めに、突然の雷とかどう?」
人差し指を横にふる。
一瞬の後、
ーードン、ガッシャーン!!!!
暗黒の空から王城に雷が落ちた。壁から煙が上がる。
また、落とす。次は少し遠くに。
ーーゴロゴロゴロゴロ、ピシャーン!!!
雷は派手でいい。
盛大に落ちるから、気がせいせいする。
次々と落としていく。
明滅する光が、その壮絶さを物語る。周辺からもくもくと煙が上がっていく。
最後に、わざと目印になるように大きな火炎を空に放つ。
「これで大体、集まってくるだろ。あとは人の気配が集まる場所を探せばフローラはいる」
最初はフローラだけ取り返せれば良いと思ってたけど。それだけだと無性に腹の虫が治らない。
……それに凄くトップの顔も見たくなったから、ね。
温厚な人ほどキレると怖い。




