08.この世界は(フローラ目線)
「どうして私を見張るの? こんなところから逃げられるわけないのに」
私はここ一週間近く、私のそばから離れないホーリーくんに聞いた。
だって、おかしいだろう。ここは王城の中でも、特に最上階に近い部屋だ。庭には見回りの騎士もいるし、この部屋の外には近衛兵も居る。
こんな状況で私が城から逃げられるわけない。
「姉上なら出来るかもしれませんから」
ホーリーくんは真っ直ぐ私を見てくる。
出来るかもしれないと言いながら、それは私が出来ると確信している目だった。
「………………」
私はすーっと息を吸った。これは説得に時間がかかりそう。
「ずっと立ってると疲れるでしょ、座って」
ホーリーくんを、部屋の四つ脚の三人掛けソファに誘導する。
彼はそのど真ん中に座り、脚を組んだ。
ーーっ、凄く迫力がある。
正に王城の代物というべきダマスク柄の紋様が入った豪奢な椅子に、金糸銀糸で刺繍されたコートを羽織った本物の王子が座ると様になる……。
その反対側に座った私はその迫力に負けそうになったが、なんとか耐えた。
長年、伊達にあのルークの凶器にもなりそうな顔と付き合ってきたわけじゃないもの。
「別に私はホーリーくんと仲良くしたくないわけじゃないから、来てもらってもいいんだけど。……どこに行くにもついて来られるとね、ちょっと困るの」
彼は本当にどこにでもついて来る。一時、御手洗いにもついてきそうになって、その時はちょっと怒った。
「……この間のことは、悪かったと、思っています……。ですが、姉上はここから逃げたいとお考えでしょう? それはこちらとしても困るのです」
どれだけ見張るなといってもこの一点張りで変わらない。でも、頑固さなら私も負けない。いい加減、四六時中張り付くのはやめてほしいもの。
「逃げたいって思っていたとしても、逃げられるわけないと思うの。だから、私を見張るのはやめて」
ホーリーくんはやれやれといった顔でこちらを見る。
年下なのに、どうしてこんなに偉そうなんだろう。姉上と言っている割に、敬意がない気がする。
「この間言ったでしょう? 私達王族は人とは違うのです。ですから、この状況でも逃亡なさる可能性がある。さらに、姉上は『女神の福音』の証を誰より強くお持ちです。そうであるならば、対抗できるのは王族のみです。本来なら女性王族が姉上を見張ってくれるのが一番なんですが、それがどうも叶いそうになかったので、代わりに私が姉上を見張るしかないのです」
今ならまだ地の利が私にありますから。そう言ってホーリーくんは言葉を切った。
『女神の福音』とは創世神の妻、女神フィオーレの特徴を持つ人のことを指すらしい。けど、今ではその黄金の特徴自体について示すこともあるって、ホーリーくんは言っていた。
私の「黄金」の瞳が女神の福音。でもどうして私がそれを一番強く持っているとか、王族が人と違うとか言えるんだろう。
盛花国の王族は神の子とか、神の血筋であるとかも一週間のうちに説明された。言葉としては理解できても、意味として実感できてはいない。だって、私は普通の人と変わらないから。
「……人じゃないって言われても、私そんなに普通の人と変わらないと思う」
そう言うとホーリーくんはキョトンとして、考え込んだ。
メル、ルル達が周囲にいたから、比較対象が良くなかったのか? と何か呟いている。
メル達、そんなに周りの人達と違ったの?
私にこれぐらいは当たり前ですよって言ってくれたのは何だったの?
ホーリーくんは気を取り直したように私を見ると、また話し出した。
「……しかし、ですね。姉上は思ったことはないのですか? 自分が人と違うと。そして他者よりも自分が力が強く、他者には理解できないものが容易く把握できたりするといったことがないと? 私でも思うのですから、姉上であれば、それは幼い時から思っていてもおかしくないと思うのです」
ーー現に姉上はルルとメル、サリィ達がこちら側の人間だと看破なさっておいでだった。そして、あの場面で最後まで逃げ出そうと算段なされていた。
私はあの時、姉上の動きを見ていましたから。わかるのです。
そう私に告げたホーリーくんに、私は目を瞑り、一週間前のことを思い出す。
♦︎
「ルーク!!」
叫んだ声は、ルークには届かなかった。でも、最後に手を伸ばしてくれたように見えた。
魔法陣の光が目の前を一瞬遮り、そして私はある場所に連れて来られることとなった。
エデンと呼ばれる花園よりも、そこは美しい場所。
盛花国王城の庭園。
花園は野に咲く花々が中心だったけれど、そこはガーデニングが庭師によって完璧になされている。エデンが自然の楽園ならば、そこは人工の楽園だった。
空中庭園がそこかしこに存在し、乳白色の階段が螺旋のように連なりそれぞれをつなげている。
透明な蝶が空を舞い、鳥籠が空に浮かぶ。
蔓薔薇が見えない柱に絡み付いているようにして、天を目指す。
見たこともない宝石みたいな花の実や、水晶から生える薄紫の睡蓮が咲いている。
触れれば閉じてしまい、決してまた開くことはない眠姫。月の光を浴びて咲く月光花。誰かを想って涙を流す想涙草。
よく見てみれば様々なものがあったと思う。
しかし、私にはその美しさよりもルークと離れてしまったことで頭がいっぱいだった。
「王女殿下、お泣きにならないでください」
ルークが「ローレンさん」と言っていた女の人が、膝から崩れ落ちた私に手巾を渡してきた。
「……ローレンさん? ルークの元に私は帰れないの?」
ルークが泣いてたらどうしよう。
ルークはいつも勝手に一人で抱え込むから、誰か見てる人がいないといつか勝手に消えてしまう気がするの。
振り払ってでも行けば良かった。この人達なら、私でもどうにかできたはずなのに。
……そうだっ。
「ねぇっ、サリィ達はここにいるの?」
私はローレンさんにしがみついて聞いた。
すると、ローレンさんは一瞬固まり顔に表情を出さないようにした。
「……どうしてそんなことをお聞きになるのですか」
「……居るんだ」
ローレンさんの顔を見て、確信した。
サリィ達はここの人達の仲間なんだって。
私がその可能性に気付いたのは、今さっきのこと。
気付いたきっかけの一つは、その発音。
盛花国の言葉は聖国の公用語と同じだけど、発音が違う。微妙なニュアンスの違い。
これは出身国の違いを見分けることで、ルークのお客様に話題を繋げるようにって、サリィ達に教えてもらったことだから間違いないはず。教えてもらったと言っても、まあ国ごとに簡単にだけど。
でも、この人の発音はよく聞き慣れたサリィ達の発音と同じだった。つまり、盛花国の貴族の発音。サリィ達は貴族出身の可能性があることがここで分かる。
そして、サリィ達が私の出生の秘密を知っている素振りを見せていたこと。
かなり幼い時の話だけど、私の属性を知っていて、その使い方を知っていた。他にも色々要素はあった。
まだここまでは可能性の範囲で、サリィ達に話を聞いてもらって交渉しようと思ったけど、ここに居るなら今はもう無理だ……。逃がしてはもらえない。
ーーなら、私はどうすればいいの?
ーゴーン、ゴーン。ゴーン、ゴーン。
そこで突然、鐘の音が鳴り響く。
周囲の人々の注意が鐘の音につられた。
今なら、なんとか逃げられるかもしれない。そう私は思った。
ここは多分、盛花国の王城プロミシオン。
あの鐘は3時の方向から。つまり、あっちの方角に街はある。
今さっきいた場所も予測できる。
私達が現れたのは、召喚の魔術によって。そして、あの魔法陣には座標が書いてあったから。
見たのだもの、思い出せる。
ルークの下にさえ戻れればなんとかなるはず。
そう考えて私は、ここから逃げる為に走り出そうとした。
「フローラ様? いけませんよ」
けれど、私の目の前にサリィが立ち塞がった。
ーーあぁ、やっぱり
「……やっぱり、サリィ達は私達の味方じゃなかったんだ」
分かってはいたけど、実際に自分の目で知ってしまうのと想像じゃ全然違う。
私達の隣にいないサリィが、とっても遠くに感じた。
だからつい、そう口に出してしまった。
「…………っ」
けれど、それを聞いたサリィが少し傷ついた顔をしたから、私は動けなくなった。
そして、メル達もそこに来て。
私の考え方を知っている人たちに囲まれ、逃げられなくなってしまった。
♢
あの場面をホーリーくんは、どこからか見つめていたのだろう。
だから、逃げ出さないように見張るんだ。
でも、本当に今のところはここから逃げ出すことはできそうにない。条件が揃わない限りは。
「姉上はとてもかたくなですね。いい加減諦めてくだされば良いのに」
「……ホーリーくんが諦めればいいんだよ」
そう言い合いながら、部屋にある暇つぶしのチェスを取り出して、遊ぶことになった。
上の空になりながら、チェスの駒を運ぶ。
……ルークの駒が、ホーリーくんのナイトによって倒された。
「……チェックメイトだね」
駒を見つめながら思う。
……ねえ、ルーク。ルークは今どうしてるの?
この世界は私が元々居るはずだった世界だけど、ルークが居なきゃ何にも意味ないの。
ーールーク、ルーク。
私はとても寂しいです。早く迎えに来てください。
次話はルーク視点に戻ります。
【広報活動】
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