07.ルークから離れて(フローラ目線)
私の名前はフローラ。
ただのフローラ。
名前の由来は知らないけど、花の女神、フィオーレから来ているんじゃないかって思ってる。
私はある人に拾われて、育った。
その人の名はルーク。
ルークはね、いつも一人で隠れて、孤独を抱えこんでいるような人。でも、それを自分で気づいていないから、放っておけないの。
少し臆病で、天然なところもあるけど、私を誰より大事にしてくれる。
彼は多分、人ではない。
幼い頃には気にしてなかったけど、私が成長していくうちに気づいた。
飲み物しか飲まないし、食事を取れない上、ルークはものすごく力が強い。
脚力だけで、宙を駆ける。真夜中にお花見をしに行ったときは、ルークが足を踏み出すたびに景色が変わるから瞬間移動ができるんじゃないかなって思ってた。
北の魔法大国(私は魔法の国って呼んでる)で会った吸血鬼さんたちが、ルークのことをすごく気にしていたので、多分ルークも吸血鬼なんじゃないかな。
何も言ってくれないから気長に待つつもりだったんだけど、今私はルークと離れ離れになって話すこともできなくなったから、ちゃんと聞いておけば良かったって後悔してる。
ルーク、今どこで何してるの? ちゃんと寝てるの? 栄養は摂ってるの?
また、地べたに寝転んでないよね。
ーー元気でいますか?
あれからもう一週間経ちます。ルークはきっと迎えにきてくれると信じています。
♢
「フローラ殿下。お召し替えはどうなされますかー?」
「この服なんてどうですかー?」
朝、城の一室で私はメルとルルに世話を焼かれていた。
普段は一人で身支度をしていたので、とても落ち着かない……。
ルルとメルが私にクローゼットいっぱいの衣装を見せて、その中のフリルいっぱいのドレスを手に取った。派手すぎて似合わないと思う。
「メル、ルル。そんなの着れないよ。派手すぎる」
でも、この服いくらなの……。
いっぱい真珠が縫い付けられてる。歪みもないし、光沢すごいんだけど。この真珠一つで、食事何回分なんだろう。
私はつい癖で、この服の値段について悩み込んだ。せっかく買ってくれたんだから、着るべきなの? でも汚すのが怖い……。
ルルとメルは私の世話を焼くのが楽しくてたまらないというように、ニコニコしながら衣装を選んでいる。今のところは最初に取った派手なドレスがお気に召してるよう。
「お似合いだと思うんですけどねー。お花いっぱい、フリルにリボン。フローラ殿下の髪色に合わせてピンクで」
ルルは私の前にそのドレスをかざして、様子を姿見で私に見せてくる。
「お似合いですね! まさにフローラ殿下のためにあるような服ですー」
お・ひ・め・さ・ま なんですから。これぐらい着飾っていきましょ!
メルは目を輝かせ、そのドレスを推してくる。
うーん、でもちょっと……。
私が躊躇していると、ルルは一度下がって一つのドレスを私の前に出してくれた。
「ではドレスは、この緑のシルクにしますか。少し深い色味に手を出して、背伸びしてみてもいいと思うのです。フローラ殿下ももう成人されますからー」
ルルはシルクの生地でできた、青緑を基調としたドレスを選んだ。
白い小花のレースが縫い付けられ、私にも華美でなく、けれど可愛らしいドレスに見えた。胸元に飾られた白い薔薇のコサージュに、銀細工の葉が巻きついている。
これならまだ着れるかも……。汚さないようにしなくっちゃ。
ドレスは一人で着ることができないので、ルルとメルに着付けてもらう。
流れるように動く二人は侍女そのもので、家庭教師として私に勉強を教えてくれていた姿とはかけ離れていた。
ドレッサーに誘導され、髪を一旦上部にまとめ、化粧をする。化粧といっても薄く頬紅を入れ、ほのかに赤い紅をさすくらいだ。
ルルが上部に編み込みを入れて、軽くサイドに流す髪型に。ドレスに合わせて白薔薇を一輪頭に飾った。
花の香水をメルが耳元と手首に一吹きして、終わり。ほんのりと甘い香りがする。
ドレスは日に何度か着替えさせられるけど、一週間未だに慣れない……。
緊張と疲れから身体を椅子に脱力させる私。けれどドレスを着ているので、皺が入らぬように出来る限りで。
「フローラ殿下も大きくなりましたねー」
その様子を見て、しみじみと言うルル。
「……………」
それは、小さい頃からすれば大きくはなったけど、それでもかなり小さいと思うの。11歳としても小さいと思ってたけど、突然15歳なんて言われても全く納得できなかった。
ーーつまり、大きくないの。とっても小さいの。
しみじみとしている二人をボーッと眺め、ポツリと呟く。
「…ルル、メル達はよく普通に接せられるよね」
こうして一週間経ち、ルル達と話しているけれど。
私はこれまで自分をシッターとして偽り、そしてルークの元から離した人たちの仲間だった二人を、完全に受け入れていたわけではなかった。
「……そうですねぇー」
少し黙り込む二人。メルが顔を上げて話を切り出す。
「…………えーと。私達がいまフローラ様に言えることはすごく少ないですし、出来ることも少ないですー。まだ、全てを受け入れかねているフローラ様に、全容をお話ししても混乱させるだけですから、こうしてフローラ様をお部屋に縛り付けていますー。……でも、ですね。私達は決してフローラ様を不幸にさせたいわけじゃないんですよ。フローラ様に心地良い空間を作ってあげたい、もっと楽しそうにしてほしいんです。だから私達は、変わらずに接します。私達の態度を変えても良いことなんて全然ないですからー」
ちょっとサリィは……、逃げてしまっているようですけど。
付け加えるようにそう言って、メルは昔のようにフローラ様と私の名を呼び、椅子の下にしゃがみ込んだ。
「……フローラ様。ルークさんの元に帰りたいですかー?」
ルルがメルの反対側に屈み込んで優しく微笑みながら、言う。
「……帰りたいよ。私が居るべき場所はルークのところだもの」
ずっとルークと一緒にいて、離れたことなんて一度もなかった。私の居場所はルークの隣で、それは変わることはない。
家族と名乗る人達が現れても、彼らが私を引き止めても、どんな理由があっても、私はルークと一緒にいたいのだ。
「フローラ様は変わらないですねー。でも、それが彼には良いのかもしれないですー」
ーーその気持ちを忘れずにいてくださいね。
メルは少し悲しそうに呟いた。
そこで、ルルが横から口を出してきた。
「フローラ様がここからお逃げになりたいのでしたら、私は是非応援しますよー」
メルは悲しそうだった顔を一変させて、横のルルに顔を向ける。
「ルルー! 何言ってるのー? 流石にそこまで手は出せないよー」
「メル。物事はなるようにしかならないのだから、成り行きに任せるのも良いことよ。こちらから動くこととあちらから動くことと何も違わないもの」
「どうせ、必要になってくるって言いたいのー?」
私を放って言い合いをする二人。
話を聞く限りでは、ルルとメルは比較的私の味方をしてくれているみたいだけど、私にはここから逃げられない理由がある。理由というより、障害が。
「……姉上」
声がした気がして、バッと私は後ろに振り向いた。
部屋の扉が開いていて、そこからうっすら誰か顔を出している。
ーーあぁ、問題の子が来ちゃった。
「ホーリーくん? どうしたの?」
ルルとメルは私がホーリーくんと言った瞬間、スパッと立ち上がり、裾を整えて扉を開いた。
「……ホリー殿下、またですかー? 女の子の部屋の前で盗み聞きも覗き見もしてはいけませんと言ったはずですよー」
ルルは入ってきた男の子に、そもそも女性の部屋には許可なく近づくべきではありませんと言った。
部屋の前に立ち、覗き込んでいた彼の名は、ホリー・ウッズ・ガーディア
盛花国第一王子で、私の弟。
彼は私よりずっと身長高いのに、3歳も年下らしい。
ブルーサファイアのように、瑞々しい青色の髪に、少しオレンジがかった黄金の瞳。
ルークとは違った、少し陽めいた輝かしい美貌を持つ少年。
「メルとルルばかり、姉上と一緒にいるのはおかしいではないか」
少し低めの声で王族らしい話し方をする。
それに反応したルルとメルはうふふふと笑って、顔を手で隠した。
「甘えん坊さんですねー。ホリー殿下は」
「では、兄妹水入らずでお過ごし下さい。ホリー殿下、フローラ殿下に失礼なことをなさらないでくださいね」
ふふふと奇妙に笑ったまま、部屋を出て行く二人。
ルルとメルは何考えてるんだろ。あの二人の切り替えの速さは時に混乱の元……。
気を取り直して、私は正面にいる私の弟にとって話しかけた。
「……ホーリーくん。私を見張るのやめてよ。メル達がいるじゃない」
ホーリーくんはさっきまで見えていた子供らしさを捨て、私に答える。
「メル達に姉上が止められるなら、良いのですが……。姉上に同情的な二人だと姉上の逃亡を許してしまいそうで、怖くもあるのです……」
メルとルルの言うように、彼は私に甘えてるんじゃない。
ーー私がここから出ないように監視しているんだ。




