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01.フローラとルーク



 闇夜に、山の中を走る男が一人。

 その動きは恐ろしく速く、見えたと思ったら次の瞬間には全く違う場所にいる。

 本当に走っているのかと思えるほど物音一つ立たない。

 暗闇の中微かな残像と、彼の走った後に残る衝撃波、薙ぎ倒された木だけがその証拠を示す。


 無我夢中で走る男は、周りの様子など気にもせず、ただ一つの声だけに耳を傾けていた。

 


***


 ひえーん、ひえーん……。


 ……ひえーん、ひっく、ひっく。



 僕の可愛い姫が泣いている。起きてしまったんだ、急がなきゃ。


 僕は必死に家に急ぐ。1人残され、不安に感じているだろう娘のために。



「ルーク、ルーク。どこぉ」


 ガチャ、ズルッ、ゴドォ!!


 娘ーーフローラの元に向かおうとしてドアを開けた次の瞬間、僕は玄関のドアのへりに足を引っ掛けて、勢いよく顔面から床にぶつかった。


 走ってきた勢いで突っ込んだから、凄い音がした。


 僕は何もなかったかのように、手の中のものを気にしながら、すくっと立ち上がった。……これでごまかせないかな?


 フローラに目を移すと、大きな目がこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、ぱちぱちと驚きに瞼を動かしている。やはりごまかせていない。

 

「…………ルーク?」


 でも良かった、転んだ驚きでフローラが泣き止んでる。


 フローラがまた泣いた時、転ぼうかな。今度は三回捻りでも入れてみようか。


 僕がおかしな技術を身につけようとしたとき、彼女は彼の手の中にある物に気付いた。


「……おはな?」


 寝ぼけているのか、少しフワッとした声でフローラは話す。

 ……小さかった頃を思い出すような話し方だ。


「……そうだよ、お花だ。この間、欲しいと言っていただろう。だから、ちょっとお外に取りに行っていたんだ。不安にさせてごめんね、フローラ」


「夜なのにー?」


 そう今は夜だ。

 それも、満月が空のてっぺんに来てしまうような程の夜更けだね。


「……僕は陽の光に弱くってさ、太陽が真っ向から当たる野原に行くには夜じゃないと行けなかったんだ。お空は僕が嫌いなんだよ」


 そう言って、僕は手に抱えた色とりどりの花を、キョトンとしたままの彼女の耳にそっと飾った。髪をゆっくりと撫でつける。


「あははは、フローラはやっぱりお花が似合うね。可愛い」

「……ほんと? ほんと?」


 フローラは嬉しそうに笑い、その場で一回転した。

 ふわふわにカールした桃色の髪が舞った。灯に反射して、銀の光沢が生まれる。

 幼いながら、成長すれば絶世の美女になるに違いないと確信できるほど整った、その面。

 僕が摘んで来た花々が、彼女の愛らしさをさらに引き立てる。

 幼児用の白いネグリジェを纏ったその姿は、まるで天使のようだった。


 ーーなんて可愛らしいんだろう。僕のお姫様。


 ルークは彼女を抱きしめて、頭を撫でながら謝る。


「大好きだよ、フローラ。いつも僕のせいで自由に動けなくてごめんね」


 フローラは僕が抱きしめたことに安心したのか、こくんこくんと首を揺らし眠りについた。

 彼女の手は僕の服をきつく握りしめている。

 



 フローラ。

 彼女は僕の拾い子。

 吸血鬼である僕の娘で、人間の子だ。



 彼女を拾ったのは5年くらい前の話だ。

 僕は普段、各地から依頼を受けて絵を描く画家の仕事をしている。でも時に、金に困ったり、色んな諸事情で裏の仕事を受けることがある……というかあった(今はしてない)。


 その時はただ運び物をすれば良いって言う話だったから受けたんだけど、やっぱり裏の仕事を舐めたらいけないね。そんな簡単な仕事、どこにも無かった。


 言われた場所に行ったら、何故かそこにはおくるみに包まれた赤ちゃん、フローラがいて。運ぶ物も見当たらないし、よろしくお願いしますなんて、メモもあったりして。


 この赤ちゃんはなんだ、運び物は? と仲介人に聞いたら、依頼者は行方不明になってて、何故か追加料金が支払われてるとのことだった。


 赤ん坊はこちらが引き取る場合、殺すか捨てるとか酷いこと言うから、そのまま僕が育てることにしたんだ。ホントあの仲介人、吸血鬼の僕より悪どいんだよね。実質育てろって言ってるようなものだよ。


 あと僕は見た目の関係で、一つのところに長期間止まっていられないし、仕事もあって移動三昧で赤ちゃん育てるのは難しいって言ったら、金払えばシッター派遣するって。どの国でも派遣できるって。あの守銭奴、業突く張りめ。


 まぁ、そのおかげで赤ちゃんのフローラを無事に育てることができたけどね。   

 ベビーシッターさん達はあいつと違って、優しくてプロフェッショナルだったし。だから、フローラはこんなにいい子に育ってくれた。

 

 彼女を拾った経緯は簡単に言うとこんな感じ。

 


 今僕達は芸術大国として有名なとある小国の、治安が良く依頼も受注しやすい首都にアトリエ兼住居を借り、腰を落ち着けている。


 あんなに小さくて言葉も喋れなかったフローラはあっという間に動き回るようになり、好奇心が大きくなるのにしたがって、僕と一緒に外に出たいと言うようになった。

 普段はシッター達と勉強をしたり、僕が依頼を受けた家の子供と遊んでいたのだが、何故か急に僕と行きたいと。


 フローラは周りの子達より、頭が良くって可愛くって、良い子だ(贔屓目じゃない、事実)。だから、一緒に外出して遊んであげたい。


 でも、僕は外に出ると少し体調が悪くなる。全身真っ黒にしてフード被って、太陽遮蔽しないと外なんて出歩けない。それで幼児を連れて歩いたら、不審者にしか見えないだろう。


 彼女の注文に応える苦肉の策として、今日は花を摘んできたのだ。


 フローラはスヤスヤと僕の腕の中で眠っている。


 あぁ、明日はどうしよう。



***


「え? 僕とはもう外に出ないって」


 次の日の朝、というか昼前。

 僕を起こしにきたフローラは、初めにそう言った。

 何故か僕に背を向けていて、様子が変だ。辛い。


「ルークは、お空が苦手なんでしょ。……お外にはいつも通りサリィ達が、連れてってくれるの。……だから、もういーいーの」


 サリィは僕が雇っているベビーシッターの一人だ。

 彼女達は、貴族の子息たちを育てた経験があり、護衛としても抜群の能力を持ってるので安心できるし、外出に付き合ってくれるのはありがたい。

 でも、フローラの頼みが聞けなくなるのは悲しいなぁ。


「もう、僕とは遊んでくれないのかい?」


 僕がそう聞くと、フローラはチラッとこちらを振り向き少し驚いたような顔をして、「……ルークとは、おうちで遊ぶ」と言った。


「ほんと? 嬉しいなぁ。お絵かきでもしようか、大きな木版買ってくるよ」


 多分、今フローラは落ち込んだ顔をした僕に気を遣ってくれたのだろう。

 本当に良い子だ。目端も聞くし、5歳とは思えないほど理智的で、自分を抑制してしまう。


 子どもらしく、もう少しわがままを言ってほしいと思うのは……僕のエゴなんだろうか。

 僕の仕事の関係で、友達を作ろうにも、長くその場所にとどまっていられるわけじゃないから、すぐに別れてしまう。


 人間関係が得意じゃない僕(そもそも人じゃないし)は、フローラに親らしいことが全然できてない。本当に情けない限りだよ。


 何か僕がフローラにできることはないかな。


 うーん。

 腕を組んで考え込むこと、数秒。


「そうだ! フローラ、もっと君が大人になったら、夜に一緒にお外に出てみようか」


 夜にしか見えないスポットとか色々あるからなぁ。

 夜の花も取ってくるより、実際に見た方が綺麗だし。 


「なに言ってるんですか、ルークさん。大人になったらなんて言わずに、今度のお祭りに連れて行ってあげればいいじゃないですか」


 突然、僕たちの目の前にやってきて会話に入ってきたのは、さっき話題になっていたサリィ。


 茶髪の見事な髪を後ろで綺麗にまとめていて、少し高めな身長でピシリと立つ姿勢が素晴らしい。

 猫背気味の僕には一生真似できない姿だ。

 だけど、その格好がメイド服なのが、すっごくアンバランス。僕の家の家具や雰囲気と全然合ってない。

 貴族でもなんでもないから、形式張らなくていいのに、これが正装だって譲らないんだよ。


「おまつりー?」


 さっきまで、少ししょげた様子だったフローラが話に興味津々だ。目をキラキラさせてこちらを見ている。


 今度の祭りは隣国の女王、というかフローラを拾った国の女王であるマリー陛下の誕生を祝う日といった名目だった気がする。あんまり興味なくって、よく知らないんだよね。


「……えーっと、「聖マリーの誕生祭」だっけ? 同盟国だからって、こっちの国までやらなくていいのにね」


 僕が余計な発言をしたので、サリィは僕を睨んできた。フローラがせっかく楽しそうなのに、水を差すなと言いたいのだろう。

 それにしても、かなり怖い。大人の女の人ってなんでこんなに怖いのかな。普段は優しいんだけど、こういう時はしっかり怒るんだよね。彼女。 


 僕は慌てて、先の言を撤回した。


「いや、いいよね。別にこの国でやっても」


「他の国でも行えば良いのです」


 何かボソッと呟いたよ、怖いよ。


「……ごほん。確か、この国の王様が同盟時にマリー女王陛下に一目惚れして、それから勝手に始めたみたいですよ。かの英雄、聖マリーを奉らんとかなんとか言っていたようです」


「……5年前の、内乱から始まる諸国の戦争をマリー女王が抑えてからってこと? 同盟が始まって、聖人の称号貰ってからだから。」


 フローラを拾った時が大戦の真っ只中だった。

 だから裏の仕事は料金割増の上、危険手当とか色々貰えて儲かってたんだよなぁ。あの時、画家の仕事とか全然無かったし。隠し金庫に取りに行こうにも、戦争中だから気軽に行けなくて、初めて金にあんなに困った。


「いえ、先代の国王もあの時崩御され、一年は喪に服していたはずですから、3年目じゃないでしょうか。終戦の息抜き、景気回復も兼ねてというやつですね。……フローラ様は、おまつり行きたいですか? 色んなオヤツに、遊びが色々見られますよ」


「おまつり……行きたい」


「でも、結構危険じゃないか? 噂によると……」


 かなりド派手なショーがあるらしいけど。パレードでもあるんじゃないか?

 僕あんまり大勢がいるところ、得意じゃないんだけどなぁ。


「ルークさんが完璧に守ればいい話ですよ。私たちも後からついて行きますから」

 

 まあその通りだし、いいか。フローラが行きたがってるみたいだから。





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