07
死ぬ気はないから倒れる気で頑張った。
毎日毎日、日高と舘本が心配してくれたのが印象深かったな。
テストの結果は赤点がなかったからそんなに高くなかったのは見なかったことにしておきたい。
「やったー! また部活ができるー!」
「私はゆっくり読書ができるから嬉しいかな」
俺は……なにもねえな。
目標がないから暇になってしまった。
日高と奥村を邪魔するわけにもいかないからな、適当に夜まで時間つぶすか。
「はぁ……」
グラウンドではサッカー部が精力的にサッカーと向き合っていた。
ここにいても声が聞こえてくる、無音よりマシ、別に俺のためではないがありがたい。
「帰らないの?」
「帰ってもなにもできないからな、日高は部活に行ってこい」
「……ねえ、裕子となにかあったの?」
「え? そんなのない、笑顔が見られたからもう一緒にいる理由がなくなっただけだ」
話しかければ死ねとしか言われないから困る。
流石にそういう言葉を積み重ねられると堪えるからな、距離を置いているというわけだ。
「死ねって……言われてるの聞いちゃったんだけど」
「まあ俺がしつこく迫った結果だ、自業自得だから気にするな」
「じゃあその骨折って……」
「関係ない、自爆だ自爆、お前はしないよう気をつけろよ」
朝に調子に乗らなくて良かったまじで。
悪化するのだけは勘弁してもらいたいからな、アピールとか言われても嫌だし。
「隆生くん」
「保健室にいないと駄目だろ」
「指は大丈夫なの?」
「おう、テストも乗り越えられたから問題ない」
続きは保健室で時間をつぶすことにした。
よく考えたらこうして話し相手がいた方が気が楽だしな。
「今日男の子が教えてくれたんだけど、その骨折、裕子ちゃんのせいなんだってね」
「ちげえよ」
「嘘ついてもムダだから」
「だからって責めないでやってくれ」
そんなことしたら「大人の力借りるな死ね」で終わりだ。
あんまりというか、聞きたくない言葉だからこれ以上は刺激しないようにするつもりだった。
「私、許せないよ……」
「大人が泣くなよ」
「だ、だってっ」
生徒が来たことにより中断。
保険室の先生の方が心配されていて変な感じだった。
用が済んで生徒が出た後はまた器用に涙を流し始めて困惑。
こいつは涙脆すぎる、どうしたらこうなるんだろうか。
あれだけの痛みが走っても泣かなかった俺だぞ、これが性差ってやつなのか?
「ほら、涙拭けよ」
「ぅん……」
でも確かに金使わせてるからな。
俺が迷惑をかけてしまったということでもある。
「何時までいなきゃ駄目なんだ?」
「……えっと、最低でも19時ぐらいまでかな」
「そうか」
まだ1時間以上もある、なかなかに長い。
家事もろくにできねえ状態だからなにか飯でも食って帰ろうとしたんだが。
「舘本がさ、読書ができるって喜んでたよ」
「テスト期間中はのんびりとしてられないもんね」
「日高は部活に行けて滅茶苦茶嬉しそうだった」
奥村は……頑張ってほしいと思う。
諦めずに向き合っていたらきっと……は分からないものの、諦めたら終わりだから。
「俺は……なんか学校がつまらなくてな」
「え……?」
「最近、なんにも目標ができねえんだよ」
だから気づけば放課後になっている、みたいな。
だからまあ、テスト週間が戻ってきてくれた方がいい気がした。
あの忙しさがいまの自分には必要だ、バイトはどっちにしろできないからな。
「ま、佳那恵がいてくれて良かったよ」
「……このタイミングで言われても嬉しくない」
「こんな時じゃなけりゃいつ言うんだよ、終わったら飯食いに行こうぜ」
「あ、それならたまには豪快に焼き肉屋さんに行きたいっ」
うぐっ、だ、大丈夫、1万円ぐらいなら持っているし。
この笑顔を壊しては駄目だ、また泣かれても面倒だから素直に要求を呑んでおこう。
「失礼します」
すっかり焼き肉で盛り上がっている姉を止めようとした時だった。
どうやらまだ残っていたらしい、姉がいる前でも同じことを言えたら褒めてあげたいが、果たして。
「千代先生、その人を借りてもいいでしょうか」
「なんで?」
「なんでって、ふたりきりで話がしたいからです」
どんなことがあっても焼き肉パワーで吹き飛ばせるから問題ない。
ごねてもまた死ねと言われるだけだから了承して保健室を出ることにした。
「まだ残っていたんだな」
「委員会の仕事があったから」
ああ、委員会の仕事があったばっかりにまた俺は心無い言葉を浴びせられるのか。
いや、焼き肉のことを考えてればいい、なにを言われても俺は死なないからな!
「とりあえず――」
「ま、待て、俺は別に佳那恵に味方をしてもらおうとしたわけではないぞ」
残念、弱い心が正にしていそうな感じの言い訳をしてしまった。
俺はただ同情してもらいたいんじゃなくて話し相手としていてほしかっただけであってだなと重ねる。
「お前が俺のことを嫌いなのは分かった、ならそれでいいじゃねえか、俺だってあれからは話しかけてないし、近づいてもいないだろ?」
「なに必死に言い訳してんの?」
「いや、お前の中では俺が悪者なんだからこうなるだろ……」
なにも言わずに理不尽に怒られるのはできない。
そこまでのメンタルは兼ね備えていないからな。
自分が少しでも原因があると分かれば死ねとは吐けない、というかそんな最悪なこと言わないし。
「俺はいまから佳那恵と焼き肉に行くんだ、言うなら早くしてくれ」
「つか、あんたが変に言葉を重ねてくるから言えなかったんだけど」
「どうぞ、いまなら焼き肉パワーで吹き飛ばすからなんでもいいぞ」
どの要求にも従えないがな。
両親を、姉を悲しませるようなことはしたくない。
ただ、吐いてぶつけるだけですっきりできるのならしてくれればいい。
「……やっぱりいい、早く行ってきなよ」
「なんだよそれ、早く言えよ」
ここには俺と金久保しかいないんだから。
こんな廊下ならまず間違いなくいますぐには人は来ない。
「ごめん……なさい!」
「は? そんなことかよ、もったいぶりやがって」
じゃあなんだったんだよいままでのはよ。
なんかどうでもよくなってきた、気にするのが馬鹿らしくなってきたのは初めてだ。
「お前この後暇か?」
「え……特になにもないけど」
「それならお前も付いてこい、3人で沢山食うぞ!」
「え」
幸い予約もなしにすぐに入れた。
食べ放題を選んだので限られたメニューの中かではあるが注文し放題。
「今日は俺の奢りだからガンガン食べろよ!」
もう戦いは始まっているんだ。
ちなみに、焼くのは俺に決まっている。
ふたりには食べてもらわなければ意味がない。
ふたりとも最初は遠慮気味ではあったが時間が経つにつれて普通に食べてくれるようになった。
「代わるよ、隆生くんも食べないと」
「や、俺はいい」
なんたってほぼ1万を失うわけだからな……。
骨を折るより痛いことだな、折れた時は滅茶苦茶痛かったけどさ。
ああいかん、俺も姉のことを言えない、涙が……俺の1万円!
「ぐぅ……ほ、ほら、これで会計を頼む」
女ふたりと男ひとりじゃ全然量を食べられなかった。
それでも同じ料金を取るのだから怖い、なにが怖いってぽんと1万が消えるのが怖い。
姉が自分が出すと何度も言ってくれたが必死に断ってなんとか俺のそれで会計を済ませてくれた。
「金久保、佳那恵を家に送ってからでもいいか? 送るの」
「というか……送らなくていいけど」
「そういうわけにはいかねえだろ、さっさと行くぞ」
なにか言いたそうな顔をしている佳那恵を家までなにも言わせずに送って、そのまま俺達は来ていた道を引き返していた。
「途中で別れれば二度手間にならなくて済んだんだけど」
「文句言うな」
調子が狂うからすぐに終わらせたが謝ってきたんだよな。
あくまで無表情だったから形だけのものなんだろうが、大人な対応もできるんだなと。
つか謝れたんだなって驚いていた、初めて聞いた言葉だからな。
「ほら、さっきのところで別れていれば……」
「はいはい、悪かったよ無理に誘って。それじゃあな、早く寝ろよ」
俺は今日枕を涙で濡らす予定だ。
くそ、姉も金久保ももっと食えよ、「もう食えない、吐きそう……」じゃねえんだよ。
そこは俺の顔を立てようとしてくれないと困る、なんか無駄遣いみたいになってしまうし。
焼く専門になっていたのによ……帰ったら冷ご飯を温めて茶漬けを食うつもりだからいいけどよ。
「ただいま……」
「……おかえり」
こっちはまた泣いていると。
どんだけ感受性豊かなんだよ姉は、ちゃんと水分を摂らせておかないと枯れそうだった。
「今度はどうしたんだ?」
「だ、だってさ……よく考えたら怪我人に焼かせて自分達だけは食べるってさ……」
「気にしなくていいんだよ、それよりもっと食ってくれよ」
「あ、あれ以上はムリだよ、ふ、太っちゃうし」
十分細いから気にすんなよそんなこと……。
もう虚しいから風呂に入って寝ることにした。
「ちゃんと洗える?」
「おう、左手が使えるからな」
ま、今度また姉には礼をしたいと思う。
気になることはひとつ解消できたのだからなんてことはなかった。
「ねえ、生きて?」
翌日から金久保がこう言うようになった。
いきなりやって来ては俺にだけ聞こえる声量で言うものだから困惑している。
死ねと言ってしまったからということだろうか、それならせめて笑顔で言っていただきたいが。
「また一緒にいるようにしたんだね」
「舘本か、どうなんだろうなそれは」
休み時間になると来るだけでこちらには話すことすら許さない状況だ、一緒にいる、は違うだろう。
「舘本はどうだ? 男友達できたか?」
「うん、千代くんが」
「あれ、君付けにしたのか」
「なんかさんより友達らしいかなって、だめかな?」
「いや、好きに呼べばいい」
この変わりようを金久保にも真似してほしい。
俺は生きるから、なんと言われても死んでなんかやらないからまずは会話をだな……。
そうしないと喜と楽を引き出せない、このまま終わるのは嫌だぞ。
なにより一緒のテーブルを囲んで飯を食べた仲じゃないか。
「千代、ちょっと来てくれ」
用があるのはこいつじゃないんだよ!
「なあ、そろそろ日高さんの家に行かせてもらってもいい時期だろうか?」
「本人に聞けよ……」
「お前は友達だろっ」
「うるせー! 散々煽り散らかしてくれた奴になんでアドバイスしてやらなければならないんだよ!」
そんなの本人じゃなければ分からないことだ。
本人が駄目と言えばそれまでだったということ、たったそれだけのことだろ。
「あれ、奥村くん?」
「あー……千代が日高さんの家に行きたいって言うんだよ」
「てめっ――」
「うーん、まだ入れられないかなあ、ちなみに、奥村くんもだけど」
「「そ、そう……」」
なんで俺まで振られたみたいになってるんだ!
なんかむかついたから日高の方に押しておいた、こちらはそのまま教室から離れる。
「ふぅ、いい仕事をしたぜ」
「樹里が怒ってたよ」
「いいんだよ、あれぐらいしてやらないとなにも進まない」
金を失ったのはあれだが、ああいう区切りを入れてやらなければならなかった。
別に表面上だけだろうと問題ない、良くない状態を終わらせられたのは大きい。
「手……」
「これか? 別になんともねえよ、こうして床に置いてもな」
いまさらそういう顔されたって困るんだよな。
だって卑怯だと思わないか? じゃあなんで死ねとか言ったんだよって話だろ。
「だ、駄目だってっ」
「お前のボトル投げが直接的な原因じゃない」
「いや……そんな嘘つかれたってしょうがないし……」
「ほら握手だ握手、ついでに笑え」
あ、いや、痛えっ、が、逆に笑みがこぼれた。
「笑えって」
「……笑えない」
「なんでだよっ、笑え!」
「笑えないよ!」
さ、流石に泣くとは思わないだろ……。
なんなんだこいつは、女子って涙脆すぎる。
「大丈夫だから安心しろ」
「でも……」
親指と人差し指で思いきり頬を引っ張ってやった。
思ったよりも伸びるもんだから数秒遊んでしまったが、目的はそれではない。
「な、なにするの!」
「はい、この話は終わりな、本当はぶっ飛ばそうかと思ったがやめておくわ」
自分の頬に感謝するんだなと残し先に戻ることに。
やだ、なんか物凄く恥ずかしい。
痛いことを言った自分を恥じて授業開始時間まで突っ伏していた。
こういう時に助かるのはみんなの話し声だ、特に日高、お前はうるさいが凄くナイス。
そういうのもあって授業開始までにすっきりさせることに成功。
授業が終わったらやって来た舘本やうるさい日高と話してすっかり元通りに。
「せ、千代……」
「なんだい?」
いつもなら「あんた上手いこと言えてるつもりなの? 馬鹿だよね」とくるとこ。
なのにこちらを見たまま黙るという行為を見せてくれただけ、怪しい、俺なら絶対にそう思う。
これがからかうためならいいが先程のそれが偽物だとは考えられないし、つまりまあそういうことで。
「裕子どうしたの?」
「さっきからこの調子なんだ、どうすれば回復すると思う?」
「そうだね……私にタギちゃんを見せるついでに触らせてあげるとか?」
その手があったか!
ただあまりに遅いとタギにも負担がかかってしまう。
しかし、残念ながら日曜日はまだ当分こない。
……日高は後回しでいいか、今日の放課後にタギを連れてくることにしようと決めた。
「ほら触れよ、ついでに名前を呼んでやると喜ぶぞ」
「た、タギ……」
「わんっ」
「ひゃっ」
ぷふっ、あ、いかん、笑ってはいけない。
金久保に名前を呼ばれたら吠えるように言っておいたのが正解だったな。
つかこいつ、しおらしすぎるだろ……誰だよ。
舘本の最初の頃みたいになってしまっているぞ。
「……またお腹を見せてくれてる」
「タギはそういう存在だ、俺もこれぐらい寛容になりたいものだな」
「タギ、私は友達に酷いことをしちゃったのにいいの?」
「わん」
静かな吠えと言うより鳴き声だった。
そのお腹に金久保が顔を埋めて癒やしを求めて……いるのかね?
どちらにしろ素直に受け入れているタギが偉い、人間の言葉をよく理解していそうだ。
「もう持ち出すな、分かったな?」
「……うん、分かった」
偉いタギの頭を撫でておく。
これぐらい物分りが良ければ問題も起きないと思う。
でも、人間はそうはいかないから大変で、そして面白いと言えるのかもしれない。
「だからそんな顔するなってっ」
「いふぁいっ」
「するなっ、いいな?」
「わ、わひゃってゃかりゃ!」
すまないなタギ、これからも世話になるぜ。
俺の周りには面倒くさい人間が多いんだ、励ましてもらわなければ多分やっていられない。
すごい話だ、どれだけ不安を抱えていても優しい動物がいてくれれば落ち着けるんだからな。
「い、痛い……」
「よく伸びるのが悪いんだ、それじゃあな」
それだけで満足してやるんだから感謝してほしい。
こちらなんて滅茶苦茶痛かったんだぞ、なんならいまだって同じだ。
だけど言っても仕方がないからああしたまでのこと、そうしないとずっと暗い顔をしていそうだし。
あれは俺なりに優しさだった、それを勘違いして意地悪されたとかは言わないでほしかった。