05
「ただいまー」
「おかえり」
放課後は暇になってしまった。
どうして急にあんな豹変してしまったのかが分からない。
でもまあ、こうしてゆっくり姉のために飯を作ってやれるから悪いことばかりではないが。
あいつは大丈夫って言ってたし、奥村が上手くやるだろうと片付けていた。
「もう出来るぞ」
「わーい」
姉とこうしてゆっくり過ごすのもなんだか久しぶりな気がする。
いままでだったら当たり前のことだったのにな。
「あれ、今日は行かなくていいの?」
「ああ、終わりになったんだ」
「そうなんだ、へえ」
こういう時は変に鋭いから嫌なんだよな。
俺も自分が作った出来たての飯を食って、さっさと風呂に入って寝ることにした。
「手繋いで寝よー」
「別にいいけどさ」
なんだろうな。
決して叫ばれる――いや、怒鳴られるようなことをしたつもりはないんだが。
だっては俺は一緒にいるのをやめればいいと言った、あいつが現状維持することを望んだじゃないか。
まあ、金久保は普通でいてくれるからそれでいいけどよ。
「考え事?」
「なんでもない、早く寝ろ」
明日も学校だ。
どんな事情があろうが俺達が同じ教室で学ぶことには変わらない。
舘本とは関係を戻せたんだ、特に問題もないだろう。
――翌日からは気にしないで生活することにした。
「裕子と話があるからどっか行って」
「いやでも――」
「うるさいっ、どっか行ってよ!」
が、これでは金久保と仲良くすることも叶わない。
なんなんだこいつは、いままで舘本や他の女子とだけいたくせに。
クラスメイトは全面的に彼女の味方をする。
悪口こそ言わないものの、雰囲気が伝わってくる。
なるほど、これが嫌われ者の感じかって学べることになった。
「はぁ……」
これは俺は望んだことだからどうでもいい。
だが、ただ嫌われるだけでなにも得られるものがないのは駄目だろう。
「あの」
舘本が止められるわけないしな。
そもそも対応としては正しいんだ。
危ねえ男から友達を守ろうとするのは当たり前だし。
「いいのか? あいつに怒られるぞ」
「性癖の話はともかくとして、それ以外で悪いことはしてないから」
こ、こいつの口から性癖とかって言葉が出るとは。
つか、随分と普通に喋れるようになったものだなと驚いていた。
「あの時は悪かった、鼻血が出た時のさ」
「あれは私の声が小さかったせいだから」
「嫌われてみて分かったことだが、なかなか居づらいもんなんだな教室に」
だからこんな廊下で休んでいるわけだし。
教室で戦い抜いていた舘本より弱いかもな。
「千代くんは裕子ちゃんと仲良くしたいの?」
「そうだな、あいつの笑顔を引き出したいと思ってさ」
「でも、いまはやめた方がいいと思う、このままだと嫌われるばっかりだよ」
あいつがやって来てそういうきっかけを壊してしまうってわけか。
「無理だ、いまの俺にはそれぐらいしかすることないからな。悪いな、せっかく言ってくれたのに」
舘本はゆっくりと首を振って「それは千代くん次第だから」と口にして戻っていった。
それなら逃げているわけにもいかないよなと教室に戻ることに。
おうおう、視線が突き刺さるねえ。
だけど無駄なことばかりじゃない、あれから告白もされていないからな。
「金久保、俺と来てくれ」
「だからっ――」
「俺は金久保に用があるんだ」
ふたりで無表情娘を見つめることになった。
休み時間は無限じゃない、なるべく時間を稼いでおかなければならないのだ。
「え、移動したくないんだけど」
「お前なあ……」
「え、だってここでできないことじゃないでしょ」
そうだけどさあ、ここだと邪魔が入るだろうが。
もう少しこちらのことも考えてほしいものだ。
「あははっ、ほら裕子が嫌がってるじゃん!」
「え、別に嫌がってないけど、ただ移動するのが面倒くさいだけで」
「「…………」」
思わず日高と見つめ合ってしまった。
「……ひ、裕子はこんな感じだから諦めた方がいいよ」
「いや、それでも諦めたくない、だから……邪魔しないでくれないか、お前の邪魔もしないから」
意味はないが舘本の時みたいに謝っておいた。
日高は中途半端な表情のまま席に戻っていく。
この衝突はいい方向に働いたかもな、なかなか悪くない結果だ。
「あんた本当に物好きだよね」
「お前ももうちょっと協力してくれてもいいだろ」
「なんで、そんなの面倒くさいじゃん、私はあんたが嫌われようがどうでもいいしね」
「逆に好きになってくるわ」
「ふーん、じゃあこのまま貫かないとね」
だからこそ変えられた時はきっと嬉しいはず。
それを信じてやっていくしかない、あとは一応……奥村のことを見ておかないとな。
あいつは無駄に距離が近いからなにをするか分からない。
なにもないなら別にいいんだ、そのまま恋に発展するでもなんでもいい。
ただ、それを見誤ってグイグイ行くようなら止めないといけないのだ。
「よし、今度遊ぼうぜ」
「え、やだ、休日は外に出たくない」
「じゃあこれからは一緒に飯食おうぜ」
「別に教室でならいいよ、トイレと移動教室以外で出たくないからね」
「約束だ、自分が言ったことぐらい守ってくれよ?」
あとはこいつのメンタル力に任せるしかない。
「変態だがいいのか?」
「別に、誰だって言わないだけでそういうのあるでしょ」
ちなみに姉は小さい子が好きだったりする。
公園とかで発見すると必ず話しかける、単純に怪我しないか心配というのもあるのだろうが。
「それにどうせ嘘でしょ、あんたってなんににも興味なさそうだし」
「まあ嘘だが、なんににも興味がないってことはないぞ」
これでも一応普通の人間だからな。
どうすれば他人が喜んでくれるのかという方法をいつだって探している。
なかなか最善な選択ができないのが大変なところではあった。
「いまはとにかくお前の笑顔を引き出すことに専念するぞ」
「無理だよ、あのふたりといたって1回も出さなかったし」
「くすぐっていいか?」
「ノー、あんまり気軽に異性に触れない方がいいよ」
いまは無理でも絶対に引き出してみせる。
心が死んでいない限り喜怒哀楽はちゃんとあるはずなんだ。
こいつが鈍感なだけで気づいていないという可能性もある、やる前から諦められるかよ。
「なに変な顔してんの」
「お、おいっ、お前それ笑ってるだろ!」
「笑ってない、席に戻りなよ」
希望はある、とにかく頑張ろう。
夜は絶対に会えないから金久保と電話しながら本格的な尾行を始めた。
「なあ、奥村って知ってるか?」
「バレー部のでしょ、樹里のことが好きだからね」
「そういう話するのか」
「いまに始まったことじゃないからね」
だからそろそろ決めにきたってわけか。
やはり距離が近い、仲がいい男女ならあれでもおかしくないがな。
「つか、尾行してんの?」
「ああ、邪魔しないって言ったからな」
「ばれたら絶対に怒るよ」
「なにかあってからじゃ遅いからな、普通の手段で仲良くなるなら邪魔するつもりはないけどさ」
問題なのはこちらが結構離れる必要があるということ。
どんな会話をしているか分からないから判断しづらいんだ。
「1番やばいのはあんただけどね」
「俺はあくまで友達と通話しながら歩く男子高校生だ、そのために鞄を持ったままだし、制服も着ているしな、なにも問題ない」
確かに奥村が短いと言いたくなる気持ちが分かった。
すぐにふたりが別れてしまって今日の任務は終わる。
「あともう少しだな」
「なにがだ?」
「おわぁ!?」
あと少しで付き合えると思っているのならすごい自信だ。
「お、お前、なんでここにいんだよ!」
「コンビニに行ってきたんだ、コンビニ限定のアイスが食べたくてな」
「そうなのか……というか驚かすなよ」
謝って一緒に帰ることにした。
意外にも文句は言わずに奥村も歩くだけ。
「お前、いつから日高のことが好きなんだ?」
「高校1年生の5月からだ」
「へえ、なんでこれまでアピールしなかったんだ?」
「……舘本和心っているだろ? そいつが側にいたからだ」
舘本が今回の日高みたいに一緒にいようとするのを邪魔してきていたらしい。
なかなか想像はできないが、友達のことが心配だったんだろう。
「だからって距離を詰めすぎだ、もうちょっとゆっくりやらないと警戒されるぞ」
「でも、お前みたいなのが側にいたら……あれぐらい積極的にいかないと……」
「安心しろ、お前が危害を加えたりしなければなにもしねえよ」
なんならいまは嫌われ者だからな。
おまけに、本人からあれだけ言われたわけだしなにも起こらない。
「は? おい、俺がそんなことをすると考えていたのか!?」
「なんか怪しかったからな、いいか? 絶対にするなよ?」
「しねえよっ、俺は普通に樹里……と仲良くしたいんだから!」
「あと気軽に名前を呼ぶのはやめた方がいい、なんでも順序ってのがある」
「わ、分かった!」
うーん、大丈夫かね。
お互いバレー部として支えられるだろうし、まあ後は日高次第だ。
「おーい、通話中なの忘れてんのー?」
「あ、悪い、それじゃあな奥村」
「おう、じゃあな」
よし、これで後は笑顔を引き出すことだけに集中できるな。
「あんた絶対に怒られるからね」
「は? なんでだよ?」
「余計なことを言ったからだよ、馬鹿だね」
そんなのないない、そもそも奥村が俺の名前を出すわけないから。
そうすれば俺はずっとなにもしなかった奴ということになる、完璧な作戦だ。
「どういうことなの!」
うん、だからこれは夢だ。
さてと、ちゃんと起きないとな。
「おはよう」
「なにがおはようじゃ! さっさと答えなさいっ!」
金久保の方を見たらさっと視線を逸らされた。
なるほど、俺は売られたってことか。
「なにかの勘違いじゃないか?」
「奥村くんと裕子のふたりから聞いたんですけど!」
「まあ落ち着け、特に問題もないだろ、受け入れられないなら振ればいい」
1回ぐらいは味わった方がいい、どれだけ大変かってことを。
「いやー、昨日たまたま帰っている時に奥村と会ってな」
「嘘ついても無駄だからっ、こっちは裕子から全部聞いているんだからね!」
「尾行していましたがなにか?」
「開き直るなあ!」
こんな俺らを見て楽しもうしているな。
それで笑ってくれればいいんだが、いまだって無表情でこちらを見ているだけ。
「はぁ、もう余計なことしないでよ?」
「おう、昨日ので安心できたからな」
「というかさ、なんでまた動いたの?」
「そりゃ俺は動くって口にしただろ? 守っただけだ」
奥村に興味があったんだから日高本人の許可なんていらなかったのだ。
そのため、こうして怒られる謂れはない、怒らないでいてあげているだけ感謝してほしい。
「そんな顔しなくていい、もうやらねえよ」
いままで生きてきた中で難題と対面している。
ぶっちゃけ他に意識を割いていられる場合ではない。
本人から通話ぐらいならいいと許可は貰っているので、それを活かして頑張りたいと考えていた。
「舘本」
「なに?」
「舘本だったら金久保をどう笑わせる?」
少しだけ考えるような素振りを見せてから「好きな動物さんの話、かな」と答えてくれた。
なるほど、あいつも女子だから参考になる意見だ。
「金久保、お前、動物だったらなにが好きだ?」
「ゴールデンレトリバー、何故ならいい枕になってくれそうだから」
「確かに大きいしな」
もふもふしていれば顔だって埋めたくなるしそういう時ぐらいは……変わるよな?
「よし、実家に行くか、犬がいるんだ」
「わざわざ出かけたくないから」
「じゃあ連れて行くから家を教えろ!」
ふふふ、簡単に情報を吐いて後から後悔しても知らないからな!
放課後、俺は実家に帰ってタギを連れてきた。
「久しぶりだな」
あんまり鳴かない犬だから俺ら家族は優秀だと褒めている。
撫ででやるとかなりの速さで尻尾を動かすから嫌がっているということもないだろう。
そして金久保の家に俺らは辿り着いた。
大丈夫、頼れる相棒がいてくれている。
どんな結果になろうと一緒にゆっくりと帰ればいい。
「はーい、ああ、あんた本当に来たんだ」
「おう、見てくれこのタギを!」
「おぉ、もふもふしてるね、触ってもいい?」
「ああ、触ってやってくれ」
タギは誰にでも懐いてしまうから少し心配になるぐらい。
「へえ、お腹を見せてくれるんだ」
「家族としては少し寂しいけどな」
「ふっ、でも可愛くていいじゃん」
「あ、お前いまっ」
「しー、大声出したら驚いちゃうでしょ」
くっ、何故俺も屈んでおかなかった!
もうこれが最後かもしれない、自らそれをぶち壊してしまったことになる。
「可愛くてこの子は好きだよ」
「お前……」
「はぁ、別に人間なんだから笑うでしょ」
いや駄目だろ、こんなすぐに終わるのは。
「お前笑うなよ、こんなに早く目的達成したらどうすればいいんだよ」
「は? 知らないよそんなの」
どうしようもない気持ちをタギを撫でることで落ち着かせる。
有りかよこんなの、そうすることで悪く言われても耐えられてきたのに。
いやあ俺は甘く見ていた、敵が沢山いるっていうのは怖いことだな。
「まあいいや、日高のこともあれで解決できたからな。帰るぞタギ、俺と競争だ!」
こういう時は「わんっ」と力強く吠えてほしいところだが。
「ありがとな、お前の笑顔が見られて良かった」
「矛盾してんじゃん」
「うるせえ、それじゃあな」
学校では変態巨人って扱いだしなあ。
まだ救いなのは普通にこいつらが対応してくれることか。
家に帰ればもっと味方の姉もいる、飯を作れば喜んでくれるし、なにも嫌なことばかりではないと。
「わんっ」
「お、おう?」
何故今更吠えるのかと疑問に思っていたら舘本を発見した。
なんかやけに沢山の荷物を持っている、タギの散歩がてら付き合うことに。
「よ、荷物持ってやるよ」
「私は樹里ちゃんでも裕子ちゃんでもないよ?」
「分かってるよそんなの、貸せ」
代わりにタギのリードを握ってもらう。
その結果、舘本の方が何度も足を止めてタギを撫でていた。
「なんでこんな大荷物なんだ?」
「家出するの」
「は」
「ふふ、冗談だよ」
こいつ……流石あいつらの仲間って感じだ。
なんだったんだよ最初に静けさは、金久保のために抜けたとか信じられなくなってきた。
「私の家は人数が多いんだ、だからたくさん食材を買ってきたの!」
「へえ、俺は佳那恵とだけだからちょっと羨ましいぞ」
「じゃあ来る? いっぱいご飯作るよ?」
「行けるわけないだろ、楽しめよ」
「うんっ」
舘本の元気いっぱいな笑顔もいいが、金久保の静かな笑顔も良かったなと思う。
恐らくもう見られることはないだろうから、しっかりと記憶に焼き付けておくことにしよう。
「持ってくれてありがとう」
「これぐらいなら別になんでもねえよ、日高や金久保と仲良くしろよ?」
「うん、今度は絶対に離れないよ」
いいか、やってきたことが無駄なことばかりではないのだから。
今度こそタギと走って帰った、こちらは元気すぎて俺が引きずられるところだった。
「ただいま」
「おかえり、タギは嬉しそうだった?」
「ああ、もうやべえよ」
間違いなく今日のMVPだ。
だから俺が直接ご飯をあげておいた。