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04

「え、グループに戻りたい?」

「はい」


 和心と変態の会話が聞こえてきて複雑な気分になった。

 私は別に追い出そうとしたわけではない、ただ樹里とばかりいないでほしいと言っただけで。

 なのに和心はあっさりと抜けてしまって、しかも樹里との関係すら絶ってしまった。

 普段であれば出ていく存在のことなどすぐに忘れるというのに、それができなかったということになる。

 だからずっともやもやしていて、最近和心や樹里の近くに変態――千代がいるようになって、気づけば樹里とは和心が楽しそうに会話をしていて。

 

「なあ、それ本人に言わないか? 金久保はそこなんだからさ」


 そう、決して盗み聞きしていたわけじゃない。

 千代のふたつ後ろの席だった、ちなみに和心とも近い席でもある。


「ひ、裕子ひろこ……ちゃん」

「……なに?」


 あくまでこれまで聞いていなかった体で接することにした。


「ぐ、グループに……戻りたい」

「はぁ、そもそも私は出ていけなんて言ってなかったけどね」

「でも、樹里ちゃんといられなくて寂しそうだったから」


 だから樹里といるのもやめたのか。

 哀れみ、ではないだろうな、優しいからだ。


「千代は知らないかもしれないけど、こいつは元々お喋りさんだったんだよ」

「日高からも聞いた」

「ふっ、そっか」


 こちらはずっと見てきている和心に視線を向ける。

 樹里の支えというわけではなく、千代の力が今回は多分に発揮されているというわけか。

 保健室にも何度も出入りしていたわけだし、千代姉弟に感謝しているんだろうなこの子は。


「ま、戻りたいなら戻ってくればいいよ」

「あ、ありがとっ」


 そもそも私は抜けろなんて言ってないのに……。

 しかも中心だったのは樹里ではなくこの子だ、だってこの子から始まったグループなんだから。

 安心したのか他の友達と盛り上がっている樹里の方へとたとたと走っていった。


「ありがとな」

「は? なんであんたが礼を言うの?」

「舘本は俺のことを名字呼びするいいやつだからだ、そいつが嬉しそうにしていたら嬉しいだろ」

「なんだ、だから告白を何回も断ってたんだ」

「ああ、仲良くもないのに名前で呼ばれたら気になるだろ?」


 そういうものかね、私は別に気にならなかった。

 名前になんか大して価値はない、それを呼ばれたぐらいでなにも問題はない。

 いきなり関係ない話ではあるが、悪口とかだって自分がいないところでなら構わなかった。

 どれだけ仲良くしようと不満は出る、樹里にだってたまに感じるぐらいだし。


「あんた樹里のことどう思ってんの?」

「最初は悪いやつだと思っていたな、荷物持ちなんてさせてたし」

「いまだってさせてんじゃん」

「いまのは違う、これは俺が進んでしていることだからな」


 だからなんで進んでするのかという話だよ。

 いままで1度も関わっていなかったのにいきなりがすぎる。


「でも、あいつにあったのは舘本と仲良くしたいという気持ちだけだったからな、そういうのは応援したくなるっていうかさ」

「へえ、あんたはいつも人を寄せ付けないオーラ出していたのに意外だね」


 千代は「よく見てるんだな」と微妙そうな顔をしていた。

 気持ちはなんとなく分かる、自分の周りにたくさん人がいるとマイペースではいられないから。

 昔から周りに合わせるというのが苦手だった。

 周りが盛り上がっていても楽しいと思えなかったし、周りが悲しくて泣いていても悲しいと思えなかった。

 そういうのもあってひとりでいた私に話しかけてくれたのが樹里だったのだ。


「金久保は? あのふたりといられて楽しかったか?」

「楽しいと思ったことはないよ、あのふたりがただ優しかっただけだしね」


 和心相手の時と違って明らかに気を使っている感じがあった。

 そういうのは特に嫌だった、だったら話しかけてこなければいいのにとすら思う。

 でも、ひとりでいると何故か馬鹿にされることが多かったから、その点については支えられていた。

 和心や樹里のグループがクラスで結構上位の存在であることも大きかったんだろうと考えている。

 その証拠に入ってからは馬鹿にされることもなくなったし、それどころか羨ましいとすら言われたこともあった。


「馬鹿、そんなこと言ってやるなよお前」

「なんで? じゃああんたは和心や樹里といられて楽しい?」

「たの……あれ、なんか違うな」

「でしょ?」

「でも、一緒にいて嫌な気持ちになることはないぞ」


 それは私も同じだ。

 ただ、仮に嫌な気持ちになっていても特に言わないと思う。

 人間はそういうものだと片付けて生活するような気がした。

 

「金久保、友達になってくれないか?」

「は? なんで?」

「お前と仲良くしておけばまた悪いことが起こった時に修復させやすいかなって」

「別にいいよ、面白くもない人間だけどね」

「そんなこと言うな、そんなのまだマシだろ」


 千代はわざわざこちらに移動してきてから「変態よりはな」と口にし笑った。

 こちらに差し出してきている手を握って、おかしなやつもいたもんだと内心で呟く。


「というかさ、どっちかを擬似彼女にしちゃえばいいんじゃないの?」

「最初は一緒にいることでそういう風に捉えてもらおうかと思ったんだがな」


 結局それができなくてあんなことをしたということか。

 自分にとってリスクが大きすぎる、そこまで告白されたくないもんなんだ。


「金久保はどう思った? 近づきたくないって思っただろ?」

「でも、結局あんまり効力ないじゃん、みんなだってもう大して気にしてないし」

「変態だからだろ?」


 唐突すぎる。

 これまでそういう趣味を仄めかしてきたならともかくとして、この人間が言うのは違和感があるのだ。

 

「それにこうして友達になっている人間がいるんですが」

「んー、それはお前があのふたりみたいに優しいからだろ?」


 優しい? 私が?

 あれが逆に素なんじゃないかと思えてきた。

 おかしいこいつは、そもそもこんなのに友達になってくれなんて言う時点でね。


「あんたにも原因があるんじゃないの、そういうこと言ってるから告白されるんだよ」

「それがな、告白してくる大抵の女子は1度も話したことすらない人間ばっかりなんだよ」

「あんたのことが好き」

「そんな真顔で嘘言うな」

「ま、嘘だけど」


 ま、ひとりぐらい男子と関わりがあった方がいいか。


「んー」

「まだなにかあんの?」

「お前のそのずっと真顔なところが気になるんだ」

「つまり笑ってほしいってこと?」

「ああ」


 そう言われても、全てのことをただ時間つぶしとして利用しているだけでしかない。

 自分ではどうしようもないことだ、いまさら誰かが来たところで変わらないと思うけど。


「んー、それならあんたが変えてみてよ」

「難しそうだなそれは」

「あのふたりにもできなかったことだよ」

「難題だなあ」


 ま、いつか諦めて去っていくんだろうけどね。

 別にそれでも追うつもりはないから安心してほしい。

 面倒くさいことにはならない、あ、関わっている時は面倒くさいかもしれないけど。


「あのふたりの件は解決したからな、次は金久保だな」

「あんたいちいち部活終わりまで待ってるんでしょ?」

「一旦帰るけどな、家事をしなければならないから」

「律儀な男だね、自分の言ったことを守って」

「最近は同じバレー部の奴が付きまとっているからな、見ておかなければならないからさ」


 付きまとっているという点ではあんたも同じじゃん。

 でも、樹里は信用して任せているというわけだ。

 ふぅん、なかなか見ていて飽きなさそうだ。

 少なくともいい時間つぶしとして利用できそうだった。





「樹里ちゃん、今日も一緒に帰ってもいいかな?」


 また……。

 やはり1度でも許可してしまうと気を許したと判断されてしまうのかもしれない。

 でも、断るとなにか言ってきそうだからできないと。

 あと、部活後だろうが距離が近いのが嫌だった。


「日高、待たせたな」

「…………」


 気になるのは彼についてもだ。

 なぜか裕子といることが増えたから。


「お前、まさか毎回迎えに来るつもりか?」

「ああ」

「なんでだよ」

「そういう約束だからだ。おいおい、俺がいるとなにか不都合なことでもあるのか?」

「ね、ねえよ、さっさと帰ろうぜ」


 女の子といようとするなんてそういう理由でしかない。


「今日はサーブ、良かったな」

「だね」


 先輩にもアドバイスされていたことだったから素直に変えた。

 失敗するよりも確実に決まるサーブの方がいいから、まずはサーブが入らなければ話にならないし。


「あ、もう分かれ道か、短いな」

「そう? 普通だと思うけど」

「……今日はなにかあったのか?」

「別になにもないよ、サーブも気持ち良く打てたしね」

「そうか……まあ、じゃあな」


 奥村くんと別れて残りを歩く。


「あいつ、丸わかりすぎだな」

「……そっちはどうなの?」

「は?」


 なんで急に興味を持つのか。

 や、寧ろ気になるのは裕子が受け入れていたことだ。

「あんたが変えてみてよ」なんて普段のあの子なら絶対に言わない。


「裕子だよ、なんで急に興味を持ったの?」

「お前らのことは解決できたからな、それに、金久保と仲良くしておけばまたなにかお前らの間であっても支えられるかもしれないだろ?」


 なるほど、そういう誘い方だったからこそ裕子も受け入れたのか。


「で、あいつへの対応はどうするか」

「別に普通でいいじゃん」


 特に変えようとしなくたって。


「いや、このまま放置していると問題になりそうだからな」

「ならないよ、裕子はいつだってマイペースなんだから」

「は? ちげえよ、奥村のことだよ」


 恥ずかしいっ。

 紛らわしい言い方しないでほしい。


「……心配しているフリとかいいし」

「はぁ、だったらこうして送ったりしないだろ馬鹿」


 ……でもやっぱりこの距離感は落ち着く、欲望丸出しじゃないって感じが。


「……それは自分が言い出したことだからでしょ」

「そうだな、自分で言ったことぐらい守れないとな」


 私も自分が言ったことを守って和心と仲直りした。

 そろそろ次の目標を見つける必要がある。


「好きとか言われて勘違いしたんじゃないの?」

「よく聞こえたな、教室は賑やかだったのに」


 途中から友達の話なんてなにも聞こえていなかった。

 それぐらい異常すぎたのだ、あの光景が。


「あの無表情娘を変えてやりたいと思ってな」


 確かに裕子は全く笑わない。

 面白くない? と聞いても「そう?」で全てを終わらせてしまう子。

 私でも気になっていたことだから気にしてしまうのはおかしくないかもしれない。

 でも、それをわざわざ千代くんがやる必要があるのか、ということだ。


「ま、1番の目的はお前らがギスギスした際のためだけどな」

「それって可哀相じゃない? つまり裕子には興味ないってことじゃん」

「そんなことはねえよ、2番目の目的が笑わせるってことだからな」


 結果的に言えばいま1番の優先対象ということじゃないか。

 裕子も裕子だけど、千代くんの方から動くってことが珍しいのに。


「……じゃあこんなことしている場合じゃないでしょ?」

「いや? これはお前がやめろと言うまで続けるぞ俺は」

「なんで? だって興味ないんでしょ?」

「別にそれでもいいだろ、暇つぶしになるからいいんだよ」

「暇をつぶすために利用されたくないんだけど!」


 自分で離れるのは嫌だと言っておきながら後悔しているんだ。

 彼と一緒にいるのが分かっている生徒からは同じく変態扱いされている。

 もちろんいまは冗談だろうけど、どこにどんな風に噂が広がるか分からない。


「それに千代くんといると悪く言われるし……」

「そうか、やっぱり耐えられなかったんだな」

「や、やっぱりって?」

「いや、同じような扱いをされたらお前では無理だと思ってたんだよ。だから俺はあの時、一緒に居づらいなら離れればいいって言ったんだ」

「な、舐めないでよ!」


 かあと全身が熱くなった。

 恥ずかしいからじゃない、ここまでの怒りが込み上げてきたのは初めてだ。


「気にしてるってことじゃねえか」

「……もう帰って! もうしなくていいから!」

「そうか、ま、奥村のことで困ったら言えよな」

「別にひとりで大丈夫だしっ、返してっ」


 ひったくるように取って残りを走った。

 家に入る前に後ろを振り向いてみたらまだ彼はいたままだったけど無視して中に。


「ただいま!」


 当然のように下に見られていたことがむかつく。

 偉そうにって振られた子達が言っているのを見た時はなに言ってるんだろうって思ったけど、いまならその気持ちがよく分かる。


「ちょっと、もう少し静かに歩きなさい」

「ごめん……」


 姉にもっともなことを言われて無理やり落ち着かせた。

 けれど内側はメラメラと良くない感情が燃えたままだった。





「樹里ちゃん、どうしたの?」

「……あ、ごめん、聞いてなかった」

「いや、どうしたのかなって」


 そもそも裕子に声をかけたのは私だ。

 あれはひとりでいるからこそ出る冷たさだと思っていた。

 でも、実際は違ったんだ、一緒にいても冷たいとすら感じてしまうぐらいだった。

 まず共通の趣味とかがなかったし、話題を出しても興味がなさそうにするから。

 そうしたら会話なんか広げられない、どんなにコミュニケーションに自信があろうがあれでは無理だ。

 仮に反応しても「へえ」とか「そうなんだ」とかって言うだけ、難しすぎて笑っちゃったぐらいだよ。


「和心は千代くんのことどう思う?」

「え? えっと、佳那恵先生と一緒で優しい人だって思うよ」


 優しいか、本当にそうなのかな。

 全部結局自分のためにしていたことだと思うけど。


「行かなくていいの?」

「忙しいようだしね」


 どうせ裕子と会話してたってなにも変わらないのに。

 出会ってからずっと一緒にいたのに笑った顔を見たことがない。

 問題なのは呆れたような顔や怒った顔すら見たことがないことだ。

 私がやらかしたと思って謝っても「どうでもいいよ」で片付けられてしまう。

 だから私は明るい和心の方に行くようにしていたんだ、色々な反応を見せてくれるだけで凄く嬉しかった。


「あんた馬鹿じゃないの?」

「そう言うなよ、偉ぶってるつもりもないぞ」

「私だったらまず間違いなく別れる方を選ぶけどね」

「そうもいかねえだろ、お前はドライすぎる」

「相手が嫌がってるんだからそうするしかないでしょ」


 相手が嫌がっているのなら別れる方を選ぶか。

 普通ならそうするよね、今日の放課後からはひとりになる。

 奥村くんへの対応を気をつけないと、甘いところを見せてはならない。


「拒絶されておきながらまだ続けるつもりなの?」

「……荷物持ちはどうでもいいが、あの野郎を放置しておくとちょっとな」

「樹里は怒ると思うけどね」

「別にいい、嫌われたって構わねえよ。それでそういう噂が出てくれれば好都合だからな」


 ああもう……そういう話はいないところでしてくれないかな。

 別に自分だけでもなんてことはない、ちゃんと対応すれば嫌なことも起こらないのに。

 結局子ども扱いっていうか、私は下に見られているんだ。


「ひとりになりたいってこと? 変わってんね」

「告白されないならいいことだろ」


 そのために利用されるのは嫌だ。

 変なプライドがあって面倒くさいと思われてもいい。


「ふざけないでよ! 私はもう終わりにしたはずでしょっ」


 自分でも驚くぐらいの大声が出て教室内が静かになった。

 それでも裕子は無表情で「もう少し静かにしな」なんて言ってきている。


「お前に用があるわけじゃない、奥村に用があるんだよ俺は」

「だから……ひとりで大丈夫だって!」

「心配していると思ってるのか? お前みたいな勝手なやつを?」

「いいから勝手なことしないでよっ」


 どうしても譲れないことだった。

 誰かに頼って解決してもらうのはダメだ。

 男を利用して男を遠ざけてるとか言われかねないから。

 いまだってギリギリなところなのにこれ以上は勘弁してほしい。

 というか、私が単純に馬鹿にしてくるこの人といたくないのだ。


「あんたそろそろやめておきな、これ以上すると面倒くさいことになるよ」

「本当にひとりで大丈夫なんだな?」

「そうだって言ってるでしょっ」

「そうか、なら諦めるわ」


 当たり前だ、余計なお世話なんだから。

 私は子どもじゃない、自分のことぐらい自分でできるんだから。

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