03
「なあ」
「……ん? ああ、樹里といたやつ」
舘本と日高間でなにも問題がなかったのなら警戒しておかなければならないのはこいつだ。
「一応同じクラスなんだがな」
「あんただって興味ないでしょ?」
「ああ、少なくとも昨日まではな」
彼女は意外なものを見るかのようでこちらを見た。
それから「そういうこと」と呟いて諦めたかのように両手を上げた。
「率直に聞きたい、金久保は舘本とどんな衝突の仕方をしたんだ?」
「そのためにわざわざ教室外で話しかけたんだ」
「聞かれたくないんだ、あ、答えたくないなら答えなくていい」
もう解決したのだから意味ないのだ。
でももし、舘本がグループに戻ることを決めた場合には意味があるものになる。
グループつったってたった元4人のそれだから、日高と金久保が納得すればそれでいい。
「……樹里があの子ばっかり相手するから嫌だっただけだよ」
「は? つまり嫉妬ってことか?」
「少しは遠慮してほしいって言っただけ、それ以上のことは要求してない」
いやいや、それでグループから抜けたのだとしたら舘本が考えすぎってことになってしまうだろ。
決してそれだけではない気がする、冷たそうだから言い方が刺さったのかもしれないな。
それかもしくは滅茶苦茶反省して抜けたのか、とにかく、聞いた情報だけで判断すればすごいなんてことはないような、冷たい感情はそこに含まれていないように感じた。
「それよりあんた、なんで樹里の荷物持ってんの?」
「そういう約束だからだ」
「ふぅん、物好きだね」
健気に続けている俺偉い。
ただそうしていると家事ができなくなるのが難点だった。
住ませてもらっている以上はなにかをしなければならないからな。
姉は俺よりも疲れてるんだから――あ、1回家に帰って家事をしてから出ればいいのかと気づく。
いままでそんな簡単なことに気づかなかった俺は馬鹿だ、今日から早速実行しよう。
「助かった、教えてくれてありがとな」
「別に、ただあったことを話しただけだし」
「ちなみにさ、グループに戻るって言ったら……」
「別に私はいいけど、樹里を独占するようだったらまた言うけどね」
「言い方に気をつけてやってくれ、本当にありがとな」
よし、これで問題もなくなった。
モテないようにする作戦は……なにも思いついてねえけど。
まあ、こいつらが仲良くしてくれていればそれでいいか。
「お、もう、どこ行ってたの?」
「なあ、どうすれば告白されなくなると思う?」
「うーん、彼女を作るとか?」
それができたら苦労してなどいない。
そう考えたら自分も結局非モテのようなものだ。
この先、自分のことを理解してくれる異性が現れてくれればいいが。
「誰か親しい女の子がいないとダメかもね」
「いないな、無理か……」
「探してみたら? 男の子と女の子は半分ずつぐらいなんだから」
そこまではしたくない、相手を利用するのはやっぱり駄目だな。
じゃあ告白したくなくなるようにしなければならないが、喋ってなくてもしてくるからな……。
実の姉に興味がある弟ということにしておくというのはどうだろう――なんてな。
物欲センサーみたいにそうなることを望むと逆にいっぱい来るから、告白こい! と願っておくか。
ふむ、というか、舘本も日高もこちらに興味がないみたいで助かっていた。
「授業始めるぞー」
髪の毛ぼさぼさで登校したり、靴が汚かったりみたいな、清潔感が感じられなくすればいい。
流石に汚ければ告白なんてしてこない、が、姉がいるから絶対にできないことだった。
だからやはり逆に願うことで頻度を落ちたかのような風に片付けるしかないか。
全ての授業が終わったらすぐに帰り、家事をし、また学校に戻ってきた。
「千代……さん?」
「よう」
律儀に待っていたらしい。
こうなってくると俺が必要なのかどうかが分からなくなる。
荷物持ち兼一応変なトラブルから守れるというところではあるが。
「舘本はグループに戻るつもりはないのか?」
「……そうですね、とりあえずは樹里ちゃんと仲良くできればいいと考えています」
「そうか、お、来たなあいつ」
今日も汗だくのようだ。
タオルで拭いているのに滅茶苦茶出てきてる。
「んー、止まらないなあ」
「1度水道で洗ったらどうですか?」
「そうだね……そうしようかな」
まさか緊張しているとかでもないだろうし分からないな。
部活までは汗もかかずに楽しそうに生活しているから多汗症というわけでもないだろう。
つまりこれはやはり心理的なものか、友達に臭いと思われたくないという考えから止まってくれと願うものの逆効果になってしまっているみたいな。
「おい、これ飲め」
「え、なんで急に?」
「ちゃんと水分補給しろ」
「あ……ありがと」
帰るとなったらもう余計なことは話さず荷物を持って追うことだけに専念する。
途中人とすれ違っても疑いの目を向けられることはなかった、この距離感だったらまず間違いなく本人達が気づいて雰囲気に出すはずだからな。ふたりは依然として楽しそうに歩いているのだ、問題があるとは他者だって考えないはずだ。
「着いたぁ……お腹減ったぁ」
「ふふ、食いしん坊さんですね」
「しょ、しょうがないでしょ、スポーツしてるんだからあ」
すぐに解散とはならなかった。
律儀に待っていた自分もなんだが、舘本が家の中に入ってから日高が話しかけてきたのだ。
「いつもありがとね、でも、嫌ならもうしなくてもいいよ」
「は? 俺がいつそんなこと言ったんだよ」
「だ、だってさ、和心を助けるためにしてくれてたんでしょ? だからもうそれは解決したのにする理由もないと思うんだけど……」
別に本人がいらない、やめろ、どこか行けって言えばやらないさ、そこまでMじゃないからな。
でも、別に嫌だとも思っていない、家事だってしてきたし放課後は暇だから。
「自分で口にしたことなのにすぐ破れるか、お前は大人しく持たせておけばいいんだよ」
「や、私は楽でいいけどね、帰り道も楽しいし」
「じゃあいいじゃねえか。お前感謝しろよ、佳那恵のおかげで舘本といられているんだから」
全てではないが確実に影響している。
直接的に力を貸さなかったかわりに、ああいう形で舘本に力を与えた。
不安な人間からすれば相談して答えてくれるというだけでありがたいものだ。
姉が人気な理由が分かった気がした、こんなことは絶対に言わないがな。
「ぁの……そのバッグを返してください」
「ほらよ、さっさと言えばいいだろうが」
そんな俺が奪っているみたいな言い方をされると困る。
だってこの中にはそれこそ汗まみれのシャツが入っているんだろ? それには興奮できないだろ。
いっそのこと俺も朝練に雑用係として参加させてもらって汗まみれになるか?
「ね、ねえ、臭くない?」
「は? んー、別になんともない、これからもちゃんと水分補給しろよな、じゃ」
寧ろ真面目にやっている証拠だ、褒められるべきことだと思う。
だから臭いとか言う人間達がいたら俺がいい匂いだと言い続けてやろう。
「あ、それでいいじゃねえか!」
「ひゃっ!?」
「これから俺が毎日お前のことをいい匂いだって言ってやるよ!」
匂いフェチってことにすれば変態扱いして近づいて来ない!
「そ、それは恥ずかしいかなぁ……」
「ま、とにかく大丈夫だから安心しろ、それじゃなあ」
なかなか勇気のいる作戦だがこれしかない。
できるだけ噂を広めてくれる方が助かるから言うなら教室でだ。
結局利用するようで悪いが諦めてもらおう。
「ただいま」
家の中にはいい匂いが漂っていてそんな緊張もどこかに飛んでくれた。
「教室の女子達よ、お前らは今日もいい匂いだな! やっぱり女子高生はいい匂いでいいなあ!」
教室の中央でそう高らかに叫びました。
もちろん、教室内はすぐにざわめき始めた。
「せ、千代、いきなりどうしたんだ?」
「ん? ああ、お前もそう思わないか?」
「確かに悪くはないが……そんなこと言う奴だったか?」
俺だって言いたくねえよこんなこと。
別に臭くないというだけでいい匂いって感じもしないし。
つか、積極的に嗅いでいるみたいで気持ち悪いだろ?
「俺は匂いフェチなんだよなあ、特に女子が汗をかいている時なんかが――」
「ちょっと黙ってっ、教室から出るよ!」
痛え……顔面をぶん殴るようにして押さえなくてもいいだろ?
俺は一応お前のために動いたって言うのに……これこそ恩を仇で返されたってやつだろ。
「な、なに言ってるのばか!」
「いや、臭くはないだろ?」
「そうだけど……男の子が教室で言うには問題があるというか……」
「そう! そこだそこっ、俺は問題があるんだよ! だから告白されるのはおかしいだろ! いまだってお前を見ていると嗅ぎたくな――痛え……叩かなくてもいいだろうよ……」
「叩いてないよ!」
実際そうだけどよ。
なんだかんだ言っても大変だから嫌なんだ。
そこでこの作戦だ、変な奴にはまず間違いなく女子は近づかないからこれが最高だろうに。
「あのなあ、告白されるのも困るんだぞ?」
「されたことがあるから分かるけどさ、だからって変なこと言うと噂だって……」
「別にいいぞ、変態扱いされようがな」
それで告白されなくなるのなら願ったり叶ったりだ。
俺の願いはただそれだけなんだ、他に優先されることはもうない。
「そうしたら私が一緒に居づらいでしょ! それに和心にも悪い影響が出るし」
「じゃあやめればいいじゃねえか、一緒にいるの」
「は?」
「いや、目的も達成できたんだからいいだろ別に」
結局この作戦に俺は彼女を利用していない。
教室で堂々と日高と言うつもりだったが、直前に女子全体に対象を変えたのだ。
単純に俺と居づらいということなら関わらなければいい、また言うが目的は達成できたんだからな。
「居づらいなら戻るわ」
「え、待っ――」
「ん? なんだ?」
「あ……なんでもない」
「そうか、ま、今日までありがとな」
もう進んだ以上、後戻りはできない。
なるべく広げてくれればいい、どうせ後に後悔するのは自分なんだからいいだろ。
誰かのせいにしようとしているわけではないんだからなにか言われる謂れはない!
「千代、お前男だな……」
「だろ?」
こいつ、話しかけてきてくれていい奴だな。
確か舘本のふたつ前の席の奴だ、今度名前を調べておくことにしよう。
授業中も視線を集めているような気がした、そうだ、俺は匂いフェチだからな。
それは休み時間になっても同じこと、用があるなら来てくれればいいんだがな。
「千代さん」
俺が親だったらまず間違いなく泣いていた。
教室でも物怖じせずこんな奴に話しかけられてすごいと。
「おいおい、いいのかよ? 俺は匂いフェチなんだぜ?」
「あの、千代さんだけ出してない課題のプリントがありまして」
偉い、仕事のためなら嫌な相手にもこうして丁寧に対応できるなんて。
「いつも忘れてて悪いな」
「いえ」
放課後まで結構大変だった。
なにかを言いたいくせになにも言ってこないというのは精神が疲れるって分かった。
自業自得だからどうでもいいが、疲れるのだけは勘弁してもらいたいな。
もう陰で悪口でもなんでも言ってほしいものだ、そうすりゃ気にしねえからよ。
「待ってっ」
「おぉ、なんだ?」
「ぁ……きょ、今日で終わりってことなの?」
「そりゃ、居づらいならそうだろ、お前次第だからな」
夜にそんなやつとふたりきりでいたらそれこそ噂になる。
そうしたら今度は日高が自由に言われる番だ、多分耐えられないだろうし選ばない。
「それはやだよ、今日も待ってて」
「そうしたら嗅ぐぞ?」
「どうせ嘘でしょっ」
「嘘だが。お前が昨日汗の話をしたから利用しただけだ」
しゃあねえから家事してからまた学校に来るか。
「樹里ー、早く部活行くぞー」
「あ、はい!」
「って、樹里……あんた変態といるのね」
「え、あ、違いますよ、変態じゃないですよ彼はー」
先輩にも情報がいっているようでラッキーだ。
そう、普通は変態を前にしたらああなるんだ、だからこれから告白するやつは変態ということになる。
そういう危ないやつがいなければいいと願いつつ家へ。
「……たまには出来たてを食べてもらいてえなあ」
今日は早く帰ってこい!
と、願い続けた結果、19時に帰ってきてくれた。
ちょうど出来た頃だったので食べてもらっている間に学校に急ぐ。
で、校門のところまできたとき時のこと。
「じゅ、樹里ちゃん、だ、誰か待ってるの?」
「え? あーうん」
必死な感じの男子くんと、適当な返事の日高の会話が聞こえてきた。
「お、俺も一緒に帰ってもいいかな?」
「え、方角同じなの?」
「た、多分だけど……」
「うーん、ごめん」
相手を全く知らないならそういう反応になるのはやはりおかしくないんだ。
だから俺のいままでの対応はなにも間違っていないことが証明された。
「い、いや、でもさっ」
「あ、千代くんっ」
これはなんとも……俺が昼間広げたあれのせいで良くないことが起こるのでは……。
「もうっ、今日は19時で終わりだったんだからね!」
「そりゃ悪い、たまには佳那恵に出来たてを食べさせたくてな」
「あ、そういえば家事してたんだっけ、それならしょうがないね、許してあげます」
「そ、そりゃありがとう」
俺が気になって後ろを見たらなにかを言おうとしているところだった。
「お、お前は匂いフェチの変態じゃねえか!」
面倒くさいことになるから日高に絶対になにも言うなと念押ししてから近づく。
「えっと、おま――君は何年生だ?」
「同じ2年だ!」
「で、日高を誘いたかったのか?」
「そうだっ、同じバレー部としてな!」
なるほど、これは変に拒んだりすると面倒くさいことになりそうだ。
が、変に受け入れすぎても調子に乗らせる結果となってしまう。
「よし、帰るか」
「え、やだよ、変態となんて」
「いや、お前はあくまで日高と帰るだけだ、俺はその後ろを付いていくだけだから安心しろ」
「待てよ、なんで変態も付いてくるんだっ」
「おいおい、早くしないと日高が腹空かせてるんだぞ? しかも俺もそっち方向なんだよ」
「ちっ……邪魔するなよな」
しねえよ、変なことしなければな。
どうやら今日は舘本はいないらしい、それなら対応もしやすくていい。
どちらにも意識を割くのは大変だからな、明日礼でも言っておくことにしよう。
「樹里ちゃんはジャンプサーブの時、ボールを高く上げすぎだと思うんだよ」
「あ、それは私もたまに思うかな」
「だろ? だからもう少し下げていいところで打てた方が威力も高いと思うんだよ」
真面目にバレーの話をしてらあ。
いやでも一応見ておかないとな、不必要そうだったら邪魔する必要はないと片付けるつもりだ。
「あ、俺こっちなんだよ」
「そうなんだ、じゃあね」
「樹里ちゃんの家ってどこ?」
がっつくと警戒されるぞ。
さっきから微妙に冷たいことが分かってねえのか?
「ここの近くかな」
「今度遊びに行ってもいいかな?」
「千代くんも含めてならね」
「そ、それでもいいから、それじゃあ」
下手に拒んだりすると怖いと日高も分かっているんだろう。
奴が向こうへ行って数十秒経過した頃、日高が歩きだした。
「ばか、千代くんのばか」
「悪かったよ、でも、変に拒んだりするとさ」
「うん、私のことを考えてくれただろうことは分かったよ」
なにをするのか分からない怖さがある。
俺を対象にしてくれればいいが、どうなるのかは分からないからな。
同じ部活というのもまた問題なところだ、これは送るのを継続しなければならない。
つか俺が原因でもあるんだけどな。
「あの子……あんな感じで部活中とかも近づいて来るんだよ」
「先輩とか頼ったらどうだ?」
「先輩は面白がって助けてくれないもん……」
「午前中はあんなこと言ったが、これからも続けるぞこれ」
逆効果になりかねないのが怖いところではあるが。
だからって金久保や舘本に任せるのは違うだろうし……。
「ほんと?」
「俺が言い出したことだからな、変態と一緒でもいいのならだが」
「え、嘘だよね?」
「いや、汗をかいた後のお前を見てると――だ、だから殴るなって……」
「あ、有りえないからっ、早く帰りなさい!」
「おう、それじゃあな」
これ以上はセクハラだからやめておこう。
腹減った、さっさと帰って飯を食おう。