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01

会話のみ。

ワンパターン。

 世の中には仲良くもないのに気軽に名前で呼ぶ人間がいる。


「りゅ、隆生くんのことが好きなの」


 学ばないこいつらに辟易とする。

 せめて俺と対面する時ぐらい名字で呼べばいいものを。


「消えろ」


 でもしょうがないか、安易に名前呼びするお前らが嫌い、だとは言っていないのだから。

 というか単純に好き好き言いすぎだ、話したことだって1度もないのに。

 その好きがどういう好きなのかすら本人が分かっていないんじゃ意味がないだろうが。


「くそぉ……適当に告りやがって」


 理由がどうであれ残念そうな表情を浮かべられるとうっ、となる。

 だったら消えろ、なんて冷たいことを言わなければいいという話になるが、変に期待を持たすよりいいと考えてずっとしていることだった。

 生意気だとか言うやつも多い、何様、調子に乗ってんじゃないのと手の平を返すように。

 だからなるべく女子とはいたくなかった、男子からも何故か恨まれるしいいことないし。


「ぁの」


 どうしてそれでも告白してくる人間がいるのか。

 それでも私だったらって打算で動いているのだろうか?

 その積極性だけは俺にはないものだから素晴らしいとは思うが。


「ぁの」


 急にゾワッと嫌な感じがして慌てて振り向く。


「ぃたっ」


 どうやら限りなく近くにいたようで肘が当たってしまったようだった。

 鼻血が出てる……こちらも悪いから保健室まで連れて行くことに。


「隆生くんはここが好きだねえ」

「……名前で呼ばないでくれ、それよりこいつ見てやってくれないか?」

「了解! ん? あらら……鼻血が出ちゃったんだね」


 あのゾワッとした感じは背中に触れられたからか。

 いきなりそういう接触は勘弁してもらいたいものだ、何故か普通にしていただけでボコボコにされたことがあるから急襲は怖い。


「ぁの」

「……謝らないぞ、お前が急に背後から来たのが悪い」

「……そ、袖に」


 ん? あ……なんで俺も抱いて運んだんだ。

 養護教諭を連れてくれば良かったものを、やっぱり女子といるといいことはなにもない。


「ここ借りるぞ」

「はーい」


 すぐに水洗いでもしておけば落ちるから問題ないが。


「……ご、ごめんなさぃ」

「は?」

「ちょっと、意地悪しちゃダメだよ」

「いや、声が小さすぎて聞こえなかっただけだ」


 そもそもあの距離にいたということはなにか用があったってことだよな?

 ぶつかっていなかったらなにを言われていたのか、まさかこいつも告白? ねえな、そんなの。


「千……代さん」


 ほう、名字で呼んだのは合格だ。

 久しぶりに自分の名字を聞いた気がする。


「だけが……プリント、出してなかったから」


 は? プリント……あ゛……あいつのせいだ!

 慌てて鞄から取り出して押し付けるように渡した。

 たったそれだけで倒れそうになる舘本和心わこ

 こいつはあれだ、いつも教室の隅でびくびくしているやつだ。

 悪口を言われたりもしている、根暗だとか、地味子だとか。


「そのためにわざわざ隆生くんを追ったの? 出さなかった人が悪いで片付けておけばいいんだよー」

「そ、そういう……わけには」


 普段なら怒るところだが実際その通りだ。

 出し忘れた奴のことなんて放っておけばいい、後悔するのは忘れた奴らだからな。


「だって……出しておかないと千代……さんが困ってしまいますから」

「可愛い」

「え……?」

「可愛い! こんな子なかなかいないから新鮮だよぉっ」


 はぁ、駄目だこいつ、もう辞めた方がいいと思う。

 実はこいつ、俺の姉だったりする。

 意外と人気がある、男女別け隔てなく(先生なんだから当たり前)接してくれるからいいみたい。


「えっとー」

「舘本和心、俺と一緒のクラスだ」

「そう! 和心ちゃんっ!」

「ひゃっ」


 対応が下手くそだ。

 こういうタイプは大きい声を出したりすると萎縮して駄目になる。

 なんでこんな姉が人気なんだ? それが全く分からないことだった。


「……鼻、大丈夫か?」

「ぁ、はぃ」

「そうか。佳那恵かなえ、後は――」

「佳那恵先生、だよ?」


 こいつはこれに拘りすぎている。

 弟が呼び捨てで呼んでなにが悪いと言うのか。

 

「……佳那恵先生、後は頼んだぞ」

「はーいっ、お家に先に帰っててねっ」


 元々そのつもりだった。

 強気に出られないのはこいつの家に住ませてもらっているからだ。

 佳那恵が俺に来てほしいと言った瞬間に住むことが確定した。

 両親はこいつに大甘なのだ、だからってこちらには厳しいとかじゃないから構わないが。

 ただ、なんでこうなったのは分からない、実家が近くにあるのになんで。

 まあいい、今更なにを言っても変わらないから家事でもしておこう。


「買わねえとなんにもねえな」


 なんで俺もチェックしてから学校に行かなかったんだ。

 仕方がないから買い物に行くことにした。

 その途中、ちびちびと歩く舘本を発見したが無視。

 食べたら腹が膨らむだろうなあって感じで揃えて、4日分ぐらいは購入しておいた。

 帰宅したら予定通り飯作って待っているだけ。


「遅えなあ……授業をやるわけじゃないのになんで遅えんだ」


 かっくんかっくん俺が本格的に寝そうになった頃、あいつは帰ってきた。


「隆生くん!」

「……抱きつくな」


 俺の腹ぐらいまでの身長しかないから子どもがじゃれているように見えるか?


「わぁっ、美味しそう!」

「大袈裟だ、食うぞ」

「いただきます!」


 はぁ、ねみぃ。

 告白されたりすると精神的に負担が大きい。

 おまけに家に帰ればこのやかましいのと寝るまで一緒だ。

 狙ったかのように寝室はひとつしかないからな。


「和心ちゃんから聞いたよ、また告白されたんだって?」

「ああ、なんで告白なんかするんだろうな」

「それは隆生くんが格好いいからですっ」


 見た目が悪いとは思っていないが、そこまでではない気がする。

 俺が周りに勝っている点はこの身長だ、188もあればそりゃ目立つな。


「でも、隆生くんを好きでいるのは私だけでいいんだよ」


 と、まじな顔で言うから怖い。

 できるだけ一緒に寝たくなんかないが、逃げようが意味はない。

 ただお互いに寝る場所が変わるというだけ、だったら大人しく寝ていた方がいいだろう。


「洗い物は私がやるから置いておいて」

「そうか、なら風呂に行ってくる」

「うん、ごゆっくり」


 真面目なところがないわけではないから憎めないのだ。

 これさえ作戦、演技でいてくれたのならもう少し対応が楽にできていいのに。


「ふぅ……」


 女子といるのが嫌なのってきっと佳那恵の存在もあるんだと思う。

 ただでかいというだけで告白されていたらたまったもんじゃないな。

 舘本とか無縁そうでいいな、悪口を言われるのは嫌だろうが。

 適当なところで出てリビングに戻ったらすぅすぅと佳那恵が寝ていた。


「風邪引くぞ」


 明日が休みだったりすると平気で風呂に入らないやつだから部屋まで連れて行く。


「んん……」

「布団で寝ろ」

「うん……」


 ま、授業受けたり部活やったりするだけの生徒より疲れるだろうしな。

 あ、これか、こうやって運ぶことが多いから当たり前のように舘本を抱いてたんだ。


「隆生くんと寝たい……」

「どうせ隣だろ、さっさと寝ろ」


 特になにもない部屋の畳の上に布団を敷いて寝る毎日。

 これが意外にもよく寝られるのだ、最初はベッドがないと無理とか考えていたんだがな。

 畳なのが逆にいいのかもしれない、寝相が悪くても問題もないだろうし。


「なに笑ってんだ」

「だ、だってさっ、和心ちゃんと初めてたくさん会話できたから!」


 あいつが? 佳那恵の勢いに圧倒されて「あ……」とか「う……」とかしか言えなさそうなのに。

 でもまあ、人気ということはそういうのを引き出すのが上手いということなんだろう。

 保健室の天使とか言う奴らの意見には同意できないが、嫌な気分にさせられることは少ないと。

 

「せっかく運んでくれたけどお風呂に入ってこないと」

「明日休みだろ?」

「午前中は部活動があるから学校にいないと」

「忙しいな……ま、頑張れよ」

「うん! だから手を繋いで寝よう!」


 寝よう、明日は休日だからいつまでも寝られるから最高だな。




 問題なのは寝る以外にやることがないことだった。

 自分の分だけだったら飯とかも作る気が起きないし、掃除とかだって普段からしてあるから問題。

 だからって外に出ようとする気も起きない、そうするとこのあまり広くない家で暇を持て余すことになってしまう。


「……は? 舘本を連れて行くから飯を作っておけ……って、生徒を連れ帰っていいのかよ」


 どうせやることがなかったから助かったが。

 作ってから20分ぐらい経過したぐらいに佳那恵が帰ってきた。


「ぉ邪魔します」

「緊張しなくていいからねっ」


 なんかこれから良くないことをするおっさんみたいだな。

 あと、舘本は話し始めが小さすぎる、逆に才能だろうあれは。


「あれぇ? 隆生くんがご飯を作ってくれていたよ!」


 白々しい、なんなんだこいつは。

 というか、休日なのに舘本も学校に登校していたのだろうか?

 それこそ学校があまり好きそうではないから休日は引きこもっていそうなのにな。


「な、なんで……千代さんが」

「こいつ、姉貴だからな」


 家に先に帰ってろって発言、姉弟でもなければ不味いだろ。

 あー、なんかこいつにも理由がある気がした、まあ悪口を言うやつらの方が悪いのは確かだが。


「あらら、固まっちゃった」

「舘本も落ち着かねえだろうから散歩でもしてくるわ」

「うん、気をつけてね」


 甘い物でも買って帰ろうと決めた。

 あいつは名字呼びをしてくれる貴重なやつだ、できることなら普通に話せるようになりたい。

 学校でもあの様子だと苛めているように見られるだろうし、最初はこういう形でやるしかないとなと。

 ショートケーキを買っておけば大丈夫だよな? これほどでシンプルで好かれているものはないと思う。


「ただいま」


 やけに静かだから帰ったのかと思ったが、靴はあるから中にいるのは確かなようだ。

 

「おかえり」

「おう――って、舘本寝ちゃったのか」

「うん、やっぱり慣れないところは疲れるみたいね」


 恐らく姉のハイテンションが1番の影響だと思うが。


「ショートケーキ買ってきたから食べろよ」

「わぁ、ありがとうっ」


 疲れたのだとしてもよく寝られたな。

 急いで家に帰ろうとしたりはしなかったのか?

 

「あれ、ふたつだけ?」

「ああ、佳那恵と舘本の分だけだ」

「むふふ、優しいねえ」

「お前が迷惑かけてるからな。いいか? お前が迷惑をかけると弟の俺が責められるんだからな、これからはしっかり考えて行動してくれよ」


 実に無害そうな寝顔だ。

 教室では下を向いてばかりでまともに顔を見たこともなかったが、地味ってほどじゃない。

 おどおどとした性格がなにもかも暗く見せてしまっているだけなんだろう。


「……ぁれ、ここは……」

「おはよう」

「ぁ!」


 慌てて立ち上がろうとしたことで膝枕をしていた姉の額に頭をぶつけて痛そうにしていた。


「す……みません」

「だ、大丈夫だよ、私は痛いの結構好きだからっ」


 やべえ姉はスルーしてケーキを渡す。


「食べろ」

「ぇ……っと」

「舘本のために買ってきたんだ、食べてくれないと困る」

「じゃ、じゃあ……」


 緊張するだろうからとなるべく遠い場所に俺は座った。

 適当にテレビを点けて見ておくことにする、静かだと気になるだろうし。

 ただまあ、つまらない番組しかやっていないのに見ているのは苦行だ。

 

「和心ちゃんはなにが好きなの?」

「私は……モンブランが好きです」

「おぉ、美味しいよね」

「か、佳那恵先生はなにが好きですか?」


 おぉ、意外と普通に会話できるのか。

 それともこれが姉の力なのか? そうだとしたら素晴らしいと褒めてやりたいところだが。


「私はね、隆生くんのことが好きですっ」

「そ、それって……」

「そう! 私達は相思相愛っ」


 ……舘本がいる前で罰を与えるのは不味い。


「違うからな? 舘本は気にせず食べてればいい」

「は、はい」


 だから姉の口を押さえて止めるという方法しか取れなかった。

 問題なのはこういうことをしていると興奮してしまうというところ。


「それと舘本、敬語じゃなくていいからな、俺らは同級生なんだから」

「……ぅん」


 学校では絶対にできないことだから姉に感謝しなければならない。

 が、その姉は転んで変な顔をしているので後にすることにした。

 なんで姉に捕まったのか聞いたら、想像通り学校に登校してきていたみたいだ。

 しかも姉に用があったらしい、実はお喋りがしたいお年頃なのかもしれないな。


「千代さんはその……」

「なんだ?」

「よく告白……されてるよね」

「ああ、そうだな」


 今年に入ってから消えろと言った回数は20回ぐらい。

 全員名前で呼んでくるからと言うのもある、名字で呼んできたら悪いって言って断るんだが。

 

「す、すごいね」

「なんにも凄くないぞ、佳那恵なんか学生時代1年間で100回告白されたぐらいなんだぜ?」


 全て姉情報だから本当かどうかは分からない。

 でも、モテるのは確かだった、それがいまも影響している可能性がある。

 クラスメイトの奴らがただ姉に会いたいというだけで保健室に行ったりするからだ。

 

「ぇ、姉弟で……すごい」

「和心ちゃんは告白されたいの?」

「……興味があります」

「そうだよね、女の子だもんね」

「でも、昔から全然縁がなくてですね……」


 人見知りタイプか、少し慣れたらあくまで普通に話せると。

 これは本当に助かる、あの教室で落ち着いて話せる人間がいてほしいのだ。


「いい子が見つかるといいね!」

「でも、もう高校2年生なのにこれですから……」

「えぇ、そんな弱気じゃダメだよー」

「それに、なにをどうすればいいのかが分からなくて」

「いい方法があるよ? これだって人を決めて毎日一緒にいてみればいいんだよ」

「あ……教室ではひとりなんです、友達と呼べるような人もいなくて……」


 他クラスに仲がいい女子がいるというわけでもなかったようだ。

 それなのによく耐えていたものだと思う、教室では味方もいなかったのに。

 

「ふむ、それなら友達から作らないとね」

「どうすればできますか?」

「挨拶を頑張ってみるとかかな、話しかけてくれたらこっちからもって気分になるでしょ? でも、一言も発しないでただいるだけだと、話すのが嫌かもしれないって判断しちゃうかもしれないからね。私みたいな大人とするのとは違うから」


 最悪、1度も関わらないまま終わってもなにも不都合はない、そういう人もいたなあで終わる話だ。

 だからこそ興味を持ってもらうしかない、それかもしくは、話しかけたくなるように仕向けなければならない――が、舘本にとってはそれは厳しいだろう。


「でもね、結局のところ和心ちゃんが頑張るしかないんだよ。困ったら相談してくれたらいいけど、私も隆生くんもただ見ているだけしかできないからね?」


 実際その通りだからそんなこと言うな、なんて言わなかった。

 興味があるのならまずは友達を作らなければならない、友達といればイメージだって良くなっていくし。

 問題があるとすれば彼女を悪く言っているのが同性というところだろう。

 そのため、異性と、ということことになるが、いきなり男子と仲良くしようとするとまた文句を言われる可能性も出てきてしまうわけで。


「が、頑張ってみますっ」

「うん!」


 俺なりに見ておこうと決めた。

 名字呼びしてくれる貴重な女子だ、仲良くなっていければいいな。

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