第9話 逃がしはせんぞ!
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前回の害獣たちと戦闘に入った部分から書き直し修正しました。
長くなってしまいましたので、今回更新分とに分割しました。今回は初戦闘後半部分です。
前回からお読み直ししていただくといいと思います。
ブモオオオオオオオッ!
怒りの炎を瞳に灯した巨大シカの雄叫びが辺りの空気を震わる。
「ひいいいいッ!」
五郎を案内してきた猫耳っぽい耳の少女が恐怖に頭を抱えてうずくまった。
細長い尻尾が丸まっている。
「くっ! デバフか! 恐慌付与の雄叫びってやつかよ! やっぱ、ただのシカじゃねえんだな魔物ってやつだな!」
荒い言葉遣いでひとりごち、五郎は自分が猫耳少女のような恐慌状態に陥っていないことに安堵して銃を構えなおす。
ヲタクという言葉ができる前からヲタクをやっている五郎は、当然のことながらRPG系の知識も豊富だった。
それは、五郎と同年代の人間の一般的な感覚としては何の役にも立たないまったくの無駄知識であり、そんな知識を口にすることは嘲笑の対象でしかなかった。
そんなRPGや漫画アニメの知識を吸収する行為というのは幼児期のごくごく一時期にかかる麻疹のようなものであり、少年期から青年期に入ったら『卒業』しているのが五郎の世代の人間の常識だった。
だが、五郎のような筋金入りの趣味人たちは『卒業』せずに、今現在に至るまでそういった無駄の中にどっぷりとつかっている。
ヲタクという言葉は、もともと、そういった趣味の世界にいる人間たちを差別し侮蔑する言葉だった。
ぶるるるるるッ!
巨大なシカが鼻息を荒くして頭を下げ、闘牛の牛がそうするように前足で地面を引っ掻いた。
(あんなのに突っ込んでこられたら、ダンプにはねられたみたいになっちまいそうだ)
五郎はダンプトラックにはねられた自分を想像して、背中に粘り気のある冷たいものが流れるのを自覚する。
ぶるるるるッ!
シカが肩から上を下げ、クラウチングスタートのような姿勢をとる。その鼻息が一層荒くなったのがわかる。
「ならッ…こうだッ!」
五郎はグリップを握った右手の親指で射撃方式切替器を操作して、単発射撃から連続射撃に切り替える。
再びシカの眉間をホロサイトに捉え、引き金を絞った。
強烈な反動と轟音。
だが、今度はそれが何回も連続していた。
ホースで水を撒くように弾丸がシカの眉間に向かって発射されたのだった。
一発一発は豆鉄砲のような威力でも、連続して同じ場所に何十発も着弾すれば、それはかなりの破壊力を発揮する。
ブギャアアアアアッ!
シカが悲鳴を上げ、頭を振ってガスブローバックエアガンM4カービンから湯水のように発射されるBB弾から逃れようとする。
実銃のようにうなりを上げてBB弾を撒き続けるM4カービンの引き金を引き続けながら五郎はじりじりとシカに近寄ってゆく。
ガキンッ!
という、金属的な音とともに、射撃音が止まる。
その隙を逃すまいとシカは踵を返そうとする。
「逃すかッ!」
五郎は弾倉を引き抜き左腰に着けた使用済み弾倉入れ(ダンプポーチ)に放り込んで胸の予備弾倉入れ(マガジンポーチ)から新しい弾倉を引き抜き交換する。
銃の左側にある遊底止め(ボルトストッパー)を開放して薬室に弾を送り込みフルオート射撃を再開する。
ぎゃひっ……ぎゃひいいぃん!
シカが逃走に移るよりも五郎の弾倉交換と射撃の再開が早かった。
「逃がしはせん…逃がしはせんぞ! おおおおおッ」
少年の頃に見て多大な影響を受けたロボットアニメの中ボスキャラの名台詞をアレンジして呟く。
ぎゃひいいいッ!
そうして、弾倉三本を消費したところでシカの脚がもつれた。
「ぃよしっ! 通った!」
と、五郎が叫んだと同時にシカの頭蓋骨が吹き飛んで血飛沫と脳味噌が飛び散る。
そして、シカの巨体が地響きを立てて崩れる落ちたのだった。
「ぃやったぁっ! やったよ狩人さん! グランアングーラをやっつけたよ! すごいよすごいよおッ! こいつが出ると畑がいくつも台無しになるから大変なんだ! 狩人さんすごーいっ!」
「はあッ……グランアングーラ? それがこのシカの名前? なるほど、いかにもグランデなシカだよな」
キャベツ畑に倒れ伏した象ほどもあるシカを見る五郎は、大きなため息をついた。
きょろきょろと見回して、カラスやサルもいなくなったことを確認する。
「……いったい何が起きたっていうんだ?」
五郎は象ほどもある巨大なシカを打ち倒したM4カービンに視線を落とす。
「いったい何が起きた? エアガンが実銃のような威力の弾丸を発射したんだよな?」
破裂した頭から血を流しながら倒れているグランアングーラと呼ばれる巨大なシカとM4カービンを交互に見つめる五郎。
その瞳には、この現象への戸惑いとこの現象への禁じ得ない歓びが混じり合っていた。
(ああ、そうだ、このハイダーはいらないよなぁ…耳がぶっ壊れちまう……)
五郎は発射音拡声機能を持ったラッパのような形をした銃口部部品を取り外そうとぼんやり考えていた。
(本物を耳栓無しで撃ったときみたいだ)
実銃のような発射音の影響でジンジンする耳の穴に指を入れグリグリと回す。
銃ヲタの中にはグアム島や、アメリカ本土に渡って実銃の射撃を体験するものがいるが、五郎もまた、長年のコレクター生活の中でそういった体験を持っていた。
(あと、耳栓がいるなあ……どのダンボールに入ってるんだろ)
コレクションの一端で昔購入した米軍放出の耳栓や、自衛隊用品を売っている店で買った自衛隊員御用達の耳栓を思い出す。
それらは日常生活ではほとんど用途がないものだったが、ミリタリーコレクターというものは得てしてそういったモノを収集する業を持っているものだ。
そんな五郎の後ろ姿に、農場の皆の喝采が降り注いでいたことを五郎はこのとき気が付いていなかったのだった。
五郎と五郎の銃に何が起こっているのでしょうか?
そこいらへんの種明かしをしつつ、次回は農場から近くの町におっさんサバゲーマーがお出かけします。