第8話 これ、玩具の銃だったはずなんだけどな
「なんですって!? あーん、こないだ冒険者さんに依頼して手痛い目に合わせたじゃない? サルはともかくシカはしばらく来ないと思ってたわ!」
ヒルダが両手で頭を抱え地団駄を踏む。
どうやら、五郎の仕事が早速来たようだ。
ヒルダが長い耳を羽ばたかせるようにヒクつかせ、五郎を振り返る。
「ゴローさん、早速ですがお仕事です!」
昭和の村役場職員を思わせる黒縁メガネに阻まれ、その視線がどんな色を帯びているのかは分からない。
だが、五郎が、その職務を全うすることを期待していることだけは伝わってくる。
「了解ッ!」
五郎はヒルダの下令に了承の意を伝えるために、左手で肩に吊ったM4カービンの吊り帯を握り、右手を帽子の庇に当てる。
軍人兵隊がする挙手の敬礼というやつだ。
「案内をお願いします!」
「わかった、こっちだよッ!」
帽子の庇に当てた手を下ろしながら、駆けて来た猫っぽい耳をした獣耳人の少女に叫んで、五郎はM4カービンを構え、胸の弾倉入れ(マガジンポーチ)から弾倉を抜いて差し込む。
グリップ上方にある槓桿(こうかん-チャージングハンドル)を引いて薬室に初弾を装填し安全装置をかけた。
『発射する寸前まで薬室に弾は入れない』というのが五郎の習慣であり、自己規制だった。
すなわち、サバイバルゲームが始まるまでマガジンは装着しない。チャンバーは常に空にしておくというものだった
実銃の世界でもそうだが、銃器兵器を扱う上で意図しない銃の激発……弾丸ないし砲弾の発射……暴発事故というものは、絶対的に防がねばならないものであり、銃器兵器を扱う者は、そこに細心の注意を割かなければならない。
したがって、発射する意図がなく銃を携行する場合、それを完全に安全にすることが絶対なのである。
そして、銃本体の上に装着した光学式の照準器のスイッチを入れ、正常に動作するのを確認する。
五郎のM4カービンに装着している光学照準器はホロサイトと呼ばれているもので、米国製の非常に高性能な照準器だった。
それは本来的に実銃用の照準器で、たかだか玩具の銃に装着するにはオーバースペックもいいところなのだが、五郎のように業の深いミリヲタにとっては、銃砲以外は全て実物を装備するのがステイタスなのだから、それは、致し方のないことだった。
(射撃準備ヨシ!)
心の中で、あとは安全装置を解除し引き金を引くだけで発射が可能となったことを確認して五郎は猫っぽい耳をした少女のあとを追いかけて駆け出した。
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「狩人さんッ! あれよ!」
「え?」
猫耳っぽい耳をした少女に連れられて来た五郎は目を疑った。
「あの……ぅ、シカとカラスとサルって言ってませんでしたっけ?」
「何言ってるのよ狩人さんッ! シカとカラスとサルじゃない!」
それは、五郎が知っているサルでもシカでもカラスでもなかった。
「いや、遠近感が違うだろ……カラス……あれ、ダチョウくらいあるよな」
まず、カラスだが、その大きさはゆうにダチョウを超えていた。それが五羽もいる。
そいつらが、丸々と太ったキャベツをくちばしで挟み込んで畑の畝から引き抜いては飲み込んでいる。
「いやぁ、キャベツを豆粒みたいに飲み込んでるなぁ」
五郎は眉根を寄せてカラスの横を見る。
そこでは、五郎の常識ではサルとは言わないものが図々しく座り込んでいた。
「た、確かにあれはサルの一種だけどなぁ……」
猫耳っぽい耳の少女がサルと言っているのは、五郎の認識ではゴリラと呼ばれる霊長類の獣だった。それが、三頭、キャベツを畝から引きちぎってはムシャムシャと齧っていた。
そしてさらに、シカ。確かにシカの見てくれをしている。だがその大きさはシカというにははるかに巨大だった。
そいつは大きなキャベツを畝から齧り取りモシャモシャと咀嚼している。
「シカは、一頭? 頭でいいんだよなぁ。でも、ありゃ、シカって大きさじゃないよなあれ。まるで象じゃないか! こんなんで追っ払えるのか?」
五郎は手にしたガスブローバックエアガンM4カービンに目を落とす。
「発射音にビビッてくれればめっけもんか……。とにかくやってみよう……ああそうだ、これを持ってきてよかった……」
五郎はポケットからラッパ状の金具を取り出す。
「これを、取り付けて……と」
銃口部についているフラッシュハイダーと呼ばれる部品を回して外し、取り出したラッパ状の部品に付け替える。
「それはなんですか? 狩人さん」
猫耳っぽい耳の少女が好奇心を丸出しに聞いてくる。
「これは……ね、銃の発射音が大きくなる部品なんだ。結構大きな音がするから、耳を塞いでるといいかもね。これで、ビビッてくれればめっけもんなんだけどなぁ……効いてくれればいいんだけどなぁ……」
五郎の有害鳥獣駆除のプランはこれだった。
発射音が大きなガスブローバックエアガンの発射音をさらに大きくすることで威嚇効果を増大させ、同時にBB弾を被弾させることでこの畑に来たら痛い目に合うということを覚えさせる。
それを繰り返すことで有害鳥獣の畑への侵入を防止する
だが、五郎の目論見はこの時点で完全に破綻していた。
「相手が大きすぎるだろ……しかも、なんで同時に現れるんだよ……」
せめて一匹ずつにして欲しかったと、詮無いことに思いを巡らせながらM4カービンの筒先を侵入者たちに向ける。
「じゃあ、カラスからいってみようか……ああ、そうだ、試射しとけばよかったなぁ」
後悔がそこはかとなく五郎の頭をよぎってゆく。
(これが通用しなかったらどうしよう……)
そんな不安に五郎は押しつぶされそうになる。
(けど……、俺をこの農場に採用したあの人は、俺のエアガンを害獣駆除の道具として俺と一緒にこの世界に持ち込ませてくれたんだよなあ……)
五郎をこの農場の害獣駆除係として採用してくれた赤毛の美女の蒼い目を思い出す。
「て、ことは、この鉄砲で、どうにかできるってことなんだろッ!」
ホロサイトの中央にカラスの胸を捉える。
レティクルの中でカラスが畝から引き抜いたキャベツを上を向いて飲み込もうとしてた。
「南無三ッ!」
五郎はM4カービンの引き金を引き絞る。
瞬間、五郎の目が眩んだ。
轟音が耳を劈いて、何も聞こえなくなる。
「……ッ!!!!!!!!!!」
その瞬間、五郎は、何が起きたのかを把握できなかった。
「ギョエエエエエエエッ!」
ホロサイトから目を離し、キャベツ畑を見る。
キャベツ畑ではダチョウのような大きさのカラスがのたうちまわっている。
「やった、やったよ狩人さんッ! カラスをやっつけたよ!」
猫耳っぽい耳の少女が隣で頭の上の耳をふさぎながら快哉を叫んだ。
「なにがなんだかよくわからないけど、エアガンが実銃のような威力を持った弾を発射したってことだよなこれ……これ、玩具の銃だったはずなんだけどな」
混乱し半ば呆然としながら五郎はM4を見る。
外見からは銃自体に異常は見られない。
「こういう場合、一発で銃がぶっ壊れるもんなんだけどな……異常ナシか……」
銃を点検する五郎に猫耳少女が捲し立てる。
「狩人さん! 逃げちゃうッ、逃げちゃうよぅッ!」
銃から畑に目を戻すと、サルと残りのカラスは既にどこかへと消え去っていた。
「くっ!」
五郎はM4カービンを構えなおし、何事が起ったのかとキョロキョロ辺りを見回しているシカの頭をホロサイトに捉える。
再びの轟音。
BB弾は見事巨大なシカの眉間に命中。
だが、コンクリートな壁に当たったような「パチン!」と言う音を立てて、砕け散ってしまう。
「っそ、やっぱり頑丈だな! ラヴ並の装甲はありそうだ!」
自衛隊が保有している軽装甲機動車の部隊内での愛称を口にする五郎。
こういった、敵の堅さの例えにワザワザ自衛隊の装甲車の部隊内での愛称を持ってきたりするところが、ミリヲタという言葉ができる前からのミリヲタである五郎のマニアックなところであり、そういった趣味を持っていない人間……特に普通の女性にはドン引きされてしまうウザイところでもある。
だが、今現在、五郎が置かれているのこの場合、五郎がそれを排除する任務を負っている害獣を評価する上では、五郎本人にとって非常にわかりやすい例えであった。
ブモオオオオオオオッ!
巨大シカの目が怒りを帯び、小癪な豆粒をぶつけてきたM4カービンを己に向け構えている五郎を睨みつける。
「おお、怖ッ! 怒らせちまったぞ……しかし……」
この時五郎は自分が口で言うほどに恐怖していないことに気が付いた。
初めての己の生命をかけた戦闘行為、すなわち実戦に放り込まれ、象ほどもある巨大なシカに対峙するという尿失禁をしてもおかしくない状況であるにもかかわらず、そうなってはいない自分にすくなからぬ戸惑いを感じていた。
また、突如として実銃のような威力を持った弾丸を発射していた玩具の銃にもいまだ戸惑っていた。
「ふうううッ!」
銃を構えたまま五郎は大きく息を吐き出した。
(だが、取りあえずは眼前の敵性存在を排除してからだ!)
五郎は現在自分と銃に起こっている変化の分析を全て後回しにすることにした。
(今、現実に玩具の銃でこんな化物に対抗できているんだからな!)
五郎は現在我が身に起きている現象をとりあえずは受け入れることにした。
ブモオオオオオオオッ!
怒りの炎を瞳に灯した巨大シカの雄叫びが辺りの空気を震わる。
「ぅおおおおおおおおおおおおおッ!」
巨大シカの雄叫びに応えるように、五郎もまた、雄叫びを上げたのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
と、いうことになりました。
実銃のような威力を持った玩具の銃とともに、おっさんサバゲーマーは今後いかなる冒険をすることになるのでしょうか!
9/15害獣らとの戦闘を書き直しました。
結果、長くなりましたので戦闘の後半部分は次回に回します。
次回は初陣後編です。