第6話 これ、玩具の銃ですよ
「まずは、着任お疲れさまですゴローさん」
農場の経営を任されていると宣ったダークエルフの少女は、五郎に向かって微笑んだ。
昭和の役場職員を思わせる黒縁メガネに阻まれて、その奥にある瞳の表情は窺えない。
が、その口角はニッコリと程よい角度に上がり、声音には五郎を歓迎してくれているような成分がかなり含まれていることに五郎は安堵した。
(よかった、とりあえずは歓迎されているようだ)
定年退職する前の五郎の職場は、一般的な企業に比べ、転勤が多かった。
一人身の気軽さもあったせいか、五郎はかなりの頻度で全国津々良浦にある支社、営業所に転勤させられていた。飛ばされまくっていた。
そんな多数の転勤経験から、五郎はその職場が自分のことを歓迎してくれているか否かの雰囲気を感じることに長けていた。
「ゴローさん?」
心内を五郎に窺われていると知ってか知らずか、ダークエルフの少女が五郎の名を呼びながら再び首を傾げる。
「は、ひゃいッ! 斉藤五郎ッ! ただいま着任いたしましたッ! 以後宜しくお願いいたしましゅッ!」
ダークエルフの少女ヒルダの稚さが残る高音域の声の呼びかけに、応える声が思わず裏返ってしまった。
ガラにもなく緊張して台詞をかんでしまった。
(くそッ思春期のガキかよ)
実際、五郎の鼓動は思春期のガキが、とんでもない美少女に出会った時のように早鐘を打っていた。
「では、ゴローさん、参りましょうか。ゴローさんの本日からの職場をご案内いたします」
「り、了解です。お供いたしますッ!」
そう言ってから五郎は、ふと、思い出したことをヒルダに問いかける。
「あ、あのー、ヒルダさん、私の業務は害鳥獣の駆除ということでしたが、私、害鳥獣を狩る装備を所持していないのですが……」
「あれぇ? 使徒さ……。もとい、採用担当の者が、ゴローさんは実にたくさんの駆除用の装備をこちらに持ち込んだと聞いておりますが……? ちょっと、お部屋に失礼してよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい! まだ片付いてはおりませんが」
五郎は数歩下がって、ヒルダを招き入れる。
(うわぁ! 自分の部屋に女子が入ってくるなんて小学生の時以来だあぁッ!)
数十年前の思春期に入りたての頃の甘酸っぱい思い出に身を捩る。そんな五郎の穏やかならざる心中を他所に、ヒルダはきょろきょろと部屋中を見回す。
「ええと、たしか……ここいら辺に……あ、ああッ、これッ! これです!」
ヒルダが見つけ出したのは、丁寧に梱包された何十丁もの長物系のエアソフトガンだった。
長物というのはその字の通り、長い物。すなわち俗にライフルや小銃と呼ばれている銃等のことだ。
古く昭和の時代から、銃器が好きな者たちの間では、ライフルや小銃をまとめて長物と呼びならわしているのだった。
おそらくは、薙刀や槍、刺又などの長柄の武器を長物と呼ぶことも多いことから、そこからの転用なのだろう。
「え? それは……」
玩具ですよという言葉を五郎は飲み込んだ。
「あるじゃないですか! びっくりさせないでくださいよぅ! ゴローさんの家財を全部こちらにお持ちするというのが、ゴローさんを採用させていただく上でのお約束だったんですから。それが成されていないって、今回の雇用契約が成り立たないってことですから……はあぁ、よかったぁ、よかったよぅ。もうっ! ゴローさんったら、びっくりさせないでくださいよぅ」
握りこぶしを胸の前で握りしめ、半泣きになりながら捲し立てるダークエルフの少女が、とてつもなく可憐な映像を五郎の網膜に結んでいたからだった。
「か、可憐だ……」
どこかのアニメ映画で聞いたような台詞を呟いていた。
決して短くはない五郎の人生の中で、これほどにまでときめきというものを感じたのはじつに数十年ぶりだった。
「ん、よいしょ……っと。一つ開けていただいてもよろしいでしょうか?」
ヒルダが積み上げられていた長物エアソフトガンの一番上に積まれていたものを下ろして、五郎に問いかける。
「あ、ええ、はい」
「お願いします」
短く遣り取りをして、五郎はヒルダが下ろしたエアソフトガンの梱包を解く。
「わああ……これ……これですよぅ」
現れた長物エアソフトガンを眺め、ヒルダが目を輝かせる。
それは不燃性のガスで動作する国産の長物ガスブローバックエアソフトガンだった。
「M4A1……」
五郎が呟いた。それは、現在アメリカ合衆国陸軍の兵士の大半が使用している自動小銃をの名称だった。
「あのぅ、ヒルダさん……、これでですか?」
五郎は、躊躇いがちに尋ねる。
「はいっ、この銃で、害鳥獣を追っ払っていただけると、採用担当のほうから聞いております」
対してヒルダは満面の笑みを浮かべてそう答えたのだった。
「ふむ、たしかに、追っ払うだけなら……」
五郎は昔見たテレビで、野生の猿やカラスなどの食害に悩む農村で、主婦らがエアガンを使って畑に来たサルやカラスを撃退していたというニュースを思い出していた。
「そうですね、追っ払うことくらいならこれでできそうですね。発射するときの音もかなり大きいですし……」
遊戯銃であるエアソフトガンは、BB弾(ボールブレットまたはボールベアリングの略と言われている)というプラスチックまたは、生分解性プラスチックで作られた球体を低圧の圧縮した空気または難燃性のガスの圧力で発射する。
遊戯銃はすなわち玩具であるから、当然のことではあるが殺傷能力は極めて低い。
日本では一般的に、火薬の爆発圧で弾丸を発射する殺傷能力が極めて高いものを実銃と呼称し、対して、低圧の空気またはガスをパワーソースとする遊戯銃をエアガンと呼称している。
が、欧米ではエアガンと言うと日本で言うところの空気銃のことであり、殺傷力を有する実銃を意味している。
確かに、エア(空気)ガン(銃)だから、そのまんまだ。
玩具のエアガンと実銃の空気銃。同じ意味の言葉なのに、カナタナ表記と漢字表記では全く別物になってしまう。
かたや殺傷能力が極めて低い遊戯銃、かたや殺傷能力を有する実銃。表記を替えるだけで全く正反対のモノになっていまう。日本語の愉快なところだ。
他にも、包丁といったら無害で安全な道具のイメージがするが、キッチンナイフと言ったら、なんか凶器のようなイメージになってしまう。
日本語が他言語に比べて難解であると言われる所以の一つだろう。
「持っていきましょうか? 銃……」
「ええ、そうですね。こちらの世界の銃はこのような形はしていないので、農場のみんなにゴローさんが持っているこれが銃だって知ってもらいたいですし……」
「では、装備しますので、少々お時間よろしいでしょうか?」
「はい、お待ちします。十分になさってください」
「はいっ! 了解です!」
五郎は姿勢を正し、勢いよくお辞儀をして、山と積まれた段ボール箱の中から『予備弾倉BB弾』と書かれた箱を下ろして開梱する。
ガスブローバックエアソフトガンM4A1用の弾倉とガス缶を取りだし手際よく弾込め及びガスの注入をしてゆく。
銀玉鉄砲時代を入れればサバイバルゲーム歴はゆうに五十年を超えている五郎だ。
BB弾が登場してからのサバイバルゲーム歴にしてたって、完全に日本のサバイバルゲームの歴史と同期している。
つまり、五郎はサバイバルゲームという言葉ができる前からサバイバルゲーマーであり、ミリオタなる言葉ができる前からミリオタなのであった。
要するに筋金入りというやつだ。
次に『装具』と、書かれた段ボールがから、弾倉を収納するポーチがいくつも着いた前掛状の装備品を取り出す。
「あ、待てよ……」
そこで、ハタと気が付いて自分が今着ている服を見る。
みるみると顔色が赤みを帯び、耳の先までが真っ赤になるまでに数秒とかからなかった。
(ぱッ、パジャマ姿じゃねーか! い、いつ着替えたんだ? 面接会場から直でここに送られたはずだから、少なくとも背広姿だったはずなんだけどなぁ……)
ヒルダに向き直り再び姿勢を正して腰を折る。
「もッ、申し訳ありませんッ! 着替えたいのでもう少しお時間くださいッ!」
声を裏返して申し出る。
「あ、はいっ。気が付きませんでこちらこそ申し訳ありません。外でお待ちしておりますので……」
そう言ってヒルダはトタトタと小走りに五郎が目覚めた部屋から出て行こうとして、ドアノブに手をかけたところで何かを思い出したように立ち止まリ振り返った。
「あ、ゴローさん。お分かりかと思いますが、こちらのお部屋は、ゴローさんの寝室で、隣の部屋が居間兼食堂兼台所になっています。ゴローさんのお国で言うところの1LDKというやつですね。ちなみに、ゴローさんのお国の習慣と同じ土足禁止にしております。ですから、お靴は玄関で履いてくださいね」
大学出たての若い女教師が注意を促すような口調でヒルダが微笑む。
「は、ひゃいっ! 分かりみゃひゅたッ!」
その可憐さにまたもや台詞を噛んで、五郎の頭は沸騰寸前に、そして、心拍はいよいよヒートアップする。
(まいったな。これじゃあ、本当に思春期のガキだ)
五郎は数十年もの間眠っていた甘酸っぱい感情がジュワジュワと湧き出し、鳩尾の辺りが締め付けられるように疼き始めるのを自覚したのだった。
早速のご愛読誠にありがとうございます。
さて、いよいよ次回から、定年サバゲーマー五郎の異世界生活が本格的にスタートいたします。




