第5話 いきなり第五種接近遭遇IN異世界
目が覚めると知らない天井が五郎の視界を埋めていた。
「知らない天井だ……」
今よりも四半世紀分若かった頃に見たSFロボットアニメの名台詞を呟きながら、斉藤五郎はむくりと体を起こした。
「夢じゃなかったのか……、再就職の面接行って、異世界の農場に採用されたなんて……んんッ!」
両手を上にあげ伸びをしながらベッドの上に胡坐をかいて室内をぐるりと見回す。
五郎が目覚めたのは、定年を控えて、住み慣れた単身者用社宅を退去し、最後の勤務地だった営業所の近傍に新たに借りた2LDKマンションの寝室ではなかった。
「こ、こりゃあ……元の俺の部屋よりかなり広いかな。……お? おおおおッ!」
自宅マンションよりもかなり広い寝室の壁に引っ越し用の段ボール箱が整然と積まれていた。
「俺のコレクション……本当に全部転移したのか……」
ベッドから飛び降りて、手近の段ボール箱を開ける。
箱の側面と天面には『拳銃』と、きれいな女性的な字で書いてあった。
「俺の字じゃぁないよなぁ。可愛いきれいな字だ……と、本当に持ってきてくれたんだ……」
箱の中には、更にたくさんの箱が詰め込まれていた。
その箱一つ一つがバラバラな寸法であったにもかかわらず、整然と詰め込まれていた。
その中からいくつかを取り出して、中身を確認する。
「ブローニング11.4㎜拳銃……」
現代のスタイリッシュな拳銃に比べるとごつく古風な印象の大型拳銃ををモデルアップしたエアソフトガンを手に取る。
それは、俗にコルトガバメントと呼ばれる大口径の軍用拳銃で、元となった拳銃は1911年にアメリカ軍に正式採用され、改良を加えられながら1985年にベレッタM92Fに道を譲るまで実に70年余りも制式拳銃の座に君臨し続けた名銃だった。
五郎は銃というものを初めて認識したときからこの銃が好きだった。
フランス人作家の怪盗小説の主人公の孫を名乗る泥棒や、その相棒よりも、そいつらを追いかけ回す昭和一桁生まれの警部の方が好きだったことも、ガバメントをこよなく愛するようになった原因の一つだ。
ちなみに五郎が呟いたブローニングというのは、この銃の設計者ジョン・ブローニングに由来している。11.4ミリというのは0.45インチをミリメートル換算した数字だ。
「フンフフ、フ~フ~。フンフフ、フ~フ~♪」
ヘリコプターの大群が乱舞する戦争映画の有名なシーンのBGMを口ずさみながら、スライドを引いて薬室内が空なことを確認する。
『拳銃』の箱に同梱されていたBB弾を弾倉に詰め、エアソフトガンを動作させるガスを、マガジンの底から注入する。
そして、BB弾とガスを詰めたマガジンをガバメントのグリップに挿入してズボンの腹の部分に突っ込む。
テレビドラマや映画で反社組織の人間が携帯するやり方だ。
このとき薬室に弾を装填しなかったのは、万が一の暴発に備えての五郎のクセだった。
次いで、『装具』と五郎のものではない字で書かれた箱を開け、中身を確認する。ここでいう『装具』とは一般的なミリタリーオタクやサバイバルゲーマには装備と呼び慣わされているもので、ヘルメットや防弾チョッキに、銃の弾丸を込めた弾倉を収納するポーチや水筒。
そして、それらを体に装着するためのベルトやベスト、そして個人用暗視装置といったものも含まれる。
長年のミリオタ生活で五郎が蒐集してきたものの大半がこの『装具』と五郎が呼称している個人用の装備品なのである。
五郎がなぜ、そういったミリタリーグッズを『装具』という言葉で区別しているのかというと、五郎にとっては拳銃や小銃も『装備』であるためで、『装具』をも含めた全部で装備というものを構成していると考えているからだった。
そこいらへんの拘りが、五郎が筋金入りの年季の入ったミリヲタである所以でもあった。
「本当に全部持ってきてくれたんだなぁ」
『被服』と書かれた段ボールに、キッチリと神経質に畳まれ詰め込まれている迷彩服のコレクションを手に取り眺め、改めて五郎は自分が何十年もかけて蒐集したコレクションが全部自分とともに異世界にあることに感動した。
と、そのとき、ドアをノックする音が部屋に響き渡った。
「……ッ!!」
ビクリと痙攣するように体を震わせて、ノックが聞こえてきた部屋のドアを振り返る。
手は思わずヘソ前のガバメントを握っていた。
「ゆ、夢じゃない……んだよな。俺は再就職の面接に行って採用されて、ここにいるんだよな。……てことは、ここは異世界の農場ヴァルトブリーゼ農園ってことだよな。……てことは、いま、この部屋をノックしているのは、異世界人…いや、待てよ、ここでは俺の方が異世界人か……いや、まあ、どちらにしても俺にとっては異世界の人がノックしてるってことだよな。だ、だいじょうぶか?」
五郎の背中に冷たい汗が流れる。
再びノックがされる。
「あのー、そろそろお目覚めかと……、サイトーさぁん」
(お、女の声? ドアの向こうにいるのは異世界人で女性なのか!?)
どっと五郎の背中を汗が流れ落ちた。
そして、みたびノックの音が部屋に響く。
「サイトーさぁん!」
「あ、は、はい、はいっ! ただいま! 起きております。ただいま参ります」
ギクシャクと手足を動かしてドアに近づく。
ドアの向こうから聞こえてくる女性の声に、勤め先の女子職員に自分の名前を呼ばれても感じなかった不思議な感覚が五郎の胸の内にジワジワと滲み出す。
「い、今開けます。よろしいでしょうか」
「は、はい! 大丈夫です」
ドアの向こうにいるのは、その声の高さから、どうやら若い女性のようだ。
五郎は部屋のドアのサムターンキーを外してをノブをひねり、軽く押した。
ほんの軽く押したはずだったドアは、まるで強力なバネでテンションが掛かっていたかのようにバンッ、と、音を立てて開け放たれた。
「あ、初めまして、サイトーゴローさん。ワタシこの農場の責任者の娘で、現在農場の経営を任されておりますブリュンヒルデ・ミェリキ・ヴァルトブリーゼと申しますッ!」
「ぅわぁッ!」
その声の大きさに、五郎は耳の奥でトライアングルを思いっきり叩き鳴らされたれたような錯覚に陥った。
「あ、すみませんッ! ワタシ緊張してしまって声が……ッ! ごめんなさいッ!」
出会い頭に最敬礼していたのは、最前からノックして五郎に呼びかけていた女性だった。
「ほ、本当に異世界だ……」
五郎は目を見開き呟いた。
「はい?」
クリップのように曲げた腰を戻して、五郎と向き合った彼女は首を愛らしく傾げる。
その女性……幼女といってもいい見かけの……は、黒い腕カバーに赤いリボンのブラウス膝丈のスカートといった昭和の村役場職員を思わせるいでたちだった。
そして、その地味ファッションにきっちりとコーデしたような丸い黒縁メガネに陽光を反射させてニッコリと口角を上げた。
「微妙な間が二人の間でオールを漕いでいる」
が、このとき、五郎の目は彼の目からの頭一つ分低い位置にある両耳に焦点を集中させていた。
「エ……?」
五郎は、目の前にいる少女の存在が夢なのではないかと目を擦る。
短くはない彼の人生で、それをアニメや特撮以外で目にしたことは今が初めてだったからだった。
「はい?」
更に首を傾げニッコリと微笑んだ少女の両の耳……五郎の視線を一手に引き受けている……は笹の葉型に長く、ときおりパタパタと瞬くように動いていた。
そして、健康的な小麦色な肌とプラチナブロンド、成長途上ともいえる稚さを感じさせるスレンダーな肢体。
「しかも、ダークエルフ?」
間抜けた声で五郎がポツリと呟いた。
「あ、は、はい、ワタシ、この農場があるヴァルトブリーゼという森に住んでいるエルフの族長でもあるんですよ」
ブリュンヒルデ・ミェリキ・ヴァルトブリーゼと名乗ったダークエルフの少女が自分の出自に言及しながらさらに肩を小さく竦める。
そこまで聞いて五郎は、自分が何処の誰とも名乗っていないことに気が付いて、恥ずかしさに全身から嫌な粘り気のある汗を噴き出し、ブリュンヒルデ・ミェリキ・ヴァルトブリーゼ嬢に最敬礼した。
「す、す、すみません! 失礼をしました。私はこの度こちらの農園に採用され、日本という異世界の国からやって来ました斉藤五郎と申しますっ! ヴァルトブリーゼさん、なにとぞよろしくお願いいたします!」
「はい、サイトーさん。以後はワタシのことはヒルダとお呼びください。ワタシはあなたのことをゴローさんと呼ばせていただきたいと思いますけど……。こちらでは人を呼ぶときに家名で呼ぶことはあまりないので……」
ヒルダが頭一つ分低い位置から遠慮がちに五郎を見上げる。
桜の花のような香りが五郎の鼻腔を満たす。
「はいっ! 問題ありませんッ! 宜しくお願いしますッ! ヒルダさんッ!」
元の世界で就職して初出勤した時でもこんなに心が小躍りするような気持にはならなかった。
これほど、これからの暮らしにワクワクを感じなかった。
このとき、定年サバイバルゲーマー斉藤五郎の異世界農園での第二の人生が歳に似合わぬときめきとともに幕を開けたのだった。
早速のご愛読誠にありがとうございます。




