第3話 突如差し出されたキュウリの糠漬けを持っていたのはラテン系の美女だった
はい、何とか無事に第3話を更新です。
「曹長の銃って、トレポンじゃなかったんすね~、びっくりっす!」
斉藤五郎が参加していたサバイバルゲームチームの新人(といっても、入会条件が『良識ある社会人』なのでそれなりの年齢だ)が目を見開く。
サバイバルゲームは1ゲームあたり大体10分から15分の間で行われることが多い。
吾郎が所属しているチームの新人が話しかけてきたのは、そのゲーム間の休憩時間だった。
ちなみに曹長というのは五郎のチーム内でのニックネームだ。
「あんな遠くから当ててくるから、絶対トレポンだって思ってました。いやあ、流石、曹長のニックネームは伊達じゃないっすね!」
「いやあ、あははは。私は君が生まれる前からやってるからね年の功だよ」
苦笑しながら五郎は人差し指で引き金を引く形を作ってクイクイっと動かす。
トレポンというのは日本のメーカーが開発した電動式の超高級エアソフトガンだ。
海外の法執行機関、すなわち軍や警察での訓練に使用されることを前提として開発された、超リアル電動エアソフトガンだ。
価格も超高級だけに一般的な電動エアソフトガンとは桁が違う。
スズキの軽とフェラーリくらいに違う。
五郎自身、一時期サバイバルゲームで使っていたことはある。
が、国民的アニメの耳のない青い猫型ロボットのようなあだ名の俗物王が「サバゲなんて金持ちが勝つゲームですよ。実際の戦争と同じ!」
と、とあるテレビ番組で発言して以来、使うのをやめた経緯がある。
(技量が同等なら得物の性能差がモノを言うだろうが、ね)
五郎は心のなかで呟いた。
武器の性能差が技量の差をひっくり返すなんてことはあってはならない。
そんなことを許したら、ヒトは研鑽をしなくなる。研鑽を忘れた人間は、いずれ、その怠惰で身を滅ぼす。
と、言うのが五郎のモットーだった。
決して、前大戦の日本の敗北の原因の一つだった精神(根性)主義に傾倒しているわけではない。
戦争を遂行する上で真っ先に排除しなければならないのが、圧倒的物量差を気合や根性や伝統で凌駕できるという前提を作戦に組み込む愚だ。
前大戦で日本が敗北した根本原因は、その愚を軍中枢は無論のこと、民衆レベルで犯していたことだ。
彼我の戦力差、いや、国力差を冷静に比較できる教養を国民一人一人が得る教育がなされていたなら、あの戦争はそもそもが起こらなかったはずだ。
だが、残念なことに大戦前夜において、斯様なことを言えば、それすなわち非国民の誹りをうけ、ご近所町内会レベルで村八分にされていたのである。
またそれを『鬼畜米英討つべし』と煽っていたのが、現在では反戦平和を社是とする大新聞社だというのだから噴飯ものだ。
ともあれ、五郎は武器の性能に頼ることよりも、己の技量を研鑽することに重きを置いていたのであった。
「んーーーッ!」
郊外のサバイバルゲームフィールドからの帰路、便乗させてもらった同じチームのメンバーのワンボックスカーから降りて五郎は腰を伸ばす。
「じゃ、曹長、また来週!」
「ええ、また来週!」
互いに姿勢を正し、掌を額にかざす。
サバイバルゲーマーの多くは軍人や自衛隊員ではないが、挨拶に挙手の敬礼をするものが多い。
彼らにしてみれば、それをするのが単純にカッコイイからなのだが、サバイバルゲームフィールド内ならばともかくも、人通りが多い街道沿いでは目立つことこの上ない。
しかも、五郎はサバゲフィールドで身に着けていた濃緑の上着にジーンズという恰好だし、銃を収納しているケースや装備を詰め込んだザックという大荷物だったから、道行く人がチラチラと視線を送ってくる。
「と、と、いけない目立ってしまいました」
「は……はは、じゃ、また! しかし、いつも思うんですけど、曹長の敬礼は本職顔負けですねぇ」
「あははは……、前に言いませんでしたっけ? 新入社員の時の研修先が自衛隊だったんですよ。また!」
「ああ、そうでした。しかも空挺! でしたね」
「では!」
「では!」
苦笑しながらワンボックスカー見送り、五郎は踵を返す。
「あ……ああそうだ、今日の晩飯はグラタン作ろうと思ってたんだっけ、マカロニとベーコンが切れてたな。あと、ビールと餃子……焼き鳥も食べたいな……よし、それも買おう」
踵を返したその目の前にあるスーパーマーケットの看板を見上げながら呟いて、五郎は入り口向かって歩き出す。
「ガスコンロの~♪ 魚焼き器でぐら~た~ん♪」
調子っぱずれに自作のグラタン賛歌を口ずさむ。
定年退職をしてから既に二か月、未だに再就職先が決まっていないにもかかわらず、それでも、趣味のサバイバルゲームからは卒業しようとせず、週末のサバイバルゲームから帰ってきた五郎のいつもの行動だった。
「えーっと、野菜は切れてたのあったっけ?」
入り口の自動ドアをくぐった先の野菜コーナーを眺めながら買い物かごを乗せたカートを押して歩を進める。
「ん? この香りは……」
野菜コーナーの隣の漬物コーナーから、漂ってくる嗅いだことの無い香りに小鼻がヒクついてしまう。
「試食やってマース、いかがデースカぁ?」
片言の日本語とともに、突如五郎の目の前にキュウリの漬物が一本丸ごと差し出された。
(おいおい、試食させるんならほんのひと切れでいいだろ)
と思ったのも一瞬だった。
(……って、さっきから香っているのはこれか! いや、まさか、こんなキュウリの一夜漬けからあんな香りが……でも、これは現実だ! 事実だ! あのかぐわしい香りはこれから発生している!)
その次の瞬間には、キュウリの漬物から匂い立つ芳香のせいで口の中に溢れた唾液を喉を鳴らして飲み込んでいた。
「こ、これは…ゴクリ…ありがとう、いただきます…シャクッ…んんんんんッ! んまいっ!!」
「あははははーッ! ワカリマスカ? ワカリマスカ? このおいしさが!?」
キュウリを差し出してきたラテン系と思われる外国人が健康的な小麦色の顔を破顔させ、お下げにした亜麻色の髪を揺らす。
「うん、うんッ! いや、失礼しました。はいッ、この漬物はすごいです! そもそも、キュウリがすごい! このキュウリが育った畑が見たいくらいです! 土に触りたいくらいです! うん、それから、このキュウリが育った畑に使われた水が飲んでみたいですねッ!」
「他にはナニかゴザイマスデショウカァ?」
「いやあ、糠床も拝見したいし、しお……そう、塩も味見したい。いやぁ、あなたは見たところ外国の方だろうからお分かりにならないだろうけど、このキュウリの糠漬け一本にどれだけの手間暇がかけられているか……グスッ、あ失礼、私、これでも若いころは農業を志していまして……ああ、感動だ。こんな糠漬けにで会えるなんて!」
一気にまくしたて、五郎ははっと気が付いた。
(ここ、スーパーじゃん、うっわーハズいぞこれ!)
自分でもわかるほど真っ赤になった顔できょろきょろと見回す。
「ん? あ……れ?」
さぞかし注目を集めているだろうと思っていたが、辺りを行き交う人々は五郎のことなど誰も見ていなかった。
「ここ、ワタシのカイシャデース。もし、お仕事を探していらっしゃるなら、面接のアポイントとられてみてはいかがでショウカ?」
「そ、それは願ったり叶ったりです。ちょうど再就職先を探してまして……」
「デハデハご連絡おまちしてマース!」
手渡された名刺を眺める五郎。
「ヴァルトブリーゼ農園相談役ドゥシュ・ヴィ・エン・ト? なんと! 海外の農園で作られた漬物だったのか!」
(にしても相談役が試食品配りなんて、よっぽどこじんまりした農園なんだな)
そう思った五郎が名刺から視線を上げると、ヴァルトブリーゼ農園相談役ドゥシュ・ヴィ・エン・トさんは、親子連れに今度はきれいにカットされたダイコンの漬物を差し出していた。
(明日にでもアポ取ってみよう)
そう思いながら、五郎は口角を緩め、踵を返す。
買い物カートを押しながら歩み去る五郎の背中を微笑で見送るヴァルトブリーゼ農園相談役ドゥシュ・ヴィ・エン・トが呟いた言葉は五郎の耳には届いていなかった。
「是非、面接にいらしてくださいね斉藤五郎さん」
さて、主人公五郎が再就職面接を受けようと思ったヴァルトブリーゼ農園とは?
ルーティエ:ここからは我のターンだね。