第22話 自爆阻止
大変長らくお待たせいたしました。
「スーラの神々よ、祖霊よご照覧あれ! 我一塊の肉塊とならん!」
皇女ライラが叫ぶといよいよもって五郎の鼻の奥が疼き出す。
「だめだいけない! そんなことをしたって何も変わりはしないっ!」
喘ぎ叫びながら五郎は皇女ライラに飛びつき覆いかぶさる。
「殿下、あなたがここで死んでも喜ぶのはロムルスだけデス。どうせなら、奴らが一番嫌がることをシテやりましょう」
皇女の供回りの自爆魔法を無効化したブリュンヒルデが五郎とライラへと振り向いた。
「それは解る、じゃが、どうすれば……。妾にはもうここにいるだけの手勢しか残っておらぬのだ」
俯くライラにブリュンヒルデが答える。
「殿下、御身のお国の盟友ハジメが一子、ブリュンヒルデ・ミェリキ・ヴァルトブリーゼがお助け申し上げまする。我が農園は王国食爵を拝命いたしましたハジメが所領にて、辺境伯領と同等の格式であり、また、同等の軍を備えることを王国より求められております。したがいまして、代官ごときが差配する南方辺境伯領軍などに決して遅れをとりはいたしませぬ」
ブリュンヒルデがそう言い、五郎に目配せをする。
「殿下、自分はバルトブリーゼ農園で雑用係をしております斉藤五郎と申します。及ばずながら、私もお手伝いさせていただければと思います」
「おおそなたは、ロムルスの重装甲兵を摩訶不思議な礫の魔法で打ち倒した魔道士殿か。先程は誠にかたじけない。改めて……」
ライラ皇女がハジメに頭を下げようと目を伏せたその時。
「畏れおおくも、神聖にして不可触であり、偉大なるロムルス使徒たるの大司教様を害し奉ったのはその方らか!」
ガチャガチャと耳障りな金属音をたてながら顎髭をたなびかせた大男が巨大な斧を振り回しながら絞首台へと駆けてきた。
その後ろには一個小隊ほどの重装騎士が続いている。
「皇女殿下ここはひとまず、転進いたしましょう」
「転進とな! それは、撤退の言い換えだと父に聞いたことがあるが?」
「はい、皇女殿下。我が父ハジメはひどく負けず嫌いでございまして、このような負け惜しみ言葉を弄すること多々でございます」
「なるほど、娘たるそなたにもその血が受け継がれておるということか。で、何処へ転進するのじゃ?」
「ハイ、殿下。ご賢察いたみいります。我が領地ヴァルトブリーゼへと向かいまする」
「あいわかった。では、そなたの献策通り転進するとしよう。あの者らの追撃を躱せればの話じゃが……」
ライラが眉を顰める。
「ご心配には及びませぬ。まだ、先程の礫魔法が残っております」
五郎は空になったコルトコンバットコマンダーのマガジンをグリップから引き抜き尻のポケットに用意したあった、マガジンに交換する。
「これで、おそらく4~5人は倒せます。後は……」
運を天に任せて遁走……と言いかけて、五郎は背後から狼少年ラウールが声をかけてきたのに気がついた。
(こんなに近づかれるまで気が付かないとはね……)
五郎は軽く舌打ちしながら振り向く。
「ゴロさぁ! 我んどのごどば忘れでねが? ゴロさがやったロムルスのバケツ輩のほがばやったの我んどだすけな」
「ゴローさん! あたいのことも忘れてませんかっての! あたいだって倒したんだからねっ!」
ラウールとエカテリーナが鼻息をフンスフンスと荒げさせ五郎に抗議の声を浴びせかける。
「そ、そうだった! 俺たちには頼もしい狼少年と虎少女が付いていたんだった!」
五郎はブリュンヒルデとアイコンタクトして、ラウールとエカテリーナに叫ぶ。
「ラウール! ハンビーをこっちに回してきてほしい!」
「カーチャはこっちへ! 殿下たちを運ぶのを手伝って!」
「ヒルダさんは……」
「ハイッ! 回復魔法デスね!」
「え、ええッ! お願いします!」
「アイアイサー!」
ブリュンヒルデは、素早く挙手の礼をして皇女たちに向き直る。
そしてその両手を彼女たちにかざすと、五郎の耳には聞き取れない早回しのような音声を唇から迸らせる。
「エリアヒールッ!」
ブリュンヒルデの一喝と同時にその両手から緑の光芒が渦を巻き溢れ、皇女たちを包んでゆく。
「うあああッ! な、なんという慈愛の魔法じゃ! 体の芯から癒やされるようじゃ!」
「ハイ! 姫殿下! これならすぐにでもオークの一個中隊とやれそうですッ!」
皇女の供回りたちも打って変わって頬に紅がさしてゆく。
「イケマセン! 傷は塞がりましたが、失った血は元に戻っておりませン。しばらくは、我が農園にて静養していただきマス! ウチの農園には自慢の温泉もございますから、お楽しみに」
ブリュンヒリではそう言って皇女たちにウィンクをする。
(ああ、アイアイサーは海軍式の了解なんだがなぁ。ここは、サーイエッサーにしてほしかったなぁ)
と、いう、五郎のマニアックなツッコミは皇女たちの笑い声と、ロムルスの重装騎士たちが立てる板金鎧の擦過音にかき消されて誰の耳にも届いていなかったのだった。
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