第18話 五郎の笑顔
お待たせいたしました。
「宿は? ウチの宿舎も空いてますけど?」
店長がヒルダに問いかける。
「いえ、せっかくですから『銀の双眸亭』に宿を取ろうかと……」
「ああ、いいですねぇ、あそこは、今の季節、ジロール茸の料理が美味しいですもんねぇ」
ヒルダが今夜の宿にしようと言ったのは、季節ごとの旬の食材を使った料理を出す、この街でもトップクラスの宿屋だった。
農場を出発したときから、今回は『銀の双眸亭』に宿泊すると決めていたのだった
「あそこ、ウチの食材使ってくれてるんで、評判をモニターできるいい機会ですしね」
腕利きの商人のような笑顔を作ってヒルダが答える。
「ですね。それじゃあ『銀の双眸亭』に、納品をお願いできますか? リストは……と、ああ、これこれ……」
「ええ、いいですよ。ついでに他の製品の営業もかけてきましょう」
「あははははは、よろしくお願いします。農場長自らの営業となれば、宿屋の主も無碍にはしないでしょうからね」
「代理です! だ・い・り!」
「はいはい、代理でしたね、代理」
そうして、五郎たちヴァルトブリーゼ農園の一行は作物を降ろして軽くなった荷車に乗り込み、ラジェーヴォの街の北門近くの大通りにある宿屋『銀の双眸亭』に向かったのだった。
「宿で荷物を降ろしたら、次は冒険者ギルドに行きましょう。ゴローさんの冒険者ランク上がってるはずなんで、冒険者証の更新とやっつけた魔物の討伐部位と剥ぎ取り品の買取をしてもらわなくちゃですからね。買取金からゴローさんのボーナスも出ますよ!」
頬に朱を残しながら、ヒルダが微笑んだ。彼女の昭和四十年代の町役場職員のような丸眼鏡に午後の光が反射してその瞳の表情は読み取れない。
「それは楽しみですね」
「スガのツノぉあるすけ、今回は小金もぢさなるっきゃ。ゴローさ、わさおごってけろじゃ」
(シカのツノがあるから、今回は小金持ちになるね。ゴローさんボクになにかおごってよぅ)
「あたいもあたいも! あそこの屋台の串焼きおごって! 今だと鴨の胸肉の串焼きが脂が乗ってっておいしいぃんだぁ!」
じゅるりと涎を拭い、エカテリーナとラオールが期待に満ちた眼差しを五郎に向ける。
「了解、ギルドでの用足が済んだら屋台を回ろう。ごちそうさせていただくよ」
「「「うわあい!」」」
一行が行く通りに歓声が響き、辺りの人々が一斉に振り向いた。
「「「ヒャッ!」」」
衆人の耳目を集めてしまったことに赤面して首を竦めるヴァルトブリーゼ農園の一行。
「はははは」
そんな一行のちょっとしたお間抜けに、五郎は心の底から愉快な気分になっていた。
元の世界ではもうかなりの間、心の底から愉快な気分になることを忘れていたことに五郎は気がついてふっとため息を漏らす。
「ふ、ぁははははッ!」
が、すぐにそれは腹の底からの笑いに変わっていた。
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「うふふふ、ゴローさんのスピード出世に、ギルドの受付さんびっくりしてましたね」
冒険者ギルドに付き添ってきたヒルダが小躍りしながら、五郎の昇格を喜んでいた。
「登録からわずか三ヶ月で最下級のGランクからあっという間にDランクですもんねぇッ! 普通ここまで来るのに早くて一年、普通は二年くらいはかかるものなんですよ」
「いやぁ、ははは、農場の皆さんのおかげです」
五郎がこちらの世界にやってきてから数ヶ月が経ち、五郎はその仕事である有害鳥獣の駆除の実績をものすごい勢いでに積み上げていた。
畑を荒らしにやってくる有害鳥獣や有害モンスターの駆除は無論のこと、ときにはエカテリーナなど農場の冒険者の有資格者とともに周囲の森に入り、予防駆除と称してオークやゴブリンの営巣地も急襲して討伐実績を積んでいった。
すなわちそれは、冒険者ギルドの常設依頼である有害モンスターの討伐の実績を積み上げることにも繋がり、五郎は通常ではありえないスピードであっという間に昇格したのだった。
「Dランクともなれば、もはや、一人前の冒険者として、ギルドから指名依頼なんかも来ちゃうかもですよ」
「いやぁ、私はあくまでも農場の警備員ですから、本業をおろそかにして冒険者稼業をするつもり無いですよ」
そう言って五郎は本日何回か目の破顔した。
(はあ、こっちにきてから、ずいぶんと笑えるようになったなあ)
と、密かに思ったことは、彼の心の襞にそっと格納されたのだった。
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