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第12話 野営地にて

お待たせいたしました。

 グリューヴルム王国中央山脈を端に発し、東から西へと流れ大陸内海へと注ぐ大河ダァナ。

 そのダァナ川の南のほとり、南方辺境領の北辺に広がる『│そよ風のヴァルトブリーゼ』を南に徒歩で3日ほど下った森の外れに『王国食爵』などという前代未聞の爵位を叙された男が開いた農場がある。

 その農場の作物畜産物は、王国内でも最良の食材の誉高く、行商人(大概が状態維持の魔法が付与されたマジックバッグ持ちである)がこぞって農場を訪れて仕入れ、王国内は無論のこと周辺各国にまで売り歩いていた。

 科学技術や機械文明の代わりに魔術や魔法が発達したこの世界では、一次産品の流通は鉱物資源を除き地域限定である。

 交通の手段が機械による高速化がなされていないことや、魔法以外での冷蔵、冷凍技術が未発達であることから、農畜産物は基本的に地産地消なのである。

 だが、そんな原則を無視しても『王国食爵の農場』の作物から作られる料理を貴族や豪商らからなる多くの美食家が求め、料理人もまた、その求めに応じて行商人に大枚を支払い農場の作物を入手していた。

 その一方で、ヴァルトブリーゼ農園では、周辺の街々に直営の販売所を設け、行商人に卸す値段で作物および加工品を販売していた。

 そのおかげで、超高級品である『王国食爵の農場』の食材も、農場周辺の街々では、近隣農村の作物よりも少しだけ高い普通の食材として販売されていた。

 その超高級食材の生産をしている『王国食爵の農場ヴァルトブリーゼ農園』こそ、この世界の大地の女神ルーティエに招かれた定年退職して再就職できずにいたサバゲーマー斉藤五郎が、有害鳥獣駆除係バーミントハンターとして再就職を果たした新たな職場だった。


「はぁ……ほんとうに、ゴローさんって手際が良いですよね」


 昭和四十年代の村役場職員のような丸眼鏡のダークエルフ少女ヒルダが感心したようにゴローに微笑んだ。


「そうですかねぇ……、まあ、定年退職した前の職場がよく野外でのイベント主催したりしてたんで、その設営で慣れてるっていうのはありますかね。ま、趣味の一環でキャンプもしょっちゅうしてたってのもありますけど。それに、昔から料理は好きで、実家を出てからは割とよく作ってましたし……」


 夕日の朱が辺りを染め上げている黄昏時、五郎は夕食の鍋をかき回しながらヒルダの賛辞に口角を微かに上げた。

 その頬が夕日に染まった顔色よりも若干紅いのに誰も気がついてはいなかった。


「すったもんだべが、わも野営だば、くったどぐぬよぐするども、ゴロさみでにてぐわよぐねど」

(そんなもんかなぁ、僕も野営は今回みたいなときによくするけれど、ゴローさんみたいに手際よくないよ)


 狼人少年のラオールもまた、腕を組んで大仰に頷き、五郎の野営準備の手際を称賛した。

 初夏に五郎が一切の家財と共にこの世界に召喚されてから、既に二つ目の季節が巡り来ていた。

 まもなく冬が訪れようというこの時期でありながら、五郎やヒルダたちヴァルトブリーゼ農園の従業員4人の姿が王国南方辺境伯領領都ラジェーヴォへと向かう街道脇に設けられた野営地にあった。

 作物を満載した大型の馬車を曳いてきた、農場イチの巨体を誇る重種馬のスレイは軛から解かれ、のんびりと桶に満たされた飼葉を喰み、水を啜っている。

 日も傾き始めた午後の遅い時間に野営地に入ったにも関わらず、すでに宿泊用の天幕も張り終え、夕食の支度をしながらまったりとした時間を一行は過ごしていた。

 それは、五郎が、直営販売所への作物納品のための出張の旅に加わるようになってからのごくありふれた光景になっていた。


「ゴロさが納品さつぐあってくれるようぬなってがらこっづ、野営のすたぐなんと、わどへるまぬ終わってまるすけ、みなねまってつがれがとれるようぬなったでへってらでゃ」

(ゴローさんが納品に付き合ってくれるようになってからこっち、野営の準備なんてあっという間に終わっちゃうから、皆、のんびりできて疲れがとれるって言ってるよ)

「あたし、前の仕事でけっこう上級の冒険者と一緒になることあったけどゴローさんみたいに手際がいい人ってあんまり見たことなかったなぁ。ゴローさんがウチに来てくれてから何度も販売所に納品一緒に行って、野営してるけどさぁ」


 虎人少女エカテリーナもまた、野営の際の五郎の手際の良さに諸手を上げていた。


「よしてください、カーチャさん。そんなに私のことを褒めたって、晩御飯の盛りが増えるくらいしかいいことないですよ」

「うそ! マジ? ゴローさんのこと褒めたら大盛りになるの! じゃあ、もっと褒めるよ!」

「ずるいです、ワタシが最初にゴローさんの手際をお褒めしたのにぃ!」

「あはは、しまった、藪蛇でした」


 苦笑しながら、五郎はかき回している鍋から立ち上がる香りにうっとりと目を閉じる。


(うん、今回も上出来だ!)


 ヴァルトブリーゼ農園に着任して間もなくの頃から、主な業務である有害鳥獣駆除の傍ら、十日に一度くらいの頻度で五郎は周辺の街々の農場直営販売所への作物納品の旅に警護の名目で同行していた。

 痛みやすい葉物野菜、精肉、加工食品などは、時間停止の付与魔法がかかっている大容量の魔法袋マジックバッグに収納。

 その他の穀類や根菜類などの傷みにくい作物は袋詰して荷車に積載しての運送である。

 移動手段は馬車や徒歩がメインであるから、近隣の街々と言っても、直近の街で朝早く発って昼頃着。

 遠ければ一日から二日の距離である。

 したがって、作物の納品出張の旅には野営は不可欠なのであった。


「ヒルダさどカーチャがへったとおるぬ、ゴロさの天幕張りだの、火起こしの手際だば、超一流の冒険者の野営準備ば見でるみてだっきゃ。めすもんめすな」

(ヒルダさんとカーチャが言った通りに、ゴローさんのテント張りや火起こしは一流の冒険者の野営準備を見てるみたいだし、ごはんだって美味しいよね)

「ヒルダの親父さんと張るんじゃない? 料理の腕。あたしは、昨日食べたアイオ(ニンニク)とピプロ(唐辛子)のパスタが好き。あれ、止まらなくなる系だよね」

「わだば、ブダっこのジンギブロやぐだっきゃ! まんまなんぼでもけられるのだじゃ」

(ボクは豚の生姜焼きだね! 御飯いくらでも食べられるよ)


 狼人の少年ラオールと、虎人の少女エカテリーナが謙遜する五郎に称賛の雨を浴びせかける。


「いやぁ……ははは」


 頬を指先で掻きながら五郎は照れ笑いを浮かべる。

 鍋をかき回す手が少し加速する。


「お父様の野外でのお料理は厨房でのお料理を野外でするという形式だったので、正確にはゴローさんが野営のときに作ってくださるお料理のような野営ならではのお料理って感じではありませんねえ。お家かレストランのお料理を野営地でご馳走になるって感じですねえ。あ、そうそう、先日、農場でゴローさんが作ってくださったヒュージボアの肋肉の角煮は絶品でしたね。父から受け継いだわたしの角煮より美味しかったと思います」


 ヒルダが笹の葉型の耳をパタパタと瞬かせ、微笑む。


「いやぁ、私がこちらに来たときにヒルダさんが振る舞ってくださった豚の角煮は元の世界では食べたことがない美味しさでした。……もう、好みの問題じゃないでしょうか」


 照れ笑いを浮かべ五郎は以前ヒルダが作った料理を絶賛した。

 鍋をかき回す手は更に加速して、鍋の中身は渦潮のような有様になっていた。 


「はぁ……そうでしょうか? 最近ワタクシお料理の自信が……」

「わだば、ヒルダさんの作ったのも、ゴロさが作ったのもどっつもすぐだでばぁ」

(ぼくは、ヒルダさんの作ったのもゴローさんが作ったのもどっちも好きだけどなぁ」

「あたしも、あたしも! ヒルダが作るのもヒルダの父さんが作るのももちろんゴローさんが作ってくれるのもおいしくいただいちゃうよッ!」


 すかさず狼人少年ラオールと虎人少女エカテリーナがヒルダのフォローに回る。


(本当に仲がいいなぁ、この人達は……)


 五郎は農場の人々の仲の良さに心の中がホコホコと暖まり表情筋を緩めた。


「と、言うわけで、今夜のご飯はカレーライスです! 農場の野菜たっぷり! お肉もこないだ狩ったでかいシカ(グランアングーラ)の塩漬け肉ですから、ビーフカレーっぽく仕上がりましたよ」

「「「わああおッ!!」」」


 街道沿いの野営地に歓声が上がる。


「「「おぉーいしいぃ~~~~~~ッ!」」」


 数瞬後、五郎の作ったカレーライスを絶賛する声が暮れなずむ野営地に響いたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ところで、皆さん、車両の操縦技能がかなり向上しましたね。これなら、ハンヴィーとATV(全地形対応車)なら、運用をお任せできそうです」


 皆で焚き火を囲みながらの食後のティータイムに五郎が口にしたのは、昼間に行った元の世界から彼が持ち込んだ軍用車両の運転教習の講評だった。


「まあ、嬉しいです。あの馬なし馬車の運転がご許可いただいけたら、農場での移動がかなり楽になります」


 ヒルダが破顔する。


「んだじゃ、わんどえがらうげもづのはだげまでとおいすけたすかるじゃ」

(そうだね、ぼくら、家から受け持ちの畑まで遠いから助かるなぁ」


 ラオールもニコニコと農場で五郎の車両で移動することで生じる時間的余裕に微笑む。


「直営店への納品も時間短縮できるよね! 今まで行けなかった街にも直営店が開設できるかもだし!」

「「「それだ!」」」


 エカテリーナが口にした妙案に全員が激しく同意する。


「いまむがってらラジェーヴォだば、ひがえるコースぬなるじゃ!」

(今向かってるラジェーヴォが日帰りコースになるよね!)

「まあ、農場以外の街の人達の反応次第ですがね。こちらでは、馬が引かない荷車なんてまだ無いでしょう? 驚かせてしまいますからね」


 五郎が農場で害獣駆除というお題のモンスターハンティングをするようになって、最初に躓いたのがモンスターの出現場所への迅速な移動であった。

 五郎が待機している小屋(その室内は五郎が元いた世界で澄んでいたマンションを広くした間取りになっている)どこへでも最短距離で出動できるように農場のほぼ中央にある。

 初めての出動のときのようにごくごく近傍ならば走って現着することも容易いものであったが、農場の端の方になると全力で走っても一時間以上かかってしまう。

 定年したオッサンの衰えた体力だから、なおさらである。

 というか、一時間も走ったら心臓への負担がかかりすぎて、運動不足のオッサンはとんでもないことになってしまいそうだった。


 畑から、五郎の待機小屋への通報は、魔道具の通話装置で瞬時に行われるが、待機小屋からの移動は、こちらの世界での高速移動手段である馬に乗れない五郎は老体に鞭打って走るしかない。

 そんなことはやっていられないので、こちらの世界に持ち込んだコレクションの車両を活用することにした五郎だった。

 そして、五郎は自分だけの移動手段としてだけでなく、特に信頼できると判断した農場の従業員……すなわち、ヒルダやラオール、エカテリーナなど数名に操縦教習を実施していた。

 操縦者の選抜にあたっては大地母神ルーティエから農場常駐の神職に神託を降ろしてもらい指名することで農場従業員同士の嫉み合いを防止した。

 初めは農場の広場で前後に動かすことから始め、放牧場のとなりに自動車学校のようなコースを作り、そこで運転技術の教習を五郎が教官役になって行った。

 さらに、こうした納品の旅の機会を利用して、元の世界で言うところの路上教習を実施したのだった。

 その結果、ヒルダを始めとした操縦手に選抜されたメンバーは、オートマ車であるハンヴィーや全地形対応車ならば、スムーズに運転することが可能になっていたのだった。

 シフトチェンジ操作が複雑なM151はまだまだ努力が必要だった。

 さらに、自転車すらまだ発明されていないこの世界においては、バイクは全くの未知な乗り物であるから、乗れるようになるまでにはかなりの時間がかかるのは確実だった。


「では、明日は、夜明けとともに発って、人気がないうちに街道で路上教習しながら行きましょう」

「「「はいッ!」」」


 皆が生き生きと目を輝かせて元気よく返事を返してくる。

 どうやら、皆は車両の操縦が楽しくてたまらないようだった。


「でも、ゴローさん、よくまあ、あんなに何台もの馬無し馬車を所有なさっておられますよねえ。ゴローさんって、お国では大金持ちだったんですか?」


 焚き火の明かりを映した丸メガネで表情が隠れたヒルダが五郎に問いかける。


「いえいえ、とんでもない普通ですよ私の収入は平均的だったと思います」


 五郎は、ふっと鼻から息を漏らして微笑んだ。


「ただ、私くらいの収入の人たちは、結婚して家庭を持って、家を建てるのが普通で、収入のかなりの部分をその購入に充てるのが普通なんです。私の場合、幸か不幸か結婚できませんでしたので、家を建てる分や家族を養う分のお金を全部趣味に回せたので……。定年後は家を継いで農家をやるつもりでしたし……まあ、そっちも叶わなかったんですけどね。まあ、でも、家を買うより遥かに安いですから。全部合わせても」


 五郎が口の端を上げ自虐めいた笑顔を浮かべる。


「ええッ! すったにやすいのだが? すたら、わぬもかえっべな」 

(ええッ! そんなに安の? なら、僕にも買えちゃうね)


 ラオールが狼耳を立てて目を丸くする。


「うんうんッ! あたしの昔の給料一月分くらいで、あの一人乗りのヤツ買えちゃう!?」

 エカテリーナもラオールもワクワクと目をか輝かせる。ふたりとも、五郎所有の軍用車両が気に入ったようだった。

「ああ、私の故郷で家を買うには、地域にもよりますが、毎月金貨十枚くらいを三十年前後払い続けるくらいかかりますよ」

「んなぬど!」

(なんだって!)

「うえぇッ!」

「まあッ! こちらではそんなにお金があったら、準男爵様が住むようなお屋敷が買えちゃいますよ」

「やっぱり、大金持ちなんじゃんゴローさんってばさ!」

「んだじゃ!」

(そうだよ!)

「いえいえ、とんでもない! あちらとこちらでは、そもそも物価が違いますから!」


 焚き火の煙の乗って、ヴァルトブリーゼ農園一行の明るい笑い声が夜空へと吸い込まれていった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

更新が遅れておりまして、申し訳ありません。

20/01/22

大幅に改稿しました。

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