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第11話 馬無し馬車M151、異世界試運転

ご愛読誠にありがとうございます。

「ええと、つまり、私の家財道具財産の一切をこちらの世界に持ち込むことと、玩具が実用に耐えられるようになったことが……?」

「そう、我からのささやかなプレゼントだ」

「いやぁ、かなりな大盤振る舞いだと思いますけれど?」

「そうかなぁ……我が姉妹にして親友の生命の女神がね、異界人招待の権利を獲得したときに『絶対健康』なんていうものごっついチートをギフトしちゃってねえ。わかる? 不死身だよ、不老不死だよ。それに比べたら我が君に与えたものなんて可愛いものさぁ。家財道具一式含めての異世界召喚なんて」

「はあ……、まあ、神様がそれでいいとおっしゃるのなら……」

「うん、これでいいのだ」


 五郎は、蒼眼赤髪の女神の台詞に思わず吹き出しそうになった。

 それは、子供のときに愛読していた昭和を代表するギャグ漫画家の代表作主人公の決め台詞だったからだ。


(何年前だったかなぁ。バカボ○のパパの歳を超えたのって……)


 笑いを噛み殺しながら、子供のときに自分を大爆笑させていたおっさんキャラの巻き起こす珍騒動を思い出す。


「あれぇ? ウケない? 冷たい目で、見ないでぇ」

「ルーティエ様、通じてますから。私、必死で笑いここらえてますから! なんであなたは私の世界のネタにそんなに通じてるんですか!」


 子供の頃に見ていた同作を原作とした二度目のアニメ作品のエンディングで追い打ちをかけてくる大地母神を手で制して五郎は笑いをこらえる。


「そ、それよりも、説明の続きをお願いします」

「うん、そうかい、通じていたかい、我のギャグは。ぬるふふふ」


 悪戯が成功した子供のように大地の女神は、小ネタを挿みつつニンマリとする。


「……と、まあ、そんなわけで、君があちらの世界で集めていたコレクション及び、あちらの世界で使っていた家財道具財産の全てはこの待機小屋……ってヒルダが言ってたんだ。ここのことをね……。そ、ここに全部持ってきた。そして、君の鉄砲エアガンと模造刀剣類の全てに、元となった実物と同等の性能と実物以上の耐久力を発揮する加護を与えた。それから、家電製品等もこちらの世界で動作するようにパワーソースを『魔力』に変更した。さらに、君自身にもこちらの世界で生きてゆくうえでお役立ちな能力も少しだけオマケしといた。それが当農場への就職に際しての我からのささやかな贈り物ってわけだ君等の言葉で言えば就職祝いってやつだな」

「いやあ、過分な贈り物で恐縮です」

「ああそうだ、あとで、厩舎に置いておいたコレクションとかも動作の確認をしておくといい」

「え? 家財道具コレクション全部っておっしゃってたんでまさかとは思ってたんですが……アレも、持ってきていただいてたんですか……うれしいなぁ」

「喜んでくれて何よりだ」

「あ、あのッ、ルーティエ様、私は、この世界で何をすればいいのですか? こんな高待遇で迎えられたのなら、なんらかの使命等が……」


 五郎はその言葉の続きを紡ぐことができなかった。

 唇に大地母神ルーティエの人差し指が当てられていたからだ。


「いいんだ、五郎君。そんなに気張らなくても。君は、この世界で好きに生きればいいんだ。君が成し得なかった夢を叶えるといい。それが、この世界で君が成すこととなるだろう」

「はあ……」


 少しだけ肩透かしを食らったような気がして、五郎は茶柱がたった湯呑に視線を落とす。


「ふむ……、せっかくだから、我から一つ願いを託そう」


 ルーティエの声が、五郎の背中から聞こえる。

 ハッとして振り返った五郎の目に映ったのは、淡い光纏った大地母神ルーティエだった。

 その光が徐々に強くルーティエを包みルーティエの姿を暈してゆく。


「この地の皆とよしなにな。無論、誅すべきものは誅するに吝かではないけどね。じゃ、君の人生に多くの出会いと幸福を!」


 そして、一瞬眩く光り輝いたかと思うと、照明スイッチを切ったように一切の名残なく消えて失せたのだった。


「残像さえ残らないとは……」


 五郎は大地の女神ルーティエが消え去った出入り口のドアを呆然と見つめた。


「……と、アレを確認に行こう」


 五郎は女神が言った厩舎にあるものを確認すべく、外に出る。


「ええ……と厩舎、厩舎……はこれか?」


 五郎の新居のすぐ隣に両開きの扉が閂で留められた屋根の高い小屋が建っていた。

 閂を抜いて扉を開ける。

 薄暗い厩舎の中を眉根を寄せて覗き込む。


「おおぅ……あった……嬉しいなぁ……これ、探すの苦労したもんなぁ……」


 そこには五郎のコレクションの中でも最大級の大きさを誇るものが鎮座していた。

 存在を確かめるように眺めながら五郎はゆっくりと近づく。


「M151A1……」


 それは、ベトナム戦争時代にアメリカ軍で使用されていたジープタイプの非装甲車両だった。

 第二次大戦時に採用されたウィリスMBや戦後のM38などの『ジープ』の後継としてベトナム戦争時から使用され始め、1990年代初頭まで使用されていた。

 ざっくりと大きく分けてM151と同A1、同A2型があるが、コーナーリング時の横転事故が多発したことから、A2型以外は完全な形で払い下げられることはなく、大概が切断されてスクラップにされてから払い下げられていた。


「イスラエル軍から解体されないで放出されたのが運良く日本に流れてきたんだよなぁ。しかも、これ……」


 ボンネットを撫で、五郎は後部座席に上がり、車体中央から生えた鉄柱を撫でる。


「ガンマウント……やっぱこいつが無いとなぁ。ジープっぽくないよなぁ……いや、これジープじゃないけどケネディジープだけどさ」


 五郎が愛でていた鉄柱は、ジープ型の非装甲車両に機関銃を取り付けるための銃架と呼ばれるものだった。

 また、ジープという名称はジープブランドの車両にしか使えない名称で、それゆえにM151はジープという名称では呼ばれずにマット(怪獣退治の専門部隊のことではない)や、ケネディジープの愛称で呼ばれていた。


「エンジンはかかるかな?」


 操縦席に滑り込み、ズボンのベルトループにカラビナで留めているキーチェーンを手繰って五郎はキーホルダーを取り出す。

 そこから、取り外しやすいように更にカラビナで引っ掛けてあったM151A1のキーを取り外して、鍵穴に差し込んだ。


 ボボボボン、ブロロロロォン!


 という、始動音とともに年代物の軍用非装甲車両の発動機が唸りを上げた。


「おおッ、快調!」


 五郎がM151のエンジン音を堪能していると、背後からカラカランという、金属製の棒状のものが転がったような音が厩舎内に響いた。


「ん?」


 エンジンを止め振り返った五郎の目に入ったのは、日本のバイクメーカーの30年ほど前のモデルのオフロードバイクと日本では四輪バギーと呼ばれる ATV(All Terrain Vehicle-全地形対応車)そして、五郎のコレクションで最大のものが鎮座していたのだった。


「は、ははは、こいつらも来てたのか……退職金のかなりの額をこいつらに注ぎ込んだからなぁ」


 地面に落ちていたスパナを拾いながら五郎は口角を微かに上げる。


「パワーソースを魔力に変えたって神様が言ってたけど……どうやって補給するんだろう? しかし、よく見たらこの厩舎って、外見はこの世界風だけど、俺があっちの世界で借りてた貸しガレージそっくりだな」


 給油方法を考えていたその時、厩舎の出入り口から五郎の名を呼ぶ稚さを残す高い音域の声が聞こえてくる。


「ああ、ゴローさん、こちらにいらしたんですか。あ、あのですね、つかぬことをお聞きしますけれど食べもので嫌いなものとか、食べたら異常が出てしまうものってありますか?」


 好き嫌いや、アレルギーの問題だろうが、幸運にして五郎には殆ど好き嫌いも、アレルギーもなかった。


「いえ、特に好き嫌いや食べたら異常が出るようなものはありません」

「よかった! 今、農場の食品加工を担当しているみんなでゴローさんの歓迎会の準備をしているんですけれど、ゴローさんが食べられないものを作ってしまうのもアレかと思って聞きに来たんです。ゴローさん、お部屋の方におられなかったので探しちゃいましたよぅ。ルーティエ様もお帰りになられたみたいですし……」


 ……いや、正確には、実は五郎には一つだけどうしても食べられないものがあったが、それはこちらの世界には無いものだろうと思い、あえて言わなかった。

 しかし、いざ、五郎の歓迎会が始まったその時、出てきた料理の中にその存在を現認したとき、五郎は激しく後悔することになる。

 元の世界日本では、お祝い事には欠かされない、もち米と小豆を使ったあの食べ物……。


(あんなもの、日本だけの食いもんだろうし、今までどれくらいの転生者や召喚者がいたとしても、わざわざあんなものの作り方なんて伝えていないだろう)


 今まさに、その食べ物が竈で作られているその時、実に安穏と考えていた五郎だった。

 そんな五郎の耳朶をヒルダの涼やかな声が揺する。


「まあゴローさん! それって馬なし馬車ですか!? ワタシ父から聞いたことがあります。この国の始祖王様たちがいらした世界には人や牛馬が引かなくても走る荷車や馬車があるって! あ、この国の始祖王様って、ゴローさんと同じニッポンジンなんですよ」


 五郎にとってかなり重要な情報である王国の源流をサラリと紹介しながら、キラキラと瞳を輝かせて興味津々にM151やバイクたちを見つめるヒルダに五郎は微笑みを向け、一つの提案をする。


「乗ってみますか? その……お料理を作っていただいているところまで……どれくらいあるのか知りませんが……」


 少なくとも、徒歩1分のところには無いだろうと思った五郎はM151の試運転にヒルダの同乗を誘った。

 誘って、これが初めて女の子をドライブに誘う行為であったことに気がついた。


(うわぁッ! 女の子をドライブに誘ったのなんて初めてだよ、おいッ!)


 背中から汗がどっと噴き出す。


「ええええええッ! いいんですか? 是非是非ッ!」


 五郎の動揺をよそにヒルダはM151の試運転への同乗に食いついてきた。


「では、こちらに」


 助手席を手のひらで指し示し、五郎はヒルダにそこに座るように支持をする。


「この、ベルトで体を固定します。特に悪路を走行するときには必要ですね。あと、万が一の事故のときにも車……馬無し馬車から放り出される危険性を軽減します」


 説明しながら五郎はヒルダにシートベルトを装着する。センターピラーがないため、袈裟懸けに装着するベルトがない腰部分を固定するだけのものだ。


「うわぁッ! うわあああッ! ドキドキしてきました」


 ヒルダにシートベルトを装着して五郎は再びエンジンを始動する。


「きゃあああッ! ヒュージボアの鳴き声みたい」

(ボア? イノシシか……)


 五郎の予想通り、それはイノシシの魔物のことだった。

 厩舎から出たところで一旦降りて出入り口の扉を閉めて閂をかける。

 再び運転席に着いてシートベルトを締め、運転前の点検を指差呼称する。

 教習所で鬼と呼ばれていた教官に叩き込まれ、免許取得から四半世紀を余裕で経過した今でも続いている五郎の習慣だった。


「では、参りましょう。案内ナビよろしくお願いします」

「ハイッ! お任せを!」


 ゆっくりと踏み込んだアクセルペダルに合わせ、アメリカ合衆国第35代大統領の名前を愛称に持つ軍用四輪駆動車は滑らかに走り出す。


「すごい、すごおおおおいッ! ゴローさん動いてます! 動いてますよおおッ! 馬が引いてないのに動いてますぅ! あ、基本的にこの道真っ直ぐですから! きゃあ、きゃああああッ!」


 エンジン音に負けまいと声を大きくして前方を指差すヒルダ。

 その頬は初めての自動車への乗車体験に興奮してか紅く染まり、甲高い声音で嬌声を上げていた。


「了ッ! 少し速度をあげますよ!」

「はいッ! ひゃあああああッ! うきゃああああッ! 速いっ、はやあぁいッ!」


 徐々に上がってゆくM151のスピードに、ダークエルフの少女の歓声もヒートアップしてゆく。

 いつしか夕日のオレンジ色があたりを染め、ヒルダの上気した顔もまた夕日に染まってより紅くなっていたのだった。

五郎がいかにマニアックなミリヲタかお判りいただけたかと思います。

さて、いよいよ次回は街へと出発します。

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