都市遊戯
紳士淑女諸君に、楽しい遊びを提案しよう。これは最近、私が発明した事でね。
それというのは何か。驚くかも知れないが、これには準備は何一ついらない。一つだけいるとすれば、あなたが生きている場所が「都市」である事。田舎ではこの遊戯は難しい。都市特有の奇態な遊びと言えよう。
実践ーーさて、どうするか。私は先日、駅の改札に向かう群衆に紛れ込みながら密かに(自分は人々に紛れ込んで、あたかも普通の人であるかのように歩いている)と考え、ほくそ笑んだのだった。私は、ごく普通の身なりをしており、平凡な面構えをしていて、群衆に溶け込むには適任の男だ。私は群衆の中で、一人だけ人間に化けたエイリアンのような気持ちで歩を進めたのだ。
遊戯というのはこれである。あなたも人々の中にいる時に、頭の中で考えてみたまえ。自分一人だけが群衆の中で「群衆の一人に化けている」と。群衆でないものが群衆に化けているのだ。これは現代を生きる我々に楽しい愉悦を与えてくれる。周囲の人間はただの人間なのだが、私一人だけは、普通の人間を装っている。私はエイリアンであり、装うものであり、人々と一緒に歩いているが、これは仮装にすぎず、それに気づいているのは自分だけだと。それは思考の愉悦を、己のオリジナルを感じさせてくれる、現代人にぴったりの遊戯だ。
この遊戯を家庭生活に持ち込むのも職場に持ち込むのも可能だ。やりたければやってもいいだろう。まあ、あまりおすすめはしない。というのも、本当に気が狂ってしまう可能性があるからだ。本当に狂ったら、それはもはや遊戯とは言えない。とはいえ、演技していない人々というのは、狂った後の我々だと考える事もできよう。彼らは、最初、芝居をしていたのだが、次第に自分達が芝居をしていたのも忘却してしまった恥知らずである。彼らは化けている自分を自分と思いなした、全く後退した連中と考える事もできる。我々はその点、芝居をしているというのを忘れていない。
ところで、この遊戯には一つ、注意点がある。この遊戯の最中、自分一人だけ仮装をしており、周囲は普通の人間だと捉え、それを特権にまで高めて、周囲の人間を試そうとする……つまり、彼らが人工知能やゾンビでないのを確かめる為にナイフや銃といった道具で威嚇し、攻撃し、殺害する…これはいけない。こういう風に自分を特権にまで高め、まわりの人間を薙ぎ倒すような事はすべきではない。私はそんな事は推奨していない。あくまでも遊戯は思考の中でとどめておくべきである。
いずれにせよ、この遊戯は客体的に認証できる類のものではないから、紳士淑女はこの遊戯をあくまでも遊戯の範囲に留めておくべきだ。これはこの遊戯にまつわる最低限のルールである。遊びはルールを守ってやろうではないか。なお、厳密に言えば、このようにして遊戯を他人に伝えるのもルール違反である。だがこうして伝えなければ、私以外の「人間」が遊戯を知る事もないから、私はこうして伝えている。このルール違反に関しては、諸君らのご寛恕を願いたいところである。それでは良き遊戯人生を!




