魔女と暮らす
酷い戦だった。
百年も続いた。
結局、勝負は着かず、残ったのは人馬に踏み荒らされた畑や牧草地、焼けた村々、瓦礫の山になった街。
そして、寡婦に孤児。
私も、その戦で出来た寡婦の一人だ。
こんな世の中、身寄りのない女の身の振り方ってのは決まっている。
闇に沈むしかない。
ただ、幸いかどうかは解らないけど、この世界には女が沈む闇は二つある。
一つは、皆様ご存じ体を売る方。
そしてもう一つが、魔女に成る事。
最初の一つは股を開きゃぁ簡単な話で、大抵の女はそっちを選ぶ。
魔女に成るにはそもそも素質が必用だし、すでに魔女になった者に弟子入りしなきゃならない。
でも、体を売るのはまっぴらごめんだった。
元から売られるみたいに嫁に出され、嫁ぎ先でも淫売か奴隷みたいな暮しをさせられた。
結局、村は焼かれ、旦那や舅、姑は叩き殺され、私も兵隊共に散々に嬲り者にされ放り出された訳だが、小汚い兵隊の腹の下で、燃え盛る村と間抜けに転がる旦那の首や、生焼けの姑を眺めて思ったのが「これで自由に成れるかも?」だ。
ヒリヒリジンジン痛むアソコを冷たい冷たい小川の水で洗いつつ心を決めた。
ダメで元々、魔女の弟子になろう。と。
里の者が誰も付か寄らない深い深い森の奥に住む魔女。
その元に行って、弟子にしれくれるよう必死に頼み込んだ。
その魔女は、まぁ、見た目も汚いが性根も腐っていてとてつもない因業ババァ。
ちょうど下女を欲しがっていたと散々にこき使ってくれたが、私に魔女の素養が有ることを見抜くと魔女術を手ほどきしてくれた。
薬草、毒草、薬に成る鉱物や生き物の見分け方、瞑想法や精神統一の仕方、魔女が使う暦の見方やその暦にそった術の使い方等々・・・・・・。
そうして、いっぱしの魔女に成るころ、ババァはキッチリくたばり、私は彼女のすべてを引き継いだ。
大量の薬や毒薬、魔術書に薬草や毒草の畑、そして、顧客。
これが一番ありがたかった。
魔女って言うのは、蔑まれ恐れられつつも金を払えば魔術で問題を解決してくれる、王侯貴族の様に権力を持たない庶民の味方。
ババァは見てくれは最低だが腕は確かで多くの顧客を抱えていた。
それをそっくり引き継げた訳だ。
私もそこそこの腕だし、汚くて陰気で人付き合いの出来ないあのババァとは違い、まぁまぁそこそこ見てくれは良かったんで、村々や街を回って御用聞きして客をつなぎ止めることもした。
お陰で、この辺りじゃちょっとは知られる魔女に成ることができた。
もう、男どもの好きにされる事は無い。
そんな時だった。
森の中の私の家に、この辺り一帯を治めるご領主様恩自らがお越しになられた。
普段は下賤も下賤、下賤の極みみたいな魔女なんて歯牙にもかけないお方が、ほんの数人のお供だけを連れ、暗い森に忍んでこられた。
どういう訳かいぶかしみつつご領主様を招き入れると、開口一発。
「我が子を助けてくれ!」
と仰せだ。
詳しく話を聞くと、どうもご領主様のご嫡男様、血が壊れる病を患われたご様子。
怪我をしても血は止まらないわ、貧血を起こしてしょっちゅう倒れるわで、もう床から起き上がれないとの事、医者の見立てでは持って一月。
普通の医者では治せまい。
「魔女なら、怪しげな術でこの病を治せると聞いた。金ならいくらでも払う」
金さえもらえれば文句は無い。それにその病を治す手はある。
ただし。
「治してもらいたいなら、金以外にも必要なもんがあるんだけどさぁ、用意できるかね?」
「なんだ?なんでもいい!なんでも用意する!」
と、仰せのもんだから正直に言ってやった。
「お子と同い年のガキを一匹、都合してくれないかい?そのガキから血を絞って、お子に入れる。一発で治るよ」
ご領主様は椅子を蹴立てて立ち上がり。
「血を入れ替えるだと!なんとおぞましい!!」
と激昂あそばしたが、しばらく肩で苦し気な息をしたあと呻くように。
「解った。街に転がってる孤児でよいなら拾ってこよう。して、あとは如何すればよいのか?」
そう言うので細々とした指示をしてご領主様を送り出した。
そして翌日。
一台の馬車がやって来ると、家の玄関に男の子を一人放り出して去っていった。
歳の頃は十にも満たないだろう。麦わら色の髪からはイヤな臭いが起ち、ガリガリに痩せさらばえ、手足も小枝ようだが、緑色の瞳だけはギラギラ輝いている。
「なんでここに連れて来られたか、訳は知ってるのかい?」
「ご領主の子に血をくれてやるためだろ?代わりに飯を食わせてもらえるって」
「そうさ、たんと食わせてやるよ。その代りタップリ血を抜くからね。まぁ、たいがいは死ぬけど、いいかい?」
男の子は一瞬下を向いたが。またあのギラギラな瞳で私を睨んで。
「いいよ、腹いっぱい食えるなら」
なら話は早い。
まず小汚い体を清潔にしなきゃ、血を取るときに障りになるし、そもそも家にも入れたくない。
ボロ雑巾みたいな服を脱がして、近所の池に連れてゆき、そこに突き落とし、シャボンの木の葉でゴシゴシ洗う。
頭、体、もちろんケツも唐辛子みたいなチンチンも洗ってやると、まぁ、そこそこ可愛い男の子の出来上がりだ。
そのあと、薬草を入れていた袋に穴をあけて拵えた服を着せてやり、約束通り飯を食わせてやる。
土鍋に牛の臓物とおし麦を入れ、香辛料と骨から撮った出しでトロトロ煮込んだ魔女特性の臓物鍋。
これに血を増やす作用のある薬草と血圧をあげるキノコ、それから眠り薬をぶち込んで、さぁ、召し上がれだ。
男の子はまるで敵を取る様に鍋に頭を突っ込んで貪り食う。それからくちくなった腹を抱えて寝台に倒れこむと、スヤスヤ寝息を立てて寝ちまった。
ここからが魔女の仕事。
食った物が血肉になるまで待った後、明け方位に作業開始。
銀細工職人に造らせた針付きのポンプで男の子から血を抜き取る。
ワインの瓶一本と半分ほど取れたら十分だ。こいつに色々薬を入れて処理したあと、人を使ってご領主様のお屋敷に届けさせた。
血の入れ替え位なら、瀉血の出来る医者だったら出来る。魔女がお屋敷に出入りする方が問題だ。
さて、血を抜いた後の男の子、あとは死ぬをの待つばかり、もう一晩寝かせておいて。死んじまったら骨や臓物は薬の材料、肉は狼やらカラスやらにくれてやろう。
と、思ったがここに連れて来られて二日目の朝。
顔は青白いがそれでもむっくり起き上がり開口一発。
「腹減った」
どうしようかと思ったが、このまま放り出すのもなんなんで、残ったおし麦を牛乳と蜂蜜で煮た粥を作って食べさせる。
鍋一杯の粥を瞬く間に平らげてしゃもじもベロリと舐めた後。
「俺、死ななかったね」
「そう、死ななかったね。図太いねあんた」
鍋の底を見つめながら男の子は。
「出て行くよ」
そりゃ、困る。
この子が街に戻れば、ご領主様のやったことが世間にばれる。
ご領主様が魔女に頼ったと成れば、そりゃもう大事。私にも累が及ぶのは間違いない。
とはいえ、口封じに殺すってのも、ねぇ。
「いずれは出て行ってもらうとして、あんだけ血を抜いたからには直ぐに外へは出れないだろうさ、足腰立つようになるまで面倒見てやるよ」
そうして、私と男の子との暮らしが始まった。って訳だ。
あ、因みに、ご領主様のお子は無事平癒なされ、私の家には皮袋に入った金貨三十枚と。
「努々この事他言無用に候」
と書かれた手紙が送られて来た。御念の入ったことだ。
最初の頃はひ弱そうな子だったけど、暫く食わせる物を食わせてやるとみるみる逞しく育ち、ここにきて一年くらいたつと何かと身の回りの世話を任せられるようになった。
なによりもありがたいのは薪割りと水汲み。
魔女は大釜が命。こいつで薬草やら毒草やら色んなものを煮込んだり煎じたりして薬や呪物を拵える。
つまり大量の薪や水が要る訳だが、魔女とは言え所詮は女の細腕、手斧でちまちま薪を割り、木桶一個抱えて池からフゥフゥ言いながら水をくむ毎日。
いい加減嫌気がさしていたが、この子が来てからその辺を全部任せられるようになった。
始めは私と変わらぬ働きぶりだったが、やがて体が大きくなると大斧を振り上げ丸太を割り、天秤棒を担いで大桶で水を汲み、私が一日かけてきたことを朝の内に済ませてしまう。
残った時間は街への買い出しやご用聞きに走ってもらうので、私も家にいる時間が多く取れるので魔女としての仕事に専念出来て大助かりだ。
そうして、幾年かが過ぎると、男の子は立派な青年に成長した。
あの小枝みたいな手足はしっかりと肉が盛り上がり、精気の乏しかった顔ははつらつとして、ギラギラしていた瞳には穏やかな輝き。
そして私も、この子の成長をいつしか楽しみにするようになっていた。
驚いたね。私も女だったんだ。
そして、あの日から十年。
あの子、いやぁもう子じゃないね。彼は勢いよく家のドアを押し上げて、街で仕入れてきた食べ物やら私の頼まれ物なんかをドカリとテーブルに置くと。
「アンタが助けたご領主様のお子。もうじき奥方を迎えられるそうだ。おかげで年貢も税金も半額、それでワインを余分に買って来た。今夜一杯やろうぜ」
と、我が事の様に嬉し気に言う。
「ほう、そりゃめでたいね。で、お相手は何処のどなた様で?」
「ななんと大公殿下のご息女だそうだ。ご領主様もこれでさらにご出世なさるってもんよ」
「そりゃ益々めでたいね」と口では言いつつ、私の背中には冷たいもんがツツゥーと走った。
大公家の血筋を迎えるとなりゃ、過去の事も色々詮索されるだろう。
ならば魔女の力を金で買い、どこの馬の骨か解らんガキの血を体に入れたなんて事に成れば大事、良くて破談悪けりゃお家が取り潰される。
するってぇと、考えられることはただ一つ。訳を知ってるものを消すしかない。
彼が買って来た牛肉の筋をトロリと煮込んだシチューと、水で割ってないワインを二人で楽しんだあと、薬草園で育てたハーブのお茶を飲みつつ私は言った。
「ねぇ、お前もボチボチいい歳だよ。こんな魔女のおばさんの小間使いなんてしてないで、どっか他の街にでも行っていい女捕まえて所帯持ちなよ」
彼はカラカラと笑いながら
「アンタはどうすんだい?男手が居なくなりゃ、いろいろ不便だろう」
「お前がが来る前は一人でなんでもやってたんだ。また元に戻るだけさね」
ハーブ茶をズズッを啜ったあと、彼は
「俺を逃がすつもりか?つれないな、逃げるんなら二人で行こうや」
お見通しか。流石、私が育てた男だ。
「馬鹿言うんじゃないよ。これ以上、私の為に人生無駄にすんじゃないよ。もとは血を絞って殺すつもりだったんだよ」
「最初はそうだったかも知れねが、結局俺はアンタに育ててもらった。これからは俺があんたの面倒を見る番だ」
「何を生意気に。あたしゃまだまだこれからさ、お前みたいなガキに・・・・・・」
そう言いかけた途端。急に眠気が襲って来た。このハーブ茶。彼が煎れたんだったっけ?
「見よう見まねで作った眠り薬が効いたようだな。俺が一服盛ったのに気づかないとは、やっぱりアンタは俺が居なきゃな」
そう言うと、私をヒョイと抱き上げつつ
「街で噂を拾ったんだ。ご領主が手勢を集めてるって。街の奴らは盗賊狩りだとか言ってたが、ありゃここを襲う算段だ。アンタと逃げるつもりだが、やっぱりアンタは頑固もんだ。十年も暮らして来たんだからわかる。説得する間も勿体ない」
その後何か言ってたような気がするが、眠気に勝てずに彼の腕の中で眠り込んでしまった。
目が覚めたのは荷馬車の上。
薬やら薬草、毒草の種が入った袋、魔導書や当面の暮らしの道具が入った箱の間に、毛布と毛皮にくるまれて私は眠っていた。
頭の上を見やると、広々とした逞しい背中。駄馬を操る彼の物だ。
「夜明けと同時にご領主の兵隊が襲って来たようだ。間一髪、逃げおおせたようだぜ」
起き上がると、そこはちょうど私が暮らしていた森が見渡せる峠。
緑の森の中から一条の煙。
「あ~あ、あのババァから引き継いで、私とお前でちまちま築き上げてきたもんがみんなパーかい。腹が立つねチクショー」
「また一からやりなおしゃいいさ。アンタの魔術がありゃ、暮らしは充分立つ」
身を起こして、彼に近づき、腕を伸ばして革の外套越しに彼の背中に手を当てる。
「それで、いいのかい?ほんとに?」
「良いに決まってる。俺が真っ当に人の事を好きになれる人間に育ったのは、全部アンタのお陰だ。これからはアンタにもらったこの気持ちで、アンタの事を守っていくよ」
それは私も言いたい。
お前を育てて、お前と共に暮らしてきたおかげで、私は真っ当な人間らしい気持ちで居られた。人の事を思える心を持つことが出来た。
さて、また二人の暮らしを始めるとするか。
オシマイ。
あらすじにも書きました通り、
Twitterで見かけたハッシュタグ『#魔女集会で会いましょう』
を見て、思わずササッと掌編を書き上げてしまいました。
ほかの方はもちろん絵で勝負されていて、それはもう琴線に触れる素敵な作品ばかりで、
ここは一つ物書きとして小説で勝負してやろうと奮起した次第。
如何でしたでしょうか??