オレオレ太郎と美月の母ちゃん
「はいはい、山村でございます」
「よう母ちゃん。オレだよ、オレオレ」
「え?」
「やだなあ、自分の息子の声も忘れちゃったのかよ」
「……太郎くん?」
「えっ……」
「太郎くんだよね。ほら、高校生のとき、うちの子とお付き合いしてくれた」
「……美月の母ちゃん?」
「やだねえ、お義母さんの声も忘れちゃったのかい? というより、あんたからかけてきたんじゃないか」
「は……、はあ……」
「久しぶりだねえ。元気にしてたかい?」
「え、まあ」
「なんだい、元気じゃないのかい。あんただけでも元気じゃないとさ、あたし参っちゃうよ」
「元気ですよ」
「そうこなくっちゃ」
「うん。……おばさんは?」
***
「あのときは本当、楽しかったねえ。太郎くん、あんたしゃっくりが止まらないもんだから困っちゃって。うちの父さんにまで移っちゃうんだもん」
「親父さん……、懐かしいなあ。元気ですか?」
「まあねえ、身体以外は。歳のせいか、しょっちゅう腰を痛めてるんだよ。あたしのほうがまだ、ピンピンしてるくらいさ」
「へえ」
「美月ねえ、あのあと少ししてピクニックの話をしたんだけど、どういうわけか、てんで話が合わなかったんだよ。あたしがね、サンドウィッチの話をしてるのに、あの子ったら上の空で、しまいには『たまごだっけ?』なんて言い出すのよ。ハムよハム、あのとき父さんが文句言ってたのは、ってあたし呆れて言ったんだけど、あの子ったらぼうっとして、『空の色しか覚えてない』っていうのよ。何だろうね、空の色って。あの子、あんたといるとき、空なんか見てた? ……太郎くん?」
「……はい……、すみません……」
「どうして謝るんだい。ってか……、なんで泣いてるの」
「……別に……」
「ごめんねえ、せっかく元気にしてたのに、おばさんの想い出話なんか聞かせちゃって。でも……、電話ありがとうね。太郎くんとお話しできて、なんか……、美月のこと……。おばさんまで、こんな……」
「じゃあ、また。元気でね、太郎くん。美月にはあたしからご報告しておくから。父さんには……、別にいいわよね。あの人もいろいろと疲れてるし……。じゃあ、また。いつでも……、いつでも美月のこと、思い出してね。……切るよ……」
***
太郎は受話器を持ったまま、涙を浮かべて立ち尽くした。
ブラインドの隙間に指を入れると、仄かな光が、彼の胸へと入り込んだ。