みこもり!
思い切って勢い投稿なのでダイジェスト風味でお送りします。
思ったよりもあっさり来れてしまったなぁ、と蘭は辺りを見回した。
当然の事ながら警戒はしているが、何となくのほほんとした気持ちでいるのは女神から加護をもらったという安心感か。
その時、すぐ隣で赤子を抱く百合絵が目にはいってオットいかんと気を引き締めた。
自分と違って彼女に破格の戦闘力は与えられていない。
余裕を感じてはいても油断は無しというものだ。
「ま、取りあえず、落ち着ける場所探そう」
探索だか散歩だか分からないような足取りで森と言うには疎らな木々の間をしばらく歩くと、広々とした水辺に出た。
女神に持たされたリュックを肩から下ろしながら改めて辺りを見回していると、顔をのぞき込んできた百合絵が小首を傾げ不思議そうな顔をする。
「なんか、蘭の感じが変わってる気がするの」
「こちらで上手くやれるように、変えてもらった影響だと思うよ」
それは蘭自身にも自覚があった。
この未知の世界で、同行者を守りながら生きていける圧倒的な力と、不自由さを極力排除した体。
一見、元と変わらない170cmという少女としては長身の曲線なのだが……
「私はあんまり変わった気、しないなぁ」
腕の中の赤子を気にしながら、自分の体をチェックする百合絵。
160cmには足りないやや小柄で柔らかな曲線に沿って、首元から両側に垂れた緩い三つ編みが揺れる。
「百合絵は育てる方に特化したから、そういう自覚は――」
その時、赤子が泣き出したので百合絵はすぐ傍にある木をしばし眺めて頷くと、手の平を向けて祈るように目を閉じた。
ざわざわと枝葉が静かに揺らめき、早送りした映像のように幅広く茂り広がって、水辺の向こう側からの目隠しの様になった辺りで静止した。
目を開いてそれを確認した百合絵は満足気に頷いて、さらにその隣と向かいの2本の木に手を向け祈る。
やがてそこにはどうやら彼女の望んだ、コの字型の空間が完成した。
「この中から敷物を出して、そこに敷いてくれる?」
肩にかけていた大振りな鞄を差し出された蘭は、言われた通りにレジャーシートを出しコの字に開けた空間に敷いた。
風景に溶け込みそうな深い草色のそれは彼女の趣味というわけではなく、女神からの餞別のうちの1つで地味ではあるが強度使い心地ともに素晴らしい一品だ。
蘭のリュックも同じく女神から送られた物で、見た目からは想像できないほどに破格な存在なのだが、それはさておき――
「お腹空いてたみたい」
シートの上でオムツの様子を確かめてから改めて赤子を抱き上げ、上着のジッパーを下げるとおもむろに授乳をはじめる。
そんな百合絵は赤子の母親ではなく経産婦でもない、まだまだ年若い娘だ。
これも女神からの“育てる力”のうちで、栄養も免疫も完全な母乳が出る。
獣の乳とか入手が確実じゃないのより便利だからと、母乳を推してきた女神にセクハラだパワハラだと抵抗していた蘭を尻目に「ひもじい方がかわいそう」とのほほんと言ってのけた彼女なのである。
「危険が少ないところに降ろすっていってたけど……違う世界に来たって気がしないというか、普通に大自然でピクニックしてるだけっていうか」
「ら〜ん、こんな大自然は普通じゃないよぉ?」
言われてみればたしかに、こんな広大な平地の湖畔らしき場所でレジャーシートだなんて、これまでの生活の中ではありえなかった要素だ。
女神のもとでお試し生活なるものをしていた間に、常識が歪んだのか。
衣食住保証なんてノリで交渉してきた女神のせいにしてもバチは当たるまい。
そんな風に気を取り直して用心しながら水に手を浸してみれば、いい感じに温く後は昼夜の気温差という落とし穴がなければと願うばかりだ。
「しばらくはこの辺で様子見するのが無難かな?」
「そうだね。あ、鞄に住居用意しとくって女神様が言ってたけどもう出しちゃう?」
「あー、うん。ありがたいけど……ありがたいんだけど、段々とあの女神が青い狸猫に見えてきた。
これで反省を活かして自重してるって言うなら、堕落したって前任者にはどれだけ大盤振る舞いしたのかっていう」
なんだかな、という気持ちになってボヤくのは仕方ないと思う蘭なのである。
「ら〜ん。こっちはこっちでがんばろう?
この子ちゃんと守って育てるって目的忘れなければ、きっと酷いことにはならないよ」
蘭が警戒を込めて辺りを探っているうちに授乳を済ませたらしく、キチンと胸元を隠した百合絵がシートの上から立ち上がったのでそれを手早く畳んでしまう。ニコッとした眼差しがありがとうと伝えてきて少し心が安らいだ。
「だといいけど。まだ現役の権力者で好き勝手してるのいるらしいから、こっちにちょっかいかけてきそうで嫌なのよ」
「じゃあ落ち着いたら女神様にどら焼きでもお供えして、ちゃんとこっちに贔屓してって頼んでおくね」
とぼけて聞こえても本気なのが百合絵という少女で、頑固で融通の効かない自覚のある蘭はそんな所にも癒される。
生まれた環境からも甘く見られるせいでトラブルに巻き込まれやすい百合絵といると「依存されている」と言われがちであるが、こっちからしたら余計なお世話なのだ。
「まあ、どら焼きが好物かはともかくそういうのって案外大事かもね」
「うん。与えるばかりじゃ、神様だって力でないと思うんだ」
やっぱりこういう所に癒される。
自分らしくを貫こうとする気力だって貰っている。
「たしかに。私だったらやる気なくなって放置するかな」
「感謝はタダって言うけど、神威が落ちてるって祈りに応えてもお礼もらえて無いって事だもんね……切ない」
こんな友里絵とだから喜んでここまでやって来たんだと思う蘭なのだ。
件の女神が作った人類が暮らすこの世界。
とりあえず気候は暖かで環境は悪くない。
「早くこの子に名前付けてあげようよ」
この人たちは2人で完結してる感じで