第五話 学校の怪談
何の変哲も無いその町に、何の変哲も普通の小学校があった。
町立〇△小学校。
その町に五つある小学校のうちの一つで、旧住宅地に近いところに位置している。窓霊の家もこの小学校の校区内だ。
全校生徒は五百名前後、一学年三クラス。創立三十年程度のまだ歴史の浅い学校で、そろそろ体育館の建て替えに時期にきており、児童たちは新しくなるのを楽しみしている。
二学期制、九月に運動会、五月に遠足がある。五年生の時に林間学校、六年生の時には修学旅行がある。ほかにも七夕やクリスマス、近年ではハロウィンなどでも簡単な行事が行われている。
いたって普通の小学校で、特筆すべき点は無い。いや、無かったと言うべきか。
その小学校は今、ある噂で持ち切りなのだ。
動く人体模型。ひとりでに鳴るピアノ。トイレの花子等、学校の怪談、あるいは学校の七不思議と呼ばれる類の噂だ。
小学校ほど多くの悪霊が誕生し、そして消えていく場所は無い。人は常に入れ替わり、しかし噂は後輩へと受け継がれていく。そんな環境で噂に上り誕生し、そして忘れ去られ消えていく。
児童たちは学校の怪談を怖がり、また面白がっているが、当の学校の怪談担当の悪霊たちも、子供たちの入れ替わりの激しい噂に一喜一憂するのだ。完全他人任せのバトルロワイヤル、気が付いたら勝ち抜いていたなど、怪談より怖い話は枚挙に暇がない。当然だが、気が付いたら負けていたなどという感想は無い。負けとはすなわち消滅だからだ。ああ、怖い。
窓から覗く霊の朝は早い。霊なのに早起きってどういう事だよとお思いかもしれないが、彼女の獲物は通勤や登校途中の清い男性である。幽霊は夜出るものと相場が決まっているとかは無い。
そして、窓から覗く霊の機嫌が、今日は特に悪い。
朝の身だしなみを済ませ、おコトが立てポップの設置を完了すれば、今日はいつもと違う今日が待っているのだ。窓霊的には不本意なことに。
朝の九時半ごろ、最後の客がインターホンを鳴らした。
全部で何人になるのか、窓霊宅では、近年稀にみる来客数になっていた。
インターホンに巫女少女のおコトが返事をし、ふよふよと長い天色の髪をなびかせながら玄関まで飛んでいく。そのまま玄関で客と簡単に挨拶を交わした後、未だかつて無い人口密度のリビングまで案内してくる。
「ホワホワ! 私が最後~?」
能天気に片手を真上に伸ばした少女が、満面の笑みで室内に入ってくる。おかっぱの黒髪に白いブラウス、赤い釣りスカートと、何処からどう見てもトイレの花子さんだ。断じてちび〇子ではない。
身長は低い、小学一年生と同じぐらいだ。肌は白い。健康とは無縁な白さだが、健康的な花子はさすがにどうかと思う。
さらに肩から水筒を斜め掛けしており、小学生感がよりいっそう際立っていた。
リビングは普段の内装とは変わっており、真ん中に長テーブルを置き、そのテーブルを囲うように一人用のイスが九席分。ソファーやテレビなど普段から設置してあるものは今は無い。代わりなのか、何故かグランドピアノが部屋の隅に置かれている。
テーブルの上には、丁度花子用のお茶と茶菓子が用意され、全部で人数分の九セットが置いてある。
現在、席に着いているのは、一番奥の上座に窓霊。後はまばらに人体模型や骨格標本。飲みかけの湯呑が置いてある席はおコトちゃんで、一番手前が花子。
花子は入り口から一番近い席、つまり下座に着席するが、この会の席順は家主である窓霊が上座であること以外は特に決まっていない。
「あれ? おコトお姉ちゃん。お茶が九人分あるよ?」
「え? 花子たちは、全員で七人では? 私とご主人さんを足して九人なんじゃないでしょうか?」
「え?」
何言っての的な表情で花子がおコトを見て、次いで今日の主役である来客者たちに厳しい視線を向ける。
「ねえ? 今日は全員来れないって、ちゃんとお姉ちゃんたちに言った?」
見た目も中身も最年少の花子だが、その力は学校幽霊の中でも最強に近い。なにせ、他のどんな怖い噂が無くて、大抵トイレの花子の噂はあるぐらいなのだ。その彼女の目力を受けて、他の悪霊、具体的には骨格標本がさっと目をそらす。
「あれ、今日は学校の七不思議会議なんじゃないんですか? てっきり全員いらっしゃるものだと・・・」
おコトが困惑の声を漏らす。有名な学校の七不思議が勢ぞろいすると聞いて、ウキウキと場のセッティングをしていたのだ。
「そこの骨! 説明しておいてって、私言ったよね?」
花子が骨格標本を睨む。その眼光はとても中身が子供だとは思えない。
そのイスには骸骨とも呼べる存在が着席していた。本物の骨では無く、理科室か保健室」に飾ってある骨格標本だ。ぱっと見は骸骨にしか見えないが、よく見れば支えやらジョイントやらがあちこちに見える。所詮は模型でしかない。
「いや、あの、おコトちゃんがあまりにも楽しみにしてたから、言いづらくて……」
骨格標本が脂汗を流す。肌を伝うことがないので、割とダイレクトに床に汗を垂らしてしまう。眼球が無いのに目が泳いでいるように見えるし、皮膚も無いのに青ざめているのが分かる。筋肉が無いのに表情豊かに見えるのはなんなのだろうか。
「だったらよけいに、ちゃんとお姉ちゃんたちに言わなきゃダメでしょ。お茶も余分に用意させちゃって」
「花子」
窓霊が花子を制止する。今までもずっとリビングに窓霊はいたのだ。来客があるのに、歓待しないわけがない。ただ、会話するのが面倒くさいから、ずっと上座で本を読んでいただけなのだ。歓待とはいったい……
「あ、ごめんねお姉ちゃん。ちゃんとみんなに注意するから」
「いや、そこの骨を指導するのは学校に帰ってからやりなさい。とっとと会議か何か知らないけど、始めちゃっていいから」
言うだけ言って、窓霊はまた読書に戻る。
窓霊的にはとっとと始めて、とっとと終わらせて帰ってほしいのだ。始まる前から嫌々オーラ全開の窓霊だが、会議に使いたいと花子から打診があったときは、しぶしぶとだが了承した。人数が多いからと、茶菓子になるものを通販で購入したり、部屋の模様替えを考えたりと、来るからにはしっかりと迎えたい面倒くさい窓霊だった。
「あ、うん。そうだよね。わかったよお姉ちゃん。じゃあ、みんな第一万とんで五十三回目の七不思議会議を始めるよ」
「お、多いですね!!? いや、あの全員そろって無いんですけど……」
「そうだった。あのねおコトお姉ちゃん。私たち七不思議の内訳って知ってる?」
「内訳? 花子、骨格標本、人体模型……、あと一般的なのが、十三階段、ひとりでに鳴るピアノ、校庭に出る何かとか、鏡関連とかですかね?」
指折り数えていくおコト。
「うん、大体そんな感じ。ピアノはそこに来てるでしょ。 十三階段は来れないから──はいこれ」
「え! あのグランドピアノは学校から来たんですか? どうやってって、何ですか? それ」
「スマホだよ。十三階段は動けないけど、話し合いに参加してほしいからスマホアプリでテレビ電話を用意したの」
花子はスマホのアプリを起動して、画面とカメラの向きを調整してテーブルの上にセットする。
そこに映っているのは、小学校の屋上へと続く十三階段だ。
「これでよし」
「え、あの、誰も映っていませんが?」
「映ってるっすよ、十三階段が」
「おコトちゃん、その階段が例の七不思議なんすよ」
「あんたたち、キャラ被ってるわね」
映像の補足をしたのが人体模型と骨格標本だが、キャラが被りすぎてて、差を説明しても意味がないので割愛する。どっちかだと思って頂ければ十分だろう。
無人の階段が映っているだけという、非常にシュールな映像は、テレビ電話の必要性を再確認したくなる。
実は映像の十三階段は、通常より一段増えているのだが、おコトは普段が十二段だと知らないし、そもそも絵的に地味過ぎる上に、段数が増えるという現象自体もやっぱり地味なので、花子含め特に説明はしなかった。
おコトもこれが十三階段だと言われた以上、「そーなのかー」と納得するだけだった。なんかもう、怪異の定義が怪しい。
***
太陽が西の空に沈む直前、黄昏の空をカラスが巣に帰るために飛んでいく。夕日の赤が全てを染め、だが幹線道路は帰宅する車で日中とは正反対の賑わいを見せる。スーパーではタイムセールが始まり、日々の献立に頭を悩ませる主婦が、生活費からの出費を計算しながら手に持った買い物籠に商品を詰めていく
学校の校庭や体育館からは部活動中の生徒の声が聞こえ、職員室では教師が明日の授業の準備をしている。
その日も瑠美子(十二歳。特技はBMXのフリースタイル。嫌いな授業は保体)は、小学校の委員会で遅くなっていた。中庭の花壇用に新しい苗が届き、美化委員総出で花壇に植え替えを行っていた。たまたまその日の花壇の水やり当番だったこともあり、植え替え完了を先生に報告する役割を押し付けられたのだ。
一階の職員室へ報告に行き、じゃあ帰ろうかと踵を返した瞬間、得も言われぬ違和感を瑠美子は覚えた。何かが上にいる。そうとしか表現できない、だがそれが何かは自分でも分からない。不安と恐怖と少しの好奇心が体の中から溢れ出てくる。
足を止め、数舜だけ思考した瑠美子は、幼さ故か好奇心が勝ってしまい、違和感の正体を確認するために上階へ向かった。
まだ校内には人がいる。職員室を始めとした教師陣、委員会やクラブ活動、あるいは単純に遊んでいただけの児童。何もないだろうが、何かあっても大丈夫だと信じていた。
瑠美子は油断していた。最上級生になった事から、大人になったと勘違いしていた。妹が生まれたことも大きかった。
職員室を出て感じた違和感は、三階の廊下に到着し、屋上へと続く最後の階段に視線を向けた時に一番大きくなった。違和感が此処で確かな形をとる。「上に何かがいる」と瑠美子の直観が訴える。行ってはいけないと分かってはいても、ここまできたら足が前に出てしまう。引き返すことがダサいと考えてしまったとしても、多感な年頃である彼女を誰が責められようか。
一歩一歩階段を上り、踊り場までたどり着き体の向きを変える。その先には最後の十二段と屋上への扉が有るだけだった。しかし瑠美子は見てしまったのだ。そこにある、一段増えた十三階段を。その本性を。
一段増えてた。
なんて恐ろしい。知らぬ間に段数が増えていては、よそ見をしながら階段を利用している時に、うっかり足をもつれさせてしまうではないか。あと一段あると思っていた時、あるいはこれで終わりだと思っていた時、足の踏み場を間違えてかなり恥ずかしい姿をさらすことになるだろう。あれ、すごいビックリするんだよね。
しかも何たることか、階段の横の壁には何か文字や写真が掲示されているのだ。まるでよそ見を誘うように。なんて残忍で狡猾な悪霊なのであろうか。恐ろしい。
そのうえ壁に掲示されているのは、十三階段と同名の書籍や映画の紹介なのだが、学校の怪談の階段との関連性は特に無い、完全な別物である。文章から感じ取れるドヤっぷりは、おそらく観もせずに自分の事だと判断してしまったのだろう。こちらとしても、まさか他人(霊)の勘違いを見せつけられるなんて、それはそれで恥ずかしくて、いたたまれない。身を削ってまで平常心を奪おうと言うのだ。敵ながら天晴である。
ちなみに瑠美子は、違和感の正体を確かめたことで満足したのか、十三階段に足を掛けることすらせずに、帰宅した。
十三階段、という悪霊が居る。学校の階段で普段は十二段のところが,夜になると一段増えて、十三段になるのだという。
十三階段とは死刑台への階段と同数であり、学校の十三階段を登りきると、異次元や異世界、あるいはそのまま死の世界へ吸い込まれると言われている。
***
「ところで、なぜ会議を家でされるのですか?」
おコトがもっともな疑問を口にする。
階段しか映っていない地味な定点カメラをテーブルにセットして、一息ついてからの質問だ。
「あー」
花子が申し訳なさそうな表情になる。その様子はこの家で会議を開くのが不本意であるかのようだ。
「悪いとは思ってるんだよ?」
「おコトちゃん、俺たちも前は学校で会議を開いていたんすよ」
「そうそう、むしろ学校は会議に丁度いい部屋がいっぱいあるっすから」
さっきから補足程度の内容しか喋らない、どっちかが人体模型でその残りが骨格標本の二人。
「でもね、学校で会議をしていたら、噂がたっちゃってさ」
「噂、ですか?」
「うん、夜な夜な教室に幽霊が集まってるって怪談がね、出来ちゃったの」
「ポロンピロン」
一人でに音が鳴るグランドピアノ。一軒家リビング程度の広さでは、ちょっとうるさい。
「わ!! びっくりしたあ」
「うるさいわね、ていうか、いつの間にこの部屋に入ってきたのかしら。むしろどうやって来たのよアレ」
読書をしていると音が気になるタイプの窓霊。そうじゃなくてもピアノの音はうるさいけど。
「でですね、おコトちゃん。学校で新しい怪談が出来ると、たいていは七不思議にカウントされるんすよ」
「なんでも七不思議にしたがるんすよ、子供たちは。でも、俺らは八つにはなれないんです」
学校の七不思議は七不思議でなければならない。あまりにも有名な噂や悪霊は、人々のイメージや噂の影響をダイレクトに受ける。そのイメージから逸れることすら許容出来なくなるのだ。
「つまり?」
おコトが先を促す。
「新しい七不思議の噂が誕生した時点で、一番、噂として弱い怪談が押し出されて消えるの。」
「うわぁ」
おコトとしても声が出ない。この場合の消えるとは、文字通りの消滅を意味する。おコトは人身御供由来なので関係無いが、噂から発生した悪霊は全て同様の問題を抱えている。
「あの、教室会議が怪談になった時は、どなたが?」
消えたのかなんて、とてもではないが最後まで聞けない。おコトは優しいのだ。
「二宮の金さんだよ」
「どこの町奉行よ」
「え? 金次郎さんは学校にはなくてはならない存在なのでは?」
二宮金次郎像、という妖怪が居た。夜な夜な光ったり走ったりする、賑やかしのような怪談だが、なにせ古くから存在している為、学校妖怪の中でも上役的扱いだった。
しかし昨今、そもそも子供を働かせたりしねーよという、至極もっともな意見により、撤去が相次ぎ、児童たちからも忘れられていく。
まあ、全国の学校に立てられた由来が明治政府の都合によるところが大きく、完全に時代とかみ合わなくなっていたので、時間の問題のような気もするが。
新設される場合は座ってる事もあるらしく、それを真似て自主的に座ってみたある金次郎像は、気味悪がられて破壊された。世知辛い世の中である。
一通りの事情を花子が話し終えるのを、おコトは神妙に聞いていたが、「はぁ、大変なんですねぇ」で、終わらせてしまった。
周りの反応は苦笑するに留まっている。おコトは前述した通り、神道に由来する霊だ。噂に依存する霊の事情にピンと来ないのも仕方がなかった。
花子は七不思議事情の続きを話す。
結局、その後は押し出された金さんの代わりに、教室に集まる霊の噂を維持し、七不思議の形をキープしながら代わりの噂が出るのを待ったらしい。維持している間は、用もないのに教室に集まって会議ばかり開いていて、とても面倒くさかったと言う。
その為、代わりの七不思議が揃ってからは、噂にならない場所を選んで会議をしていたのだとか。面倒くさいのはやはり避けたい。
「じゃあ、今は新しい七不思議さんがいらっしゃるんですよね?」
おコトが首を傾げる。七つ目をキープする為に教室で会議をしていたというのに、今こうして外で会議が出来るのならば、新しい七不思議が決まったことを意味する。
「うん。もちろん決まったし、ここにも来てるよ。ほら!」
そう言って、笑顔で花子がテーブルの一角を指さすが、そこには空のイスが有るだけだ。
「あれっ? 新しい子は小さいんだから、テーブルの上に置いてあげなきゃ」
花子がとててとイスまで走っていき、イスに置かれていた物体をテーブルの上に上げた。
それは、黒い塊だった。
それは、黒いフサフサした塊だった。
それは、─────ヅラだった。
「?」
ヅラに縁のないおコトはポカンだ。
読書をしつつ何気に横目で様子を窺っていた窓霊も唖然としている。
「それ、カツラよね?」
「うん」
「え? もしかして、校長のズラが飛んでるとか、子供がバカみたいなノリで笑いを取る噂が元なの?」
今までわれ関せずを決め込んで読書に没頭していた窓霊だが、さすがに気になるのか会話に混ざってきた。
「そうだよ、お姉ちゃん。噂ってすごいよね。ズラすら誕生させるんだよ?」
ヅラは噂から誕生したそうだ。窓霊や花子と同様に。それはつまり、
「ということは、噂が形になる前は、その持ち主は地毛だったの?」
「うん。校長先生だね」
ということになる。
噂はいずれ事実となり、悪霊が誕生する。そう、噂は事実になるのだ。
空飛ぶカツラ、という妖怪が居る。あくまでもヅラっぽいだけの地毛持ち校長先生は、小学生男子たちの噂の餌食となる。ヅラっぽいならばそれはヅラと同義だ。少なくとも小学生男子にとっては同じなのだ。彼らは噂した。校長のヅラが飛んだとか、回ったとか、落ちたとか。友達が飲んでる牛乳を噴けばいいぐらいのノリだった。
しかし、噂は事実となる。ある日、目が覚めた校長先生は地毛がヅラに代わっていることに気付くのだ。しかもそのヅラは悪霊だから、悪霊を頭皮に被って仕事をする羽目になる。しかもそれだけでは無い。噂の内容を覚えているだろうか。ちょっと前だから読み直して欲しい。
お分かりいただけただろうか。そう、ヅラは飛ぶのだ。禿げてなかった校長先生の一夜ヅラは、勢いよく飛んで飛んで飛んで回って回って落ちるのだ。そして後には頭の素肌を晒した校長先生が残ることになる。
今後、いわゆる現代妖怪の一つとして数えられるだろう空飛ぶカツラ。一人の教師の犠牲の元に成り立っている怪談だということを、我々は忘れてはならない。
「噂って怖いわね」
自分も噂が流れる恩恵を受けていながら、どこか他人事の窓霊である。だが、本当に怖いのは、そんな噂を流し続けた小学生男子である。どっかで飽きろよと、思わずにはいられない。
「これで七不思議は、花子、人体模型さん、骨格標本さん、ピアノさん、十三階段さん、カツラさん、後、お一人ですね。来られるんですか?」
「もう来てるよ」
指折り数えるおコトにそう答えた花子は、おもむろに肩に掛けていた水筒を取りだし、蓋を外してコップにし、そこに水筒内の液体を注ぐ。少々濁っているが、普通の水に見える。
「ハイ。これが最後の七不思議、プールの怪人だよ」
手に持った水筒の蓋を高く掲げる。悪霊の紹介というよりか、ただの乾杯のポーズだ。
「え? 飲むんですか?」
コップに入った液体を出されたら、とりあえず飲むのかなと考えるのは仕方がないと思う。
「いやいや、飲まないよ! 言ったでしょ、おコトお姉ちゃん。これがプールの怪人だよ」
「……プールの水なんですか?」
「そうだよ。プールの水そのものが怪異なんだよ。汲んできたこれもプールの怪人。プールに残ってる水もプールの怪人」
「プールの中に潜んでるとかじゃないの?」
ここでも窓霊が会話に入ってくる。すでに読書どころではなく、奇抜過ぎる七不思議に興味深々だ。
「姉さん。そういうところも、ある見たいっすよ」
「うちの学校は、プールそのものが怪異になったみたいっすね」
補足情報を人体標本が答える。骨格模型かもしれない。
「水全部が妖怪なんて、そのプールは危ないんじゃないですか?」
おコトの疑問も最もだ。ただ、ここには妖怪とかしかいないから、危ない言われてもイマイチ、ピンとこないが。
「大丈夫だよ。この水は見てるだけだから」
「何をです?」
「水中にある女子小学生の下半身」
「………」
「水中だと無防備だから良いんだって」
「………」
無邪気に邪気まみれな事を答えていく花子。幸いにもおコトはこの手の話題の語彙を持ち合わせていなかったので、そこで会話が強制的に終了する。
プールの怪人、という妖怪が居る。女子小学生の下半身をガン視するだけの悪霊だ。
当の女子小学生は、プール遊びに夢中で視線には気づかない。一部の成長が早い女子だけは、あれ?ってなるのだとか。
「もうついでだから訊くけど、そこの人体と骨は学校ではどんな怪異なのよ」
うんざりした様子で窓霊が話題を振る。興味は無いんだけど、どうせおコトも気になるだろうし、早く済ませて仕舞いたかった。
「夜んなったら、理科室で動くんすよ、姉さん」
と、人体模型。
「夜んなったら、理科室で動くんすよ、姉さん」
と、骨格標本。
「動いてなにするの?」
「「それだけっすよ」」
確かに、夜な夜なこんな気味の悪い人形共が動いていれば怖いだろう。怖いだろうけど、怖いだけじゃん。口調や会話での役割だけでなく、怪談としてのアイデンティティーすら被ってるときた。
「もうあんた達、どっちか一体でいいじゃん」
「それは酷いっすよ姉さん。俺らは少しでも恐怖の役に立つために頑張ってるんすよ」
「そうっすよ、姉さん。見た目のインパクトとか結構自身あるんすから」
「言われてみれば、怖いかもしれませんね」
ここでおコトの同意が入る。見た目のインパクトで言えば、本物の幽霊の方が遥かに怖いのだが、そういった場にそぐわない真実は優しさで誤魔化す。ただ、「言われなければ」分からない上に、怖い「かもしれない」程度の恐怖など有っても無くても一緒だと思わなくもない。優しさなんて所詮まやかしなのだ。
動く人体模型(骨格標本)の妖怪が居る。夜になると動くんです。夜動いても児童は帰ってるから、怖がってくれるのは当直の先生か警備員だけなのだが。
「それに、他の七不思議連中もそうなんですが、怪談として独り立ちするには地味すぎるんすよ。だから必死に七不思議からはみ出ないようにしてるんす」
「ほんと、大変なんすよ。花子さんみたいなビッグネームなら、一人でも平気なんでしょうけどね」
「そんなつもりじゃないよー。みんな友達だよ」
「あんたら、キャラ被りな上に卑屈とか、救いようがないわね」
「ジャジャジャジャーン!ジャジャジャジャ!」
「うるさいわね!ピアノ!!」
学校の怪談は数あれど、七不思議に入らないもので有名な怪談も少なくない。赤いちゃんちゃんことか、赤い紙とか、あぎょうさんもそうだし、こっくりさんもそうかもしれない。ほかにも学校が舞台の怪談はかなりの数があるが、七不思議となると花子を筆頭にある程度メンバーが固定されている印象もある。
これはやはり、七つ揃ってないとインパクトに欠けるとか、そういう理由もあるのかもしれない。
「もしかして、ピアノは独りでに鳴るだけなの?」
窓霊がピアノに問いかける。
「ポロロロン」
「それ返事なの?」
「そうだって言ってるよ」
花子の通訳で話を進める。このピアノ、よくある独りでに鳴るピアノなのだが、将来のピアニストとして期待された女子児童の霊とか、過去に自殺した音楽教師とか、そういったサイドエピソードは無いらしい。ただ単に、独りでに鳴るのだそうだ。
独りでに鳴るピアノ、という妖怪が居る。独りでに鳴るピアノです。
「それ、故障なんじゃないの?」
「ポポロ」
「よく言われるって」
「あ、そう」
これで六つの不思議が語られたが、むしろそれで怪談足りえるのかが不思議でならない。
窓霊的に一番インパクトがあったのが、フライング・ヅラなものだから始末に負えない。
「あの、それじゃあ花子さんの事も教えてください」
おコトがワクワクといった様子で、花子に話しかける。
「んふふ~。花子は怖いよ~、おコトお姉ちゃん」
「花子もこの前、怖がってたじゃん。となりの侵入者に」
「あ、あれは! 見知らぬ人が居たら怖いでしょ!」
小学校の女子トイレに、隠しカメラを仕掛ける変態が出た。それをおコトが射った。それだけの事
花子は悪霊だが、普段は小学生と遊ぶことが大好きな普通の幽霊なので、子供を盗撮する変態の上位種は、怖くてたまらなかったらしい。
その、肩から下げてる水筒に入ってる液体も、同類だと思うのだが。
「もういいでしょ! それじゃ、会議を再開するよ!」
花子が机をバンバン叩き、七不思議たちを着席させる。とは言っても、イスに座れるのは花子含めて三体だけである。
「じゃあ、今回の議題は、六年生の校内キャンプで行われる、肝試しでの先生達との連携について、だからね。」
校内キャンプとは、校庭にテントを立てて、昼は校庭や体育館でレクリエーション、家庭科室でカレー作って、夜は校舎で肝試しという、もういっそ青少年自然の家的な場所でやれよと言いたくなる行事である。作者の小学校ではあったが、どうも予算との兼ね合いらしい。
「肝試しに協力するんですか?」
「うん」
「ヤラセなのにガチな感じになるのね」
そのまま会議は夜まで続き、寝なくても問題ない悪霊達は、会議終了後は打ち上げに切り替え朝まで騒いだ。
窓霊は我関せずと、とっとと寝室に戻り、お客の相手をおコトに任せて寝床に着いた。
「ぐう」